◆【次代への名言】3月21日・空海
(産経 2009/3/21)
■「境(きょう)(環境)、心(しん)に随(したが)つて変ず。心垢(けがらは)しければ境濁(にご)る。境、閑(しづか)なるときは心朗(ほがら)かなり」(空海『性霊集(しょうりょうしゅう)』)
835年のきょう、真言宗の開祖、空海が高野山奥院で没した。彼自身は詩文・手紙文集である『性霊集』に「能書(のうしょ)(字の上手な人)は必ず好筆(よい筆)を用ゐる」と記した。が、それとは逆の意味のことわざで有名な「弘法大師」は死後に醍醐(だいご)天皇から贈られた諡(おくりな)だ。
さて、驚くなかれ。空海は「日本最初の思想小説家」だったという。その作品とは、23歳のときにつづった『三教指帰(さんごうしいき)』である。
「学問をすれば高給が約束される。きれいな妻に山海の珍味のごちそうも夢ではない。しかも親孝行にもなるのだ」
儒学者の亀毛(きもう)先生は知人の甥(おい)にこう説教する。「何を欲深いことを」と割って入った道学者の虚亡隠士(きょむいんし)だが、諸欲を捨てているようでよく聞くと不老不死に執着する。そこに容貌(ようぼう)は見すぼらしいが仏の化身といえる仮名乞児(かめいこつじ)が現れ、仏教こそが我執(がしゅう)にとらわれた人の心を救う思想である、と説き、全員が深く帰依する-。
『三教指帰』には現代にも十分通じる面白さと深さがあるが、それだけではない。「『文章は経国(国家経営)の大業』という当時の考え方の見本となる名文」。中国思想史家、福永光司と司馬遼太郎が対談したさいの結論である。

