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◆中国と日本の経済にはどれほどのギャップがあるか



 (人民網 2009/4/1)

 http://people.icubetec.jp/a/6c48f7607c794a88b2a50c0a8e3b07f9


 中国と日本の経済はいったい何年のギャップがあるのだろうか。日本経済産業研究所の関志雄氏は01年頃、少なくとも40年のギャップがあるとの見方を示した。日本のある経済学教授は中国のほとんどの地域をまわり、「100年と言っては誇張になるが、50年では控えめすぎる。実際のギャップは80年位ではないか」と語った。経済学の角度から見たこれらの推測は、GDPや平均寿命、乳児死亡率、第一次産業の割合、都市のエンゲル係数、一人当たりの電力消費量などから導き出されたものだ。以下では、科学技術のレベルという面からこの問題を考えてみたい。「鳳凰網」が伝えた。

 広州汽車の張房有・董事長は2007年、大阪で行われた第6回中日経済シンポジウムで、「広州汽車はすでに、ホンダの最も優秀な海外工場となった」と誇らしく語った。トヨタ自動車と中国企業の合弁も、中日協力のモデルとなっている。

 だが、工場が設けられ、自動車が製造され、販売されていく過程で、利潤のほとんどは日本に流れ、中国はわずかな加工代を得ているにすぎない。中国が「世界の工場」であるということは何も新しい話ではなく、誇らしく語るべきことでもない。両国が産業チェーンに占める位置は異なるし、両国の経済界の人々もそのことをよく知っている。

 中国社会科学院日本研究所のある研究員は、「核心技術は日本が握っている。中国人は端っこで雇われ賃を稼いでいるにすぎない」とため息をついている。

 なぜ中国は「端っこ」にいるようになったのか。その主因の一つは、中心となる先進技術を持っていないことだ。

 「科学技術は第一の生産力である」という言葉は正しい。資源が少なく国土も狭い日本がここまで発展したのは進んだ技術によってだ。

 業界関係者はよく、「米国人は基準を握り、一番上に立っている。日本人は技術を持ち、中間に立っている。中国人にあるのは力だけ、底辺で働くしかない」と冗談を言う。改革開放当初、中国企業には資金も技術も管理も欠けており、海外から全てを導入するしかなかった。典型的なのは自動車産業の「市場で技術を手に入れる」というやり方。結果的には、市場は他人に渡したものの、技術は依然として学び取れていない。

 技術面でのギャップがどれほどかはいくつかの例を挙げれば明らかだろう。中国が高速鉄道を建設するにあたって、フランスのTGVを導入するか、日本の新幹線を導入するかについての激しい議論が起きた。だが新幹線の技術は日本が60年代に自ら発明したものだ。デジタル製品の分野では、日本の技術の優位性はさらに高い。日本製品ボイコットを訴える人々はデジタルカメラを買いたい時にはどうしているのだろうか。中国ブランドのデジカメを買うというわけにもいかないし、買わないということにするしかない。

 大阪にあるパナソニックのショールームには100インチの液晶テレビが展示されている。石油価格が高騰すれば、トヨタの燃料電池自動車が市場を席巻するだろう。先端医療機器の分野では、日本政府が数百億円を投じた基礎研究が神戸で展開されている。なにも日本企業の広告をしようというのではない。こうして技術を高めることで、日本は産業の上流に立ち、労働力と資源の安い中国との相補関係を形成している。日本経済界の人々のロジックはこうだ。経済のグローバル化に伴い、ビジネス活動を一国で行うのはますます困難となってきている。国際分業によって生産能力を高める必要があり、日本にとって中国は最良の国際分業相手となる。だがこのロジックは、「中国人は安い労働力にすぎない」と言い換えることもできる。

 国際分業論や比較優位論といった考え方は流行して久しいが、細かく分析してみる必要がある。この問題については、鍾慶氏の書いた「皿を洗うか本を読むか」という本の観点に同意したい。

 つまり、発展途上にあった日本のように知識や技術を重んじてこそ、民族を発展させることができるという観点だ。立派な高層ビルや大きな工場、巨額のGDPなどは根本的な要素ではない。高層ビルは地震で倒れてしまうかもしれないし、海外資本はいつ撤退するかもわからない。工場だって移転してしまうかもしれない。

 高い技術や技術を持った人材、優秀な人材を抱えた国こそが、競争力を持っているといえる。

 最初の問題に戻ろう。中国と日本の経済は何年ぐらいのギャップがあるのか。私は少なくとも50年のギャップがあると見ている。技術的な差が少なくとも50年あるからだ。技術の差はすなわち経済の差である。技術レベルが追いつかなければ、使われるだけの身となることを免れることはできない。

 日本の大企業が研究開発を重視していることは、日本の産業政策と関係を持っている。第二次大戦後、日本の自動車工業がスタートした頃には、技術を海外から導入するか自国で研究するかという議論があった。最後は、国家産業政策の支援の下、日本の自動車産業は自主発展の道を歩み、技術を重んじ、現在までいたっている。

 日本企業の研究開発は、企業自身の投資のほかに、政府からの大きな投資を受けている。日本の科学研究投資はGDPの3%を占め、世界でもトップレベルにある。日本では06年4月から、5年にわたる第3次科学技術計画がスタートした。総投資は25兆円に達する。

 技術にギャップがあるなら、中国企業に資金ができてから買えばいいというかもしれない。だが核心技術や先端技術を日本が中国に売り渡すことは考えられない。日本の家電企業には80年代から、「中国に技術を輸出する場合、日本の技術が少なくとも20年まさっていることを確保しなければならない」という不文律があるという。経済はグローバル化するが、技術はそうはならない。日本のある経営者は、「技術は私たちの命であり、軽率に売ってしまうことはできない」と語っている。

 日本や欧米は中国との取引の際、何かというと知的財産権を問題にする。彼らがこれをどれほど重視しているかがわかる。中国への投資には乗り気で、中国の土地や労働力を使って生産し、中国市場での販売もさかんに行っている海外企業も、技術だけは絶対に渡そうとしない。技術の盗用をめぐる裁判も絶えない。

 中国政府はこれに対し、第11次5カ年計画(2006-10年)期間中に自主革新能力を向上させるという目標を立てた。一部の企業も研究開発の重要性に気付き始めている。日本イー・アクセス社の千本倖生CEOは「中日経済シンポジウム」で、中国の通信機器メーカー「華為公司」を高く評価し、「今後はルーセント・テクノロジーやモトローラなどの有名メーカーを超えていくだろう」との見方を示した。出席した日本人専門家らからは驚きの声が上がった。

 科学技術の総体的なレベルには、中国と日本でまだ大きなギャップがある。日本を超えるには、まだまだ長い道のりを歩かねばならないし、あるいは何世代もの人々の努力が必要となるかもしれない。
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by sakura4987 | 2009-04-02 10:43

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