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2008年 02月 13日 ( 24 )



2008.2.11 02:29


 42回目の「建国記念の日」を迎えた。国民の祝日としてはすっかり定着してきたといえる。しかし3年前に政府後援の式典が中止されて以来、政府が率先して祝うことがなく、国民の「建国」に対する意識も希薄になってきている。外交や国防と正面から向き合うためにも、その意味について改めて考えたい。

 2月11日が「建国記念の日」に定められたのは、『日本書紀』で初代の神武天皇が即位したとされる日だからである。明治維新のさい政府がこの日を「紀元節」とし、戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって廃止されたが、国民の要望もあって「建国記念の日」として復活した。

 そのさい『日本書紀』の記述には科学的根拠がないとして「2月11日」に反対する声も強かった。

 だが、明治維新で「紀元節」を定めたのは、そうした科学的根拠があるかどうかは問題でなかった。いつ西欧列強の植民地になるかもしれないという危機感の中で、国民の団結を呼びかけるため、最古の国づくりとして神武天皇即位の日を選んだのである。

 戦後に「建国記念の日」として復活させたのも、神武天皇に始まる日本の国づくりの歴史を振り返ることで、国際社会で生きる道を考える必要があったからだといえる。

 その後は民間団体を中心に奉祝行事が行われ、政府も財団法人が主催する「建国記念の日を祝う国民式典」を後援、首相も出席していた。ところが、その式典が平成17年に中止され、建国の記念日を政府が祝わないという不規則事態となっている。

 その一方で、衆参両院での与野党ねじれ現象を引き起こした昨年の参院選では、年金問題や政治家の不祥事のかげで、外交や安全保障はほとんど争点にならなかった。海上自衛隊のインド洋での給油活動継続問題をめぐっても「日本の歩むべき道」という観点から論じられることは少なかった。

 このことと政府が「建国記念の日」に重きをおいていないことと無関係ではあるまい。

 国民みんなで「国づくりの歴史」を学び、将来の国のデザインを考えるためにも、政府はこの日の意味をもっとPRすべきである。率先して祝う方法を考えなおしてほしい。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:40


小泉改革の立役者・竹中平蔵氏インタビュー(2/5)

http://www.chosunonline.com/article/20080209000025

―北欧は大きな政府で成功しました。韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権も北欧を発展のモデルにしましたが。


 「北欧の国民負担率は70%に達します。それでも高い成長率を記録しつつ、素晴らしい国になりました。サイズが小さいですからね。人口700‐800万人程度の小さな国は、大きな政府により発展可能です。政府というものは非効率的です。人口が少なければ、政府の効率の悪さを国民がチェックし、直ちに修正することが可能です。でも、日本の人口は1億2000万人。いくら人口が減ったとしても、大きな政府が必要な規模ではありません。国民が政府を一つ一つチェックすることも不可能です。大きな政府の効率が悪くなるのは当然です」


―韓国の人口は約5000万人です。


 「やはり多いですね。人口5000‐6000万人のイギリスも“サッチャー革命”で小さな政府を実現した後、経済成長率が上がりました」


―小泉改革では「経済財政諮問会議」という組織が大きな役割を果たしました。独特の組織だったと思います。権力を持ち、多くの改革を成し遂げました。(首相を補佐する内閣府に設置されたこの組織は、その平凡な名前とは違い、内閣府設置法という法律に基づき、経済政策・予算編成・税制改編など旧大蔵省や経済企画庁の強い権力を握っていた。竹中氏は、小泉政権時代にこの組織の運営責任を負っていた)


 「経済財政諮問会議は、官僚ではなく政治家が国の政策を主導し決定するということを象徴していました。ここでの政治家とは首相のことです。経済財政諮問会議を作ったのは橋本龍太郎元首相でした。橋本行政改革の本質は省庁数を減らしたことではなく、(権力を内閣府に集中させることで)首相のトップダウン(組織上層部が意思決定し、下部組織に指示する方式)による政策実現を可能にしたということです。これは“小さな政府”が必要な時代にとても重要な役割を果たしました。官僚は自分の組織が小さくなるのを嫌がりますから、当然小さな政府を作るという改革には反対します。こうしたとき、国の将来を思い、改革を実行できるのは政治家だけです。橋本氏が作った制度を小泉氏がうまく使ったと言えるでしょう」(2006年7月に死去した橋本元首相は、政界においては小泉元首相のライバルだった)


―韓国も部処(省庁)再編により大統領府の権力を強化しようとしています。しかし「トップダウン方式」は小さな政府や民間主導に逆行するものではないのでしょうか。


 「経済財政諮問会議にはとても大きな特徴が二つあります。一つは大臣以外に民間人が含まれているという点です。大臣は省庁・官僚と非常に密接な位置にいるため、官僚の影響が強くなりがちです。省庁の見解を代弁するのも当然でしょう。でも、民間は(省庁の影響を受けないため)政策決定の過程で“世論”を主張できます。既得権に捉われず、本来あるべき政策、つまり国民世論を語ることができるのです。二つ目は、同会議で話し合われた議事録が3日後、日本国民に公表されるということです。このため、既得権にこだわるような偏った論議はできませんでした」


東京=鮮于鉦(ソンウ・ジョン)特派員

朝鮮日報/朝鮮日報JNS
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:39


2008.2.11 02:32


 ■「建国記念の日」に考えるべきこと

 ≪国民式典の名は消えたが≫

 今日2月11日が「国民の祝日」の一つとしての「建国記念の日」と定められたのは、昭和41年6月の祝日法改正に基づく政令によつてであつたから、本年で既に四十年を越える歴史を閲してきた祝日である。だからこの日を国民の祝日として祝ふ事の意味について、今さら改めて考へたり論じたりする材料は何もない、とも言へよう。

 この日が明治6年から昭和22年までの七十五年間、「紀元節」の名の下に、日本国紀元の開始の日であり、我が国初代の神武天皇の御即位記念の日付であるとして祝はれてきた事や、それが大東亜戦争の敗北の結果、米軍による日本国占領政策の一環として廃止を強制された経緯は既によく知られてゐる。又昭和23年から40年までの空白期間を置いての後、「紀元節復活」を要望する国民運動の成果として、名称は変更されたもののとにかくその目標を達成できた事の意義やその評価をめぐる附帯事情等については、復活以来四十年の歳月の間に謂はば論じ尽されたといふ趣がある。

 例へば昭和59年から平成17年までは、当日に政府後援の奉祝行事が「国民式典」の名を以て行はれてゐたのに、この公的性格を帯びた儀式は消滅してしまひ、現在では奉祝行事は専ら諸種の民間団体の開催に委ねられてゐる。それは何故か。この疑問についても、今や人々の広汎(こうはん)な無関心の前に、筆者がここで論題として取り上げるほどの意味と効用は殆んどないだらう。

 ≪父祖の国是としての要請≫

 「建国記念の日」奉祝の意味について、神武天皇肇国の大業といふ蒼古(そうこ)の歴史に思ひを致す事の意義を軽んずるわけでは決してないけれども、今日より多く求められてゐるのはむしろ次の如き考察ではあるまいか。

 即ち、国の紀元開始を記念するといふ発想は、江戸時代までの伝統的な宮廷の節会にも、武家社会の慣例にも、民間の歳時記的年中行事の中にも全くなかつた事である。それなのにこの日が明治初年に謂はば突如として、天長節と並ぶ重要な国家的祝日として制定されたのは何故か、どんな動機がそこに伏在してゐたのか。この設問である。

 それは明らかに、安政の開国から明治維新を経て、(当時範例たり得ると考へられてゐた)西欧型立憲君主制国家に我が国を再編成してゆくといふ目標から国民に課せられた、「時代の要請」に応へての事だつた。この要請が具体的にはどういふものであつたかについて、筆者は過去の本欄(平成17年4月27日)で「我等が父祖の国是三則」との標語で説いた事がある。

 それを反復するならば、三則とは、一に国家安全保障の確立、二に国家主権の尊厳、三に積極的国際貢献の思想である。この三項を明治維新によつて樹立されて以来八十年不動の我が日本国の国是であると定式化してみせたのは昭和22年の徳富蘇峰だつたが、その蘇峰の立言以来既に六十年が経過してゐる。そして見直してみれば、なるほど樹立以来百四十年後の今日でもこの三原則はまさに現在の我々に向けて発せられたものであるかの様な切迫した言葉の響きを持つてゐる。

 ≪「国民的団結」と「主権尊厳」≫

 紀元節が制定された当時の、つまり明治初年の日本は、国際関係から見れば実に危険な、憂慮すべき境涯にあつた。我々の先祖の悪戦苦闘の結果としてともかくもそれは克服できたが故に、我々はとかくその国難を忘れがちである。然し、当時我が国に接近して来た欧米帝国主義列強が我に対して抱いてゐた支配と劫掠(ごうりやく)の意志は実に執拗(しつよう)なものだつた。この圧迫に抗して日本国の安全を確保し、国家の独立主権に対する侮辱を撥ね返すために必要不可欠の抵抗力は、畢竟(ひっきょう)国民の団結と国家主権の尊厳についての意識だつた。

 紀元節の制定は、この国民的団結と主権尊厳の意識を涵養(かんよう)するための教育的施策の一環だつたと見ることができる。或いは、その様に解釈する事が目下の事態にとつてむしろ必要である。名称は「建国記念の日」といふ史実にそぐはない呼び方に変つたが、それは必ずしも大きな傷ではない。重要なのはこの日の記念の意味づけである。

 現在我々を取巻いてゐる国際環境の苛酷(かこく)さは、明治初年のそれと比べてみる時、一衣帯水の近距離にある大陸と半島の特異な国が、当時の欧米よりも更に露骨な覇権主義の野望を誇示してゐる点で、より険悪だとも言へるが、他面よりわかり易いとも言へよう。それ故に、現在の我々にとつての緊急必須の策励とすべきは、明治初年の国難とその克服の努力の跡を回想し再考する事である。「建国記念の日」は明治の歴史を学び直すための恰好(かっこう)の契機である。(こぼり けいいちろう)
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:39


 東京新聞社説 2008年2月10日

 実在から非実在へ、聖徳太子像が大きく書き換えられようとしています。戦後歴史学がたどりついた成果とも、真実追究の学問がもつ非情さともいえるでしょうか。

 聖徳太子を知らない日本人はまずいません。教科書風にいえば、六世紀末から七世紀前半の飛鳥時代、日本の伝統精神に仏教や儒教の外来思想を身につけ、日本の国力と文化を飛躍的に高め世界の先進国入りさせていった皇太子です。

 「和を以て貴しと為す」との教えや貧しい者への優しい眼差(まなざ)し、太子の言葉とされる「世間虚仮(せけんこけ)唯仏是真(ゆいぶつぜしん)」の無常観などは、いまも人の心にしみて揺さぶります。

 常識になった非実在
 もっとも、一時に八人の訴えを聞いて誤りなく裁いたことから、八耳皇子(やつみみのみこ)と呼ばれたとの伝承や生まれたときから言葉を話し高僧の悟りに達していたとの伝説、その未来予知能力や中国の高僧の生まれ変わりで、最澄は玄孫などの輪廻(りんね)転生の説話などには訝(いぶか)しさを感じさせるものではありました。

 誇張や粉飾があったにしても、実在と非実在では話の次元が全く違ってしまいます。ところが、積み重ねられた近代の実証的歴史学の結論は「聖徳太子はいなかった」で、どうやら決定的らしいのです。

 聖徳太子の実在に最後のとどめを刺したとされるのが、大山誠一中部大学教授の一九九六年からの「長屋王家木簡と金石文」「聖徳太子の誕生」「聖徳太子と日本人」などの一連の著書と論文、それに同教授グループの二〇〇三年の研究書「聖徳太子の真実」でした。

 日本書紀に政治意図
 それらによると、聖徳太子研究で最も重視すべきは、日本書紀が太子作として内容を記す「十七条憲法」と「三経義疏(さんぎょうのぎしょ)」。数多くの伝承や資料のうち太子の偉大さを示す業績といえば、この二つに限られるからだそうです。

 このうち十七条憲法については、既に江戸後期の考証学者が太子作ではないと断定し、戦前に津田左右吉博士が内容、文体、使用言語から書紀編集者たちの創作などと結論、早大を追われたのは有名です。

 三経義疏は仏教の注釈書で太子自筆とされる法華義疏も現存しますが、これらも敦煌学権威の藤枝晃京大教授によって六世紀の中国製であることが論証されてしまったのです。

 世に知られた法隆寺の釈迦(しゃか)三尊像や薬師如来像、中宮寺の天寿(てんじゅ)国〓帳(こくしゅうちょう)も、その光背の銘文研究や使用されている暦の検証から太子の時代より後世の作であることが明らかになってきました。

 国語・国文学、美術・建築史、宗教史からも実在は次々に否定され、史実として認められるのは、用明天皇の実子または親族に厩戸(うまやど)王が実在し、斑鳩宮に居住して斑鳩寺(法隆寺)を建てたことぐらい。聖徳太子が日本書紀によって創作され、後世に捏造(ねつぞう)が加えられたとの結論が学界の大勢になりました。

 太子像が創作・捏造となると、誰が何のために、その源となった日本書紀とは何かが、古代社会解明の焦点になるのは必然。そのいずれにも重大な役割を果たしたのが持統天皇側近の藤原不比等というのが大山教授の説くところ。長屋王や唐留学帰りの僧・道慈が関与、多くの渡来人が動員されたというのです。

 日本書紀は養老四(七二〇)年完成の最古の正史で、その編纂(へんさん)過程に律令(りつりょう)体制の中央集権国家が形成されました。隋・唐の統一と東アジアの大動乱、それによる大化の改新や壬申の乱を経て、古代社会の「倭(わ)の大王」は「日本の天皇」へ変わったとされます。

 大変革の時代の日本書紀の任務は誕生した天皇の歴史的正統性と権威の構築です。それが、高天原-天孫降臨-神武天皇-現天皇と連なる万世一系の思想と論理、中国皇帝にも比肩できる聖天子・聖徳太子の権威の創作、書紀は政治的意図が込められた歴史書でした。

 大山教授の指摘や論考は、歴史学者として踏み込んだものですが、隋書倭国伝との比較などから「用明、崇峻、推古の三人は大王(天皇)でなかったのではないか」「大王位にあったのは蘇我馬子」などの考も示しています。「日本書紀の虚構を指摘するだけでは歴史学に値せず、真実を提示する責任」(「日本書紀の構想」)からで、日本書紀との対決と挑戦が期待されます。

 千年を超えた執念
 日本書紀が展開した思想と論理は千三百年の現実を生き現代に引き継がれました。憲法と皇室典範は「皇位は世襲」で「皇統に属する男系の男子がこれを継承する」と定めています。

 しかし、万世一系は子孫を皇位にと願う持統天皇のあくなき執念と藤原不比等の構想によって成り、その父系原理も日本古来のものとはいえないようです。建国記念の日に永遠であるかのような日本の原理の由来と未来を探ってみるのも。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:38


 (日経 08/2/11)

 http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20080211AT2M1000O10022008.html


 韓国紙の朝鮮日報は10日付で、北朝鮮が対外業務を担当する部門の汚職摘発などを進めていると報じた。金正日総書記の指示とされ、対韓国担当の主要幹部である崔承哲(チェ・スンチョル)労働党統一戦線副部長や、民族経済協力委員会の鄭雲業(チョン・ウンオプ)委員長らが公式の席から姿を消したり更迭されたという。

 韓国の李明博(イ・ミョンバク)次期大統領は北朝鮮に融和的な現政権の姿勢を見直す方針。北朝鮮は次期政権の姿勢を慎重に見極めており、対話・協力に重点を置く現在の南北関係が変容するのに備えて体制引き締めを図る狙いものぞく。


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◆北朝鮮、韓国の国旗・国歌拒否=第三国開催も視野に-サッカーW杯予選

 (時事 08/2/11)

 http://www.jiji.com/jc/c?g=spo_30&k=2008021100225

 3月26日に平壌で行われるサッカーのワールドカップ(W杯)アジア3次予選3組の北朝鮮-韓国で、北朝鮮側が韓国の国旗掲揚、国歌吹奏を拒んでいることが分かった。11日、韓国紙の東亜日報が伝えた。

 同紙によると、北朝鮮側は今月5日の準備会談で拒否する姿勢を示した。韓国側は「北朝鮮は、領土内での韓国の国旗掲揚、国歌吹奏は決して許されるものではない、と言っている」とした上で、「合意できなければ、第三国で戦う可能性も否定できない」と強い姿勢を打ち出している。
 両国が平壌で対戦するのは1990年の親善試合以来となる。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:38



 輸入加工食品の原産地表示について、石原慎太郎都知事は8日、都条例を整備して原産地表示を徹底させる考えを示した。早ければ今月20日開会の定例都議会に、関連条例案を提出する方針。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:37


 (読売 08/2/7)

 http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20080207-OYT1T00321.htm


 財務省が7日発表した1月末の外貨準備高は、2007年12月末に比べ226億7900万ドル増の9960億4400万ドル(約106兆円)となり、過去最高を更新した。

 今年度中にも1兆ドルを超える可能性が濃厚になった。日本の外貨準備高は世界第2位だが、世界1位の中国はすでに1兆ドルを超えている。日本の与党の一部に、外貨準備を積極運用すべきだとの意見があり、1兆ドルの突破が目前となったことで議論が再燃しそうだ。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:37




「自治基本条例の制定に断固反対します!」の一言を、

 議会にご意見願います。

 自分の住所や氏名を明らかにし、

 「議員全員に必ず配布をお願いします」の一言も添えてください。


 ◆新潟市議会事務局

 〒951-8550 新潟市中央区学校町通1-602-1

 総務課 TEL:025-226-3375

     FAX:025-223-5566

     メール:somu.as@city.niigata.lg.jp


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◆住民投票請求要件は明示せず議論先送り、新潟市自治基本条例

 (読売 08/2/8)

 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/news/20080208-OYT8T00020.htm


 新潟市は7日、市議会で継続審議になっている市自治基本条例案から、住民投票の請求に関する記述を削除する考えを市議会総務常任委員会に示した。

 住民投票について原案では、日本国籍を有しない永住者も住民投票の請求権者として認めていた。しかし、これに反対する意見もあったことから、住民投票を「条例で定めるところにより実施することができる」との記述にとどめ、その請求者に関する規定や住民投票の実施要件(住民総数の50分の1以上の署名など)に関する記述は大幅に削除した。

 野本信雄・政策監は「住民投票の請求権者の議論が、永住外国人の地方参政権の議論と混同されることは本意ではない。今回の条例案からは切り離し、改めて議論をお願いしたい」と説明。住民投票の請求権者については、今後、別に条例を作って定めたいとの意向を示した。

 また、条例が定める「市民」については、市内に住所を有する者とそうでない者を分けて記述することにした。

 自治基本条例案を巡ってはこれまでも、「最高規範」との表現を「基本となる条例」にするなど、執行部側から相次いで訂正方針が示されている。

 7日の総務委員会では「いったん提案を撤回して、再提案すべきではないか」といった意見も出たが、執行部側は「条例案の根幹にかかわる部分について変更はなく、訂正でお願いしたい」と重ねて理解を求めた。

 条例訂正案は20日開会予定の2月定例会に上程される。



以下、転送します。//////////////////////////////////////////////////////



◆以下新潟現地よりの報告文


 本日、「新潟市自治基本条例案について訂正案をしめしたい」という市側の要請で市議会総務委員会が開かれ、傍聴しました。

 市側の訂正は2点。

①「第2条の「市民の定義」については、文言は変えないが、(ア)(イ)と分けて箇条書きにする。

(■現行条例案)

 『第2条(1)市民 市内に住所を有する人、市内で働き、若しくは学ぶ人又は市内において事業活動その他の活動を行う人若しくは団体をいいます。』

             ↓

(■訂正案)

 『第2条 この条例において次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによります。

 (1)市民 次に掲げるものを言います。

   ア 市内に住所を有する者

   イ 市内で働き、又は学ぶ者並びに市内において事業活動その他の活動を行う者及び団体を言います。』



②第19条(住民投票の請求)については、なんと『全文削除するが、別の条例で定めることを考える』と答弁したのです!

   「市民の定義は文言変えずに箇条書きにしただけ」

   「住民投票請求は削除するが、別に条例をつくる」


 これが一体「訂正」でしょうか?別に条例をつくるなど、むしろ「拡大」「独立」とでもいえるものです。

 正直、担当する野本政策監の答弁を聴いていて「市民に選ばれた議会人をここまで愚弄するか」と怒りがこみ上げてきました。

 本日、議会側は、市側の訂正についての理由説明を聞き置くだけという姿勢であったそうで、保守2会派から積極的な質問はなされませんでした(もちろん、社民、共産は「訂正は不愉快」「19条は復活を」といってましたが。)

 市民の代表であり、議会制民主主義の主役である議員をこれだけなめた訂正案を絶対に認めるわけにはいきません。保守両会派に「廃案」「否決」の声を届けてください。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:36


 (08/2/2)

 http://www.hokkaido-np.co.jp/news/society/73843.php


 節分の縁起物「恵方巻き」の御利益を高めようと、生活協同組合コープさっぽろ(札幌)が北海道神宮(札幌市中央区)に依頼した、のりのおはらいが同神宮に拒否されていたことが一日、分かった。「万が一、食中毒が出た時に責任が持てない」と主張する神宮に対し、生協側は「安全性には細心の注意を払っており、問題ないのに…」と困惑。食の安全への関心の高まりが、おはらいにまで思わぬ影響を及ぼしたとも言えそうだ。

 同生協が恵方巻きに使うのり約十万枚のおはらいを依頼したのは一月十九日。二○○四年から毎年おはらいを受けており、事前に相談せず、同神宮に持ち込んだ。

 ところが、同神宮は「今年はできない」と拒否。「食中毒が起きても責任を取れない」「神宮がのりを委託販売しているような誤解を招く」などと理由を説明した。

 同生協はすでに「北海道神宮のご祈祷(きとう)済海苔使用」と記した恵方巻きのチラシを配布。一月三日から道内九十四店舗で予約を受けており、同二十日から各店舗に「おはらいできなかった」と掲示した。同生協の担当者は「昨年まで大丈夫で、なぜ今年はだめなのか。のりの品質管理はちゃんとしているのに…」。一日までに「キャンセルはない」という。

 同神宮によると、食中毒の懸念以外に、全国の神社を傘下に置く神社本庁(東京)が「第三者が販売する商品のおはらいは神社の品格を低める」として以前から控えるよう促していたことも拒否の理由だという。「今後はのりだけでなく一切の商品のおはらいを受け付けない」と話している。

 ただ、節分の恵方巻きは数年前から全道的に定着、今年も札幌や小樽でスーパーやすし店が依頼したおはらいが各地の神社で行われている。スーパーが販売する恵方巻きののりのおはらいをした弥彦神社(札幌市中央区)は「おはらいも地域貢献。健康と開運を祈って行うもので何ら問題はない」としている。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:35


 (世界日報 08/2/8)

中国と軍事的均衡必要/手薄な自衛隊配備を見直せ

元統幕議長 杉山 蕃


両岸は政・軍とも中国優位に


南西地域の防衛力を整備せよ

 冷戦時代の名残から、北部に厚く自衛隊は配備されており、南西部への配置は驚くほど少ない。復帰時の約定である、「防空責任の移管」に伴う防空ミサイル部隊、領空侵犯対処のための部隊、哨戒機部隊がその主力であり、島嶼防衛、海域事案に対処する部隊は殆んど無い。また、港湾、駐屯地、飛行場など行動に必要な施設も非常に手薄である。

 今後は、在沖米軍の再編にも関連し、急速展開、機動集中力の向上、作戦根拠基地の確保を考慮した防衛力を整備し、当該地域での軍事的バランスの変化に柔軟に対応できる兵備を考えていく必要がある。

 紛争を抱える地域における隣接国家の取るべきスタンスは、領域主権を厳格に維持し、軍事的曖昧さを紛争拡大の原因としてはならないことを銘記すべきである。
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by sakura4987 | 2008-02-13 03:35

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by sakura4987