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◆【次代への名言】12月18日・渡辺崋山





 ■「わが国の神風伝説も、頼むにたらないとなれば、敵情を熟知することが、先決であります」(渡辺崋山(わたなべ・かざん)『西洋事情書』)


 開明派政治家、そして画家としても著名だった渡辺崋山は苦労人だった。家老まで務めた小藩・田原藩の財政は破綻(はたん)しており、俸禄の手取りは額面の数分の1。絵をはじめたのも食うため、だった。藩政の立て直しのために「能力給」や「起業」という画期的な政策を導入し、藩が太平洋にのぞむがゆえに、高野(たかの)長英(ちょうえい)をはじめ蘭学者の粋を招いて海防と海外情勢の研究にあたった。

 「幕末」に近い天保10(1839)年のきょう(旧暦)、その崋山や長英を首謀者とした政治弾圧「蛮社(ばんしゃ)(洋学仲間)の獄」の判決が言い渡された。告発者の証言をもとに、崋山には6つの容疑がかけられていたが、いずれも無罪だった。

 ところが、自宅から押収された警世と憂国の書『西洋事情書』と『慎機論(しんきろん)』が鎖国という幕政への批判とされて国元蟄居(ちっきょ)を命じられ、2年後、自刃に追い込まれる。

 目付(幕府の監察役人)、鳥居耀蔵(ようぞう)ら守旧派の陰謀とされるが、崋山は寛容の人だった。蟄居中、事件を語った次の一文を読むとき、まぶたが熱くなると同時に、怒りに震える気持ちがする。

 「天を怨(うら)まず、人を尤(とが)めず。実に僕左様(さように)心得(こころえ)、一点の憤りなし」
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by sakura4987 | 2009-01-15 12:57

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