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2007年 09月 22日 ( 47 )



 (産経 07/9/20)


 マコーマック米国務省報道官は18日の記者会見で、イランの核問題を話し合う国連安全保障理事会の常任理事国5カ国(P5)とドイツの6カ国の外相会合が28日、ニューヨークで開かれると発表した。イランは国際原子力機関(IAEA)と核開発をめぐる情報開示の日程を示す「行動計画」に合意したばかりだが、同報道官は、安保理決議に従わずウラン濃縮活動を継続するイランに対し追加制裁の早期採択を目指す方針を示した。その具体的内容は、外相会合に先立ち21日、ワシントンでバーンズ米国務次官(政治問題担当)を中心に事務レベルで行われる協議で検討される。



 ◆エルバラダイ独走


 マコーマック報道官は会見で、「行動計画」について「十分とはいえない。安保理決議を前に進めるべきだ」と述べた。



 米紙ニューヨーク・タイムズによると、今回、IAEAとイランが秘密裏の交渉で合意した後、米英仏独の4カ国の代表がエルバラダイ事務局長を訪ね共同で抗議した。



 行動計画では、9月末までにイラン中部ナタンツのウラン濃縮施設の査察方法をIAEAと詰めるなどの日程は含まれているものの、国連が求めるウラン濃縮活動停止に言及していないためだ。



 事務局長は、制裁だけでは解決しないとして対話の必要性を強調する。これに対し、米中東専門家は、イラン最高指導者ハメネイ師の外交顧問のベラヤティ氏がイラン学生通信に、「われわれは抑止力を持たなければならない」と述べたことを指摘。「イランの核計画追求は続いている」として、行動計画はイランに時間稼ぎをする口実を与えるだけだとしている。



 ◆欧州、強硬に転換


 ここにきて、米国への“追い風”となっているのが、シラク前政権下で対イラン政策で米国と距離があったフランスがサルコジ政権になって、親米路線の一環として圧力重視に転換したことだ。



 クシュネル仏外相は16日、交渉による解決を目指すとしつつも、「最悪の事態に備えなければならない。最悪の事態とは戦争だ」と警告した。フランス通信(AFP)によると、その後、ロシアを訪れたクシュネル外相は18日、「戦争を避けるためあらゆることをしなければならない」とトーンを弱めて波紋の拡大を抑えようとしてもいる。



 だが、こうした発言は米国には歓迎すべきことだといえる。欧州が米国と足並みをそろえれば、イランに核開発で協力してきたロシアに対しても共同歩調を取るよう圧力をかけられるからだ。



 実際、ペリーノ米大統領報道官はクシュネル発言に関し、「ブッシュ米大統領はイラン問題の外交的解決は可能だと信じている」とする一方で、「いかなる選択肢も排除すべきではない」と、呼応するかのように強調している。



 米国が狙う国際的な対イラン包囲網作りは進んでいるといっていい。



 ◆米国一枚岩ならず


 だが、米国内的には圧力をいかにかけていくかをめぐり議論が続く。外交重視のライス国務長官に対し、チェイニー副大統領らは圧力をさらに加えてイランを封じ込めるべきだと唱えている。



 事態を複雑化させているのがイラク治安回復問題での米イラン対立だ。



 同紙などによると、国務省や財務省がイラク国内の暴力をあおっているとしてイラン革命防衛隊の特殊部隊、アルクドゥスへの制裁強化を検討しているのに対し、副大統領スタッフを含めホワイトハウス側には革命防衛隊全体を制裁対象にすべきだとの意見も根強い。



 イラク駐留米軍は8月に、イランからの派遣要員6人の身柄を拘束したほか、1月にもイラク武装組織の訓練に関与したイラン要員を拘束しており、イランによる“干渉”の阻止に努めている。



 イラン系米国人がイラン国内で数人、拘束されている問題も存在する。



 欧米人権団体はイランでこの数カ月、誘拐や強盗などを働いたとして処刑や死刑判決が相次いでいる点も懸念しており、「米国による攻撃説をはじめ、国際圧力が強まる中で、国内基盤が弱まることを恐れ、治安を強化しようとしているのではないか」(中東情報筋)との見方も出ている。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:25


 (国を憂い、われとわが身を甘やかすの記より 07/9/19)

 http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/304436/

 取材を通じて得たオフレコ情報は、原則として書けません。取材相手が、本当は書いてもらってもいいんだけど、自分の口からは「いいよ」とは言えないという場合の「あうん」の呼吸や、これこれの条件を守るとの約束に基づき、情報源を秘匿した形で言葉を引用することは珍しくありません。でも、取材対象に「書かないでくれ」と言われたことについて記事にするのは信義にもとります。また、場合によっては進行中の政策や外交交渉を壊してしまう恐れもあります。従って、私も本当は書きたいのに書けずにいたことがいくつかありましたが、私は今朝の産経に載った「記者が語る安倍政権(下)」で、その一つについてあえて触れました。今さらの話ではありますが、やはり大事な点だと思ったからです。



 その一つが、今年4月の日米首脳会談で、慰安婦問題について安倍首相がブッシュ大統領に謝罪したとされる件でした。これは、同行取材中の私にも、全く得心がいかないというか、狐につままれたような気がした出来事でした。ワシントンのホテル内のプレスセンターで日米共同記者会見を見ていて、日本人記者が「慰安婦問題についてはどういう話があったのか」という趣旨の質問をしたところ、ブッシュ氏は「首相の謝罪(apology)を受け入れる(accept)。大変思いやりのある率直な声明だ」と述べたのです。



 安倍首相の慰安婦問題に対する意見や考え方、日頃の言動、これまで積み重ねてきたこと…などをみても、「はあ?」という印象を受けました。首脳会談前の米議会幹部との懇談会でも、安倍首相は元慰安婦への同情は表明し、それと同時に「20世紀は人権侵害の多い世紀であり、日本も無関係ではなかった」とは述べていました。でも、これはあくまで当時、慰安婦の置かれた状況についての同情を示したものであり、さらに米国人に向かって、黒人の公民権運動などを思い起こさせ、他人のことを言えた義理か、ということをやんわりと伝えるための発言でした。



 そうであるのに、ブッシュ氏に「謝罪」ってどういうことなのか。また、慰安婦に謝罪するのならまだ分かりますが、何で米国くんだりで大統領なんかに謝らないといけないのか。私は混乱しつつも、東京の政治部に電話を入れ、上司に「どうも筋道が通らない。通訳の問題かブッシュ氏の表現の問題か分からないが、見出しに謝罪と打つのはやめてくれないか」と頼んだのですが、締め切り間際(ぎりぎりでした)でテンパっていた上司に「安倍は負けたんだよ!」と怒鳴られただけに終わりました。翌朝の弊紙には「慰安婦問題 大統領『謝罪受け入れ』」と掲載されました。もちろん、各紙も喜んで大きく書いていました。



 それで4日後に、今度はドーハで安倍首相と同行記者の懇談会形式のインタビューがあった際に、私は「米大統領に謝罪するというのは意味が分からない。実際はどういうことだったのか」と確かめました。すると首相は、「米国に謝罪したということではまったくない。当たり前のことだ」と答えました。やはりブッシュ氏の発言と食い違いますね。また、しばらくして安倍首相が周囲に「いい質問だった」と話していたのを知りました。



 そこで帰国後、この問題ついていろいろと取材を重ねた結果、そもそも慰安婦問題は首脳会談の話題になっていなかったことが分かりました。さすがに情報源は言えませんが、これ以上はないというぐらい確かな筋から聞き、別のところでも確認しました。で、今朝の紙面で私はこう話しています。



 《4月の日米首脳会談のとき、首相がブッシュ大統領に慰安婦問題で謝罪したと報じられているが、実は首脳会談では慰安婦問題は話題にならなかった。会談冒頭にブッシュ氏が「慰安婦問題と牛肉の対日輸出問題の件は話したことにしておこう」と言っただけだったが、共同記者会見で慰安婦問題の質問を受けたブッシュ氏が「安倍の謝罪を受け入れる」と一方的に答えたのが真相なんだよ》



 ブッシュ氏にしてみれば、国内の圧力団体がうるさい牛肉再開問題で日本を攻めたことにしておかなければ都合が悪いし、慰安婦問題は面倒くさいしどうでもいいが、メディアが騒いでいるから話し合ったことにしておこう、ぐらいの気持ちだったのかもしれません。また、慰安婦問題が日本にとってはいかに微妙な問題であるかの認識もなかったのでしょう。いずれにしても、「2秒で終わった話」だったそうです。安倍首相側も、「話したことにする」ことを了承した以上、共同会見でブッシュ氏が述べたことをいきなり否定することもできません。仕方なく、米議会幹部に話したのと同じようなことを話したことにして、口を合わせるしかなかったというのが実態でした。



 首脳会談や国際会議といっても、人間と人間のやることですから、こんな思いもよらぬ展開になり、それが事実として固定化していくこともあるようです。日米首脳会談での「謝罪」問題では、安倍首相は日本国内の保守派からずいぶんと批判されていましたが、米大統領との約束ですから、「実は違うんだ」とは言えなかったようです。あるいはそういう予期できない点も含めて安倍首相の対応が甘いという厳しい見方もあるかもしれませんが、とりあえず、私が知り得た話を書いてみました。



 この問題が、日本と日本人とその祖先の名誉にかかわっている問題だと思っているからです。オフレコ破りは非難されても仕方ありませんが、書かずにはいられなかったという思いがあります。まあ、いろいろと破れかぶれの心境にもあるのですが。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:24



ガザはイスラム・独裁化


 六月中旬、パレスチナのイスラム根本主義過激派組織ハマスがガザを武力制圧し、パレスチナ自治区が事実上、アッバス・パレスチナ自治政府議長主導のヨルダン川西岸とハマス主導のガザ地区とに二分されて以来、三カ月を迎えようとしている。西岸は、欧米諸国をはじめ国際社会の支援を受けて、自由と民主主義を基盤とする繁栄の方向に歩みを進めているのに対し、ガザ地区では、ハマスによるイスラム化政策が、言論や集会の自由を圧迫し、独裁化と経済的衰退への道をたどり始めている。



 西岸では、アッバス議長の指名を受けたファイヤド氏が六月中旬、首相に就任、七月末までに新内閣の政策綱領を発表したが、そこでは、独立国家創建に向けたイスラエルへの基本的姿勢から「抵抗」という表現を全面削除したのみならず、「イスラム教を利用した殺人の正当化」の防止を明言、「男女平等」に取り組む姿勢も強調した。もちろん、イスラエルの存在承認を前提にしている。



 これは、ハマスが、イスラエルの存在を否定し、「抵抗」という名の下に、イスラム教の一部教義を悪用した自爆テロを含む各種対イスラエル暴力・武力行為を正当化し、男性優位のイスラム国家建設を標榜(ひょうぼう)し続けてきた姿勢を抜本的に否定するとともに、イスラエルとの信頼醸成を基本にして、交渉によって国家独立を達成する意思を明確に示したものだ。



 米国を先頭に欧州諸国など国際社会は次々とアッバス議長による、(ハマス幹部)ハニヤ前首相罷免とファイヤド新内閣支持、を表明、ハマス主導内閣時に取っていた経済制裁を解除して支援を再開、イスラエルも、囚人の解放および代理徴収関税の送金などを通じ、新政府支援の方向性を打ち出した。



 滞っていた公務員への給与も支払われ、西岸地区は政治的にも経済的にも安定を取り戻している。



 従って八月中旬にパレスチナの調査機関JMCCが行った世論調査によると、ファイヤド内閣の実績を評価する声が、否定する声を大幅に上回り、ガザ地区においても「ハマス内閣」よりも上との評価を得た。



 それに対してガザを実効支配したハマスは制圧当初、「議長府跡に大モスクを建設する」との、イスラム化の本音を漏らし、八月初旬には、ガザ市にあるサラヤ刑務所で、「受刑者がイスラム教の聖典コーランの一部を暗唱すれば減刑する」との方針を決定した。



 また八月下旬には、ディズニー映画「ライオンキング」そっくりのキャラクターを登場させて、ガザ地区武力制圧の正当性を主張する「アニメ」をテレビで放映、子供を含めた民衆に、「情報操作」を思わせる情報戦術に乗り出している。



 さらにガザ地区では、ハマスによるファタハ要員の逮捕や、ファタハ系の愛国歌を歌ったとの理由で結婚式場を急襲するなどの事件が発生、ファタハ系抗議デモに対して武力鎮圧するだけでなく、マスコミ関係者からカメラを没収するなど、言論、集会などに対する規制を強化、独裁化とイスラム化、情報閉鎖化の傾向に歩みを進めている。



 最新の世論調査でも、ファタハの方がハマスよりも支持を拡大、ハマス人気が陰りが見えている。国際社会によるハマス孤立化政策によるさらなる経済的衰退も予想され、ハマスは、軍事イスラム独裁による自滅も予想される。


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◆イラク近隣諸国が国境沿いに壁を建設

         コンクリート壁に閉じ込められるイラク

 (サバーフ・ジャディード紙 07/9/14)


 http://www.el.tufs.ac.jp/prmeis/src/read.php?ID=11920


 数日前、トルコが我々との国境付近に全長470キロメートルの隔離壁を建設すると公表したが、イランも現在バスラ近くで壁を建造中であり、他方、サウジも以前クウェイトが一部建設したものを引き継いで安全用隔離壁を完成させる用意をしている。これらが完成すれば、イラクは、その出入国を制御する巨大な檻の中に入れられることになる。



 このような事態が発生しつつある一方で、イラク政府はその性質に目をつぶっている。木曜(13日)、内務省スポークスパーソンのアブドゥルカリーム・カラフ少将が述べたところによれば、内務省は、イランやサウジのような隣国がイラクとの国境沿いに壁を建設しようとしている件については何ら情報を有しておらず、むしろそれらの建設を歓迎している。カラフ少将は、「これらの壁建設は、イラク市民を殺傷する武器や爆発物を運ぶ車両の通行を禁じることに貢献する」、「イラクと近隣諸国双方にとり肯定的なことである」等発言した。



 木曜、バスラ警察筋は、イランが、バスラ市に面するイラク国境沿いに建設予定の壁の「相当の」部分を既に完成させていると述べた。アル=シャラームジャ(バスラから南へ15キロ)警察の同筋によれば、「イランはバスラに面するイラン・イラク国境沿いに延びる巨大な壁を建設中であり、バスラのイラン領事はそれを否定するが、建設が行われている事は実態が示している」。



 同様に、サウジ内務省スポークスパーソンも、サウジ政府がイラクとの国境沿いに建設している安全壁プロジェクトは、2009年の終わりにその第一段階が完了の予定であり、これは双方の国境侵犯を防ぐためであると述べた。木曜、ロンドン「アル=ハヤート」紙が伝えたところによれば、マンスール・アル=トゥルキー少将の発言は、「第一段階はサウジ王国北方の国境をカバーする予定で、プロジェクトは一般入札にかけられた」、「同プロジェクトには、特に国境警備隊の補佐を目的とした金属壁部分が含まれる。サウジ・イラク間での、車両、生物による国境侵犯、並びに個人間の連絡の阻止を保証する事が、プロジェクト実施の条件に入っている」等であった。


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◆イスラエル 北の核関連物資破壊? 「シリア空爆」報道相次ぐ

 (産経 07/9/19)


 イスラエルが今月6日にシリア北部を空爆し、北朝鮮から運ばれた核関連物資を破壊したとの報道が相次いでいる。イスラエル政府は異例の沈黙と厳しい報道管制を続け、シリアとの紛争が拡大しないよう極めて神経質になっていることをうかがわせている。


 15日の米紙ワシントン・ポスト(電子版)は、イスラエル当局と接触した米専門家の話として、シリア北部にある農業研究施設でリン酸塩からウラン抽出が行われている疑いがあるとしてイスラエルが動静を監視、今月3日に北朝鮮からシリアに核関連とみられる機器が船で到着したことを受け、6日に同施設空爆が実行されたと報じた。



 一方、16日の英紙サンデー・タイムズ(同)はイスラエル筋の話として、シリアが北朝鮮から核関連物資購入を図っているとの情報に基づきイスラエルは今春から攻撃を準備し、シリアの核武装阻止のため、北朝鮮からの核関連物資を収めた地下施設を空爆で破壊したと伝えた。



 シリア政府は、イスラエル軍機が領空侵犯して爆発物を投下したが、人的、物的被害ともなかったと発表し、激しい非難は控えている。



 イスラエルのメディアは外国メディアを引用した報道を展開。両国政府が詳細なコメントを避けている理由として(1)シリアは北朝鮮との核協力が露見すると困る(2)イスラエルが攻撃を発表すれば、シリアはメンツのため反撃せざるを得なくなる-などと分析している。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:24


 (産経 07/9/16)


 ≪■豪華大使館の後遺症≫


 モスクワの日本大使館新庁舎が開館して半年がたった。ふつうなら、建物内の外交官たちも新鮮な気分で働いているはずだが、開館以来、どうも彼らに元気がないように思えてしかたない。そんな率直な感想を旧知の大使館員に漏らしたら、皮肉を込めたコメントがはね返ってきた。



 「元気を奪ったのは、どなただったかな?」



 この新庁舎、2002年2月の着工前から、「豪華すぎる」と非難の集中砲火を浴びた。産経新聞が口火を切り、その後、多くのメディアが「一流ホテル並みの豪華さ」などと続いた。



 その結果、当初の設計にあった地下プールの建設は中止。その跡は、むきだしのコンクリートの巨大な穴がぽっかりとあいたままだ。400人が収容可能な多目的ホールも、音響設備の予算がなかったため、大使公邸の大型カラオケセットのマイクとスピーカーを代用しているありさま。まるで場末のホテルの宴会場といった趣である。



 そんな大使館に誰がした。外交官たちの元気を奪ったのは、まさにあなたたちメディアではないか。大使館員氏はそう言いたかったのだろう。



 しかし、産経新聞は、ロシアにおける「日本の顔」である大使館を醜く整形してほしいと求めたわけではない。



 日本国の体面を保つ設備は必要だが、大使館員専用のプールがなぜ必要なのか。司会者の声が聞こえないほどだだ広いホールに、ロシアや世界の要人を招き、何を伝えるというのか。国民の血税を無駄遣いせず、実のある外交に取り組んでほしいと主張しただけなのだ。



 ≪■真実よりも愛国心≫


 批判が生かされず、今後の力強い外交につながらないのなら、それこそ日本にとって悲劇である。それに、日露関係の行方は、けちがついた大使館新庁舎を外交官たちが嘆き、意気消沈したままになっているほど悠長な状況にはない。



 ロシアは、高騰する石油マネーで急激に国力を回復させている。北方領土で北朝鮮など外国人労働者が建設工事に従事し開発が進む実態を先日(9日付)本紙で報じた。ロシアが莫大(ばくだい)な資金を投じ、北方領土の長期実効支配に向けて動いている現実である。



 ソ連時代を彷彿(ほうふつ)とさせる政治宣伝がロシアのテレビに戻ってきた。たとえば、9月3日に極東のカムチャツカ半島で行われた対日戦勝を祝う行事を報じたニュース。ソ連軍がクリール(千島)諸島を日本軍から解放して第二次大戦に勝利の終止符を打った、と伝えていた。



 ソ連軍は、日本が降伏後に北方領土を占領し日本住民を追い出して居座り続けているのだが、ニュースはその不法占拠を「解放」という言葉に置き換えている。真実をねじ曲げる報道が再び大手を振り始めた。



 プーチン大統領は「国を愛せるような歴史を子供たちに教えなければならない」と訓示。第二次大戦での戦勝の誇りを愛国心の中心に据えた。それを受け、「真実より愛国心」という空気が政権内で強くなっていることが歪曲(わいきょく)報道の最大の原因だろう。



 「日本に対するコメントも、最近冷たくなってきた」と、ロシアの日本専門家も語る。



 日本がロシアとの領土問題を解決し、良好な善隣友好関係を構築するには、好むと好まざるとにかかわらず、このロシアの「強気病」と対峙(たいじ)しなければならない。



 ≪■元気を取り戻すカギ≫


 弱気病にかかった日本外交が、強気病のロシアに対して沈黙を続ければ、日本は北方領土を永遠に失うだけでなく、国際的な信義や正義をも闇に葬ることになりかねない。



 日露両国がそれぞれ抱える正反対の「病」は、本来なら共に治す努力をするのがいい。だが、強気病の方は高騰する石油マネーが続く限り当面続く。日本はどうしたら弱気病から脱却できるか。



 新約聖書には、救世主イエス・キリストが、パレスチナのガリラヤの地で弟子たちと集まった群衆に宣教している場面がある。



 「求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」(マタイ7章7節)



 あきらめず、恐れず、良心と義を心に前進することの大切さ。世界は刻一刻と変化するが、正義を求め続ける真理は普遍だ。日本外交が元気を取り戻すカギもそんなところにある。



 少なくとも、大使館庁舎のでき映えは関係ない。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:23



自らの戦争犯罪は概ね否定


潔かった堀内元海軍大佐


指揮官故に極刑の山下、本間将軍


 東京裁判(極東国際軍事裁判)が、戦争重大犯罪人であるA級戦犯を裁いたのに対して、通常の戦争犯罪すなわち捕虜を含む非戦闘員に対する残虐行為を行った者への軍事裁判が開かれた。これがBC級戦犯裁判である。



 BC級戦犯とは、戦争犯罪を犯したとして連合各国の軍事裁判に付されて有罪となった人たち。通例の戦犯としては集団殺害、組織的テロ、捕虜虐待、一般民衆への拷問など三十三項目が挙げられた。中でもポツダム宣言では「われらの捕虜を虐待せる者を含む一切の戦争犯罪人に対しては、厳重なる処罰を加えらるべし」と規定され、連合国の捕虜の扱いの責任は厳しく問われた。



■無実の者も多く


 BC級戦犯として米、英、オーストラリア、オランダ、フランス、フィリピン、中国などが裁判所五十余カ所で戦犯と称する日本人五千四百八十七人を起訴し、有罪となった者約四千三百七十人、死刑になった者は実に九百三十人、終身刑三百三十五人、有期刑約三千九十八人に達した。A級戦犯として裁かれた二十八人のうち、七人の死刑者を出したのに比べ、有期刑を含めても量的には圧倒的に多い。



 指揮官としての管理責任を問われた山下奉文、本間雅晴の両将軍をはじめ残虐行為を実際に行ったとされた者に至るまで、BC級戦犯の多くは、法による満足な保護や手続きもないまま、過酷な取り扱いを受け、刑場の露と消えて行った。日本軍による残虐行為が実際に多く発生した以上、やむを得ない部分もあったが、被害者、目撃者の証言が確実に吟味されることなく、証拠として採用され、また人違いや風俗習慣の違いからきた誤解、さらに個人的怨恨による告発などもあって処刑、服役した者の中にも、無実の者が含まれていたことは否定できない。



 その典型が銃殺刑に処された元海軍兵学校教官、堀内豊秋元大佐である。堀内氏の場合、悲劇と、その潔さが凝縮されている。堀内大佐は太平洋戦争緒戦の昭和十七年一月、落下傘部隊を率いてインドネシア・セレベス島のメナドに降下して電撃的勝利を収めた。大佐は占領下の現地インドネシア人を愛し、投降したオランダ兵への暴行を厳禁した折り目正しい武人だった。「日本軍はインドネシアをオランダから解放するため戦っている。軍紀は厳しくするから安心して仕事に励むように」と伝えたが、これがオランダの反感につながったかもしれない。



 占領地で名声を高め、善政を敷いた堀内大佐は敗戦後、邦人の引き揚げ業務に従事していたが、その大佐を待っていたのはBC級戦犯の逮捕状だった。オランダ法廷での起訴状は「メナドの戦闘で投降したオランダ軍人や官吏を大佐の部下が銃剣で突き殺したり、繰り返し虐待、暴行を加えた」というもの。大佐は残虐事件に耳を疑ったが、彼は一切の責めを負って昭和二十三年九月、死刑の銃弾に倒れた。四十七歳の若さだった。



 汚名を着て言挙げせず逝った大佐の心中には、自分の死がかつての同僚、部下の減刑につながるという切なる思いと、多くの部下を死なせた上官としての強い責任感があったのだろう。刑死した大佐は遺書で「自分の死は見守る人もいないが、立派なものと信じてほしい。死に臨んで少しの不安もないのは、過去の清らかな生活がそうさせるのだろう」と書き、目隠しも断って処刑された。



 このほか中国は国民政府と人民共和国がともに裁判を行い、国民政府は北京、上海、南京などで百四十九人の死刑を出している。人民共和国の裁判は連合国の裁判と異なり、一方的に裁くことをしなかった。「認罪」といって戦犯が自らの戦争犯罪を考え抜き、それを認識させることに重点を置いた。その結果、千六十九人のうち四十四人を除き起訴を免除された。



■虐待の証拠なく


 連合国の裁判で一体誰が裁かれたのか。堀内大佐や山下、本間両将軍のように指揮官、キャップとともに、憲兵や捕虜収容所関係者が多い。BC級戦犯に共通するのは「自らの戦争犯罪の否定」である。昭和二十八年に出された「世紀の遺書」をみても「決して破廉恥な行為で死刑になったのではなく、私のためでもなく、全部国のためにやった行為が戦に敗れてこんな結果になった」「ただ職に殉じ部下をかばい、男らしく責任をとって散って行く私を信じてほしい」との声が連ねられている。



 BC級戦犯の中で最も注目を集めたのが本間、山下両将軍の場合である。本間が追及されたのは緒戦のフィリピン・ルソン島のバターン死の行進である。本間中将のバターン作戦は昭和十七年四月九日に終了。本間はこの作戦での米比軍の捕虜は二万数千人程度を予定していたが、実際は八万五千人にも上った。しかもほとんどがマラリアなどの熱帯病に冒されていた。この大量の人数では用意していた二百台のトラックは役に立たず、バターン南部からオドンネル収容所まで約百二十キロの徒歩移動が始まったが、この行進の途中、米人約千二百人、フィリピン人約一万六千人が死亡、あるいは虐殺された。



 山下大将はシンガポール攻略によって“マレーの虎”と恐れられたが、東条とは合わず満州に転出させられていた。が、東条退陣後の昭和十九年十月初め敗色濃いマニラに派遣された。その時はマッカーサーのフィリピン奪回作戦が始められており、山下はマニラ撤退命令を出し、北部ルソンの山間部に司令部を移した。マニラに残された陸海軍将兵は狂徒と化し、マニラ在留部隊が全滅するまでの間に約六万人のフィリピン人が虐殺されたという。部下との連絡が絶たれた山下はこれを知る由もなかった。



■報復裁判の犠牲


 山下裁判の審理は敗戦直後の二十年十月二十九日からマニラで満員の傍聴人の見守る中で行われ「指揮官としての義務を果たすことを怠り、部下に残虐な行為を行うことを許した」事実を認めるため二十日間にわたって続いた。だが、残虐行為と山下将軍を結びつけるような証拠は出なかった。十二月七日絞首刑が宣告され翌年二月二十三日処刑された。



 本間裁判は二十一年一月三日に始まり、検察側証人の証言が連日続き、弁護人はこれらの事実を知らなかったと述べたが、裁判官は聞く耳を持たず、二月十一日銃殺刑が宣告され、四月三日に処刑された。捕虜のことは部下にまかせ“死の行進”を知らなかった本間と、マニラの虐殺を知りようもなかった山下が、指揮官の故、有罪宣告を受け、処刑されたことは戦犯裁判史上前例のないことだった。従って「勝者の裁き」とか「マッカーサーの復讐」と言われても仕方がない。でも虐殺によって被害を受けた側から言えば、どこに怒りを向けるのか――これもまた仕方がないとも言える。



 「報復裁判」による「犠牲者」――これが多くのBC級戦犯たちが自らを位置づけた所だったのか。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:22


 (毎日 07/9/14)

 http://mooo.jp/ugr7

 国連総会は13日、世界で3億7000万人以上いるとされる先住民の自決・自治権や固有の文化、資源を保障する「先住民の権利に関する宣言」を賛成143、反対4(棄権11)の圧倒的多数で採択した。先住民による20年にわたる運動が総会宣言に結実した。宣言に拘束力はないが、先住民保護に向けた対応を各国に促すことになる。



 日本を含むほとんどの国が賛成し、イスラエルなどが棄権した。反対したのは米国、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの4カ国で、それぞれ国内に多数の先住民人口を抱えている。



 宣言では、先住民は▼国連人権宣言や国際的な人権法にのっとり、すべての基本的人権や自由を享受する権利がある▼先住民であるために差別を受けてはならず、他の人々と同じく平等である▼政治的地位の決定や、経済、社会、文化的発展を追求する観点から自己決定権がある▽歴史的に有していた土地や資源の権利を持つ▼先住民に影響を与える法の制定や行政施策について、国家は事前に先住民と協議する--などと定めている。



 制定に向け焦点となっていたのは土地や資源の権利。カナダは「カナダでは、先住民の権利を憲法で保障している。しかし宣言の文言通り、先住民に土地や資源の権利が優先的にあるとなれば、先住民に拒否権を付与することになり、カナダの議会制度と矛盾することになる」と主張した。



 国連では80年代から、先住民の権利擁護の動きが生まれ、国連総会は、93年を「世界の先住民のための国際年」としたのに続き、94年からの10年間を「世界の先住民の国際10年」と決めた。この日、総会で採択された宣言は、国連人権理事会が昨年に採択した宣言がたたき台となっている。


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◆「先住民の権利宣言」国連総会で採択、米豪など4か国反対

 (読売 07/9/14)

 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20070914i512.htm?from=navr


 国連総会は13日、世界3億7000万人の先住民の権利保護などをうたった「先住民の権利に関する国連宣言」を賛成143、反対4、棄権11の圧倒的多数で採択した。



 宣言は、先住民の自由と平等、固有の文化、伝統、言語を維持する権利などを確認したうえで、差別や人権侵害を禁じた。また、先住民の自決権や自治権、伝統的に占有してきた土地、資源の所有権を認め、強制移住や土地の収用、強制的な同化などを防ぐための必要措置を取るよう各国政府に求めている。



 宣言に法的拘束力はない。



 宣言は、20年以上にわたって議論されてきたもので、昨年6月にジュネーブの国連人権理事会で採択され、国連総会で採択に向け議論されていた。



 反対したのは、多くの先住民人口を抱える米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド。オーストラリアのロバート・ヒル国連大使は、「宣言は、全世界に受け入れられるような基準には達していない」などと文言にあいまいな部分が多いことを批判した。


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◆先住民宣言:北海道ウタリ協会「アイヌの権利の章典だ」

 (毎日 07/9/14)

 http://mooo.jp/fub7


 国連総会が「先住民の権利に関する宣言」を採択したのを受け、北海道ウタリ協会の加藤忠理事長らは14日、札幌市内で会見した。加藤理事長は「宣言に含まれた経済的、社会的権利を政府に求めていく」と話し、アイヌ民族の意見が反映されず、具体的権利が規定されていないと批判があった「アイヌ文化振興法」の改正を政府に求める考えを明らかにした。澤井政敏理事は「宣言は我々の権利の章典だ」と採択を歓迎した。



 加藤理事長は「歴史的出来事であり、先住民族の人権(擁護)進展に大きく寄与する」と評価する一方、政府に対しては「過去140年間、権利を侵害され、苦悩を被った先祖に謝罪してほしい」と話した。



 政府はアイヌ民族を先住民族と認めていない。同協会は政府に対して引き続き、先住民族と認めることを要求し、アイヌ民族の権利確保を立法化によって実現するように求めていく。これまでもアイヌ民族が土地を使用する権利や雇用対策、教育や文化政策の推進を政府に求めてきており、引き続きこの要求を継続する。



 宣言が土地や資源の所有権、自治権を認めていることについて、阿部一司副理事長は「私有地となっている土地の返還は求めないが、国や市町村の土地の利用権はある。自治権について日本から分離独立する考えはない」と述べ、柔軟に対応する方針を示した。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:21


 (朝日 07/9/11)

 http://www.asahi.com/international/update/0911/TKY200709110244.html


 北朝鮮から中国への核実験の事前通告はわずか20分前――。中国共産党や中国外務省の現役官僚とされる匿名の中国人グループが、北朝鮮を批判する内部報告書をまとめた。朝鮮戦争以来、「血の同盟」で結ばれてきた中朝関係が揺らいでいる実態が記されている。この報告書は中国国内で公表できず、近く日本で翻訳出版される。



 報告書は、対北朝鮮外交の窓口にあたる中国共産党中央対外連絡部アジア局や外務省アジア局、中国軍事科学院などの現役官僚5人が昨秋から執筆したといい、北朝鮮による麻薬取引や偽札などの国家的犯罪、金正日(キム・ジョンイル)政権が崩壊しない理由など計約300ページに及ぶ。



 報告書によると、06年10月の北朝鮮の核実験の際、北京の北朝鮮大使館は実験の約2時間前、本国から「30分前に中国へ知らせろ」と指示を受けた。しかし、大使がさらに10分遅らせて連絡。中国への通告は実験の20分前だったという。



 突然の通告を受けた中国外務省から、胡錦濤(フー・チンタオ)国家主席や温家宝(ウェン・チアパオ)首相への報告は核実験の直後になり、中国側はメンツをつぶされた格好。報告書は「(北)朝鮮という狂った戦車のために中国の外交戦略と国際的地位が台なしにされるのも耐えられない」と北朝鮮を激しく批判している。



 また、報告書には、50年代から中国による北朝鮮経済援助額は「約8000億人民元(12兆8000億円)を上回る」など極秘情報も記されている。



 報告書はジャーナリストの富坂聡氏が入手。富坂氏によると、著者グループは中国の大手出版社に持ち込んだが、断られたため、富坂氏の仲介で「対北朝鮮・中国機密ファイル」(文芸春秋)として出版されることになった。富坂氏は「出版後の当局の対応から、今の中国の北朝鮮外交や言論の自由度を推し量ることができる」と語る。韓国側資料が多数含まれているとみられ、専門家からは、中国の学者やジャーナリストの関与の可能性を指摘する声もある。



 北朝鮮問題に詳しい重村智計・早大教授は「中国の北朝鮮への対応が率直にまとめられた初めての本だろう。新事実がいくつか含まれ、中国国内で北朝鮮に振り回されることへの強い反発が伝わってくる」と話す。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:21

2006/08/28 15:48

 


 沖縄・渡嘉敷島で昭和20年に起きた住民集団自決について、那覇市在住の照屋昇雄氏が、60年以上たって「軍命令は創作」だったと勇気ある証言をしてくれました。ろくな根拠もなしに軍による強制と記述している歴史教科書の一刻も早い訂正が求められるところですね。久しぶりに心からうれしいニュースでした。




 旧日本軍の行為については、ほかにも南京事件のように誇大というのもバカらしいほどめちゃくちゃな宣伝工作が行われている問題もありますね。その中でも、日本人自らが世界における日本のイメージを「セックススレイブの国」に貶めたのが、平成5年に当時の河野洋平官房長官が出した慰安婦関係調査結果発表に関する内閣官房長官談話、いわゆる「河野談話」でした。




 これは、元慰安婦とされる韓国女性からの聞き取り調査のほかは、資料も根拠もなしに旧日本軍に慰安婦調達の強制性を「政治決断」だけで認めた最悪の談話でした。河野氏や当時の宮沢首相は、韓国の要請にしたがって強制性を認めることで、この問題に決着がつくと愚かな判断を下し、すべての日本人に耐え難い恥辱の烙印を押しました。





 私は正直言って、もし地獄というものがあるのなら、河野氏は間違いなくそこに行くだろうと思っています。過激なようですが、それぐらい怒っています。以下がその河野談話の要旨です。




《調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接、あるいは間接にこれに関与した。当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。(平成5年8月4日)》




宮沢氏や河野氏のナイーブな政治判断とは裏腹に、韓国はその後、国際社会で日本軍による慰安婦強制連行・慰安婦の性奴隷化という虚構を撒き散らし、現在のノムヒョン大統領に至っては、日韓基本条約を無視して「日本は賠償すべきは賠償しなければならない」とまで妄言を吐きました。さすがに、日本政府は相手にしていませんが。




さてそこで、河野談話ができる際の事務の官房副長官(官僚のトップ)だった石原信雄氏に対し、産経新聞が昨年7月に行ったインタビューの詳録を紹介したいと思います。これは紙面化されていますが、字数の制限がある紙面からあふれた分まで伝えることで、あるニュアンスを感じ取っていただければと考えました。埋もれさすには惜しい内容だと思うのです。




Q 慰安婦と政府のかかわりを示す資料はあったのか




石原氏  国外、国内、ワシントンの公文書館も調べたし、沖縄の図書館にも行って調べた。それこそ関係省庁、厚生省、警察庁、防衛庁とか本当に八方手をつくして調べた。当然といえば当然だが、日本側の公文書では、慰安婦といわれるような女性を強制的に募集するような文書はない。八方手をつくしたがそんなものはない。日本政府が政府の意思として韓国の女性、韓国以外も含めて、強制的に集めて慰安婦にするようなことは当然(なく)、そういうことを裏付けるデータも出てこなかった。(慰安婦の)移送・管理、いろんな現地の衛生状態をどうしなさいとかの文書は出てきたが、本人の意に反してでも強制的に集めなさいという文書は出てこなかった。当たり前で、国家意思としてそういうことはありえない。(中略)少なくとも、政府の意思として動いた人にそういうことはなかったと思う。文書にないんですから。ただし、戦争が厳しくなってから「(軍が人数を)割り当てした」「軍の方からぜひ何人そろえてくれと要請があった」と、そういう要請はある。それは、従来であれば、業者の人たちが納得ずくで話し合いで本人の同意のもとに数をそろえた。ところが、戦争が厳しくなってからどうも、ノルマを達成するだめに、現地判断で無理をしたのが想定された。(中略)(韓国女性に)ヒアリングした中には、意に反して(慰安婦)にされたと涙ながらに話した人がいた。




Q 意に反するといっても、親が本人に黙って業者に売ったケースもありうる




石原氏 そこはああいう戦時下のことだから。しかも個人の問題だから、親との話がどうだとかはこれは追究しようがない。(中略)裏づけ、本人の親と会うとか、当時の関係者と会うとかそういう手段はない。もっぱら本人の話を聞くだけだ。




Q これで日韓間の騒動が収まるとの政治判断によって、かえって問題は大きくなった。訴訟を起こした韓国女性のいう自らの経歴も二転三転している




石原氏 我々はできるだけ客観的事実を聞き取るための条件設定努力を続けたけど、それは限界がある。こっちに捜査権があるわけじゃない。誰がどうだったか、金銭関係はどうだったかとか調べることはできない。それは不可能だ。そこは日本政府の意を受けて強制したかどうかは分からない。(中略)我々は、当時の関係者として、いかなる意味でも日本政府の意を体して日本政府の指揮命令のもとに強制したということは認めたわけじゃない。




Q 河野談話からは、甘言、強圧の主体が誰かが欠落している




石原氏 普通の談話であれば、物的証拠に基づく手法ではああいうものはできない。だから、論者によっては当然、そこまでいかないのになぜ強制を認めたのかという批判はあるでしょう。あの当時、「絶対強制なんかなかった」「とんでもない話だ」と反対意見もあったし。だけども、本人の意思に反して慰安婦にされた人がいるのは認めざるをえないというのが河野談話の考え方、当時の宮沢内閣の方針なんですよ。それについてはいろいろとご批判はあるでしょう。当時からあったが。




Q 石原さんは反対しなかったのか




石原氏 私は補佐役だから、弁解なんかしない。過程はいろいろあるが、政府として内閣として補佐にあたった以上は私は全責任を負わないといけない。個人的にどうだとか言ってはいけない、組織の人間としては。まとまるまでは中で議論があったが、まとめた以上はそこにいた人間は逃げられない。




Q 河野談話が出された結果、国連人権委員会などでも「セックススレイブ」という言葉が使われるようになった




石原氏 それはもちろん、そういうことに利用される可能性は当然ある。限られた状況の中で意に反した人がいたと認めれば、やはり訴訟している人たちは一事が万事、すべてが強制だと主張しているが、それを認めることになるというリスクは当然、あの談話にはあるわけだ。それは覚悟した。そういう風に言われるだろうと。だから出すべきでないという意見も中にはあった。だけど、政府として決めたんだから、我々関係者は少なくとも弁解がましいことはいえない。




Q 宮沢首相の政治判断か




石原氏 それはそうですよ。それは内閣だから。官房長官談話だけど、これは総理の意を受けて発表したわけだから、宮沢内閣の責任ですよ、もちろん。




Q 国家賠償請求につながるとは思わなかったのか




石原氏 全く想定していない。それはもちろん、あの談話をまとめるにあたっては外務、財務、法務省すべて関係者は承知している。われわれはあの談話によって、国家賠償の問題が出てくるとは全く想定していなかった。当然、当時の韓国側も、あの談話をもとに政府として要求するということはまったくありえなかった。(中略)慰安婦問題はすべて強制だとか、日本政府として強制したことを認めたとか、誇大に宣伝して使われるのはまことに苦々しくて仕方ない。もちろん、こういうものをいったん出すと悪用される危険はある。外交関係とはそういうものだから。だけど、あまりにもひどいと思う。(中略)それが(韓国は)今日まで、いろんな国際会議で日本政府が政府の意図で韓国女性を強制的に慰安婦にしたと言っているが、全く心外そのものだ。(後略、おわり)




すいません。これでもところどころ端折ったんですが、随分と長くなりました。石原氏は、慰安婦問題で二度、産経新聞の取材に応じてくれた(二度とも私はその場にいました)こともあり、少なくとも彼の誠意と善意は本物だと感じています。一方、この問題の主役である河野氏は、産経新聞のインタビュー申し込みに応じようとはしません。朝日新聞のインタビューには応じ、自己弁護と自己正当化を試みていましたが。




インタビューを通じ、実は事務方の石原氏は河野談話に反対だったことが浮かんできますが、彼は「批判は甘んじて受ける」というスタンスですね。一方、無意味どころか有害な韓国との政治取引で日本と日本人の名誉に深い傷を負わせた河野氏は反省もせず、今日まで反日言動を繰り返しています。河野談話が、仮に善意や過去への贖罪意識からできたものだとしても、私はやはり許すことができません。




別に河野氏やその類の人に向けた言葉ではないかもしれませんが、ニーチェの次の言葉で締めくくりたいと思います。




《まことに、わたくしは、同情することにおいて至福を覚えるような、あわれみ深い者たちを好まない。彼らにはあまりにも羞恥心が欠けている。》


《ああ、同情深い者たちにおけるよりも大きな愚行が、この世のどこで行われただろうか?また、同情深い者たちの愚行以上に多くの悩みをひき起したものが、この世に何かあっただろうか?》
by sakura4987 | 2007-09-22 15:20



 米下院に提出された慰安婦問題をめぐるでたらめな対日非難決議案をきっかけに、いま再び平成5年の「河野官房長官談話」が注目を集めています。この談話のいい加減さや弊害については、イザの中でもたくさんの人が指摘されていますが、それでは肝心の河野洋平氏自身はどう考えているのか。

 産経はこの問題について、過去に何度か河野氏にインタビューを申し込みましたが、いろいろと理由をつけて断られています。そこで、河野氏が自民党の「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(現在は会の名称から「若手」がとれています)で平成9年に講演した内容を、ここで紹介したいと思います。ちょっと古いですが、河野氏の考えはそうは変わっていないと思います。これは、同年に出版されたこの議連の活動を記録した「歴史教科書への疑問」(展転社)という本に収められているものです。

 ちょっと面倒かもしれませんが、拙ブログの昨年8月28日のエントリ「河野・慰安婦談話と石原元官房副長官の証言」と合わせて読んでいただければ、より分かりやすいかと思います。原文はもう少し長いので、少し端折りました。

 《河野氏 (前略)こうした問題は決していたずらに時間をかけてゆっくり、いわゆる引き延ばすようなことをすべきではないと。調査はやはり速やかにやるべきだということで調査を行ったわけですが、その調査の段取り、それから何省の何課にどういう資料があったかというのはいま十分申し上げるだけの資料は私の手元にはありませんが、官房長官として外政審議室を督励をして、関係各省、それからたしか役所だけではなかったと思いますが、資料がありそうな場所は相当幅広く当たったことは事実でございます。
 そこで、あったか、なかったか、という問題になると、はっきりあったと言えるのは、いわゆる慰安所というものがあったということははっきりいたしました。慰安所というものがあって、なぜ慰安所をつくったかについてはいろいろ理由もあるわけですが、それは置くとして、慰安所というものがあって、そこに働く女性がいたということもはっきりしている。
 それがはっきりして、慰安所があって、いわゆる慰安婦と言われる人がそこに働いていた。強いて言えば「働かされていた」と言っていいかもしれません。いや、それは公娼というのがあって、ビジネスでやっていたので、という説明もありますが、慰安所における女性に対する管理をどういうふうにするかというような資料などを見ると、やはり管理の下に仕事をしていた。自由はかなり拘束されていたと思える部分がある。
 その拘束されていた理由はいろいろあって、例えば情報が漏れるといけないとかいうことも理由の一つだと思いますし、それ以外の理由もあったかもしれません。いろいろな理由があって自由が束縛された。本人個人の意思でどこにでもいける、つまり、もういやになったから辞めます、ということが言えたかというと、それはどうもできない、という状況まではっきりした。
 しかし、それははっきりしたんですが、皆さんが一番問題と考えて指摘をしておられる、その女性が強制的に連行されたものであるかどうかということについては、文書、書類ではありませんでした。女性を強制的に徴用しろといいますか、本人の意思のいかんにかかわらず連れてこい、というような命令書があったかと言えば、そんなものは存在しなかった。調べた限りは存在しなかったということは申し上げていいと思うんです。
 ただ、そこで考えなければならないことはそういう資料がなかったということは、資料がないんだからなかったんだ、と決められるかどうか。逆に言えば、資料がなかったのにあったと言えるかと言えば、これもまたその逆でございまして、言えることは「資料がなかった」ということは事実としてはっきりさせておかなければいけない。
 ただし、資料はありませんでしたが、もろもろ様々な人たちの発言などを聞いていると、やはりいろいろなことがあったのではないかと。全く非公式に、これはそう簡単なことではなかったのではないか、と思える節もある。それは何と言ってもあのころのわが国の状況、これはもう命がけでやるか、やられるか、という戦争をしようというときですから、軍隊の持つ強制力といいますか、軍隊の持つ権力というものは絶大であって、軍に「こういうことをしてほしい」と言われれば、それに対して、「そうかもしらんが、私はそれはできません」ということが言えるかどうか。
 それは一人の女性だけではなくて、極端なことを言えば、高級官僚といえども、さらには政治家といえども、絶対にとは言いませんが、これに反する意思を述べるということはなかなかそう簡単ではなかったのではないか、ということも推測できると思うんです。これはあくまでも推測です。(中略)
 そういう中で、資料がない、つまり書類がない以上はどうするかと言えば、書類がない以上はやはりそれにかかわっていたと思われる人たちの証言もまた聞くべきだという議論があって、それはそうだね、と。しかし、では、誰がかかわっていたか、どうやってわかるんだという問題もあるわけです。「私はかかわっていましたよ」と本人が言ったって、本当にかかわっていたかどうかは証明のしようがないではないか、何か証明すべきものがあるかということになると、それもなかなか難しいということもあったわけです。現在も現存をすると思いますが、韓国にはそういう人たちが集まり、そういう人たちを支える組織というものも複数があって、その複数の組織からいろいろな意見が出てくるという話も聞いておりまして、我々としてもそういう人たちの意見も聞いたらいいではないかということになったわけです。(中略)
 で、何人かの人の証言も聞きました。それはいま申し上げたようにプライバシーの問題もあるので、どこで、誰々さんから聞いた話はこうですよ、ということは外には一切出さない。しかし、それが本当かね、どうかね、という話は、いろいろな人が聞いてきて、あれは本当ではないのではないかとか、いろいろなことを言う人も中にはあったわけです。
 私はその証言を全部拝見しました。「その証言には間違いがある」という指摘をされた方もありますが、少なくとも被害者として、被害者でなければ到底説明することができないような証言というものがその中あるということは重く見る必要がある、というふうに私は思ったわけでございます。(後略)》

 要は、慰安婦募集における官憲による強制は、何も証拠はなかったけども、韓国人の元慰安婦の証言を聞くとそういうようなことがあった気もするので強制性を認めたという話です。ふぅ。私は、この元慰安婦への聞き取り調査内容について、外務省と内閣府に情報公開請求をしましたが、プライバシーを理由に却下されました。

 ちなみに、この河野氏の講演後の質疑応答で、「軍がそこに歩いている女性を強制的に連れてきた事実というのは本当にあったのかどうか。このことが、今、実は外国で問われているわけです。(中略)日本という国はとんでもない国だ、そこに歩いている女性を強制的に軍隊が引っ張ってきてセクシュアル・スレイブとして使ったんだと。そういう印象を与えて、そしてそのことが広がっているのが問題」だと指摘し、河野氏にかみついてのが、いま復党問題で話題になっている衛藤せい一氏でした。

 当時、この議連の代表(会長)が中川昭一氏で、実質的なナンバー2の幹事長が衛藤氏、ナンバー3の事務局長が安倍晋三氏でした。マスコミは、衛藤氏の復党問題に続いて、今度は中川氏の中国脅威論を槍玉にあげていますね。安倍氏と中川氏が朝日新聞の捏造記事で攻撃されたことは記憶に新しいですが、多くのマスコミが嫌い、好んで攻撃する議員とは、どういう議員であるかが、分かるような…。

 あと、本日は先日のエントリで紹介した、マイク・ホンダ下院議員に公開質問状を出している「史実を世界に発信する会」の茂木弘道事務局長からファクスが届きました。ホンダ氏に続き、米下院の国際問題委員会メンバー全員に手紙を出して、対日非難決議案の不当性を訴えたそうです。また、この問題で日本の外国人記者クラブの所属記者80人に対してはプレスリリースを流したそうです。ただ頭が下がります。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:19


 (JANJAN 07/9/20)

 http://www.news.janjan.jp/living/0709/0709192639/1.php


 アイヌ民族、部落、在日朝鮮人の女性らが自らの実態を調査したアンケート結果について、18日、参議院議員会館(東京都千代田区)で3者の代表が会見を開いた。就労、教育、福祉、差別などの実態が明らかになった。



 調査は、2003年の国連女性差別撤廃委員会でマイノリティ女性に関する情報不足を指摘されたことをきっかけに行われたが、いまだ政府による本格調査が実施されていないことから、政府調査を促す目的も持っている。



 部落解放同盟の片岡令子さんは今回の調査結果を受けて、「同和対策事業が全国で33年間取組まれてきたなかで、部分的な成果はあったが、対策が行われる以前と基本的な構造は変わっていないことがわかった」と話した。



 いまだ就職や結婚時に差別が残るとされる部落女性の就労状況は、調査対象1405人のうちの72%が手に職を持ち、50~59歳がもっとも多く(412人)、60~69歳(393人)のうち半数が働いている状況。2000年の国勢調査よりやや就労率が高くなっている。2005年1月に鳥取県で行われた同組織の全国集会の参加者から集計した。



 北海道ウタリ協会の田原良子さんは「いままでアイヌ民族は研究・調査される対象だったが、自分たちが自分たちのことを調べたい、データをもって自分たちの今後のことを改善したい、という調査は歴史上はじめてだと思う」と話し、女性らのエンパワーメントを志向。



 アイヌ女性の年金加入状況は、調査対象241人のうち、国民年金が46%(111人)、厚生年金が23%(55人)、未加入が16%(38人)にのぼり、生活保護の加入者は(過去含む)50人と20%を超える。2004年10月から翌年2月まで同協会の会員から聞いた。



 アプロ女性実態調査プロジェクトの李榮汝さんは次のように話す。「見えなくされている私たちの問題を見えるようにする、そのためには数として実態調査が必要ではないかというのが問題意識としてあった」。



 在日朝鮮人女性は、就職の際、「国籍・出自を理由に断られた」「差別を感じた」と答えたのは合わせて15%(818人中120人)。「とくに差別は受けなかった」は34%(290人)。民族名で就職しているのは30%(274人)を超えた。世帯全体の収入は、1000万円以上が6%(56人)。100万円未満が2%(20人)。300~500万円が24%(202人)でもっとも層が厚い。近畿地方で10ヶ月間調査した。



 会見を主催したIMADR(反差別国際運動)の原由利子さんは「この調査の目的は3者を比較するものではない。政府が本来行うべき抽出調査を民間が行うには限界がある。自分たちができる調査で、社会変革の波を内外に起こすのが目的」と話す。



 調査結果は「立ち上がりつながるマイノリティ女性」(解放出版社)という1冊の書籍となって18日に発刊された。
by sakura4987 | 2007-09-22 15:17

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987