◆【疑惑の濁流】北の核に日本製「真空ポンプ」 キーワードは「台湾」だった
(産経 2008/6/28)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/080628/crm0806281403017-n1.htm
国際原子力機関(IAEA)が昨年7月に実施した北朝鮮・寧辺(ニョンビョン)の核施設に対する査察で、厳重に輸出管理されているはずの日本製「高性能ポンプ」が見つかった。“危険な国家”には渡らないはずのシロモノなのに、北朝鮮は日本からの輸出規制が比較的緩い「台湾」を経由させて核関連物資を入手していた。日本を離れた途端、制御が効かなくなり、北に流出するさまざまな軍事転用物資。その先に見えてくるのは「核の闇市場」の恐怖である―。
日本製“危険物資”が北の核施設にあった
IAEAが寧辺の核施設で見つけた高性能真空ポンプは、神奈川県相模原市の機械装置メーカー「東京真空」製のものだった。
北が何の用途で使用したかは不明だが、このポンプは汎用性が高く、核物質生成の過程で細かいチリやゴミを完全に排除する精密作業などに使うことができる。「核施設には必要不可欠な一品」(公安関係者)だという。
信用調査機関によれば、東京真空は平成4年12月に創立。資本金は1000万円で、「小規模だが、東大をはじめとする公的研究機関のほか、日立製作所や日新製鋼、三菱重工業など電気、金属、機械、化学など国内基幹メーカーのほとんどすべてが顧客。技術力は一級の実力派企業」(信用調査筋)だ。
その高性能ポンプを、東京都港区の貿易代理業「ナカノ・コーポレイション」が15年夏、約50万円で10台を台湾向けに輸出した。
ナカノ・コーポレイションの台湾への輸出は、精密機械などを中心に20年以上続いており、今回のポンプと同様のものをこれまでにも名門の台北大学や医療機関などにも輸出してきた実績がある。
IAEAからの連絡を受けた日本側は、神奈川県警が刑事事件として、このポンプがなぜ北に流出したかを捜査中だ。
東京真空、ナカノ・コーポレイションとも、神奈川県警の事情聴取に「北朝鮮との貿易実績はない」と説明。これまでのところ、両社と北朝鮮との直接のつながりは見えてこない。
「あれだけの専門技術と優良顧客を持っていながら、業務停止の危険を冒してまで北朝鮮に輸出するメリットはないはずだ」
業界や経済産業省関係者らの多くもこうした見方を示す。
日本企業の関与がないまま、結果的にポンプが北に持ち込まれた可能性も否定できない。
知らないうちに、軍事転用可能なメード・イン・ジャパンの物資が北に流れている危険な現状。
「台湾経由での北への物資流出の実態を解明したい。北は今後も台湾に狙いを定めて、組織的に拠点を構築する可能性が高い」
公安筋はそう指摘する。
「日本」厳しく、「台湾」を“バイパス”に
「日本のハイテク製品や高度技術情報が台湾経由で北に渡っている実態について、警察当局が本格的に把握したのは“あの事件”がきっかけだった」
公安筋はこう話す。
“あの事件”とは、平成18年8月に摘発された凍結乾燥機の不正輸出事件のことである。
東京にある対北朝鮮貿易専門商社の代表を務めていた在日朝鮮人の男が、外為法で北朝鮮向けの輸出が規制されている「凍結乾燥機」を、無許可で台湾に輸出。物資は最終的に北朝鮮に渡っていたことを公安当局は確認した。
「凍結乾燥機は、個体を急速に凍結、水分を取り除いて乾燥、保管する装置で、細菌培養など生物兵器の研究、開発に転用できる。北朝鮮には輸出できない貨物にリストアップされ、規制されている」(警察幹部)
経済産業省幹部もこう述懐する。
「通常の企業であれば、この手のきわどい貨物の輸出の際は、間違って輸出して業務停止などの行政処分を受けることを恐れ、何度も経産省に足を運んで輸出先の地域やスペック(仕様、規格)などを確認するものだが、この企業は最終荷受け地が北朝鮮であることを知りつつ、それを隠して輸出した確信犯だった」
在日朝鮮人が多く住む日本はこれまで、北朝鮮にとって、思うままに物資調達できる拠点として機能してきた。しかし反テロ警戒網の強化で水際の取り締まりが厳しくなり、調達ラインは機能しづらくなってきた。
そこで構築されたのが、台湾という“バイパス拠点”だとみるべきなのだ。
政府関係者が強調する。
「日朝間では輸出規制されている品物でも、日台間では規制されていないか、またはかなり緩いケースがあることを北は知っている。朝台貿易が増加し、輸出貨物が増大していることも、密輸には好都合なのだ」
各国の治安機関は、台湾から中国を経由して北に向けた精密制御機械部品や銃、砲弾の加工に必要な精密旋盤などの不正輸出事件を確認している。
北朝鮮は、こうした迂回輸出に利用する台湾企業にあらかじめ資本を注入していた。
「北朝鮮は、台湾を調達拠点化するために大きな初期投資をしており、今後も台湾拠点工作から撤収しないとみるべきだ。今後、台湾が北への闇の物流拠点として本格的に機能し始める前に、包囲網を狭めていく必要がある」
これが公安筋の見解だ。
北の手口は…そして「闇のネットワーク」に拡散か
こうした事態を懸念した台湾当局も、警戒を強めている。
台湾の公安機関である法務部調査局は昨年、規制物資を北朝鮮に不正輸出していた台湾国内の企業を集中的に捜査。同4月には、精密工作機械の不正輸出を摘発した。
日本の警察関係者が言う。
「北朝鮮企業は北京の商談会や商品見本市など公開の場で台湾貿易会に接近する。不正輸出には雑貨や金属加工製品を積んで北朝鮮と台中港を頻繁に往復する北の貨物船を利用している。指定輸出先は、中国での北朝鮮工作拠点とみられている遼寧省瀋陽にある北朝鮮系企業だった」
政府関係者も「北は約600万台湾ドルの代金の支払いにマカオの銀行口座からの国際送金を利用するなど、大がかりな舞台装置を用意していた。国家ぐるみで台湾の物資調達拠点化を進めていることがうかがえる」と指摘した。
台湾で摘発された企業が輸出したのは、CNC(コンピューター数値制御式)工作機械。「ミサイル製造の多くの段階で不可欠な機械の1つ」(国内メーカー幹部)とされる。その最終的な荷受け先は、北朝鮮の軍需企業「リョンハ機械合弁」だった。
さらに昨年11月には台湾当局が最も恐れていた事態が発覚する。
台北市の貿易会社がウラン濃縮などに転用できる精密制御機械を、中国経由で北朝鮮に不正輸出していたのだ。
「北の核実験や新型弾道ミサイルの開発などから、台湾も欧米各国、日本に歩調を合わせて規制と取り締まりを強化していたが、巧妙な手口で流出を防げなかった」
在京の台湾関係者は悔しがる。
包囲網をかいくぐり、着々と軍事転用可能な物資を手に入れる北朝鮮。この現状は北の軍事力増強だけにとどまらない。公安関係者は危機感を募らせる。
「北はシリアやイランなどと、核兵器、通常兵器での技術協力をしている可能性があり、そうした国にも北からさらに流れてゆく恐れがある」
闇のネットワークを通じて、軍事関連物資や製造した兵器、技術を拡散させることで、北は膨大な外貨を獲得する。ネットワークには、国家を超えたテロリストや武装集団も含まれる。
その最終地点にあるのが「核の闇市場」だ。