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2006年 08月 18日 ( 21 )


 (作家・安部譲二)

 例年のことですが日本航空の社長は、十二日に御巣鷹山に行って、「あらためて安全運航の大切さを痛感した。社長の自分が間違えると、会社が間違う」なんて、わけの分からないことをヌケヌケと喋りました。

 なぜ僕は、ヌケヌケと、なんて言うのでしょう。

 それは日本航空が事故の証拠品を処分するなど、原因の究明に終始、消極的、というよりむしろ、非協力的だったからです。

 事故調査委員会が、急減圧による圧力隔壁の破壊で、垂直尾翼が喪われた、とした事故の原因は、日本航空の乗員組合を始め関係者のほとんどが深い疑問を抱いていることを、社長という立場であれば知らない筈(はず)がありません。

 事故調の言う急減圧など無かった、という生存者の証言もあります。

 百歩譲ってあったとしても、それでジャンボジェットの垂直尾翼が四分の三も壊れるなんてことは、力学上起こり得ないことだと言われています。垂直尾翼がもげるなんて、戦闘か衝突以外にあり得ないと、専門家は指摘しています。

 なぜ貴方たちは、操縦室の音声を録音したボイスレコーダーを、勝手に編集して公開したのでしょう。

 乗員のプライバシーを守る為なんてことは、五百二十人の人命が喪われた時に言うようなことではありません。

 オズワルドの単独犯行とされて、幕が引かれたケネディ大統領暗殺事件と、御巣鷹山のクラッシュは同じです。

 僕は政府と事故調の発表を信じていません。

 日本航空の社長は、子供騙しの寝惚けたことを言ってないで、事故の真相を明らかにしなさい。
by sakura4987 | 2006-08-18 12:01

敗戦を詫びた軍人たち/政治への関与は重大な誤り

(社)日本国際青年文化協会会長 中條 高徳


■玉音放送に慟哭した浅間山麓

 六十一年前の八月十五日はとても暑い日だった。陸軍士官学校六十期地上兵科は、座間の本校から浅間山麓の廠舎に移り、国土決戦に対応しながら訓練を重ねていた。

 その日は炎天下でピストルの実弾射撃訓練をしていた。猛暑で吹き出す汗と火山灰で、それこそ泥まみれであった。臨時召集がかかり正午から、天皇の終戦宣言の放送があった。

 藩屏(はんぺい)を任ずる士官学校生徒でも始めて「玉音(ぎょくおん)」(天皇のお声を当時呼んでいた)を耳にした。

 一身を捧げて、一途に国難に殉ぜんと誓った若者たちだ。その慟哭(どうこく)や雄叫びが浅間高原の天をついた。

 八月十四日には、この天皇の録音盤奪取せんとする者たちから森近衛師団長は殺害され、六十一期生の一部によってNHKの送信所が占拠された。徹底抗戦のビラがまかれたりもした。

 生徒隊長は「早まる勿れ」と浅間までやってきて血気にはやるわれわれを鎮撫した。その時、阿南陸軍大臣や特攻の推進者であった大西滝治郎将軍ら多くの軍人たちは、自決して国民に対しての敗戦の責任を示した。

 拙著「おじいちゃん戦争のことを教えて」(致知出版社刊)百四十二頁に銕尾(てつお)少佐夫妻の千葉四街道のお寺での自決の模様を書いたが、少佐は陸士五十一期生の二十九歳、ご主人の介添えの役を果たした夫人は新婚半年の二十四歳であった。

 戦争を詫びたのではない。軍人として敗けた責任を死を以て詫びたのだ。

 そもそも軍人は他人からその罪を問われる迄もなく自己完結型の責任をとる。

 つまり、責任を果たしえなかった時は、アッツ島の山崎大佐の如く、硫黄島の栗林中将の如く、戦艦大和の機関長の如く、兵は生かし、責任者たる自分は沈みゆく艦に戻り艦と運命を共にする。

 従って近代国家間では、国は領地を取られ、賠償金を払うことはあっても、戦った相手の軍人を罰することはない。


■苛酷な軍人の定めと栄誉恩賞

 最近靖国問題が喧しいが、終戦記念日を迎えるに当たって「戦争」について全国民にうったえたい。戦争ほど残酷なものはない。人類にとってあってならないものと思う。

 その戦争は民主国家に於ては百パーセント国事マターである。先の大戦の開始である昭和十六年は、わが国は立憲君主体制の民主体制であった。

 いわゆるA、B、C、Dラインの包囲網を築かれ、このまま座したまま滅びるか、難敵と戦うかの難しい選択をせざるをえないところに立ち到っていた。

 国会(民主的な選挙で構成)は、中野正剛らの死の抵抗に会いながらも、大勢は対米英決戦止むなしの状況になったから、行政府たる内閣は、立憲君主制であったので天皇にこの旨を奏上した。

 天皇は「四方(よも)の海みなはらからと思う世になど波風のたちさわぐらむ」との明治天皇の平和を願う御製を二度もお詠みになった。

 それにお応えして誕生したのが東條内閣であった。あばれ陸軍を最も抑えうる者として東條は登場したのだ。特に木戸内大臣の推挽が強かった。

 その後、来栖三郎、野村吉三郎の大使二頭立てで対米交渉の努力を重ねたのだ。その国家(国会・内閣)が定めた戦争の引受人が軍人なのである。

 最も死に直面する危険な役割を担う。せっかく与えられた生命(いのち)は誰しも全うしたいものだ。徒らに死を求める者などいる筈がない。

 つまり、現世で軍人は最も苛酷な役割をするのだ。だから近代国家は軍人に対する恩賞の数々を開発した。

 靖国神社であり、アーリントン墓地であり、護国神社であり、金鵄勲章に象徴される叙勲制度などなどである。

 退役軍人を近代国家が極めて大事にしているのもそのためであり、アメリカで軍人の世界は黒人でも出世の早道であった

 。このような栄誉の積み重ねで、軍人の国家への忠誠、使命観が磨かれていくものなのだ。

 何れの世界でも、誉められ、おだてられると増長する。大企業のトップが晩節をけがすのも悉くこの驕(おご)りである。

 軍人が悪いのではなく、そのような本質を持っている軍人が政治に関与したのが重大な誤りであったのだ。

 明治天皇の訓(おしえ)の如く、軍人という国家にとって極めて重要な、そして特殊な立場だけに政治には決して参画してはならない。


■陸軍の驕りが千載に残る禍根

 敵に対して強い軍隊は当然その国の生殺与奪の権を握っていることを意味する。

 近代史の中で世界中の国家が認めていた日本の精強な軍隊であったのに、何故大きな誤りを犯したのか。それは政治への異常な迄の関与であった。

 行政府を編成する一員たる陸軍大臣が現役の中将以上でなければならないと関与したのは千載に残る禍根である。

 陸軍が気に入らない内閣であれば、陸軍大臣を提出しなければ組閣が出来ないし、陸軍が気に入らない案件が提出されたら、陸軍大臣を引き揚げたら内閣は瓦解する。

 この驕りが、日本の運命を変えていったと云っても過言でない。

 そのような反省もせず、他国から文句を云われたからと軽々しく靖国問題を論じている輩が多い。二百数十万の英霊はどんなお気持ちであろうか。

 六十一年目の終戦記念日(法でいう終戦はサンフランシスコ条約発効の四月二十八日)に英霊たちの代弁をさせていただこう。

 「公も私もない。お参りしたいと思う人だけ静かにお参りにきてほしい」
by sakura4987 | 2006-08-18 12:00


http://japanese.chosun.com/site/data/
html_dir/2006/08/17/20060817000047.html

千容宅元国防長官、統制権の単独行使に懸念(中)


◆戦争抑止力が大幅に低下する 

 戦時作戦統制権を韓米が共同で管理していれば、北朝鮮が韓国を侵略した場合には、自動的に米軍の即時全面介入が決まる。従って北朝鮮が戦争を仕掛けようとすれば、韓米両国に宣戦布告せざるを得ない。

 戦争が起きれば米軍は最新鋭の戦闘機3000機、海軍母艦5個戦団、66万の兵力を韓半島(朝鮮半島)に追加派遣することになっている。これに勝る戦争抑止力はない。

 しかしこれが韓国軍の単独行使に切り替われば、連合司令部(CFC)は解散し在韓米軍司令官の地位も激変し、抑止力の大幅な低下につながる。


◆統帥権と作戦統制権は別物 

 現在の韓米連合体制が憲法上の統帥権者を侵害するという盧大統領の話は事実とは異なる。平時には韓国が在韓米軍を間接統制できる権限を持つほど、統帥権を完全に掌握している。統帥権と戦時作戦統制権はまったく違う概念だ。作戦統制権の共同行使はひとえに戦争に勝つための体制だ。

 また戦時作戦統制権の「還收」としているが、実際には「単独行使」が正確な表現だ。これは韓米連合軍司令部が創設された際に、作戦統制権が韓米共同行使に変わったためだ。


◆世界最高の作戦計画が骨抜きに 

 韓半島で全面戦争が勃発すれば、韓米連合軍は「作戦計画5027」を遂行することが決まっているが、指揮権が韓国軍の単独行使に切り替われば、世界で最も完成された作戦計画との評価を受けている「作戦計画5027」も骨抜きとなる。

 米軍は第1次・第2次世界大戦やベトナム戦などを経て、最も強力な軍需支援体系を構築してきた。韓国軍の装備物資が一般家庭の水タンクのレベルなら、米軍のそれは昭陽川ダム並みだ。

 現在の体制では米軍の軍需支援体系に韓国軍がパイプだけさせば米国の無尽蔵な補給物量をそのまま使用することができるようになっており、その分だけ戦略選択にも柔軟性が生じる。こうした体制は韓国にとっては一種の「戦争保険」だ。しかし単独行使に切り替われば、こうした保障はなくなる。
by sakura4987 | 2006-08-18 12:00

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/
2006/08/17/20060817000016.html

関係改善を模索する胡主席の意向か?

 中国の日本に対する政策が急に変わってきている。2001年以来これまで、首脳会談を開けなかった閉塞(へいそく)状態を打開するため、中国政府が水面下での調整に積極的に打って出ている。

 15 日午前10時、北京の日本大使館前では日本の小泉純一郎首相の靖国神社参拝に抗議する中国人らのデモが行われたが、非常に形式的なものにとどまった。

 デモ隊の人数は三十数名にすぎず、デモが行われた時間もわずか20分間だった。昨年4月、小泉首相の靖国参拝などに抗議して中国全土でデモが盛り上がったのとは大きく様変わりした。

 メディアも以前のような緊迫した対応をしなくなった。香港の「明報」は16日、「中国政府が反日行動を取材・報道しないよう指示した」と報じた。

 中国人民大学国際関係学部の時殷弘教授は「昨年の過激な反日デモによって副作用が生じたため、政府が国民の反日感情を統制している」と語った。

 また、中国外務省は15日午前、小泉首相の靖国神社参拝の事実が確認されたのを受け、「国際正義への挑戦で、人類の良識を踏みにじるものだ」と強い調子で非難する声明を発表した。

 これについて米国ワシントン・ポスト紙は16日、中国政府は靖国参拝を糾弾しつつも、日本との平和的な共存を再度模索し始めたとの見方を示した。「見掛けだけ強硬姿勢」だったというわけだ。

 米国ブレジンスキー学会の黄靖研究員は今年6月、中国の対日政策の変化について分析した。

 それによると、江沢民前国家主席は米中関係だけ重視し、靖国参拝の中止を首脳会談の条件に掲げ、自らの選択肢を狭める外交的な失敗を犯したと指摘されている。一方で胡錦濤国家主席は江前主席の政策を転換しようとしているという。

 2003 年に国家主席に就任した胡主席は、既に水面下でさまざまな打開策を探ってきた。

 昨年には外務省の戴秉国副大臣を日本に派遣して会談に臨ませ、また日本訪問中に中日関係の悪化を受け、小泉首相との会談をキャンセルして帰国した呉儀副首相に最近再び日本を訪問させた。

 2004年には王毅外務省副大臣を駐日大使に任命したが、このとき既に政策の変化が予想されていたとの見方も出ている。

 胡主席が最近、訪日を望んでいることを打ち明け、「中日関係が早く健全で安定的な関係に戻るよう努力しよう」と求めたことも、政策の変化をうかがわせるものだ。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:59

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?
y=2006&d=0817&f=politics_0817_001.shtml


  小泉純一郎首相の靖国神社参拝に抗議するため、尖閣諸島(中国名:釣魚島)の領有権を主張する台湾の活動家5人が17日、同諸島に漁船で接近した。

 17日付の中国台湾網は「台湾当局が24海里(約44キロメートル)を超えて航行することを禁止した」と報じた。

  尖閣諸島に接近したのは「台湾保釣連盟」(台湾保釣)のメンバー5人。もともと「香港保釣連盟」(香港保釣)とともに尖閣諸島付近で抗議活動を行う予定だったが、香港側の船舶が大陸当局に差し押さえられたため、台湾保釣のみの行動となった。

  活動家の出港に当たり、台湾の海上保安当局(海岸巡防署)は24海里を超えて航行することを禁じ、従わなかった場合には罰金を課すとの方針を伝えていた。

  尖閣諸島までの距離は90海里(約166キロメートル)で、台湾保釣の趙徳申氏は「なぜ我々に圧力をかけるのか。彼らは中国人なのか、それとも日本人なのか」と反発している。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:59

 靖国神社は平成16年4月の社報で、中曽根康弘元首相が主張する「A級戦犯分祀論」について「神道の信仰上、このような分祀はありえない」として、不可能との見解を示した。さらに、すべてのA級戦犯遺族が中曽根案に賛成しても、従うことはできないとの考えを明らかにしている。

 神道上、一座に祭られて混然一体となった神霊を「分霊」(コピー)することはできても、分離することはできない。仮に政府が一宗教法人である靖国神社に対し、「分離」を強制すれば、憲法20条が定める政教分離原則に違反することになる。

 靖国神社の場合、合祀は祭神対象の名前を和紙に記し、そこに魂を呼び寄せる招魂式を境内で行い「霊爾簿」を作成する。さらに霊爾簿を本殿に移して合祀。御霊として本殿に祭ることで、A級戦犯とほかの戦没者の御霊が一つの「座」に祭られている。「魂の抜けた」後の霊爾簿は、本殿とは別の奉安殿に保管される。

 また、「分祀」は「分霊」に伴う具体的な行為のことで、ある神社の御霊が集まった鎮座を、“コピー”して別の神社にも増やす祭祀を意味する。

 A級戦犯の御霊は、砂粒のように分離可能な状態ではなく、「他の御霊と合わさり、一つの炎になったイメージ」(靖国神社)だという。

 ≪「中韓外交への妨げ」 分祀論者≫

 A級戦犯「分祀論」は、これまでにも中曽根康弘元首相や自民党の野中広務元幹事長、山崎拓元副総裁らが提唱し、靖国神社側に働きかけては断られてきた。「分祀論」が何度も浮上するのはなぜなのか。

 最も大きな理由は、極東国際軍事裁判(東京裁判)によって戦争責任者と認定されたA級戦犯が靖国神社に祭られていることが、中国、韓国などとの外交上の妨げになるという認識からだ。実際、中韓両国は、小泉純一郎首相の靖国神社参拝を批判し、日本との首脳会談を拒否している。

 今年3月、日中友好7団体が中国の胡錦濤国家主席と会談した際にも、胡主席は首相の参拝中止を条件に首脳会談に応じる考えを示した。韓国の盧武鉉大統領も、首相の参拝中止がない限り、会談を再開する意思のないことを明確にしている。

 中国は、昭和47年の日中国交正常化に際して、国内の反対論を「日中戦争は一部の戦争指導者が悪いのであり、日本人民も被害者だ」と説得した経緯もある。対外的な配慮を前面に出さずに、「赤紙一枚で召集された人と、(東条英機元首相ら)戦争指導者は違う」という論理を展開するのが、自民党の古賀誠元幹事長や民主党の小沢一郎代表らだ。「東京裁判以前に、一国の指導者として(先の大戦に対する)結果責任はある」(古賀氏)として、政権中枢にあった政治家や軍人の敗戦責任は問うべきだとする意見もある。

 ≪厚生省協力指示 宮内庁にも上奏簿提出≫

 政府は昭和28年以降、遺族援護法、恩給法など関係法を改正して戦犯処刑者を「公務死者」と位置づけ、戦犯の遺族にも一般戦死者と同様に遺族年金や弔慰金が支給されるようにした。

 一方、厚生省(現厚生労働省)は31年、援護局長名で「靖国神社合祀事務に対する協力について」との通知を各都道府県に出し、靖国の合祀事務への協力を指示。厚生省は都道府県から集まる名簿を「御祭神名票」(戦没者身分等調査票)として靖国側に送り、靖国はこれに基づき合祀を行っていった。

 靖国が53年に14人のA級戦犯を合祀したのも、41年に届いた御祭神名票に基づくものだ。この間の事情について靖国関係者は「だれを合祀するかは靖国が決めることではなく、官民一体で合祀したことだ。A級戦犯だけ合祀しなかったら、手続き上おかしい」と語る。

 また、合祀に当たっては、新たに祭る人を紙に記した「霊爾簿(れいじぼ)」と同じものを「上奏簿」として宮内庁に届けている。関係者は「だから、宮内庁もそのときに誰が祭られるか知っていて、何も言わなかったのではないか」との疑問を示す。

 昭和天皇の発言だとされる富田朝彦元宮内庁長官のメモには、「筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが」「松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と」とある。

 ただ、靖国神社前宮司の湯澤貞氏によると、筑波藤麿元宮司も靖国神社崇敬者総代会に何度かA級戦犯合祀を諮っている。

 45年の議事録には、筑波氏が「合祀はするが、時期は宮司預かりとする」と述べた記録が出ているという。その流れの中で、次の松平永芳元宮司が再び総代会に諮り、A級戦犯は合祀された。

【合祀された14人のA級戦犯】
東条英機(首相、陸軍大将、絞首刑)
板垣征四郎(陸軍大将、同)
土肥原賢二(同)
松井石根(同)
木村兵太郎(同)
武藤章(陸軍中将、絞首刑)
広田弘毅(首相、同)
小磯国昭(首相、陸軍大将、服役中死亡)
白鳥敏夫(駐イタリア大使、同)
梅津美治郎(陸軍大将、同)
平沼騏一郎(首相、保釈直後死亡)
東郷茂徳(外相、服役中死亡)
松岡洋右(外相、拘禁中死亡)
永野修身(海相、海軍大将、同)

【A級戦犯合祀をめぐる主な動き】
昭和
20.8 終戦
20.12 連合国軍総司令部(GHQ)が「神道指令」を出し、政府の神社・神道保護を禁止
23.11 東京裁判でA級戦犯25被告に有罪判決
28.8 衆院本会議で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」を採択
39.8 政府が靖国神社境内で全国戦没者追悼式を開催
50.8 三木武夫首相が終戦記念日の15日に靖国参拝。「私的参拝」と表明
50.11 昭和天皇が最後の参拝
53.10 靖国神社がA級戦犯14人を合祀
54.4 大平正芳首相が参拝。中国は特に問題視せず
55.8 鈴木善幸首相が15日に参拝。中国は特に問題視せず
60.8 中曽根康弘首相が15日に公式参拝。中国が反発
61.8 中曽根首相がA級戦犯合祀などを理由に参拝とりやめ
平成
11.8 野中広務官房長官がA級戦犯分祀を提案
16.3 中曽根元首相が靖国神社にA級戦犯分祀を提案。靖国神社は「分祀は不可能」との見解発表
18.7 昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示したという元宮内庁長官のメモ発見

政治家の肩書きは当時


■A級戦犯 A、B、Cの区別は罪の重さによるランク付けではなく、連合国軍総司令部(GHQ)が戦犯を選定する際に用いた便宜的な犯罪のカテゴリーを示す。Aは侵略戦争を遂行した「平和に対する罪」、Bは戦争法規・慣例に違反した「(通常の)戦争犯罪」、Cは民間人に対する迫害や殲滅(せんめつ)を実行した「人道に対する罪」-という区分けだが、明確な法的根拠はなく、「A級戦犯」という呼称は「通称」にすぎない。



◆靖国Q&A 靖国神社に関する基礎知識Q&A

 靖国神社に関する基礎知識をQ&Aでまとめた。
【Q】 神社の由来は
【A】 明治維新時の新政府軍と旧幕府軍による戊辰戦争で亡くなった官軍兵士を祭るため、明治政府が明治2年に「東京招魂社」として東京・九段に建てたのが始まり。その10年後に明治天皇が国を平安にするという意味の「靖国神社」の社号に改めた。

【Q】 祭られているのは
【A】 戊辰戦争戦死者をはじめ、西南戦争、日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦など、幕末と明治・大正・昭和の各時代に戦争で亡くなった軍人・軍属など246万6000余柱が合祀されている。生前の階級などにかかわらず、将官も兵卒も同じように扱われている。

 靖国神社は墓地ではないため、遺骨も位牌(いはい)も存在しない。祭神名簿はパソコンのデータベースで管理され、合祀されているかどうか遺族が神社に照会することもできる。

【Q】 日露戦争で活躍した東郷平八郎元帥は祭られているの
【A】 戦闘で亡くなったのではなく戦後、病気で亡くなったため祭られていない。明治天皇崩御の際、自決した乃木希典大将も同様だ。明治維新の立役者で、西南戦争で官軍と戦った西郷隆盛や会津白虎隊の藩士らは「賊軍」扱いをされているため、祭られていない。

 また、沖縄戦で没した「ひめゆり部隊」の女学生や、撃沈された疎開船「対馬丸」の児童は合祀されているが、空襲や原爆の被害者である一般人は除外されている。政府や軍の命令に従っていて、その場を離れることができなかったことが、合祀の基準のようだ。

【Q】 ほかに祭られているのは
【A】 境内には、本殿に祭ることのできない氏名不詳の戦没者と、世界中で起きた戦争で亡くなったすべての人を祭る「鎮霊社」がある。イラク戦争で亡くなった米軍兵士らも対象だ。また、戦場で倒れた軍馬や軍犬、通信用の伝書バトの慰霊像もある。

【Q】 首相の参拝は「憲法違反」なのか
【A】 小泉純一郎首相が平成13年から毎年続けている参拝に対し、政教分離を定めた憲法に違反するとして、大阪や福岡など各地で提訴が相次いでいる。

 これまで最高裁、高裁、地裁で計13件の判決と、最高裁決定2件があった。うち参拝を「違憲」と判断したのは福岡地裁と大阪高裁の2判決だけ。これは主文と無関係の「傍論」の中での判断であり、拘束力はない。日韓の戦没者遺族が提訴した今年6月の最高裁判決では、原告の上告が棄却され、憲法判断はなされていない。

【Q】 神社の組織は
【A】 9代目の南部利昭宮司以下、職員は約100人。うち神職は約40人、巫女(みこ)約10人。その他の職員が約50人。巫女は大学などに求人票を出して募集している。運営費は戦没者遺族や戦友などからの奉納金、遊就館の拝観料などでまかなっている。

【Q】 神社の主な行事は
【A】 神社が重視しているのは春と秋にそれぞれ開かれる「例大祭」だ。祭神の安らかな鎮まりと世界の平和を祈る祭典で、前者が4月21~23日、後者が10月17~20日。天皇陛下の使いが神社にさしむけられ、皇族方も参拝されている。

 また、元日の新年祭、2月11日の建国記念祭、昭和天皇の誕生日である4月29日の昭和祭、靖国神社が建てられた6月29日の創立記念祭、明治天皇の誕生日である11月3日の明治祭、今上天皇の誕生日である12月23日の天皇御誕辰奉祝祭など皇室にゆかりのある祭りが多い。

 このほか、毎月3回行う「月次祭」をはじめ、神様にお食事を供える祭事は毎日朝夕、行われている。

【Q】 結婚式はできるの
【A】 できる。年間数組のカップルが挙式を行っている。七五三の参拝もできる。いずれも申し込めば原則的にだれでも挙げることが可能だが、戦没者の遺族が行うケースが多い。平成14年には音楽プロデューサー、小室哲哉さんとglobeのボーカル、KEIKOさんも同神社で結婚式を行った。



◆靖国神社前宮司・湯澤貞氏 分祀強要は“宗教弾圧”

 靖国神社前宮司の湯澤貞氏は10日までに産経新聞のインタビューに応じ、一宗教法人である靖国の祭祀のあり方について、政治家が過度に干渉するのは憲法の定める政教分離の原則に違反するほか、行き過ぎると“宗教弾圧”になるとの見解を示した。また、一部政治家が唱える靖国の「国家護持案」について「それが非宗教化をいうのであれば、できない相談だ」と否定した。
 --昭和天皇が靖国のA級戦犯合祀をきっかけに参拝をやめたとする元宮内庁長官のメモが出てきたが

 「こういう内々の話が世間に出ていいものか。昭和天皇は相撲好きで知られたが、ご自分のひいきの力士の名前すら明かされなかった。また、松平永芳元宮司が悪者になっているが、そんな人物ではない。松平元宮司のお父さんで最後の宮内大臣だった慶民氏も日記を残していたが、『こういうものは公にすべきではない』と処分している」

 --メモを追い風に、A級戦犯分祀論が高まりを見せている

 「靖国神社の場合は、246万余柱の英霊全体が、大将も一兵卒もなく一つの神になっている。靖国では毎日、神様に慰霊の誠を尽くしており、その一部を取り外すなどの例はこれまでにないし、できない」

 --一部の政治家からは、「神道はもっと融通無碍(むげ)だからできるはずだ」との声も出ている

 「それは弾圧して神道をつぶせばできる、ということだ。仏教の寺院から本尊を外せというようなもので、ありえない。もしそれを政治が強要するとなると、宗教弾圧になる。第一、政教分離の原則を定めた憲法上、できないはずだ。首相が靖国に参拝するだけで『政教分離に反する』と騒ぐ人が、一方で宗教の内部にまで踏み込んでA級戦犯を外せというのは、僭越(せんえつ)すぎる。人として言うべきことではないだろう」

 --日本遺族会の中でも、秋以降、分祀論が議論されるという

 「たとえ遺族会の中に、靖国神社のあり方に賛成してくれる人がいなくなっても、神社としては粛々として現状のままでいく。それだけの覚悟をしてやっていかなければならない」

 --靖国を非宗教化して国家で護持すべきだとする政治家もいる

 「非宗教化でいこうというのなら、受け入れることはできない。はじめからできない相談だ。非宗教ならば、戦没者は御霊ではなくなってしまい、戦没者に対しても失礼な話だ。今まで神様として丁重に祭られてきたのに、物のように扱われることになる。靖国神社という名前が残り、社のたたずまいが今のような形で残り、神道に基づくお祭りができるならば、国家護持でもいい。一宗教法人が国のために亡くなった方をお祭りするのは、考え方によっては出すぎたことだろう」

 --今日のように靖国問題が深刻化した原因は何だと考えるか

 「首相の靖国参拝が外国から外交カードに利用された時点で、国がきちんと対応して『日本の国内問題だ』と言っておくべきだった。それを日本人的になあなあで妥協してきたから、こうなったのではないか。中国共産党は原則的に宗教を認めておらず、神道のことなど知らない。知らずにA級戦犯がどうこうと言っているのに対し、日本があたふたするから、向こうも外交カードとして使えるぞと考える」

■湯澤貞 ゆざわ・ただし 昭和4年、栃木県生まれ。国学院大文学部宗教学科を卒業し、明治神宮に32年間奉職。平成2年に靖国神社に移り、同9年5月から16年9月まで宮司を務める。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:58

http://www.sankei.co.jp/special/yasukuni/

靖国神社の戦後の歩みと現状

◆政界の動き 「非宗教化論」再び

  戦没者追悼のあり方をめぐって今年は、「A級戦犯分祀(ぶんし)論」、千鳥ケ淵戦没者墓苑の拡充論、靖国神社の非宗教化と国家管理論などが入り交じり、百家争鳴状態となった。靖国神社に対する政界の動きをまとめた。
 ≪勢い増す分祀≫

 靖国神社を支えている最大の組織、日本遺族会(会長・古賀誠元自民党幹事長)は8月に入り、「A級戦犯分祀論」について従来の反対の立場から、方向を転換しつつあるとの観測が出ている。


それまでの4回の参拝と異なり、平服で一般参拝客と拝殿前で手を合わせ、お参りする小泉純一郎首相=2005年10月17日、東京・九段北の靖国神社(撮影・大井田裕)
 古賀氏は講演で「遺族会として、国家護持という大きな旗を、もう一度掲げたい」と発言。国家護持の前提としてA級戦犯分祀も検討課題として挙げた。遺族会もこれを受け、今月2日の正副会長会議で、9月の自民党総裁選後をメドに、A級戦犯の分祀も含めた会としての検討を開始することを決めている。

 A級戦犯分祀論については、民主党の小沢一郎代表も、「合祀したのが間違いだ。靖国神社は戦争で亡くなった英霊を祭るところであり、本来の姿に戻すべきだ」とし、霊爾簿からのA級戦犯削除を主張している。

 総裁選を前に、ポスト小泉候補からも分祀論は飛び出している。谷垣禎一財務相は「A級戦犯を合祀しているのが問題だという指摘は、その通りだと思う」と指摘。麻生太郎外相も、「どうすればみんなわだかまりなく参拝できるかが原点だ」と述べ、靖国を特殊法人化し、慰霊対象は国会が決めることを自らの政策に盛り込んだ。

 ≪新追悼施設≫

 昨年11月、自民党の山崎拓元副総裁、公明党の冬柴鉄三幹事長、民主党の鳩山由紀夫幹事長らが発起人となり、超党派で国立・非宗教の追悼施設建設を目指す議員連盟「国立追悼施設を考える会」(会長・山崎氏)が発足した。設立総会で山崎氏は、「国内外の人がわだかまりなく追悼の誠をささげるにはどうしたらいいか」と提起した。

 国立追悼施設建設をめぐっては、13年に福田康夫官房長官(当時)の私的諮問機関が、靖国神社との関係は「両立でき、決してこれらの施設の存在意義を損なわずに必要な別個な目的を達成しえる」と、“玉虫色”の答申を出している。

 一方、今回の議連は6月の中間報告で「限定された戦没者のみが祀(まつ)られるのが基本なのに、戦死者でないA級戦犯が合祀されている」とし、「施設の名称、内容、場所などを早急に調査すべきだ」と主張して、来年度予算への新施設調査費計上を改めて求めた。

 ≪墓苑拡充提案≫

 今年6月、自民党の中川秀直政調会長は、氏名不詳か、引き取り手のいない戦没者の遺骨を納めた「千鳥ケ淵戦没者墓苑」(東京都千代田区)周辺の公務員官舎などを撤去し、墓苑を拡充するよう小泉純一郎首相に提案した。

 首相はこの提案に同意したとされるが、構想の背景には「墓苑を拡充し、慰霊の中心を靖国神社から墓苑に移す狙いがある」という。山崎氏は「国立追悼施設をつくるうえで、(千鳥ケ淵)墓苑が最も有力な案といってもいい」と述べている。

 中川氏はまた、今月6日のテレビ番組などで「(靖国の)非宗教法人化、国がちゃんと護持をしていくという方向へ、(遺族の)気持ちが少しずつ変わりつつあるのではないか。誰を合祀するかは政府が決めることで、昭和40年代に自民党が出した靖国神社法案の原型みたいなものをもう一回出すかもしれない」と、靖国神社の非宗教化と国家管理にも含みを持たせている。



≪各国元首や外交官も 参拝者、年間600万人≫

 靖国神社への参拝者は年間約600万人に達し、各国の元首、外交官など外国要人の姿も珍しくない。やり方は、「二礼二拍手一礼」の神道形式とは限らず、挙手で拝礼したり花輪を供えたりと、参拝のスタイルもそれぞれだ。

 戦後、昭和31年には台湾の張道藩立法院長が、36年にはアルゼンチンのフロンデシ大統領が戦後初の元首として参拝。さらにA級戦犯合祀が新聞報道で公になった54年の翌55年には、チベットのダライ・ラマ法王が英霊を慰霊した。

 また、35年のビルマ(現ミャンマー)のウー・ヌー前首相、56年のインドネシアのアラムシャ宗教相…とアジア各国からの来訪者も多い。

 平成に入ってからは、中国側の批判を押し切って小泉純一郎首相が首相として初参拝した13年8月13日の5日後に、在日米軍太平洋陸軍司令官のエド・スミス氏の妻が参拝している。

 14年にはペルーのフジモリ前大統領も靖国に参拝。近年では韓国軍幹部も同神社を訪れ、軍事博物館「遊就館」を頻繁に見学している。

 ブッシュ米大統領は14年の来日時、明治神宮に参拝したが、現役の大使は「米側は靖国神社参拝を希望したが、波紋を恐れた日本側が断ったと聞いている」と語る。

 このブッシュ大統領の明治神宮参拝中、エスコート役の小泉首相は、「政教分離」に反するとの批判を恐れて車中で待機する一幕もあった。



◆遊就館行ってみた 戦争美化 感ぜず
 
明治15年にわが国最初の軍事博物館として開館し、戦前は陸軍省管轄の国立施設だった遊就館。現在は靖国神社が運営しているが、中国や韓国からは「日本軍国主義を美化している」と批判を浴びせられている。果たしてその言い分は当たっているのか。実際に遊就館に行って確かめてみた。(比護義則)


約6000もの戦没者の遺影が展示されている靖国神社の軍事博物館「遊就館」。来館者が記入した感想ノートには、戦争の悲惨さを実感し、感動したという意見と、戦争を美化しているとする意見の双方が書き込まれている(撮影・飯田英男)

 玄関ホールに足を踏み入れると、全長9メートルの旧日本軍「零式艦上戦闘機(零戦)」が目に飛び込んでくる。実際に戦闘で使われた複数の零戦の部品を集めて組み立てたものだ。同館は約3000点の兵器や遺品を展示しているが、遺族による遺品提供が続いているため、今では所蔵品が10万点を突破した。

 遊就館のパンフレットを読むと、展示目的は「戦没者顕彰」と「近代史の真実の明示」。

 館名は中国の古典「荀子」の「遊必就士」(高潔な人に就いて交わり学ぶ)から2文字を取った。

 展示は、「明治維新」「日清戦争」「日露戦争」など時代ごとに部屋が分かれ、カラフルな年表やビデオ映像がふんだんに使われている。学校の授業では断片的にしか教えられない近現代史を学び直すのにもよさそうだ。実際、遊就館は今年、都内の公立小中学校に宣伝ポスターを初めて配布するなど歴史教育に力を入れているという。

 「戦後の一時期、皇族妃殿下方が神社に出向かれ、合祀(ごうし)される戦没者の霊爾簿浄書の御奉仕をされた」などと、皇室と靖国神社の深いつながりを示す一文もある。

 焦点の「大東亜戦争」に関係する展示室は5つ。「マレー作戦」「ビルマ作戦」…。作戦の内容をパネルを使って詳しく説明している。

 日中戦争については、「支那事変」という一室があった。「南支作戦」「武漢攻略作戦」「北支作戦」など個別の作戦について地図などを使って説明していたが、中国や韓国が戦争美化だと批判するような展示は見当たらなかった。

 一方、「ルーズベルトの大戦略」と題されたパネルは、先の大戦での米国の戦略は「資源に乏しい日本を禁輸で追い詰め開戦を強要することであった。そして、参戦によってアメリカ経済は完全に復興した」と説明している。一つの見方に偏ってはいるかもしれないが、軍国主義や戦争を美化したと断言できるほどのものではないだろう。

 近代史の展示を見終えると最後に「靖国の神々」と題する展示室が控えている。靖国神社に祭られた戦没者の顔写真が遺族の希望で約6000枚も並べてある。いわゆるA級戦犯として処刑された東条英機元首相の顔も見つけることができた。

 ここでは、戦死した特攻隊員が家族にあてた手紙などの“遺品”の前で足を止め、長く見入る拝観者が目立つ。静かに涙を流す人も珍しくない。戦死者の母親が独身で逝った息子に贈った「花嫁人形」の展示もあり、じっくり見て回れば半日はかかる。ただ、A級戦犯を説明する展示は全くない。年表に「戦犯裁判開始」「極東国際軍事裁判の開廷」と記載があるぐらいだった。靖国神社のA級戦犯合祀が問題とされているだけに、A級戦犯に対する考え方を説明する展示があってもいいだろう。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:57

訪問先のジャマイカで、ミラー同国首相(左)と合意文書を示すチャベス大統領=14日(AP)


 2007年からの国連安全保障理事会の非常任理事国に強硬な反米路線をとるベネズエラが立候補、積極的なロビー活動を展開している。危機感を強める米国は対立候補のグアテマラへの支持を明確にしているが、南米の多くはベネズエラ支持を表明。

 米国の米州地域での影響力低下が指摘されるうえ「米国が反対すればするほど途上国がベネズエラ支持に傾く」(国連外交筋)という状況で、10月に行われる国連総会での選挙の行方が注目される。

 「キューバが非常任理事国メンバーだったときを思いだす。建設的な議論を戦わせるのと非建設的な行動は別のもので、ベネズエラ(の安保理入り)が有益とは思えない」。

 米国のボルトン国連大使は7月末、記者団にこう述べ、ベネズエラの非常任理事国入りに反対する姿勢を明確にした。

 反米強硬派のチャベス・ベネズエラ大統領は、米国が敵視するキューバ、イランとは親密な関係があり、「安保理ではイランの代理人になる」(米メディア)と警戒されている。

 こうしたベネズエラの動きに対し、米国は中南米地域から名乗りを上げているもうひとつの候補国、グアテマラを「内戦を経て民主国家に成長した」として、支持する姿勢をみせている。

 米国連代表部のチャン副報道官は、「グアテマラは小さな国だが、コンゴなど複数の平和維持部隊に要員を派遣している。ベネズエラは現在もこれまでも、こうした貢献をしていない」と述べ、国連への貢献度に違いがあると指摘する。

 非常任理事国の選出では、アジア、アフリカなど各地域グループが選挙の前に候補国を調整するが、調整がつかない場合はそのまま総会の選挙に臨み、先に3分の2以上の賛成を得た国が非常任理事国に選ばれる。

 過去に4回非常任理事国を務めたベネズエラと、まだ一度もないグアテマラは、現在「互角の戦い」(国連外交筋)とされている。それだけに、今回の選挙について米国では、「米国に対する南米の住民投票」(ニューヨーク・タイムズ紙)と位置づける向きもある。

 しかし、同地域では近年、左派・中道左派政権が相次いで誕生するなど“米国離れ”が進んでおり、実際、アルゼンチン、ブラジルなど南部共同市場(メルコスル)加盟国や、多くのカリブ海諸国は、すでにベネズエラ支持を公式に決定している。 

 ベネズエラのアリエス国連大使は「この地域で米国の圧力にさらされることを望む国はない」と「米国の影響力低下」を示唆する。

 南米の国連外交筋は、「米国は拒否権を持ち、英国という強い味方もいる。安保理内での権力は絶大で、ベネズエラのメンバー入りに過敏になりすぎている」と指摘する。

 そのうえで、「総会での選挙に勝つには先進国より(加盟国の大多数を占める)途上国の支持がより重要」と述べ、米国の反対に比例するかのように、途上国の間で、ベネズエラへの支持する声が高まる傾向があることを指摘している。

                   ◇

 ■露など次々歴訪

 チャベス大統領は7月下旬からの外遊でロシア、イラン、ベラルーシなど反米色の強い国も訪問している。

 ロシアではプーチン大統領から戦闘機の供与を取り付けたほか、エネルギー開発協力にも合意した。

 一方、アフリカのマリ、ベナン訪問時には、国連安保理非常任理事国入りへの支援を求める代わりに、多額の投資や石油関連製品の供給などを約束した。

 また、大統領は今月21日から9月1日にかけてもマレーシア、中国、アンゴラを訪問する予定だ。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:55

 ■相手を引き込める人がふさわしい

 自民党総裁選に立候補する人は、形骸(けいがい)化した日本の民主主義の誤解を取り払うため、骨太の議論を巻き起こしてもらいたい。

 誰が首相になってもいい。消費税を引き上げるかなど、具体的な政策にも興味はない。食うには困らない社会になった中で、細かい政策論議はむなしい。総裁選は国のトップを決める選挙だ。総裁選を通して、日本の戦後を清算する哲学的な発信をしてほしいのだ。

 日本の民主主義は戦後の混乱の中で入ってきた。負わなければいけない義務があってこそ、得られる権利がある。民主主義は背負うものが多いはずなのに、私は一度もそういったことを教わったことがない。民主主義の名の下に「戦前の日本はすべてだめだ」「生徒は先生よりも偉い」といった冗談のような話までまかり通った。

 昭和30年代に日本が「もはや戦後ではない」と宣言したとき、心のあり方を問うべきだった。だが政治家は政争に明け暮れ、経済ばかりに目を向け、誤解を解く機会を逃した。

 そして、社会を支える常識が消えた。多発する少年犯罪、教師や警察官たちのモラルの低下。自分の仕事に誇りを持てない大人たち。金を持っていれば評価される風潮がはびこり、「人を殺してどうして悪い」なんて問いまで出てくる。日本がここまで心が腐った国になろうとは。

 ずるい、せこい、悪い、古い…。ドラマに出てくる政治家のキャラクターを誰が払拭(ふっしょく)できるか。これは重大だ。

 今、政治家はよく勉強して、大胆にしゃべらないといけない。言葉を発明する能力も必要だ。安保世代とか、右派対左派といった既成概念にはうんざりだ。

 敵の中に入り込んで説得し、「あなたなら信用できる」と相手を引き込むことができる政治家。これが新しい国家像を国民に提示できる、総裁にふさわしい人物だといえよう。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:54

 小泉純一郎首相が15日に靖国神社を参拝して以降、沈黙を守っていた民主党の小沢一郎代表が、17日発行の夕刊フジのコラムで首相の参拝を激しく批判した。

 「退任前のパフォーマンス」と断じ、「天皇陛下がご参拝することができるように環境を整えるべきだ」と批判のボルテージを挙げている。かつて「何もはばかることはない」と首相の靖国参拝を支持したことのある小沢氏。その考え方と言動を振り返ってみた。


 ■だんまりから…

 首相が靖国参拝した15日、民主党は鳩山由紀夫幹事長が会見に応じただけ。小沢氏サイドは「小泉首相は辞める人。代表がコメントするまでもない。代表選の準備に専念してもらう」(細野豪志役員室長)としていた。

 だが、17日のコラムに登場した小沢氏は、「首相はあの戦争を『間違った戦争』と認め、いわゆるA級戦犯について戦争指導の責任がある『戦争犯罪人』と言及していたではないか」と指摘。続けて「靖国神社にA級戦犯が祭られている。国内的にも国外的にも『日本国を代表する首相が、戦争責任にケジメをつけない行動をした』ということになる」と批判を炸裂(さくれつ)させた。

 代表就任後、小沢氏が力説してきた靖国参拝に関する持論は「(祭られている人の氏名が記されている)靖国神社の霊璽簿(れいじぼ)からA級戦犯を削除すべきだ」というもの。

 「当時の国家指導者たちは、日本国民に対し戦争を指導した重大な責任を負っている。本来は祭られるべきではなく、英霊に値しない」というのが理由だ。


 ■素直な気持ちで

 だが、小沢氏は自民党に所属し、自治相だった昭和61年4月2日、参院地方行政委員会で佐藤三吾氏=当時社会党=に公式参拝するかどうかを問われ、こう淡々と答弁している。

 「お国のために一生懸命戦って亡くなった戦没者に参拝することによって、誠の気持ちを表すということだ」「A級(戦犯)であろうがB級であろうがC級であろうがそういう問題ではない」

 そして、こう付け加えた。「責任論と私どもの素直な気持ちは、別個に分けて考えていいのではないか」。

 小泉政権発足前日の平成13年4月25日。前年に自民党との連立を解消したばかりの自由党党首の小沢氏は、「国のために純粋に前線に出て倒れていった人たちに対し、感謝の気持ちをもつことは当たり前」「素直に受け取ればいい」と、首相の参拝を支持していた。

 民主党副代表だった昨年6月9日には、「本当に『政治家の信念』だというなら、中国や韓国が反発しようとも、堂々と終戦記念日の8月15日に参拝すべきだ」と発言。

 首相を牽制(けんせい)するのが狙いとはいえ、「8・15」の首相参拝に“お墨付き”を与えている。

 こうしてみると、最近の小沢氏の発言は昭和61年当時とは明らかに食い違う。「批判のための批判ではないか」(自民党のベテラン議員秘書)との声もある。

 ただ、当時と靖国参拝をめぐる政治状況も、小沢氏が置かれた立場も大きく変わっているのも事実。小沢氏はかつての自身の言動を念頭に置いているかのように17日、「政府の責任ある立場にいる者が参拝することは(それ以外の人が参拝するのとは)次元が違う」と説明しているが…。
by sakura4987 | 2006-08-18 11:54

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by sakura4987