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2006年 10月 20日 ( 19 )

http://www.toyokeizai.net/online/tk/column2/?page=1&kiji_no=27

 10月9日、北朝鮮が原爆実験を行ったと宣言し、わが国にも緊張が走っています。すでに、日本を含む各国が経済制裁へ動き出しており、周辺事態法の適用も検討され始めています。

 読者のみなさんも、「このまま危機が拡大して、日本に核ミサイルが飛んできたらどうしよう」と心配されているかと思います。そこで、さまざまな疑問を解き明かすべく、私は軍事の専門家に北朝鮮の核兵器とミサイルについて話を聞いてきました。


 ■怖いのは、原爆よりも核廃棄物

 専門家が指摘する主なポイントは以下の通りです。

1.原爆実験について

「核分裂があったかどうかも不明」

「もしプルトニウム爆弾が成功したとしても、ミサイルに搭載できる大きさにする技術はないのではないか(小型化の技術は、爆破より難しい)」

2.ミサイルについて

「ミサイルで怖いのは、原爆ではなく、核廃棄物を打ち込まれること(高濃度の核廃棄物は確実に存在している)」

 これらのコメントを聞いて、私は「北朝鮮が核廃棄物をミサイルで打ち込んでくる可能性はある」と感じました。正直、恐怖です。ちなみに北朝鮮のミサイルの射程は以下のようになっています。


 ■日本は先制攻撃ができるのか

 北朝鮮がミサイルの打ち上げ準備を始めたとき、「わが国は自衛策として先制攻撃ができるのか?」という点について、現在開催中の国会でも議論がありました。

 これに対する、久間章生防衛庁長官の答えは、「日米安保体制を機軸に、自衛隊は盾(たて)、米軍は矛(ほこ)としての役割を果たす。つまり自衛隊は敵基地攻撃をせず、米軍が攻撃を行う」といったものでした。これは1983年2月の中曽根康弘首相答弁から続く典型的な政府見解です。

 過去にも同様の議論はあり、2003年の北朝鮮軍の日本海に向けての地対艦ミサイル発射に関して、小泉純一郎首相は、

 『相手国の攻撃意図が分かったときに相手をたたく攻撃兵器を持つべきだという防衛専門家の議論は承知しているが、政府にそのような考えはない。必要最小限の専守防衛に徹し、足らざるは日米安保条約、アメリカの抑止力によって、日本の安全を確保すべきである。』と答えています。

 また、2005年のBMD(弾道ミサイル防衛システム)の議論においても、『弾道ミサイルを空中で迎撃するミサイル防衛は我が国の専守防衛の考え方に沿った措置であり、ミサイル基地の攻撃は、日米安保条約の運用上から米軍にゆだねられる』との見解を政府は示しています。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


◆日本は、北朝鮮に先制攻撃ができるのか?(2)

憲法解釈上は、敵基地攻撃は可能である

 では、憲法解釈上、敵基地攻撃は可能かというと、答えは「YES」です。

 1956年、国会において鳩山一郎首相名で以下のような見解が示されました。

 『わが国に対して急迫不正の侵害が行われ、その侵害の手段としてわが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところとは考えられない。

 そのような攻撃を防ぐのにやむを得ない必要最小限度の措置をとること、たとえば誘導弾等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ可能であるというべきである』

 つまり、「ミサイルや爆撃機により我が国が攻撃を受ける場合について、相手基地を攻撃することは法律上(憲法上)可能」との政府見解が示されています。

 このように法律上(憲法上)は、敵基地攻撃はできるが、敵基地攻撃力は抑制する、というのが現在の政府の態度となります。では、政府の政策が変われば、物理的に自衛隊は敵基地攻撃ができるのでしょうか?


 ■数年は時間がかかる

 これは当然「NO」です。現状の装備では敵基地攻撃はできないと考えられます。

 防衛庁(2003年、守屋武昌防衛庁防衛局長の国会答弁)によれば、「地対地ミサイルや爆撃機を装備するだけでは、敵基地攻撃は不可能で、全体システムとして敵地攻撃能力を装備しなければなりません。

 全体システムとしては、

 (1)敵の防空レーダー破壊能力、

 (2)航空機の低空進入能力、

 (3)空対地誘導弾または巡航ミサイル、

 (4) 敵基地に関する正確な情報収集能力

 の4つが必要であるとのことです。これらのシステムを構築するには数年は必要だと思われます。


 ■これから議論が巻き起こる

 このまま経済制裁が発動し、経済制裁を宣戦布告とみなすとしている北朝鮮が次の活動を起こせば、今後、敵基地攻撃の議論は、活発化すると思われます。

 私は、『ミサイルによる被害を回避するため、相手国から宣戦布告があり、ミサイルの発射準備が始まった時点で、わが国は自衛権を発動し、敵基地攻撃することはありうる』と考えています。

 しかしながら、「敵基地攻撃」については、以下のような懸念が示されていることも忘れてはなりません。

1.敵基地攻撃のために日本が対地ミサイルや爆撃機など攻撃型兵器を装備すると、中国を含めた東アジア諸国で軍拡競争が起きるのではないか

2.北朝鮮のミサイルは、韓国に向けられており、日本の敵基地攻撃により韓国までリスクにさらされるのではないか

 これらの不安要素を考慮に入れた上で、我が国は合理的な判断を下す必要があります。


●藤末健三(ふじすえ・けんぞう)

 早稲田大学環境総合研究センター客員教授。清華大学(北京)客員教授。参議院議員。1964年生まれ。86年東京工業大学を卒業後、通商産業省(現経済産業省)入省、環境基本法案の検討や産業競争力会議の事務局を担当する。94年にはマサチューセッツ工科大、ハーバード大から修士号取得。99年に霞ヶ関を飛び出し、東京大学講師に。東京大学助教授を経て現職。学術博士。プロボクサーライセンスをもつ2女1男の父。著書に『挑戦!20代起業の必勝ルール 』(河出書房新社)など。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:30
 (東亜日報 06/10/16)

http://japan.donga.com/srv/service.php3?biid=2006101646758

 「スウェーデンには高等教育を受けたのにもかかわらず、わざと職業を持たないで、家でペイント塗りをするか、家事を手伝う人が多いです」

 スウェーデン国民は働いて稼いだ収入の3分の2程度を税金で納める。月曜日から金曜日まで働いたら、木曜日の昼食以降から金曜日まで働いた分だけ実際「本人の分」になるわけだ。

 家で休んでも国から少なくない失業手当などが出るため、敢えて職場に通う必要がないと判断する人が増え、失業率は高まってきた。


 スウェーデン出身のビヨン・タラス・ワーバーグ世界納税者連盟事務総長は13日、ソウル中区南山洞(チュング・ナムサンドン)にあるパシフィック・ホテルで東亜(トンア)日報の単独インタビューに応じ、「このような雰囲気のため、今回スウェーデン総選挙で税金を減らすという右派政党が勝利したのだ。スウェーデンは決して韓国が見習うべき福祉モデルではない」と話した。

 ビヨン事務総長は「60%を超える所得税と2.5%にのぼる保有税、それによる高い失業率がスウェーデン総選挙の向方を決めた」と評価した。氏は16日に出国する。


――今回、韓国を訪問した目的は何ですか。

 「12~15日に開かれるアジア太平洋地域租税政策フォーラムとアジア納税者連盟大会などに参加するため、韓国納税者連盟の招請で韓国を訪問しました」


――最近、スウェーデン総選挙で右派が勝利した原因は何だと思いますか。

 「多くの税金を納めなければならない国民は満足することができません。西欧社会は生産性は高めたが、雇用を増やすことはできませんでした。税金の多いスウェーデンも失業率を下げることができませんでした。国民が家にいた方が得だと思ったからです。スウェーデンは韓国に絶対良いモデルではありません」


――韓国は以前には子供が少ないか、持たない少数者に税金を控除する恩恵を与えたが、少子化問題が生じてから、子供の多い世帯の税金を軽減してあげようとしています。

「少子化に備える方法としては良いと思います。しかし、問題は少数者に対する恩恵を子供の多い世帯がそのまま享受するという点です。一方の恩恵を減らして他方の恩恵を増やす方法は良くありません」


――韓国は保有税率を長期的に1%まで引き上げようとしています。保有税についてはどう思いますか。

「保有税は非常に悪い税金です。実現しない所得に対する税金だからです。税金を納めるために家の部屋や煙瓦を売るわけには行かないでしょう。実際、今回のスウェーデン総選挙で左派が敗れた理由の一つは高い保有税率でした。右派は多くの保有税を減らすことを公約に掲げました」


――保有税率が高いと、どんな問題が発生しますか。

「通常、富裕層を狙った税金は結局庶民の負担につながりがちです。特に保有税はレンタル費(賃貸費)などに転嫁される部分があるため、庶民の負担が大きくなる可能性が高いです。韓国はまず、家を1軒しか持たない引退者を配慮しなければなりません」


――韓国政府に助言をするとすれば…。

「高い税金は経済成長を鈍くさせるため、韓国は税金を減らして福祉より経済成長に重点を置いた方が良いです。先に経済成長で福祉のための環境を作るのが急務です」


 ビヨン事務総長は1984~1985年、スウェーデンのエリクソンテレコムの副社長を勤め、さらに世界銀行の顧問を勤めた。1988年に世界納税者連盟を創立し、2004年まで会長を務めた。その後から事務総長として仕事をしている。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:29
 (大紀元時報 06/10/19)

http://jp.epochtimes.com/jp/2006/10/html/d25191.html

 「第33回防衛セミナー」が(社)隊友会事務局の主催で6日午後、東京新宿の損害保険ジャパンビル本社講堂で行われ、グランドテーマ「日本の果たすべき役割と進むべき方向」を受けて、ハドソン研究所首席研究員・日高義樹氏が「米中冷戦が始まった」という演題で講演を行い、在日沖縄米軍海兵隊のトランスフォーメーションに関する戦略的意味、朝鮮半島と台湾海峡にコミットメントする米国防省の21世紀に関する考え方などについてその認識を述べた。

 日高氏は、ウィンター米海軍長官とワシントンで会談した経緯から、在日米軍の沖縄海兵隊が米国の戦略ではなく、地元沖縄住民の民意によってグアムに下がると説明、米軍グアム基地の戦略目標はあくまで、朝鮮半島、台湾海峡を臨むものであり、米国領内に下がった実戦部隊の海兵隊は、経費は日本側が潤沢に負担するものの、もはや「日米安保条約第5条」には縛られず、新しく条約を締結しなければ、日本有事の際には、議会の承認と大統領の同意がなければ出動できなくなったと警告した。

 また、横田の防空基地センターも国内からハワイ・ヒッカム基地に移転しており、唯一の実戦部隊である沖縄海兵隊もグアムに移った現状では、日本政府がいくら巨額の防衛経費を負担しても、「お金を払ったから、自動的に守ってくれる」というのは国際常識構図にはなく、国際的な戦略環境が大きく変化した現在、自国で防衛できる戦略的組織や国家安全保障の考え方を立ち上げなければこれに対応できないとの認識を示した。

 今回の安倍政権下に国家安全保障会議(NSC)ができたが、そのモデルとなった米国の現状について言及、この根拠となった米国家安全保障法は1947年12月25日に制定され、当時のトルーマン大統領が「CIAを運用してその助言の中心として考える」ものであり、「戦略的な大統領」と「情報機関を運用できる補佐官」がいなければ機能しないと説明、日本に戦略的な思考を持つ指導者と米CIAに代表されるような情報機関が二つ揃わなければ疑問であるとの認識を示した。

 中国はここ十数年、意図不明確なまま軍事力を拡大し続けており、米国防総省筋の情報によると、2007年には射程9000-10000kmの長距離核ミサイルを数百発、最大限700発を装備するとみられており、現在ミニットマン・ミサイル500発を保有する米国に対抗するもう一方の「軍事的スーパーパワー」に台頭し、2008年以降に台湾海峡を中心に緊張が高まるであろうと警告した。

 米ワシントン筋によると、ロドマン米国防次官補は、中国が北朝鮮に石油や食料のみならず、戦車やミサイルなど軍備も提供していることに焦燥感を持っているという。一方、ハードレー・米NSC大統領補佐官は、米軍事衛星の解析映像から中朝国境地帯の中国領内に中国陸軍2個師団が駐留していることから、もし金正日政権が崩壊したら、大量の難民が中国領内に押し寄せてパニックになるため、これらの部隊で平壌を制圧し、「中国は北朝鮮を呑み込む」であろうとの認識を示したという。

 日高氏は、極東における安全保障の問題点として、第一に「中国軍事力の台頭」、第二に「北朝鮮政権の悪意」、第三に特に重要なこととして「米国の国家的スタンス」を挙げた。現在のブッシュ・ドクトリンは、中東テロリストとの対決と石油が、その戦略目標となっており、既に「アジアから撤退しつつある」と指摘、米国民はこれまでの「国際的コミットメント」「自由貿易」に不満を持ちつつあり、米軍は海軍を強化、米政府の外交世界戦略は「孤立主義」に180度転回しつつあるという。

 日高氏は米国が孤立主義に立ち返りつつある要因として、新しく米国民になった東欧系の貧しい市民が「保護貿易」を訴えて共和党を支持しつつあること。そして、米FRB議長・グリーンスパン氏が米政府の意向を受けてここ数年ドル通貨を大量発行し、世界中で米軍が戦闘を開始した結果、このドル通貨が米国内の株式と土地に投資されてバブル景気となったが、その大量発行額52兆ドルの内、約50%は米国民1%の人しか恩恵を受けておらず、「現在の政策は間違っている」と認識する米国有権者の声が、2008年の大統領選挙に反映される可能性があることを指摘した。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:29
 日本の核保有をめぐる議論に関し、安倍晋三首相は政府はもとより自民党としても正式機関で議論することはないと述べた。首相は同時に「議員個人個人が話すことはある。日本は言論の自由がある」とも語った。

 核実験を実施した北朝鮮の脅威を前にして、日本の平和と安全は、米国の核の傘いかんにかかっている。

 ライス米国務長官は「米国は日米安保条約(に基づく日本防衛)の義務をすべて果たす。米国には日本への抑止をあらゆる形で履行する意思と能力がある」と述べた。日本の安全に対する米国の核抑止力が有効であると内外に宣言したものであり、歓迎したい。

 ただ、日本としては将来を見据え、さまざまな選択肢を論議することも必要だ。核保有に関しては国会でかつて活発な議論を繰り広げた。

 昭和34年3月の参院予算委員会で岸信介首相は「政策として核兵器は保有しないが、憲法としては自衛のための最小限の核兵器を持つことは差し支えない」と答弁した。この「自衛上の小型の核兵器」保有は違憲ではないとの政府の立場は今も変わっていない。

 のちに核を製造せず、核を持たない、持ち込みを許さないとする非核三原則を宣言したことなどで、核保有政策は現実には取りえない。だが、それで日本は大丈夫なのかという疑問が提起されるのは自然だろう。

 世界平和研究所(会長・中曽根康弘元首相)が9月にまとめた提言で、「非核保有国としての立場を堅持し、NPT(核拡散防止条約)体制の強化に努めるとともに、将来の国際社会の大変動に備え、核問題の検討を行う」としたのも、そうした問題意識に基づいているものに違いない。

 その意味で自民党の中川昭一政調会長が「日本が核をもたずに北朝鮮にどういう対抗措置ができるのか真剣に議論しなければならない」と訴えたことも、その文脈の一つだろう。

 この発言に対し、与野党から「議論をすることも世界が疑念を抱くからだめだ」などの意見が相次いでいる。  自由な言論を封殺することはあってはならない。核に関する論議をあまりにタブー視しすぎているためではないか。思考停止を続けていては、いつまでも普通の国にはなれない。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:28
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2598950/detail

やくざと企業の“深い”関係も指摘

 元公安調査庁調査第二部長(1995年退官)の菅沼光弘氏が19日、東京都千代田区の日本外国特派員協会で講演し、「日本はスパイ天国。諜報に対して脆弱(ぜいじゃく)なんてものではない」と語った。

 菅沼氏はカウンターインテリジェンス(防諜)に対する法制度の不備を“1つの原因”とした上で、「日本人には自国を守る意識が乏しい。自分で自分を守る心のない国に秘密などあるわけがない」と力を込めた。

 安倍晋三首相が提唱する日本版の国家安全保障会議(NSC)についても触れ、「新しい情報機関は、金とヒトを集めればできるものではない。情報の収集・分析には十分な経験と豊富な蓄積が不可欠」と述べた。

 日本の裏社会の象徴であるやくざについては、「いわゆる暴力団対策法により、賭博やドラッグなどの伝統的な収入源は完全に絶たれた。しかし、街宣活動で大きな収入を得ているほか、融資という形でITベンチャーなどの企業活動にどんどん進出して(収入を得て)いる」と実相を語った。

 同氏はやくざと警察の関係について「警察と親しかったやくざは、同法施行後に警察との接触をやめた。やくざの経済活動は巧妙になり、日本の警察はやくざについてほとんど分からなくなっている」と解説した。

 また、日本の祭りや芸能がやくざと渾然一体となって発展してきたこと、NHKが『清水の次郎長』を放映していることなどを指摘し、「日本にはやくざを歓迎し、あこがれ、肯定する気持ちがあるからこそ、やくざが日本社会に浸透できる」と持論を展開。

 さらに、名古屋の超高層ビル「ミッドランドスクエア」(名古屋市中村区)や中部国際空港(愛知県常滑市)の建設に、トラブルが何もなかったことに疑問を呈した上で、企業とやくざの結びつきにも言及し、「地元の大手企業が仕事をする上で、絶対にやくざを必要としているハズ」と述べた。

 証拠については「いくら調べても出てこない」としたが、「証拠がないのは、その事実がないということではない」と話し、自らと親交のある関係者から情報を得ていると情報のプロらしい話を披露した。

 北朝鮮問題について、「想像でしかないが、船舶の往来禁止により、隠れて流入している覚せい剤やスーパーKなどが流通しないことで、それで資金を得ていた軍や工作機関は大きな影響を受けるだろう」と話した。

 朝鮮総連については「警察からの干渉を恐れているが、理由がないと法的措置は講じられないので、ただちに警察が動く可能性はゼロに近い」との意見を述べた。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:27


http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200610170075.html

 大阪市民であれば、ゲイやレズビアン同士の「結婚」を、市長が祝福します――大阪市は17日、街の活性化を目指す「創造都市戦略」骨子案を公表し、参考としてこんなプランを披露した。担当者は「議論はあるだろうが、多様性を許容するざっくばらんさが、大阪らしいのではないか」と話している。

 新戦略作成をめぐっては6月、市各局・区から選ばれた中堅職員30人がプロジェクトチームを結成。「交通利便性の向上」「大阪の売り出し」など5テーマを掲げ、15の事業案を考え出した。

 お金をかけない「既存施設の活用」の項目で挙がったのが、結婚祝福式だった。市内に住むカップルを月1回、10組ほど募り、市役所1階ホールで、市長がお祝いカードや握手などで祝福する。

 同性愛者ら国内では法的に結婚できないカップルも対象。行政が多様な人の生き方を積極的に認めることで、「本当に人にやさしいまち大阪」を目指すという。

 ほかの事業案は18日午前10時から、市経営企画室のホームページで確認できる。


●大阪市では、市民の皆様から「市民の声」としてお受けしています。
http://www.city.osaka.jp/shimin/opinion/index.html

●大阪市外の方はこちらから
http://www.city.osaka.jp/shimin/opinion/01/index.html

市長室
場所 : 市役所 5階
 電話 : 秘書担当
06-6208-7231
国際交流担当
06-6208-7244
 Fax : 秘書担当
06-6202-6950
国際交流担当
06-6227-9871
広報担当
 場所 : 市役所 5階
 電話 : 06-6208-7253
 Fax : 06-6227-9090
市政だより、テレビ・ラジオ、インターネット等様々なメディアを活用した、市政情報や大阪の魅力等の発信。
報道担当
 場所 : 市役所 5階
 電話 : 06-6208-7261
 Fax : 06-6227-9872
by sakura4987 | 2006-10-20 10:27
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200610170075.html

 大阪市民であれば、ゲイやレズビアン同士の「結婚」を、市長が祝福します――大阪市は17日、街の活性化を目指す「創造都市戦略」骨子案を公表し、参考としてこんなプランを披露した。担当者は「議論はあるだろうが、多様性を許容するざっくばらんさが、大阪らしいのではないか」と話している。

 新戦略作成をめぐっては6月、市各局・区から選ばれた中堅職員30人がプロジェクトチームを結成。「交通利便性の向上」「大阪の売り出し」など5テーマを掲げ、15の事業案を考え出した。

 お金をかけない「既存施設の活用」の項目で挙がったのが、結婚祝福式だった。市内に住むカップルを月1回、10組ほど募り、市役所1階ホールで、市長がお祝いカードや握手などで祝福する。

 同性愛者ら国内では法的に結婚できないカップルも対象。行政が多様な人の生き方を積極的に認めることで、「本当に人にやさしいまち大阪」を目指すという。

 ほかの事業案は18日午前10時から、市経営企画室のホームページで確認できる。


●大阪市では、市民の皆様から「市民の声」としてお受けしています。
http://www.city.osaka.jp/shimin/opinion/index.html

●大阪市外の方はこちらから
http://www.city.osaka.jp/shimin/opinion/01/index.html

市長室
場所 : 市役所 5階
 電話 : 秘書担当
06-6208-7231
国際交流担当
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 Fax : 秘書担当
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報道担当
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 Fax : 06-6227-9872
by sakura4987 | 2006-10-20 10:26
http://www.kobe-np.co.jp/kyodonews/news/0000142367.shtml

 政府は17日、北朝鮮の核実験実施発表に伴う国連安全保障理事会の制裁決議採択を踏まえ、周辺事態法などを適用して日本海周辺で船舶検査を行う場合の自衛隊活動の基本計画について調整に着手した。

 戦闘に巻き込まれる事態を極力回避するため、船舶検査と米軍艦船への燃料補給は日本の防空識別圏(ADIZ)下の海域に限定。対馬、津軽両海峡でP3C哨戒機などによる航行監視を強化するとともに、日本海にイージス艦を配備して警戒を強める。

 18日に来日するライス米国務長官と麻生太郎外相との日米外相会談で、安保理決議に盛り込まれた貨物検査に米側がどう対応するのか説明を受けた上で、基本計画の詳細を詰める構えだ。

 防空識別圏は空からの攻撃に備えるため領空の外側に設けた空域で、領土から400-500キロ圏に定めている。通報なく侵入した場合は国籍不明機と判断、迎撃機の緊急発進の対象となる。

 政府は周辺事態法に基づく米軍への燃料などの補給活動や船舶検査活動法による船舶検査を実施する際、防空識別圏内の海域であれば

 (1)日本側の航空優勢が確保できる

 (2)戦闘に巻き込まれる危険性が相対的に低くなる-と判断した。

 1999年に北朝鮮の工作船が日本海で領海侵犯した際、政府は海上自衛隊に初の海上警備行動を発動したが、日本の防空識別圏を越え逃走した海域で追跡を断念した経緯がある。

 防空識別圏下での船舶検査は、米軍が朝鮮半島東側の日本海と西側の黄海で貨物検査を実施することを想定。

 米側の具体的な方針を待って最終判断するが、この想定に沿って米側が活動した場合、海上自衛隊は船舶を強制的に停止させるなどの措置がとれないため、船舶検査の要請に従わない船舶の情報を米側に伝達する対応を検討している。

 周辺事態法と船舶検査活動法によると、後方支援は日本の領域に限られているが、海自が米艦船の近接海域で船舶検査に当たった場合、公海上でも後方支援が可能。

 このため、米艦船が効率的に展開できるよう防空識別圏下の境界付近で燃料などを補給する案が浮上している。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:24
http://www.janjan.jp/living/0610/0610152767/1.php

わしは右翼だった

 「わしは若いころは国粋主義に心酔していて橋本欣五郎の大日本青年党(大日本赤誠会)に入っていた」

 始めて聞く話に私はちょっとショックを受けた。しかしそう言えば、昭和30年代半ばから40年代ごろまでは産経新聞を愛読していたし、それらしき交友関係もあった。父のつき合いは間口が広く来る人拒まずで、私が子供の頃ろくでもない人間や、怪しげな人たちがわが家に出入りしていた。

 思い出すままに挙げると、よく来たのが近所の酔っ払い。闘鶏をする、バクチ打ちも「鶏つぶしてくれ」と、ひねたシャモを抱えてやって来た。品物を仕入れても最後は必ず踏み倒す男とも一緒に商売をしたことがある。

 自称鹿児島県の山持ち(山林地主)の息子と言う東京弁を使うヤマ師もチョコチョコ見かけた。詐欺師、ペテン師、チンピラ、ヤクザ……公安刑事も来た。

 母は父のことを「誰でも彼でもあの人はええ人じゃ、ええ人じゃとすぐ信用する」といつも嘆いていた。けっしてお人よしというわけではないのだが、人から頼みごとをされると断れない。下から持ち上げられると、ころっとだまされる。こんな人間を家族に持つと家は間違いなく貧乏をします。

 閑話休題、そんな人間関係の中で興津ケンペイという人がいた。通称ケンペイ、ケンペイと呼ばれていたので、私は長い間ケンペイが本名だと思っていた。実は戦前陸軍の憲兵隊にいたのでそう呼ばれるようになったという。

 その興津さんは子供だった私にも敬語を使う礼儀正しい堅気のおじさんで、満州事変の立役者、石原莞爾将軍の信奉者だった。

 父は別に石原将軍の思想や日蓮宗に共鳴していたわけでもなかったが、「樋口のお伯父さん(郷敏樹の母の兄)は石原莞爾と陸軍大学のとき住んでいた官舎がちかくで仲が良かった」と言っていたので、興津さんとは話が合ったのだろう。

 その他に榎本さんという物静かな、もと右翼だという人もたまに話をしにきていた。

 戦前陸軍中将であった大伯父樋口季一郎は橋本が国家を改造する目的で陸軍参謀本部の少壮将校を中心に設立した桜会の初期メンバーであり、ハルピン特務機関長や参謀本部第二部長、北方軍軍司令官の経歴がある対ソ戦のエキスパートでもあったが、父・大伯父ともに橋本とは不思議な縁でつながっている。


橋本欣五郎と大日本青年党

 橋本欣五郎(はしもと・きんごろう)は明治23年(1890年)岡山県岡山市に生まれ、7歳の時福岡県門司市に引っ越しをする。熊本幼年学校を経て明治44年(1911年)陸軍士官学校(第23期生)を卒業後、久留米の野戦砲兵第24連隊付少尉に任官される。大正6年(1917年)陸士卒の一割程度しか入れない難関の陸軍大学に入学をして、語学はフランス語・ロシア語を学んだ。この年は世界を震撼させたロシア革命が起こった年であり、軍事・政治・思想の探究心に燃える橋本に大きな影響を与えたと思われる。

 陸大を卒業後、大正10年(1921年)参謀本部第二部ロシア班に勤務をする。その後ハルピン特務機関勤務を経て大正12年(1923年)満州里(マンチュリ)特務機関長となる。

 昭和2年(1927年)トルコ大使館付武官として勤務するが、そのころトルコでは封建的なオスマン・トルコ帝国が瓦解し、民族主義的な国民革命が達成されつつあった。それを主導したのがトルコ共和国初代大統領ケマル・パシャ(アタチュルク)である。橋本は赴任早々目の当たりにした革命の息吹に感激し、ケマルの熱烈な心酔者となる。

 その後スターリンとの権力闘争に敗れたトロツキーが昭和4年(1929年)2月11日コンスタンチノープル(イスタンブール)に追放されてきたが、まもなくマルマラ海のプリンキボ島に移る。トロツキーはここで4年間過ごすのだが、橋本はその動静を探るため大使館の根本外務書記生をプリンキボ島に常駐させていた。橋本は対ソ情報収集やロシア革命研究の過程で、レーニンと共にトロツキーの革命思想・戦術にも強い影響を受けたようだ。

 橋本は昭和5年(1930年)帰国すると、参謀本部第二部ロシア班長となる。同年10月桜会を結成し、クーデターも視野に入れ、一路国家革新運動にまい進し始める。昭和6年(1931年)「三月事件」を意図するが未遂に終わり9月、満州事変にも暗躍する。10月17日、「十月事件」で検挙されるが、重謹慎20日と罪はほとんど問われず姫路野戦砲兵第10連隊付となる。

 その後橋本は関東軍に転属、ハイラル特務機関長を経て静岡県三島野戦重砲兵第二連隊長となった。昭和11年(1936年)2・26事件が勃発するや、急遽上京した橋本は事態の収拾に奔走するが、決起した将校達は逆賊となり、不本意な橋本は予備役となる。陸軍内の皇道派は粛清され、橋本は軍務を離れたことから、クーデターによる政権奪取をあきらめ、民間からの草の根的全体主義運動を起こそうとした。

 同年10月17日、大日本青年党を創立して統領と称し、「橋本欣五郎宣言」を発表する。橋本は旧態の古臭い右翼のイメージを一新するため、明治神宮での結党式にはモダンな紺のサージの制服を着て、天皇帰一をシンボル化した赤地に白丸を射抜いた党旗「白日赤誠旗」を掲げ臨んだ。

――宣言 世界は今や、唯物的自由主義制度の行詰りにより、茲に一大更新を必要とする歴史的転換期に直面せり。然るに世界各国は、何れも旧国家生活姿態より未だ完全に更生し得ず、其の実力相伯仲し、嶄然他に光被するに足る体制を有する国家なし。

此時代に於て一歩を先んじ、優秀なる国家体制を確立するものは、正に世界に光被するを得べし。惟うに八紘一宇の顕現を国是とする我国は、即時基本然の発揮に依り、国民の全能力を挙げ
天皇に帰一し奉り、物心一如の飛躍的国家体制を確立し、光輝ある世界の道義的指導者たるを要す。右宣言す。――
昭和15年12月31日発行、橋本欣五郎著「革新の必然性」より

 橋本は対外的には親独伊、英米撃滅論者で満州領有など大陸に積極侵出することを主張し、「支那事変」解決のため英国の援蒋ルートを遮断し南進を唱えた。また国内政治では党の使命として、財閥と結託し腐敗した政党政治を否定し、国民総動員を目標とする一国一党の実現を目指した。

 同じころドイツ第三帝国ではヒトラーにより国家と党の統一がなされナチス(国家社会主義労働者党)はドイツ唯一の政党となっていた。ベルサイユ体制の打破を掲げ、第一次大戦での失地回復を目指すヒトラーは世界から驚異の目で見られていた。

 昭和12年(1937年)7月7日、盧溝橋での銃声で戦火が瞬く間に中国全土に広がった。8月、橋本にも召集令状がきた。党活動は著についたばかりではあったが、予備役の建川美次中将に統領代理をたのみ、小倉の野戦重砲兵第十三連隊を率いて出征をする。橋本はそれから1年7ヶ月にわたって中国大陸の戦場で指揮をとった。

 昭和14年(1939年)3月、橋本は内地に帰還し、再び党務に復帰し党勢の拡大に乗り出す。同年11月19日、大日本青年党の第三回党大会は東京日比谷公会堂で開かれたが、そこでの組織方針は田々宮英太郎著「橋本欣五郎一代」によると、議会政治とは一線を画し、組織力を強化し党員を拡大するとして、その対象者は「党の主体勢力は青年勤労者層に在り、依って之を組織の第一対象者とす」とある。

 当時日本は米英に対抗するためナチス・ドイツとファッショ・イタリアに接近を図り、ヒトラーユーゲント(ナチスの青年組織)などが日本に交流のためよく訪れていた。

 ヒトラーユーゲントの代表団は、選ばれた長身・金髪・碧眼の若者達で、見事に統率された集団行動やきびきびした態度振る舞いで日本の青少年たちを魅了した。私は昭和一桁うまれの知人が昭和15年(1940年)ごろ、神戸を訪れたヒトラーユーゲントの代表団を間近に見て、あこがれたことを聞いたことがある。世界は新体制を求めるドイツ・イタリア・日本などで全体主義思想が跳梁跋扈していた。

 橋本は新党の名前をトルコの「青年トルコ党」からヒントを得て大日本青年党と名づけ、組織は青年を中核にした大衆動員で成功したドイツの突撃隊やナチスを参考にしたようだ。

 大日本青年党の勢力は前掲の「橋本欣五郎一代」によると結成時7名から第一回党大会参加者6百名、第二回党大会参加者は1千名になり、橋本が帰還してから初めて開かれた第三回党大会では全国から2千数百名の代表が参加し躍進した。

 昭和15年(1940年)元旦に書かれた「日本の目標」と題された橋本の文章には紀元二千六百年記念事業として10万人の党員獲得を期するとしている。しかし党員対象の若者は兵隊に取られて内地では少なくなっていた。そこで橋本はかつて特務機関員として勤めた古巣である満州の開拓青少年義勇軍に目をつけた。


支那は熟れた肉

 父はどんなきっかけで大日本青年党に入ったのだろうか。
 「満鉄二井訓練所のときだったか南学田(みなみ・がくでん)開拓団に移行した頃だったか、はっきりした時期は忘れてしまったが……昭和15年か16年ごろ勧誘に来た。わしは義勇軍訓練所で加藤完治の農本的国粋主義を叩き込まれたが開拓団で農業を余りやる気が無かった。それで何か面白いことが無いかと思っていたところ青年党のオルグが来た」

 満州にいた活動的な党員は5・15事件や2・26事件の残党が多かったという。
 「2・26事件に連座して処刑された、西田税の部下だった、とくまる曹長と呼ばれる男と一緒に行動をしていたことがある」
 彼らは、満蒙は日本の生命線だとよく言っていたという。
 「満州は日本が切り取って当然だといっていた。その根拠は日清・日露の戦いで満州には10万の英霊が眠っているというものだ。連中は、支那は熟れた肉で西洋列強に切り売りされる前に獲らねばならん。それにはまず北支を征するとも言っていた」 


天皇制社会主義

 大日本青年党は講演会や演説会をひらいて組織を拡大していたという。

 「北の蒙古の町ハイラルから南の港湾都市大連まで橋本大佐の満州縦断講演旅行があったが、わしは一部、大佐の乗る馬の手綱もちとして同行したことがある。各会場は盛況で各種農業団体からの参加者が多く、いろいろな右翼団体がひしめいていた」

 当時の満州は恐慌によって職をなくした農民、労働者、商工業者など、さまざまな人達が一旗上げようとやってきた。

 「自由主義・資本主義は一部の資本家だけが肥太るので反対した。三井・三菱などの財閥、既成政党は敵だった。天皇をいただいた社会主義が良いといっていた。当時社会主義やファシズムはそんなに悪いイメージは無かった。むしろ社会主義の平等は良い。しかしそれだけだとみんなが勝手なことをする。それで天皇が上で重石になるという考え方だ。血統も何千年も続いている由緒あるものだし、とにかくこんなええもん(天皇制)はほかにない、世界中に広めようと無条件で信じていた」

 橋本の論説には社会主義や共産主義を肯定するような考え方はない。しかし対ソ戦の専門家としてロシア革命の研究をしていた橋本には貧困や抑圧が社会主義や共産主義思想に人々を接近させること、その哲学に若者をひきつける魅力があることが分かっていた。

 そこで、社会主義の肯定的イメージを取り込むのに天皇をいただいた社会主義=日本の全体主義=天皇帰一と一般党員に説明していたのではないだろうか。

 天皇帰一、八紘一宇これが大日本青年党の根本だったという。橋本は英米の個人主義、自由主義、資本主義は金儲け第一主義で腐敗した、時代に遅れた制度でファシズムに取って代わられるとみていた。現実にニューヨークの証券取引所に端を発する大恐慌は日本にも昭和恐慌を招き寄せ、庶民は塗炭の苦しみを味わっている。仕事をなくして満州にやってきた人たちには彼の主張は心に響いた。


独伊と結び英国を撃攘せよ

 橋本は南京攻略戦のとき揚子江の上流に逃げる何万人もの中国敗残兵を乗せた船を砲撃して沈めたが、そのとき付近にいた英国軍艦レディーバード号も砲撃して問題になったことがある。橋本は激烈な反英主義者で、トルコ大使館付武官の経歴から大英帝国が中近東で、インドで、世界でいかに勝手気ままに振舞ってきたか良く知っていた。前掲の「革新の必然性」には次のような文章が載っている。

――当面の問題としても支那事変が容易に片付かないのは、端的にいえば、英国が蒋介石の尻押しをしているからだ。ロシアの尻押しなどは高の知れたものだ。現実に、具体的に抗日政権を助け、仏ソ米を誘い入れて、対日包囲網を展開しつつあるのは英国だ。
支那事変解決の第一義、東亜新秩序の要諦は極東から英国勢力を撃攘することにある。こんな自明の理も知らず。何の外交があり得るか。――

 昭和15年(1940年)9月27日、第二次近衛内閣は日独伊三国同盟を結ぶ。続いて10月27日、大政翼賛会の発会式が行われ、日本の政党政治に終わりを告げた。橋本は三国同盟締結の前「仁義道」と題した文章の中で次のように述べている。

――今後の世界は、英米仏ソを根幹とする自由主義的民主主義国家群と日独伊を枢軸とする全体主義国家主義的国家群との二大陣営に分かれるのは不可避の現象であり、既に、その対立は尖鋭な事実として進行中だ。―中略― 独伊の結盟は、日本ではいわゆる仁義に基いている。ヒットラーとムッソリーニは口の先や紙上の約束で共同しているのではない。男と男との仁義によって堅く誓い合っているのだ。

若し独伊のどちらかが仁義外れをやれば英仏蘇連衡の手で独も伊も共に打ちのめされることは明白だ。この両者は嫌應なしに仁義を守って一団となり積極的な体當りの戦法に出るしか途が無い。旧秩序に従うか、新秩序を造り出すか、衰亡か発展か、二途択一の絶対境に立っている。

日本はすでに防共協定の名によってこの仁義仲間に入った。入った以上は仁義を徹底するのが男の道であり、男の生きる道だ。いまさら尻込みする手は無い。日独伊協定は防共に限るとか何とかしみったれたことを言うな。結盟は速やかに政治、経済、文化、軍事の全面にわたり最高度に強化さるべきだ。――
「革新の必然性」より

 橋本の言説は率直で分かりやすい。ヤクザの縄張り争いにも似た列強の抗争、合従連衡はその後の歴史の行方を示している。
 日本はドイツの電撃的な西ヨーロッパ制覇に呼応するように南進をし、英仏蘭の権益を侵し始める。国内では第二次近衛内閣の発足で新体制運動が進み政党は「バスに乗り遅れるな」と次々解散をする。

 昭和15年(1940年)11月3日、橋本は大日本青年党を「思想団体」大日本赤誠会と改変した。大政翼賛会では政治結社の並立を禁止されたからである。橋本は大政翼賛会発会と同時に常任総務となり政治的地歩を固めた。しかし翼賛会が推進した金融資本の支配制限や経済に対する官僚統制の強化は財界が反発してアカといわれ、平沼騏一郎や柳川平助らの観念右翼や皇道派軍人からは幕府とののしられ、危険視された橋本は有馬頼寧や中野正剛らとともに翼賛会を追われる羽目になる。

 軍部をも抑えうる一国一党を目指す、橋本の理想に近づいたかに見える大政翼賛会も政党、観念右翼、財界、官僚らの思惑違いから、内紛が始まり綱領や規約さえ出来ない有様だった。大政翼賛会は橋本の目指すナチス流の一党独裁体制には程遠かった。現人神をいただく天皇制とは大きな矛盾があった。 


転落

 昭和16年(1941年)12月8日、大日本帝国は清水の舞台から飛び降りた。緒戦の大勝利もつかの間、帝国は坂道を転げ落ちてゆく。橋本は開戦を知るや、大日本赤誠会の本部会議を開き次のように述べる。

 「開戦については意見もあるが、すでに戦争が始まった以上、わが会は全力を挙げて聖戦完遂に努力する」。反英米主義者の橋本にしても内心、2大強国を相手にしての開戦は反対であったと思われる。しかし賽は投げられた。

 昭和17年(1942年)4月30日、第21回総選挙(翼賛選挙)で橋本は福岡4区でトップ当選を果たした後、翼賛政治会総務となった。その後代議士会副会長になり昭和19年(1944年)8月、翼賛壮年団本部長に就任するが、そのころになると「大東亜戦争」はもはや聖戦完遂どころか軍事的な敗北が決定的になっていた。同年9月4日、橋本が手塩にかけて育てた大日本赤誠会(大日本青年党)は解散する。主体となる青年はほとんど兵隊に取られ「聖戦」に飲み込まれてしまったのだ。

 昭和20年(1945年)8月15日、日本はポツダム宣言を受諾して敗戦を迎える。戦後橋本はA級戦犯として訴追され東京裁判では無期禁固刑を受ける。

 昭和30年(1955年)9月17日、10年の獄中生活を終えて巣鴨拘置所を仮出所した橋本は意気盛んで、翌年アメリカからの「真の独立」を訴えて、参議院選挙全国区に立候補するがあえなく落選。その後国立第一病院に入院する。

 昭和の始めより資本主義・自由主義・民主主義打倒を掲げ、革新右翼の立場で天皇帰一、全体主義運動を先導した、反英米主義者には、「サンフランシスコ体制」で対米従属を選択した戦後日本では活躍の場は無かった。橋本欣五郎は昭和32年(1957年)6月29日、肺がんで死去した。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:23
http://www.asahi.com/national/update/1016/NGY200610160012.html

 北朝鮮の核実験実施を受け、名古屋市は16日、市内にある在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)愛知県本部の施設に対する土地、建物の固定資産税の減免をとりやめる方針を明らかにした。減免の条件である親善交流などを行う領事館に準じた機能が失われたと判断した。事態が好転しない限り、来年4月分から適用する。

 同市内には県本部以外に7支部の施設もあり、建物の固定資産税が減免されている。支部については、在日朝鮮人の生活上の公益性があるとして従来通り減免する方向で検討している。

 松原武久市長は16日の記者会見で「国際関係が良好で公益性があることを前提に減免を考えており、こうした関係が踏みにじられた状況においては続けることは困難」と述べ、減免取りやめの考えを表明した。同市は、7月の北朝鮮によるミサイル発射を受け、市内の朝鮮総連施設の固定資産税減免の見直しを検討していた。
by sakura4987 | 2006-10-20 10:23

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987