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2009年 03月 04日 ( 24 )



 (searchina 2009/3/2)

 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0302&f=business_0302_024.shtml


 日本の2008年第4四半期のGDP成長率は、年率換算で12.7%減となった。3四半期連続のマイナス成長となり、下落幅は過去35年間で最大だという。日本経済は再び復活することができるのだろうか。

 米国の金融危機に端を発した世界的な景気後退と需要低迷の日本経済への影響は日に日に深刻化しており、輸出が大幅に減少しているだけでなく、個人消費も不振にあえいでいる。このような兆しから、日本経済が深刻な不景気に陥っていることは明らかで、短期間でこの苦境から抜け出すことは難しいと見られる。

 円高によって輸出主導の自動車産業は巨大な損失をこうむり、日産自動車は2万人の人員削減を発表した。日本の実体経済が受けたダメージは欧米諸国より深刻である。ここから、外需依存の弱点が長年改善されず、内需主導型の経済構造に転換するという目標は実現できなかったことが明らかである。政府高官は、日本は戦後最大の経済危機に直面しているとの認識を示した。

 1945年、日本は多くのものを失い、半死状態となった。310万人が亡くなり、650万の軍人が帰国し、1300人が職を失い、国富の40%を失い、工業生産高は1936年の28%だった。自民党の鳩山一郎総裁が貴賓を招宴した際に出したのはサツマイモ、公園の中には「自殺禁止」の看板が立てられていた。航空機や戦車を製造していた軍需工場が鍋やスコップ、包丁など生活用品を作るようになった。支那派遣軍総司令官の岡村寧次は降伏文書に調印した後、「日本よ、どこへ向かうのか?」と泣いたという。しかしソ連のスターリンは大胆にも、「日本は最後にはまた這い上がってくる」と予言した。


◆中国から見た日本「日本は不景気から必ず復活する」(2)

 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0302&f=business_0302_027.shtml

 1946年春、日本の新聞は紙面を大きく割いて、「世界中の視線が我々に集まっている」「失意の中から立ち上がろう」と報道した。昭和天皇も「十年生聚し、十年教訓す」という越王勾践の精神で国民を鼓舞し、恥を忍んで重責を担い、臥薪嘗胆するよう呼びかけた。皇族や政治家から庶民まで誰もが、「飢え死にするか、それとも一生懸命働くか」と士気を高めた。

 1959年、中国は「英米に追いつけ追い越せ」の精神でいたが、敗戦国の日本はまるっきり視野になかった。しかし20年余りの努力の結果、日本はどん底から這い上がった。まさに「英米に追いつけ追い越せ」の状態になり、最終的には米国以外のすべての国を追い越して、経済力は世界第二位に躍進し、先進国となった。

 日本の現在の景気後退は敗戦後のあの一時期の深刻な状況とは比べ物にならない。1973年以来、中国をはじめ多くの国は、日本の奇跡的な成長はまもなく終わると何度も予言してきた。特に、1973年と1979年のオイルショック、1986年の円高、1990年代末の不景気の際に。しかし、日本の経済は危機を乗り越えるたびにより強くなって適応力が増し、80年代、90年代でさえ経済競争力は8年連続で世界トップだった。

 日本の実体経済は欧米諸国よりも深刻なダメージを受けたが、金融機関が受けた傷はさほど大きくない。日本政府は外部環境を変えることが困難な状況において、日本経済を危機から脱却させるためには、個人消費を刺激し内需を拡大するしかないと認識している。

 したがって、08年以降3回にわたって総額75兆円の経済対策を打ち出し、国民生活、中小企業の融資、金融市場の安定、就業の拡大などの問題を解決することで、海外市場に過度に依存している経済を一刻も早く谷底から引き上げたいとしている。米国の学者は、経済危機だからといって日本経済の強大な実力を無視、ひいては否定することはできないと指摘する。ある程度時間が過ぎれば、日本はより強大な実力と競争力をみせるだろう。


◆中国から見た日本「日本は不景気から必ず復活する」(3)

 http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2009&d=0302&f=business_0302_031.shtml

 中国の7割近くの国民は「保八」(成長率8%維持)に自信を持っている。一方、日本人は「居安思危」、危機になくても危機感を抱き、最悪の状況を想定して早くから準備を進める。中国の古典の名言「憂いから国の興隆をもたらす」である。日本の温順な企業戦士は、欧米や韓国のように大々的なストライキを起すことは少ない。

 ある専門家は21世紀は海面が上昇して日本列島は埋没し、「日本沈没」が現実のものになるかもしれないと予測する。しかし、地理的な意味での「沈没」だろうが、国家や国民の危機という意味での「沈没」だろうが、日本は決して「沈没」に甘んじることはないと言い切れる。

 今回の景気後退は日本国民の危機意識を強化し、日本が再び復活するきっかけとなるだろう。日本の作家の渡辺淳一氏はエッセイで「比較してみれば分かるが、今の経済危機は物質的に非常に豊かである中での危機であり、飢えて街中で倒れるといった人がいない危機である。贅沢の危機と言ってもいいかもしれない。この危機はプレッシャーであると同時にチャレンジでもあり、変革の原動力でもある」と指摘しているのである。
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by sakura4987 | 2009-03-04 13:20


 (産経 2009/3/3)


 米最大手の広告会社重役から米コーヒーチェーン・スターバックスの店員に-。60代で思わぬ転身を果たした男性の回想録が全米で人気を集めている。2年ほど前に出版されたが、金融危機による解雇の嵐が吹き荒れる米社会で改めて共感が寄せられ、映画化も進められている。再び成功のチャンスをつかんだ男性は「もとの暮らしには戻るつもりはない」ときっぱり話している。

 「スターバックスはいかに私の人生を救ったか」を著したのは、ニューヨーク州出身のマイケル・ゲーツ・ギル氏(68)。同書は2008年1月、ニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーリストに載ったが、最近もまた、「品切れの状態が続いている」(米大手書店員)という。

 サブタイトルに「恵まれた男が市井にもまれる」とあるように、ギル氏は「人が欲しいと思うものは、すべて持っている生活だった」と振り返る。高名な文筆家であるブレンダン・ギル氏を父に持ち、自宅には2階分の図書室もあった。名門エール大学を卒業後、広告大手J・ウォルター・トンプソンに勤め、化粧品大手ディオールや自動車大手フォードなど一流企業を担当。16万ドル(約1550万円)の年収を得ていた。

 しかし、15年前、会社から突然解雇を告げられる。その後の10年は地獄だった。在職中に始めていたコンサルタント業は閉鎖を余儀なくされ、妻と離婚したうえ、脳腫瘍(しゅよう)と診断された。

 5年前、ふと気づくと幸せな子供時代を送ったニューヨークの自宅周辺を歩いていた。コーヒーを飲もうと入ったスタバはたまたま求人キャンペーン中で、担当の黒人女性から勧誘を受けた。「うそをつく気力もなく、イエスといっていた」(ギル氏)

 白人エリート層の社会で生きてきたギル氏にとって、人種も育った環境もまるで異なる同僚と働くのは初めての経験だった。時給は約10ドル(約970円)で緑色のエプロンを最初に身につけたときこそ敗北感を感じたというが、一杯のコーヒーを通じて人に喜ばれることが「自分の喜びになっていった」という。

 苦しい時代に娘から日記を書くよう勧められ、それがもとになって本が生まれた。

 産経新聞の電話取材にギル氏は「かつては成功という自分の外側の物差しで人生をはかっていた。物質的な豊かさが幸せなのでなく、そうしたものから自由になることが幸せなのだと気づいた」と語る。

 さらに「米国の企業文化は人材より利益を優先させてきたし、拝金主義が賛美されてもきた。米国はこの病から回復する時期にきているように思う」と金融危機に見舞われた今は米資本主義や価値観の転換期にあるとの見方も示す。

 もっともギル氏を“救った”スタバも世界各国での過剰出店で人員削減を余儀なくされている。著書に対しては、「スタバの宣伝」との見方や、「リストラされても明るく生きていける」というテーマが「企業の安易な解雇のいいわけに利用されないか」と危惧(きぐ)する意見があるのも事実だ。

 そしてギル氏は今、再び転機を迎えようとしている。著書が売れて講演に飛び回るほか、トム・ハンクスさん主演、今年のアカデミー賞脚本賞などを受賞した「ミルク」のガス・ヴァン・サント監督による映画製作が進んでいるのだ。

 広告マン時代の裕福な生活に戻ることも夢でないが、あっさりとこういう。

 「今、小さいアパートの屋根裏部屋でプラスチックのテーブルにひじをもたせかけて話しているけど、ものを持たない暮らしは本当にいい。失うことで自分がよく見えてくる。今の方がずっと幸せだから昔に戻りたいとは思わない」
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by sakura4987 | 2009-03-04 13:20


                  東京特派員・湯浅博

 (産経 2009/3/3)


 麻生太郎首相や民主党の小沢一郎代表ら実力政治家に会ったら、こんな質問をしてみたい。

 「もし、あなたが人口450万人、淡路島と同じ面積しかない小国の指導者だったら、どんな国家戦略を描きますか?」

 その都市国家には石油資源がない。わき出る水もなければ、人手のかかる農産物もできない。これらすべてが外国依存である。あるのは交通の要衝として地理的な優位性と、彼らの頭脳だけだ。

 この限られた条件下で、指導者は国民の「繁栄」と「安全」を確保するために政治構想力を駆使するしかない。日本の政治家が得意な政争術など何の役にも立たない。悪いことに金融危機がこの小国にも襲いかかった。

 さて、人口1億人の国の政治指導者が、あるとき450万人の小国の指導者になったら、どう知略をめぐらすか? それを考えたら夜も眠れないはずだ。

 こんな過酷な条件の中で、1人あたりのGDP(国内総生産)を世界トップ級に押し上げている都市国家がある。赤道に近いシンガポールだ。

 彼らは世界より「半歩先行」することで、魅力ある都市国家をつくり上げていた。“南洋の淡路島”を「繁栄」させるには、外国からカネとモノを呼び込むしかない。若き指導者たちが打ち出したのは、スピードと実力主義を国家戦略に取り込むことだった。

 チャンギ国際空港に降り立つ。登録者は指紋読み取り装置に指をかざすだけで通関できる。タクシーは道路上方の道路料金システムが感知して高速料金が引き落とされる。港では人工知能技術で通関と荷揚げが自動的に行われる。

 一連のシステムが作動したのは10年以上も前になる。日本の閣僚や野党幹部が有り難がって視察にいく。なんと、これら最新技術のすべてが日本製で、ご禁制品を海外に見に行くようなものだ。

 日本の技術がシンガポールで導入できて、日本でできないのはなぜか。一時の混乱を恐れる官僚の尻込みと、政治家の決断力のなさにつきる。

 当時、シンガポール政府が「半歩」どころか「1歩先行」のため次に目をつけた分野があった。バイオテクノロジーを駆使した医療技術と医薬品開発である。

 あれから10年後のシンガポールを、NHKが報告していた。研究施設「バイオポリス」には、すでにクローン羊を生んだ英国のコールマン博士や日本人研究者が破格の待遇で招聘(しょうへい)されていた。

 優秀な人材はどんなに高額でも外国からリクルートする。迎える国民は、落ちこぼれると惨めだから教育熱心である。「行き過ぎた管理社会」と批判されても、彼らは生き残りの方にかける。

 この効率重視で「繁栄」を支えるとしても、いま一つの「安全」はどうやって保障するのだろう。

 周辺には分離独立したマレーシア、世界一のイスラム人口を抱えるインドネシアがある。国土と人口の脆弱(ぜいじゃく)性を、米海軍の空母に寄港地を提供して同盟と同じ機能をもたせてしまう。

 わが日本の周辺にもロシア、中国、北朝鮮の核保有国と核開発国がある。これに対して攻撃力の米軍と防衛力の自衛隊がセットで抑止効果をあげている。まともに考えれば、小沢代表のように「米海軍第7艦隊だけで十分」など横柄な態度はとれない。

 1億人の政治指導者はどこまでも呑気(のんき)である。いつになったら、「繁栄」と「安全」の国家戦略を語れるのだろう。
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by sakura4987 | 2009-03-04 13:19


 (河北 2009/2/27)

 http://www.kahoku.co.jp/news/2009/02/20090227t25022.htm


 共同募金などの“集金マシン”と化している町内会組織の在り方を見直そうと、青森市の町会長ら約20人でつくる「福祉を考える青森市民の会」(河田喜代利会長)が市内の町会にアンケートを実施し、その結果を基に意見書をまとめた。募金活動には「半ば強制的な面もある」と多くの疑問の声が上がったことを受け、「町会による募金は自発的に行われるべきだ」と提言している。

 アンケートは360の町会を対象に実施、85の町会から回答を得た。意見書には「募金団体から募金を丸投げされているようで不快」「町会本来の業務ではないし、本当は協力をやめたい」「集金の戸別訪問が負担だ」など、事前のアンケートで寄せられたコメントを記載した。

 赤い羽根共同募金の寄付金については、自治会費からの徴収を無効とする大阪高裁判決を支持した昨年4月の最高裁決定も紹介。「募金が自発的な意志によることを再確認し、各町会はより良い在り方を検討すべきだ」と結論付けた。

 会が意見書をまとめたきっかけは「共同募金委員会などが町会ごとに割り当てる寄付金の目標額が、事実上ノルマ化していることに疑問を持ったため」(河田会長)だ。

 実際、目標額を達成できない町会が募金の配分を受ける地区社会福祉協議会の会議で非難されたり、町会長が自腹で不足分を補ったりするケースもあるという。

 意見書はA4判、37ページで、アンケートに応じた各町会に配布した。河田会長は「募金自体は否定しないが、本来は個人の自由な善意によるもの。町会に募金活動を依頼する側も、活動が強制的になっていないかを確認すべきだ」と訴える。

 一方、青森市共同募金委員会は「目標額は地域のための事業に必要な予算から算定している。募金を強制するつもりはない。誤解があれば、説明していきたい」と話す。

 東北大大学院文学研究科の吉原直樹教授(都市社会学)は「若い世代の町内会に対する関心が薄くなり、住民みんなが参加する時代ではなくなったため、各種団体から依頼される募金活動は負担になっている」と分析。「全国的に町内会の活動を見直す動きが出てきている」と指摘している。
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by sakura4987 | 2009-03-04 13:19


 (ニッカンスポーツ 2009/2/26)

 http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp3-20090226-465331.html


 自民党の森喜朗元首相は26日夜、党参院議員のパーティーであいさつし、オバマ米大統領の施政方針演説に触れ「最後に『この国に神のご加護を』と言ったら、みんなわーっと拍手をした。私は『神』と言って怒られた。今もって忘れない悔しさだ」と述べた。

 森氏は首相在任中の2000年5月に「日本は天皇中心の神の国」と発言。「主権在民が理念の憲法に反する」などと批判された。
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by sakura4987 | 2009-03-04 12:16


              東洋学園大学准教授・櫻田淳

 (産経 2009/2/26)


 ≪■「老舗」であるための条件≫

 現下の世界規模の経済危機が日本の経済社会に未曾有の試練を与えているのは、あらためて指摘するまでもない。ところで、日本の経済社会の特色は、創業以来、少なくとも百年、二百年の時を刻んだ「老舗企業」が多いということである。たとえば、東京・日本橋辺りの街を歩けば、そうしたものは、当然のように目に入る。驚くべきは、大阪には、飛鳥時代以来、千数百年も続いている企業が存在し、それは宮大工から出発した建築会社である。

 こうした「老舗企業」が日本において続くのは、何故(なぜ)であろうか。それは、「昔、立派であったから…」ということだけで存続しているわけでもないし、その「過去の遺産」だけで食いつないでいるわけでもない。

 それは、それぞれの時代の当主を中心とした多くの人々の「現在進行形の努力」の集積である。

 それぞれの世代が、「周囲の評判を落とさぬように…」ということを心がけて、日々、努力を続け、その努力が子々孫々にまで受け継がれてこそ、「老舗」が「老舗」となっているのである。

 それは、敢(あ)えていえば、「現在進行形の努力」のリレーである。逆にいえば、どこかの時点で、「過去の栄光」に胡坐(あぐら)をかいて驕(おご)りを生じさせたり、それぞれの時代の要請に向き合わない振る舞いをしたりする人々がいれば、その「現在進行形の努力」のリレーは、確実に途切れることになる。「老舗」が「老舗」であるための条件とは、時代の変遷に生真面目(きまじめ)に向き合っていく「緊張感」と「ダイナミズム」であるということになる。

 ≪■緊張感とダイナミズムと≫

 筆者は、日本の「保守主義」の精神を最も鮮やかに体現しているのは、こうした幾多の「老舗会社」ではないかと考えている。そして、筆者の考える「保守主義」の本質とは、そうした「緊張感」と「ダイナミズム」に他ならないのである。

 然(しか)るに、現在の日本では、政治家の世界であれ、知識人を含むメディアの世界であれ、この「現在進行形の努力」を続けるということに、どこまで生真面目な考慮が払われているであろうか。たとえば、今次通常国会序盤の焦点は、第二次補正予算案における「定額給付金」の扱いであったけれども、減税を公共投資に先行させる施策は、景気刺激の観点からは決して誤っていない。

 ただし、そうであるならば、本来、議論されなければならないのは、「総額2兆円という規模で本当に効果が上がるのか」ということであり、「何故、定額減税ではなく定率減税を考慮しないのか」であったはずである。こうした議論が浮かび上がらないままに、「定額給付金は是か非か」という二者択一の硬直した議論に終始し、「富裕層は受け取るべきか否か」といった瑣末(さまつ)な議論が示されていたのは、そうした生真面目さに疑問符を付すものであろう。また、知識人の世界でも、「現在進行形の努力」とは乖離(かいり)した「観念の遊戯」としか思えない議論が続けられたりしている。

 ≪■硬直・定型が支配する政界≫

 このように、「老舗企業」を始めとして「実践」を旨とする人々は、「現在進行形の努力」を必死に進めているけれども、特に政治家や知識人の仕事から、そうした「現在進行形の努力」の形跡が浮かび上がってこないのは、何故なのか。それこそが、日本における「弱さ」を示す一つの事例であろう。

 平成の御代も21年目を迎えた。振り返れば、明治の御代の21年目は、翌年の大日本帝国憲法発布を控え、「近代国家・日本」の体裁が整えられようとした時節であった。昭和の御代の21年目は、そうした帝国の枠組みが壊れ、日本の「新生」への模索が始まろうとした時節であった。それならば、現在の日本の人々は、平成の御代の21年目をどのようなものとして位置付けるのであろうか。

 現下の経済危機の震源地となった米国には、バラク・H・オバマという異例の指導者が登場した。

 米国が高々、二百数十年の歴史しか持たないことを揶揄(やゆ)する向きは、あるかもしれないけれども、こうした異例の指導者が登場し、それを多くの米国国民が支持するという風景は、現状への切迫した意識に裏付けられた米国における「現在進行形の努力」の一端を垣間見せている。片や、日本の人々が世界に示すべき「現在進行形の努力」の中身は、何なのか。

 「硬直性」、「定型性」の色合いを持つ一切の事柄は、こうした「現在進行形の努力」には支障となる。そして、それは、「保守主義」の精神とも無縁のものである。
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by sakura4987 | 2009-03-04 12:16


           外務大臣奨励賞 饒平名(よへな)玲美

 (産経 2009/2/26)


 ■真の国際交流と平和

 「おれは日本人が大嫌いだ。お前たちは世界一残酷な民族で、おれたちフィリピン人はひどい目に遭ったんだ」

 突然言われたその言葉に、私は呆然(ぼうぜん)としてしまった。待ちに待ったベルギー留学が始まり友達作りに奮闘していた矢先、同じクラスにいたフィリピン人の男の子にそう言われた。悔しさと悲しさで心がぐちゃぐちゃになり、その時私は何も言うことができなかった。

 だがそれから段々と私の心は「怒り」に満ちあふれてきた。「どうして“私”にこんなことを言うの? 日本が犯してしまったフィリピンでの残虐行為を否定するわけではないけれど、それは私が生まれるずっと前に起こったこと。私には何の関係もないじゃないか!」。私はこれまでフィリピン人に対して何かひどいことをした覚えはないし、私が彼らから非難されなきゃいけない要素は何もない。その「怒り」を誰か同じ日本人と共有すべく、私はその日の経緯を日本の学校の先生にメールで説明した。だが、心待ちにしていたその返事には意外なことが書かれてあった。

 実はその先生も日本語教師として中国で2年間働いた経験があり、そこでは「日本人」であるが故に、中国人から罵声(ばせい)を浴び、大変つらい思いをしてきたそうだ。そのメールには続けてこう書いてあった。

 「あのね、子供がしたことに対して親が責任を取るというのは当然でしょ。それと全く逆のことを考えればいいのよ。歴史的な問題の場合、上の世代の過ちに対して、下の世代の人たちが責任を取らなくちゃいけないの」。その言葉に百パーセント納得したと言ったらうそになる。少しの理不尽さを感じたものの、私は彼らから「試されている」と感じた。歴史を変えることはできない。だが、これからの日本を築いていくのは、紛れもない「私」なのだ。

 私は次の日、彼に話しかけてみた。本当のことを言えば、顔を合わせることすらはばかれる。だができるだけ彼とコミュニケーションを取るようにした。私を通して、「彼の日本のイメージを変えたい!」と思ったからだ。そうして彼と向き合い、お互いのことについて知っていくうちに、彼と私はいつのまにか毎日一緒にお昼を食べ、将来の展望についてまで語り合う“親友”となったのだ。もう彼が以前のように日本とフィリピンの歴史については何も触れなくなった。その“無言のメッセージ”を受け取った私は、1年間彼と真っ正面から向き合って本当によかったと心から思った。

 日本に帰国した私は、世界100カ国以上の学校が参加している国際交流の部活に参加した。そこでは、テレビ会議を通してさまざまな国との文化交流や地震の救済支援のための募金活動、フィリピンの貧困地域住民のため、中古パソコンの寄付などたくさんの国々との共同学習、支援活動を行っている。そこで一番印象的だったことは、寄付金やパソコンを直接、相手国に届けたことであった。お互いの顔と顔を合わせることで、その信頼関係が何倍にもなるからだ。

 私は、この留学体験や部活動を通して、真の国際交流とは、人と人との直のコミュニケーションなのだと感じた。メディアなどの言葉をうのみにせず、きちんとその国の人と向き合い、自分の目で判断してほしい。そうすることで、互いの信頼関係が広がり、争いのない平和な世の中が生まれるのではないだろうか。(沖縄尚学高2年)
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by sakura4987 | 2009-03-04 12:07



 老作家の杉圭介が杏子に出会ったのは、60年以上も前のことだ。たちまち恋に陥った圭介は、自身に問いかけた。彼女を射(う)とうとする者があったら、「彼女を守って銃口の前に立てるか」と。「立てる」と自信をもって答えた。

 結婚してからも、折々に同じことを問いかけたものだ。「今また杉は銃口の前に立っている。銃にこめられた弾丸はアルツハイマー型認知症だ」。平成14年に89歳の青山光二が発表した『吾妹子(わぎもこ)哀し』は、妻を介護する日々を描いて、「恋愛の窮極のかたち」と評された。翌年、この作品で川端康成文学賞を受賞する。

 杏子は来客に、自分のカプセル剤を菓子と思い込んで、もてなそうとする。下駄箱に化粧品を並べ、食器棚に靴を詰め込む。「どこですか、ここ」と自宅で杏子に聞かれるたびに、圭介の視界は涙で曇った。青山の実体験に違いない。やがて妻は特別老人ホームに入居し、青山は95歳で世を去った。

 きのうの小紙社会面(東京版)は、大田区に住む87歳の男性による老老介護の悲しい結末を伝えていた。認知症の妻(80)と、知的障害の息子(51)を介護していた男性は今年1月、布団のなかで息絶えた。2人はその死に気づかず、知人が遺体を見つけるまで1週間以上がたっていた。

 残された家族は、近所の人たちの助けを借りて、今は笑顔を取り戻しているという。少子高齢化の影響で、老老介護は増加の一途をたどっている。識者は「地域の支援が必要」と訴える。

 そういえば、『死霊』の作家、埴谷雄高の面倒を、隣の「おばあちゃん」が親切心から15年間にわたって見た例もある。しかしさまざまな事情で、「おばあちゃんの手を握って死にたい」という、埴谷の願いはかなえられなかった。
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by sakura4987 | 2009-03-04 12:06


 (産経 2009/2/25)


 厳しい寒さが続いた1月。東京都大田区中馬込の住宅で、死後1週間以上が経過した無職の男性(87)の遺体を近所の知人が見つけた。認知症の妻と知的障害のある息子と暮らし、買い物や食事の準備、施設への送迎など懸命に2人を介護していた男性。布団の中で息絶えていたが、妻と息子がその死に気付くことはなかった。男性の最期は、高齢者が高齢者を介護する「老老介護」の悲しい現実を映し出している。

 昔からの近所づきあいが残る住宅地で、坂道の多さから「九十九谷(つくもだに)」と呼ばれる馬込地区。男性は認知症の妻(80)と知的障害のある息子(51)の3人で生活していた。年金生計で暮らしぶりはつましかった。

 「最近、お父さんが食事をしないの」。1月15日夜、妻は近所の知人女性にこう打ち明けた。心配した女性が16日に家を訪れ、布団に横たわったまま亡くなっている男性を見つけた。

 警視庁池上署の調べによると、死因は脳出血とみられ、死後1週間から10日が経過していた。男性の死に気付いた妻は「今後が心配。何よりも寂しい」と周囲に漏らしたという。

                 ×  ×

 近所の女性によると、妻は1年以上前に認知症を患ったが、それまでは息子を真ん中に3人並んで手をつないで楽しそうに歩く姿を見かけるなど、近所でも仲の良さが評判だった。

 大田区の職員が昨年4月、息子の障害の程度を確認するために家庭訪問した際、妻の認知症を知り、介護保険を申請するよう勧めた。だが、男性は「まだ私は元気だから面倒は見られる。当分は死なないよ」と笑って断った。

 男性は急な坂道をつえを頼りに、ひとり買い物に出ていた。買い物から食事の準備まで家事のすべてを引き受けていた男性に、妻は「『座っていればいいから』と言ってくれる。本当に優しくしてもらっている」と感謝しきりだったという。

 近所の知的障害者援護施設に通う息子の送り迎えも欠かさなかった。自宅から施設までは歩いて5分。男性は車の往来に気を配り、自分が車道側を歩いて息子の手を引いた。施設の職員は「介護が大変なことは聞いていた。愚痴を言わず、つらさを感じさせない明るさがあった」と振り返る。

 送迎の時に施設でつくられたケーキを買うこともあり、「息子さんが施設の活動を通じて、社会とかかわりを持つことを喜んでいるようだった」(職員)。

                 ×  ×

 男性の死から1カ月以上がすぎ、妻は笑顔を取り戻しつつある。「息子がマッサージしてくれるの」。かつて男性が妻にマッサージをしているのを見て覚えていたのだろう。息子は恐る恐る背中や肩を押してくれるといい、「うれしい。体の痛みも数段和らぐ」。

 男性が大切にした家族は今も、仲むつまじく生活している。男性の死後、近所の人たちがおかずを差し入れたり、妻の話し相手になったりしている。区の入浴や買い物代行サービスも受けているという。大田北地域行政センターは「支援に向けて、奥さんに介護保険を申請するよう説得していきたい」と話している。



≪■参考 産経 2009/2/25≫


 厚生労働省の調査によると、介護保険を受けている世帯のうち、介護者と要介護者がともに65歳以上の老老介護世帯は平成13年の40・6%から、16年41・1%、19年47・6%と増えている。

 産業医大(北九州市)は14年から5年間にわたって、福岡県内の60歳以上の男女3000人を追跡調査。この期間に病死や老衰などで死亡した381人のデータなどを基に分析した結果、老老介護を行う男性は、健康な家族と同居する男性に比べて死亡する率が約2倍になった。さらに、介護している男性がつえをつくなど体が不自由な場合には約5倍となった。
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by sakura4987 | 2009-03-04 12:06


 (産経 2009/2/27)

 http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090227/kor0902271739005-n1.htm


 韓国の「2008年度版・国防白書」が日本の竹島を韓国の領土と記述し、表紙などに竹島を背景にした写真を掲載していることに対し、日本政府は在ソウル大使館を通じ韓国政府に抗議し、東京でも韓国大使館の担当者を呼び抗議した。抗議は白書が発表された23日に行われたが、日本政府は公表せず、抗議は韓国世論をはじめ対外的にはまったく知られていない。

 日本大使館によると、ソウルでは駐在武官を通じ韓国国防省に伝達し、東京では韓国大使館参事官を外務省に呼び抗議したという。韓国政府は昨年9月、日本の「防衛白書」をめぐる同様の問題では日本大使館公使を外交通商省に呼び抗議するとともに、日本非難の公式論評を発表している。

 日韓が領有権を争っている竹島(韓国名・独島)問題では、韓国政府は終始、日本への非難や抗議を内外に積極的に発表しているのに対し、日本政府(外務省)は「韓国世論を刺激してはいけない」(日本大使館筋)として韓国への非難や抗議は公表しない姿勢を取り続けている。
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by sakura4987 | 2009-03-04 12:05

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987