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2009年 01月 21日 ( 8 )



 (産経 2009/1/19)


 ≪■「教育勅語」にはないもの≫

 親学推進協会は3年目に入った。日本財団(笹川陽平会長)の財政支援もいただき、20人ほどのクラスの講座を開くなど、地道ではあるが、全国的に活発な活動を展開している。とりわけ、「子育て」を終えた中高年者を対象に、子育てのアドバイザーとなってもらう養成講座には期待がもてる。

 親学とは、普及用のパンフレットの表紙「親が変われば子供も変わる」からもわかるように、単に、子育てのノウハウを教えるものではなく、親自身に自省と自覚を促すことに重点が置かれている。

 そういう視点から、ある事実に気がついた。明治23年に発布され、戦前の教育の根幹をなしていた教育勅語(ちょくご)には、親学の意味するものに合致するお言葉、「親は子供を慈しみ育てなさい」の教えがないのである。

 教育勅語ではまず忠と孝が教育の淵源(えんげん)として明記されるが、それにつづくのは「父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相和シ朋友相信シ恭倹己レヲ持シ博愛衆ニ及ホシ」である。人間関係の基本が網羅されているのに、なぜ「親は子を愛せよ」が書かれていないのだろうか。親が子を愛するのは本能だから言及するに及ばないのか。それとも礼を重んじる儒教の影響を受けており、すべては上向き目線になっているのか。そういえば、親孝行や親不孝に対応する漢語は見当たらない。

 ≪■夫婦に始まる家庭教育論≫

 福沢諭吉が、子供を大切に育てよという意味のことを書いていると耳にしたのを、古い記憶の中にさぐりあて、調べてみた。「中津留別(りゅうべつ)の書」がそれのようであった。留別とは、去る者が残る者に留め置く言葉の意である。

 福沢は母親を東京に連れてくるため中津(現在の大分県)に戻ったとき、故郷の人びとにこの書を残した。明治3年のことである。字数にして4000字ほどの中に、この時代によくぞこれほど先進的で、自由闊達(かったつ)な考え方を披瀝(ひれき)することができたものだと驚く。

 自由独立の人間こそが家をも国をも守る基本であること、がまず明言される。つぎは、「人倫の大本は夫婦なり」とあり、夫婦は一夫一婦であるべきだと、言葉をつくして強調する。「孔子様は世の風俗の衰えを患(うれ)いながら、細君の交易にはそしらぬ顔にてこれをとがめず」と論語を引きあいに出して疑問を呈している。

 一夫一婦を説くところからすでに家庭教育論は始まっているようなものだが、いよいよ親子の関係にふれ、これに一番多くの分量がさかれている。普通は親孝行の大切さに絞られるものだが、中津留別の書はちがう。「親に孝行は当然ながら…余念なく孝行をつくすべし」とのみ短く述べたあと、こうつづく。

 「世間にて、子の孝ならざるをとがめて、父母の慈ならざるを罪する者、稀(まれ)なり」

 意訳すると、世間には子供が親孝行でないととがめる者はいるが、父母が子供を慈しまないのを悪いことだと非難するひとは少ない、となる。

 つづいて、

 「(子は)天より人に授かりたる賜(たまもの)なれば、これを大切に思わざるべからず。父母力を合わせてこれを教育し…両親の威光と慈愛とにてよき方に導き…一人前の人間に仕立ること父母の役目なり、天に対しての奉公なり」

 「子を教うるの道は、学問手習はもちろんなれども、習うより慣るるの教、大なるものなれば、父母の行状正しからざるべからず」

 ≪■現代の親への苦言を読む≫

 すべてを引用することはできず残念だが、言行不一致の不正な親に育てられる子は、孤子(みなしご)よりもなお不幸だといっている。

 また、子を愛してはいるが、一筋に自分が欲する道に入らしめんとする者があるが、結局その子の心を病ましめてしまう。身体の病を患うるのに心の病を心配しないのはおかしな話だ、とも書いている。受験勉強に狂奔する現代の親への苦言にもつながる。

 子供の教育について語るとき、諭吉はつねに「父母」「父母力を合わせて」と書いている。また、慈愛なる語のほかに「両親の威光」なる表現があり、現代の親の在り方を考えるとき、とりわけ諭吉のまっとうな精神に感服する。

 「中津留別の書」には、このあと西洋の書を読み、国を守るべき心得などが指示され、2年後の『学問のすすめ』につながるのであるが、家族の在り方にもっとも多くの字数が費やされている。すべてを紹介はしきれなかったが、福沢諭吉がこれを書いたとき35歳。親の在り方について驚くほど完成度が高い。親孝行一点張りのあの時代にあっては意表をつくものであったろう。親学のルーツを探しあてた気分である。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:44



 キリスト教の信徒は日本でたった1%しかいません。キリスト教の女権活動が日本にどの程度の影響を及ぼすかについては、全くわかりません。しかし、日本の女権の大元締めの一つは、キリスト教婦人矯風会です。ここの役員らが内閣府等、政治、行政に発言力を持ち、国内外の女権活動家のネットワークの要となっています。

 また、西野瑠美子のWAM、あの慰安婦記念館は、西早稲田のキリスト教会の敷地にあります。日本キリスト教団です。韓国の挺対協はキリスト教の教会がやってます。挺対協の協同代表の一人、シン・ヘスは、DVの活動家です。


 「父なる神」「天にまします我らの父よ、願わくば…」という呼びかけが、父権的、男性優位、神様が父とは限らない  ということになり、さりとて、母なる神も不公平、そこで、「親 
なる神」「天にまします親なる神」と言おうという運動。英語では「ファーザー、マザー」と呼びかけたりする人も出現しているらしい。

 ここで一神教じゃないじゃないか、という「矛盾」に教会内で信徒が遭遇するわけ。すると、一神教の一とは、整数の一とは限らない。一とは、0.5と0.5で一、とか、0.25+0.25+0.25+0.25=1とか、そういう、ウルトラ理窟が出て、ファアーとマザーで一、だって、これこそ一体、神様がアダムとエバで一体だと言ったじゃないか、と女権クリスチャンがその場を切り抜けたりするわけ。


 聖書には同性愛をしては、いけません、いけません、と何回か出てきます。そこを何とかかわして、聖書の文言を否定的に批判したり、或いは、解釈でもって「広義に捉えれば同性愛は神に許されている」とか、「結婚してもよい」としたりしています。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:43

 (櫻井よし子 『週刊ダイヤモンド』   2009年1月17日号)

 http://yoshiko-sakurai.jp/


 64年前の1945年、広島、長崎に原爆が投下され、日本が瀕死状態にあったとき、「朝日新聞」は8月14日の社説でこう書いた。


 「すでに幾多の同胞は戦災者となっても、その闘魂は微動だもせず、いかに敵が焦慮の新戦術を実施しようとも、一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない」

 一方で、日本政府内では同年8月9日から10日にかけてポツダム宣言受諾と降伏に向けての動きがあわただしかった。そして、『実録朝日新聞』(58年発行)によると、「新聞社にだけはこの情報が入っていた」。

 つまり「朝日」は、日本降伏の可能性を察知しながら報道せず、国民に“微動”だにしない“闘魂”を求め、一億総国民が“火の玉”となって戦い続けよと社説で檄を飛ばしたのだ。

 これらの記事をまとめた『読んでびっくり朝日新聞の太平洋戦争記事』(安田将三、石橋孝太郎著、リヨン社)を「朝日」は著作権を楯に、絶版に追い込んだ。不都合な歴史を日の下にさらしたくないため、陰に陽に圧力をかけたといってよいだろう。歴史を、特定の価値観に基づいて歪曲することは、戦後の日本において巧妙かつ執拗に行なわれてきた。今回本稿でご紹介するのは満州族のつくった清王朝、その最後の皇帝となった溥儀についての著作、『紫禁城の黄昏』の歪曲である。

 皇帝溥儀の家庭教師だった著者のR・ジョンストンは、同書を34年に発表。半世紀以上後の88年に入江曜子、春名徹両氏の訳で、同書は岩波文庫に加えられた。さらに17年後の2005年、同書は渡部昇一氏監修、中山理氏訳で、今度は祥伝社から出版された。

 岩波文庫版の『紫禁城の黄昏』は、どうしても読者にジョンストンへの否定的な印象を与えてしまう。たとえば訳者は、ジョンストン作品では「巧妙に作為的な説明のしかたがされている」とし、ジョンストンについては、「自己にたいする過大評価や子供っぽい見栄あるいは思い違い」「意識的に幻想を生み出す装置を作って見せていたジョンストン自身が次第にみずからが作り出した幻想のなかに取り込まれていった」などと批判する。

 否定的なこの解説はいったい何故か。渡部氏監修の『紫禁城の黄昏』が答えを出している。「まえがき」の冒頭で「『紫禁城の黄昏』が、極東軍事裁判(東京裁判)に証拠書類として採用されていたら、あのような裁判は成立しなかったであろう」と喝破した。

 ジョンストンは繰り返し、国民党(蒋介石)や共産党(毛沢東)は漢民族であり、清朝は満州族の王朝だったことを指摘し、両者を鮮明に区別することの重要性を強調している。そのうえで、満州人の王朝が黄昏時を迎えたとき、父祖の地の満州に戻る可能性について、彼らのあいだで当時、どのような議論があったかを詳述している。ジョンストンが溥儀の保護を求めて日本公使館を訪れたときの芳沢謙吉公使や日本政府の逡巡についても詳しい。

 「(溥儀の)側にいたジョンストンの記述ほど信用なるものはない」と渡部氏は評価したが、その記述は、日本軍が無理やり溥儀を囲い込んで満州国独立を画策したなどという戦後日本に蔓延する見方を、説得力を持って否定するものだ。つまり同書は、東京裁判史観の日本悪者論を否定する内容なのだ。

 岩波文庫版では、右の内容を描いた第16章は丸々、省かれた。第1章から第10章もすべて落とされた。結果、国民党や中国共産党にとって都合のよい内容となった。まさに、それこそが岩波版訳書の目的であろう。

 この種の歴史の歪曲で日本人の歴史を見る目が曇らされたからこそ、私たちは、主張すべきことも主張できないでいる。結果、外交、海、陸、全分野で日本は侵蝕されつつある。この危機の本質に気づいて初めて、日本の再生が可能になると、私は痛感している。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:43


 http://president.jp.reuters.com/article/2009/01/16/AFC213AC-E202-11DD-9F4A-D0293F99CD51.php

 (プレジデント 2008年12.1号)


 会社を強くするものは何か。経営者としてずっと考えてきた。出た答えは「社員のやる気を引き出すこと」。


 長野県の伊那市に本社を置く伊那食品工業は寒天のトップメーカーだ。1958年の創業から48年間、増収増益を達成し、現在の売り上げは165億円、従業員は約400名。同社が国内マーケットに占めるシェアは8割、世界でも15%となっている。不景気の到来で、経営の前途に不安を抱く企業が多いなか、毎年着実に成長する同社の経営姿勢に関心を抱く人々は多く、帝人、トヨタグループ幹部等が同社を見学に訪れている。

 塚越寛会長は伊那食品の実質的な創業者で、21歳のとき、社長代行として経営に参画した。

 会社を強くするものは何か。経営者としてずっと考えてきた。出た答えは「社員のやる気を引き出すこと」。やる気を引き出すことさえできれば会社は強くなる。

 例えば機械はカタログに書いてあるスペック以上の仕事はしない。しかし人間はやる気になったら、やる気のない人の3倍くらいは働く。人間は頭を使うから、自分で工夫して仕事の能率を上げていく。では、具体的には何をすればいいのか。

 考えた末に、ひとつの答えを出した。やる気を引き出すには社員に「これは自分の会社だ」と思わせればいいんだ、と。社員が自分のうち(自宅)のように感じる会社にすればいい、と。たとえ会社ではダメ人間でも、うちに帰れば立派なお父さんだという人はたくさんいる。金を稼いで、家庭を守り、子どもの面倒を見る。家族を守ることに手を抜く人間はいない。それは「家庭は自分のもの」と思っているからだ。

 会社もその人にとっての家庭にすればいい。これが一般の会社だと、社員持ち株会などをつくって、株を分けたりする。しかし、それくらいのことでは社員は会社を家庭だとは思わない。

 そこで、まずは情報を共有することにした。当社では幹部だけが知っている数字などない。製品をどれだけ売って、どれだけ儲かったかは社員なら誰でも知っている。また、リストラをやったことはないし、これからもしないつもりだ。

 給料も地元では高いほうだ。社員旅行も、39年も前から1年おきに海外へ出かけている。そして、万が一社員や社員の家族の身に何かが起きたら、私は完全に面倒を見る。
 5年ほど前のことだが、社員の自宅が火事で全焼した。消防署から第一報が入ると、私はすぐ陣頭指揮に立った。

 「第1班はすぐに駆けつけろ。状況がわかったらオレに知らせるんだ。第2班は炊き出しの用意をして現場へ急行すること。そして、第3班は待機だ」

 社員は火事の現場に駆けつけてきて、それぞれ着るものや家具をカンパした。会社は被災した社員に建て替え資金を貸し出した。利息は一切取らない。火事に限らず、私は困っている社員がいれば何でも面倒を見る。そして、約束したら絶対に守る。この50年間、それを続けてきた。

 家族のように思うといっても、私は特定の部下と飲みに行ったりはしないし、社員の結婚式にも極力、出ないようにしている。全員の式に出席することは不可能だからだ。加えて、当社では部下は上司に贈り物をしてはいけないと決めている。逆に上司が部下におごったり、プレゼントするのは大いに結構。どんどんやりなさいと言ってある。

 部下を怒ることもある。しかし、それは仕事の成績が悪いといった理由ではない。そして、自分の感情にまかせて声を荒らげたこともない。叱責するのは怠慢に対してだ。何度も同じミスをしたり、約束を破ったり……。実際、そのような部下は少ないが、そういった場合は机を叩いて怒る。

■2カ月間、工場に泊り込んだ


 私が入社した50年前には、地域にいくつもの寒天製造会社があった。当時の寒天の用途は和菓子の原料。しかし洋菓子の流行などで需要が減り、従来の得意先だけを相手にしていた寒天会社はつぶれてしまったのだ。

 責任者になったのは寒天の売れ行きが減速し始めた頃だった。従業員は十数人で、しかも皆、私より年上。私はとにかく仕事を覚えようと、工場に2カ月間、泊り込んだ。しかし、いくら熱心な態度を見せても社員たちの態度は変わらない。ただ、私には社員たちの心の痛みに共感する気持ちがあった。

 画家だった親父が終戦の年に病気で亡くなり、母が子ども5人を抱えて働いた。貧乏暮らしだったことに加えて、私は17歳で結核にかかり3年間病院で寝ていた。逆境にいたから人の痛みはよくわかる。だから社員たちの態度がすぐに変わらなくても、自分が相手に対して愛情を示し続けていればいいと思っていた。

 会社として形になってきたのは責任者になって20年も経った頃。うちはほんの少しずつ成長して、今のような形になった。


■「ルイ・ヴィトンみたいなブランドになろう」

 私が大事にしていることは3つある。それは時間軸、公、「利他」ということ。

 まず時間軸だ。私は常に会社の永続を目指すと社員に話している。会社が長く続くために急成長は必要ない。

 屋久杉の年輪をご覧になったことがあるだろうか。年輪はものすごく細かい。屋久杉は低成長だからこそ、6000年も生きていられる。会社も同じ。1年の成長が少ないほど長生きできる。

 会社の成長というと世間一般では売上高が増えることと考えている。しかし、わが社の定義は違う。仮に売上高が同じでも、適正な利益があり、その利益を正しく使って外部の人も社員も「自分は成長した」と実感できれば、それが「成長」だ。きざな言い方だが、社員全体の幸福度の総和が大きくなっていくことが当社の成長なのだ。

 社員に対してこう言ったことがある。


 「おい、うちもルイ・ヴィトンみたいなブランドになろうよ」。皆けげんな顔していた。「そんなの無理ですよ」って。私はふたたび問いかけた。

 「どうして無理なの。何も明日やあさってにヴィトンになるって話じゃない。オレが死んだ後の社長でもいいし、その次の社長でもいい。50年、100年かければできないことはない」

 時間をかけることに対して人は鈍感だ。目標を達成するには時間軸を長くとって、自分の未来に自信を持てばいい。そうすればたいていのことは実現できる。ただし、目標の達成は未来のことでいいけれど、着手は今すぐでなくてはならない。

 時間軸ともうひとつ大切なのは「公」を意識すること。うちには「仕入れ先を大切にする」「町づくりをしっかりやる」といった決めごとが10カ条あるが、その精神は、公を意識しながら会社を運営していくことの大切さだ。公を意識することは、すなわち自分自身の行動を客観的に眺めることにつながる。経営者や上司が公の意識を持ち、大きな視点で行動していれば、おのずと社員たちとのつきあい方にも節度が出てくる。


 スープ、ゼリーの素など寒天商品を「かんてんぱぱショップ」(全国11カ所)で販売。東京・初台店、仙台店にはカフェも併設。
最後に、人間関係をよくするために何をするかと問われたら、答えはひとつしかない。それは利他ということ。自分だけの利益を追求するのでなく、他人も一緒に幸せになろうということ。私にとって利他の対象はまずは社員だ。

 むろん、人生にはつらいときや苦しいときがある。でも、そんなときは「自分は小説の主人公なんだ」と思い込めばいい。そして、「小説のなかで今はつらい時期だ。しかし、この小説(人生)は必ずハッピーエンドで終わる」と考えれば、乗り切ることができる。

 結局、ビジネスマンにとって必要なのは自分なりの「軸」を持つことだ。いくら本を読んだり、勉強会に出たりしても、自分自身の軸が確立していなければ他人の意見やトレンドに流されてしまう。「年功序列を守る」「リストラはしない」といった決めごとは会社としての軸を持っていなければ実行できなかった。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:42


 (産経 2009/1/20)

 http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090120/stt0901201848005-n1.htm


 共産党は20日、機関紙『しんぶん赤旗』(日曜版含む)の部数が昨年、対前年比で21年ぶりに増加に転じたことを明らかにした。5月から12月まで8カ月連続、前月比で増えるという35年ぶりの“快挙”も。折からの『蟹工船』ブームが部数増を後押しした事情もあるようだ。

 同党によると、「赤旗」の発行部数のピークは昭和55年の第15回党大会で報告された355万部。62年の第18回大会以降は減少の一途をたどり、平成18年の第24回党大会時には164万部まで落ち込んだ。その後も減少に歯止めがかからなかった。ただ、昨年の具体的な部数については、共産党は次期衆院選後に予定されている第25回党大会までは公表しないという。

 部数増の要因について同党は「景気・経済が悪化する中、雇用や暮らしの状況をしっかりとらえたいと思っている国民が増えているのに加え、状況改善に取り組む党の積極姿勢が評価されているのではないか」と分析している。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:41

 (聯合 2009/1/18)

 http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2009/01/18/0200000000AKR20090118025200001.HTML


<和訳>

 国会政務委員長であるハンナラ党キム・ヨンソン議員は18日、日本軍慰安婦被害者の日本政府に対する損害賠償請求権を死後、家族または民間団体に譲渡可能にする内容の「日帝下日本軍慰安婦被害者に対する生活安定支援及び記念事業などに関する法律」改正案を発議した。

 改正案はまた「国家は慰安婦被害者の名誉回復と人権増進のために積極的に努力しなければならない」と国家の責任を抽象的に規定した条文を「政府は慰安婦損害賠償と関連し、日本政府と交渉した結果を毎年、国会に報告しなければならない」と具体化した。

 キム議員は「日本政府は高齢の慰安婦被害者が死亡すれば公式謝罪と賠償問題が自然に消滅すると期待し、時間が経つのを待つ状況」と指摘した。

 彼は「従って、慰安婦お婆さんたちが在世に補償を受けることができない場合、持続的に損害賠償要求ができる制度が必要だ。我が国の政府も慰安婦問題に対する全方位的で持続的な対応を模索しなければならない」と促した。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:41


 (毎日 2009/1/20)

 http://mainichi.jp/area/iwate/news/20090120ddlk03040016000c.html


 達増拓也知事は19日の定例会見で、昨年発足した「北朝鮮による拉致被害者を救出する知事の会」(会長、石原慎太郎東京都知事)に入会する意思がないことを明らかにした。47都道府県知事のうち岩手県知事だけが不参加となるが、達増知事は「県内の(拉致被害者救出の)活動の応援や呼び掛けはしている。しかし岩手の外で責任を持って奔走するのは困難と判断した」と説明した。

 埼玉県のホームページによると、この問題では同県の上田清司知事は記者会見で「(外務省出身の)達増知事は外交は国の専管事項だと狭義に捉(とら)えている」と批判的にコメント。これに対し、達増知事は「全国知事会のように、全知事が参加することに意義があるなら参加するが、この会はあくまでも有志だと聞いている」と反論した。



■知事へのご意見・ご質問はこちらから ↓

 https://www.pref.iwate.jp/~hp0101/opinion/index.html


■県政への意見は

 〒020-8570 岩手県盛岡市内丸10番1号

 TEL:019-629-5110 

 FAX:019-651-4865

 メール:https://www.pref.iwate.jp/recept/form.rbz?cd=4
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:40


 (読売 2009/1/18)

 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090118-00000003-yom-soci


 ◆現地裁判所、同居認める◆

 長崎県大村市の児童養護施設に入所していた小学3年女児(9)がオランダに連れ去られた事件で、長崎県警から所在国外移送略取容疑で国際手配されている母親(32)が、オランダの裁判所から女児との同居を認められ、オランダ中部の都市で女児と一緒に暮らしていることが分かった。

 日本では女児は母親から虐待を受けたとして施設入所の強制措置が取られていた。母親は読売新聞の取材に応じ、女児を連れ去ったことを認めた上で「ずさんな調査で虐待があったとして引き離され、一緒に暮らすには連れ去るしかなかった」と話している。

 厚生労働省虐待防止対策室によると、施設入所の強制措置を受けた子どもが親から海外に連れ去られたケースについて「聞いたことがなく、どう対応すべきか分からない」としている。

 母親によると、現在、オランダのIT関連企業に勤務している。昨年10月24日、女児を施設近くで連れ去り、同26日に以前に働いたことがあったオランダに入国。その後、女児は日本側から連絡を受けた警察に一時保護された。母親については、同30日から現地の裁判所で虐待の有無などを調べる審判が行われた。

 審判の決定書によると、計4回にわたる審理で、「現在、虐待の兆候や心配はない」と判断。社会福祉士や医師らの母子に対する支援態勢が整っていることなどから、12月29日、「子どもの安全を保証することができる」などとして、母親と一緒に暮らすことを認める決定が出された。

 ◆母「ずさんな調査で引き離され、連れて行くしかなかった」◆

 母親は「日本では虐待しているとされたが、しつけだった。十分な調査をせず、審判でも訴えを聞き入れてもらえなかったので、一緒に連れて行くしかないと思った」と話した。帰国の意思はないという。虐待を巡る日本の行政の対応については、「親子がどうすれば一緒に暮らしていけるかではなく、親子を引き離すことが目的になっている」などと批判。女児も「お母さんと一緒に暮らした方が楽しい。施設には戻りたくない」と語った。

 母親は長崎県警から国際刑事警察機構を通じて国際手配されているが、日本とオランダには、国外に逃亡した容疑者を双方の国に引き渡す条約はない。県警捜査1課は「オランダ側の情報もなく、どうすることもできない」としている。

 一方、県長崎こども・女性・障害者支援センター(児童相談所)は「虐待の事実は日本の審判で認められており、母親が連れ去ったのは犯罪行為。現在の親子の状態を調査する必要はあるが、対応は決まっていない」という。(川口知也)

 ◆日本の裁判所は「虐待」認定…連れ去りの経緯◆

 女児の母親ら4人が2008年10月24日、女児が入所していた児童養護施設近くで、女児を乗用車に乗せて連れ去ったとされる。長崎県警は同25日、女児の祖父ら3人を逮捕。福岡空港からオランダに渡った母親は国際手配された。

 女児の児童養護施設入所を巡る審判資料や長崎県警などによると、女児は07年8月、同県大村市内のコンビニ店に1人でいた際、2日前にも店内に長時間いたため不審に思った店長が大村署に通報。県長崎こども・女性・障害者支援センターに保護された。センターは、母親に尻をハンガーでたたかれるなどしているとして、女児の児童養護施設入所を申し立てる審判を長崎家裁大村支部に起こした。

 同支部は同年12月、「入所させた場合、母親との関係が断絶し、修復困難になる可能性が高く、入所が相当とまでは言えない」とセンターの申し立てを却下。しかし、抗告審の福岡高裁は08年5月、「暴行は相当期間、かなりの頻度で行われていると推認される。しつけの範囲を超え、精神的、身体的成長に深刻な悪影響を及ぼす恐れがある」と申し立てを認め、最高裁は同年10月14日、母親側の特別抗告を棄却した。

 ▼所在国外移送略取=刑法226条で規定。日本国外に移送する目的で人を略取した者は、2年以上の有期刑に処するとしている。




◆娘連れ去り容疑で国際手配の母 一問一答

 (読売 2009/1/18)

 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/nagasaki/news/20090117-OYT8T00976.htm


娘連れ去り容疑で国際手配の母 一問一答

 大村市の児童養護施設に入所する娘(9)を連れ去り、県警の国際手配を受けている母親(32)は、娘と一緒に暮らすオランダ中部の都市で読売新聞の取材に応じ、娘を連れて出国した経緯や現在の心境などを語った。(川口知也)

 ――なぜ子どもを連れ去ったのか

 「裁判で解決する方法も考えていたが、虐待と決めつけるような判断をしていた県長崎こども・女性・障害者支援センター(児童相談所)を信用できず、争っても自分の言い分は認められないと思った。保護されている子どもの様子も詳細な情報を教えてくれず、不安も大きく、まず連れて帰るのが先決で、それからでも話し合いは遅くないと思った。罪になるかどうかまで真剣に考えていなかった」

 ――虐待はあったのか

 「たたいたのはしつけであり、虐待ではないと思っている。しかし、当時は私自身、体調が優れず、私の仕事の関係で娘の生活も乱れていたため、娘にさみしい思いをさせてしまっていた。しかった私を娘が怖く感じたかもしれない。もう少し理解してあげられていたらと悔やまれる」

 ――日本に戻るつもりは

 「日本に戻るつもりはないが、逮捕された父ら3人は私の話を聞き、『何とか助けたい』と思って手伝っただけで、一刻も早い釈放を願っている」

 ――オランダではどのような暮らしをしているのか

 「娘が最善の環境で暮らせるよう、まずは私自身が余裕を持って子育てをするため、オランダの医師や社会福祉士に相談するなどしている。娘も学校に慣れ、安心して子供を預けられるベビーシッターもいる。家族で買い物に行ったり、近所のパーティーに出たり、幸せな生活を送っている」

 ――今、訴えたいことは

 「オランダでは私の訴えが認められた。日本の児童相談所も親子で一緒に暮らす道をもっと模索すべきではないか。連れ去らない限り、私たちは今後、一緒に暮らせなかったかもしれない」




■讀賣新聞にお礼を!!

 TEL:03-3246-5858

 FAX:03-3245-1277

 メール:keitai-p@yomiuri.com



■長崎県庁に要望を!

  長崎市橋口町10-22

  TEL:095-844-6166

  FAX:095-844-1849

  メール:s04760@pref.nagasaki.lg.jp


 子供(女子 現9歳・小3)は児相の魔手から離れて、異国で家族と平穏に暮らしています。私たちは貴職らに対して、この家族へこれ以上の迫害を加えない事、児相は直ちに「保護解除通知書」を出す事を要請します。
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by sakura4987 | 2009-01-21 13:40

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