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2009年 03月 14日 ( 14 )



 (読売 2009/3/13)

 http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20090313-OYT1T00601.htm


 防衛省情報本部に勤務している1等海尉の男性職員(39)が、上司の許可を得ずに韓国に渡航していたことがわかり、同省は13日、この職員を停職4日の懲戒処分にした。

 発表によると、職員は2001年1月から昨年8月にかけ、計15回にわたって休暇を利用して韓国を旅行していた。「許可を得るのが面倒だった。韓国には語学の勉強に行った」と話しているという。同省は2006年8月、全隊員を対象に過去の無断渡航を調査したが、職員は虚偽の申告をしていたという。

 職員は2004年に同本部に配属され、衛星画像の分析にあたる内閣衛星情報センターに出向していたが、同省は「情報漏れはなかった」としている。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:10


 (産経 2009/3/11)

 http://sankei.jp.msn.com/world/korea/090311/kor0903110838001-n1.htm


 米国防情報局(DIA)のメープルズ局長は10日、上院軍事委員会に提出した書面で、北朝鮮が「核弾頭と弾道ミサイルを成功裏に一体化させられるかもしれない」として、弾道ミサイルに搭載可能な核弾頭の小型化技術獲得に成功した可能性があるとの見方を示した。

 DIAは北朝鮮が弾道ミサイルへの搭載を進めるため、小型核弾頭の研究を進めているとみてきた。

 昨年8月に脳卒中を起こしたとみられている金正日総書記の容体に関しては、ほぼ回復しているようにみえると分析した。そのうえで、金総書記が急死した場合、短期的には大混乱はおきずに「権力委譲は平穏に進む」との見通しを表明した。ただ、北朝鮮は1人の権力者によって支配されてきたため、「長期的には実力者間の権力争いで問題が大きくなっていく」と予測した。

 また、ブレア国家情報長官は10日の上院軍事委員会公聴会で証言し、北朝鮮が「人工衛星」と称して長距離弾道ミサイルを発射するとの見通しを示した。長官は「(衛星打ち上げと)大陸間弾道ミサイルに使われる技術は区別がつかない」と述べ、北朝鮮が衛星打ち上げと主張しても、実際には長距離弾道ミサイル・テポドン2号の打ち上げとの見方を示した。

 そのうえで、3段式のミサイルの場合、成功すればハワイやアラスカだけでなくう米本土まで到達が可能になると指摘した。

 一方、ブレア長官はイランの核開発に関しては、イランが高濃縮ウランの製造を開始すれば、最短で2010年から2015年の間には核兵器生産に必要な量の製造が可能との見方を示した。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:10


 (時事 2009/3/12)

 http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009031201058


 ロシア軍事科学アカデミーのドボルキン戦略核問題センター所長は12日の記者会見で、「イランは1、2年で核兵器を製造する能力を持つ」と述べ、政治的な意思決定があれば、イランは比較的短期間で核保有が可能との見方を明らかにした。

 同所長は「イランの核保有は重大な脅威だ」と指摘。また「なぜイランが今までに核保有に至っていないのかは分からないが、技術的には兵器級の高濃縮ウランの量の不足が障害になっている可能性がある」と語った。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:10


 (Business Media 誠 2009/3/12)

 http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0903/12/news065.html


 厚生労働省は3月11日、「第6回21世紀成年者縦断調査」を発表。2002年に独身だった20歳~34歳の男女で2007年11月までの5年間で結婚したのは男性21.7%、女性27.3%であることが分かった。
[堀内彰宏,]


 厚生労働省は3月11日、「第6回21世紀成年者縦断調査」を発表した。2002年11月の第1回調査時に独身だった20歳~34歳の男女のうち2007年11月までに結婚したのは、男性21.7%、女性27.3%であることが分かった(結婚後に離婚した人も含む)。年代別に見ると、2002年に20~24歳だった男性の19.1%、女性の24.0%、25~29歳だった男性の25.2%、女性34.4%、30~34歳だった男性の20.8%、女性の22.9%が結婚していた。






独身者のこの5年間の結婚の状況(出典:厚生労働省)




 2002年の独身者について、「結婚した」は結婚前の、「結婚していない」は2006年11月の第5回調査時の仕事別にこの5年間の結婚の状況をみた。すると、男性では正規労働者の24.0%、非正規労働者の12.1%、無職の9.0%が結婚していた。年代別に見ても、すべての年代で正規・非正規との比率が倍ほど異なっている。

 女性では正規労働者の27.7%、非正規労働者の24.5%、無職の27.6%がこの5年間で結婚している。正規・非正規で男性ほど大きな差は付いていないが、正規の方がやや比率が高くなっている。また、無職の女性が結婚した比率も高い。






就業形態別にみた、この5年間に結婚した割合(出典:厚生労働省)



 また、2002年の独身者について、「結婚した」は結婚前の、「結婚していない」は2006年11月の第5回調査時の親との同居の有無別にこの5年間の結婚の状況をみた。すると、親と同居している男性の21.2%、親と同居していない男性の29.1%が結婚していた。特に21~25歳で親と同居していない人で結婚した比率(53.0%)は、同居している人で結婚した比率(38.7%)を大きく上回っている。

 一方、親と同居している女性の27.0%、同居していない女性の30.0%がこの5年間で結婚していた。特に21~25歳で親と同居していない人で結婚した比率が(53.0%)が同居している人で結婚した比率(38.7%)を大きく上回っている。

 郵送などによる調査で、対象は2002年の第1回調査時に独身だった20~34歳の男女8627人(男性4384人、女性4243人)。調査日は2007年11月7日。






親との同居の有無別にみた、この5年間に結婚した割合(出典:厚生労働省)
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:09


 (朝日 2009/3/14)

 http://www.asahi.com/national/update/0314/OSK200903130156.html


 鳥取大医学部付属病院(鳥取県米子市)の救命救急センターに勤務する救急医4人全員が3月末で辞職する。4人には医学部の教授と准教授も含まれ、教授らは「地方の救急医療の現場は体力的にも精神的にも限界」と訴えている。同センターは同県西部で、重篤患者に対応できる唯一の救急施設。後任の救急医はまだ2人しかめどがたっておらず、4月以降のセンターの機能に不安の声が上がる異例の事態となっている。

 辞職するのは、同センター長で鳥取大医学部救急災害科の八木啓一教授(54)と中田康城准教授、若手医師2人の計4人。若手医師は昨年夏に年度末での退職を申し出て、教授と准教授は昨年末から今年1月にかけて辞職の意思を大学に伝えた。

 同センターは04年10月に開設。06年前半には専任の救急医7人と付属病院の他科からの応援医師2人の9人態勢だったが、退職が相次いで昨年4月から専任救急医師が4人、応援医師が3人の7人態勢に減り、年間900人の患者を受け入れてきた。

 センターによると、当初1人月5~6回だった当直勤務は月8~10回まで増え、1人当たりの夜間・休日の緊急呼び出しも急増。若手2人の辞職理由は「体がもたない」だった。

 同センターが後任を探したが、希望者はなく、付属病院の他科も人手不足で応援を増やすのは難しかった。教授と准教授は「センターが壊れるぐらいのショックがないと現場の窮状が伝わらない」と辞職を決めたという。

 救急医不足の背景には、04年度に始まった「新医師研修制度」もある。研修医が自由に研修先を選べるようになったことで都市部の病院に移るケースが相次ぎ、年間四十数人いた同大医学部での研修医は06年には半分以下に減少。研修後、救急災害科の希望者は5年間で今回辞職する若手医師2人だけだった。さらにセンターは老朽化した処置室の整備を大学側に要求したが実現していない。

 付属病院の豊島良太院長は「04年の国立大学法人化以降、補助金が5年で計約10億円減額された。設備の更新もままならず、民間病院のように高報酬で医師を招くこともできない」と話す。

 同病院によると、教授と若手医師1人の後任しか決まっていないという。4月から他科の医師約10人が交代でセンターに入るため、受け入れ自体には支障はないとしている。だが、他科で対応してきた時間外の軽症患者(年間約1万2千人)もセンターで受け入れる運用になる予定で、医師の負担がさらに重くなる恐れがある。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:08


 (読売 200/3/13)

 http://www.yomiuri.co.jp/world/earth/ear090313.htm


■木桶づくりの技 しごきに耐えて盗んだ


 日本の植民地時代から70年近く、今も台北で木桶(おけ)を作り続ける台湾人がいると聞いた。日本では珍しくなった木桶職人。台湾に根付いた日本の職人魂に触れたくなり、うわさを確かめに歩いた。(台北 源一秀、写真も)

50歳の息子も「まだヒヨコさ。ガハハ」
 工房を兼ねたその店は、台北駅の近くにあった。

 風呂桶、洗面器、たらい、腰掛け、おひつ、おたま――。10畳ほどの店内に商品が高く積まれ、路上にもはみ出している。店の名は林田桶店。さびついて文字が判読しづらいブリキの看板が、繁華街の中で一際目立っていた。

 「この看板は、私が生まれる1年前に初代店主の父が店を開いてから、ずっとかけっぱなしだ。さびついたんじゃなくて、箔(はく)がついたってこと。ガハハハ……」

 日本時代に生まれ育った林相林さん(79)は、流暢(りゅうちょう)な日本語を話し、そしてよく笑う。

 店のある一帯は、戦中まで総督府の職員などが住む日本人居住区だった。「林田」の屋号は日本人に親しみを持ってもらうため、父がそう名付けたという。

 林さんは台北の小学校を卒業後、約30キロ離れた基隆市で木桶の製造・販売店を営んでいた神戸出身の職人、鳥井千代松さん(故人)のもとへ住み込みの修業に出された。12歳の時だった。

 「桶職人の親を持つからには、それが当然だと思っていたけど、あんな目に遭うなんてね」

 明治生まれの鳥井さんは、「誰よりも良いモノを作ったけど、おっかない人」だった。ヘマをしでかすと「このバカ野郎!」と雷が落ちる。

 毎朝5時に起き、鳥井さんが起床する7時ごろまでにカンナの刃を研ぎ、道具を整えなければならない。

 仕事は深夜の12時ごろまで。「食事、トイレ、風呂以外は休む暇がなかった。今なら労働基準法違反だ。ガハハハ……」

 木材の切り出しからカンナがけ、組み立て、木の調整――。単純作業に見えても、確実に仕上げるには年季が必要だ。鳥井さんに時々コツを尋ねたが、「すぐに『バカ野郎! 何度言ったら分かるんだ!』って。初めて聞いてもそう言うんだよ、ガアッハハハ……。だから師匠の手元を見て技術を盗んだんだ」

 鳥井さんの元を離れたのは、住み込みを始めて3年後。基隆が米軍の空爆を受けた1944年末だった。

 「米軍機が爆弾落とし始めてね。みんなでトンネルに避難したら、師匠が追っかけてきて『お前、店ほったらかしてどこ行くんだ!』って。日本の職人ってすごいって思ったよ。でも、私は台北に逃げ帰った。ガハハハ……」

 鳥井さんは戦後、帰国して亡くなった。「今も頭が上がらないよ。あのしごきがあったからこそ、激しい競争に勝ち残れたんだ」

 終戦から3年。林さんは18歳で父から店を引き継いだ。台湾でも木桶は生活必需品だったが、60年代に安いプラスチック容器が登場すると、台北に約30軒あった同業は相次いで廃業に追い込まれていった。林田桶店はいつの間にか、台湾で唯一と言われる製造・販売店になった。

 「木桶の価値はまだある、意地でもやめるかって頑張ったよ」

 最近は美容や健康に敏感な女性を中心に、木桶を求める人が増えている。「手入れをすれば、どれも10年以上使える。お湯は冷めにくいし、木の香りもして、風呂桶なんて最高だよ」

 この人にかかっては、30年以上も一緒に店を支えてきた3代目、息子の煌一さん(50)も出る幕はない。

 「こいつはヒヨコさ。まだ店は譲れないな。ガハハハハ……」
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:07


 (世界日報 2009/3/14)


 世界的経済危機の影響が、ロシアにも押し寄せてきている。知人の中にも、「会社が倒産した」、「リストラされた」、「減給された」という人がたくさん出てきている。しかし、「危機慣れ」したロシア人は、リストラされても日本人のように落ち込んだりしない。

 日系企業を最近やめたナターシャさん(29)は「ソ連崩壊後の危機に比べたら、今は全然マシよ」と笑う。

 「当時は、野菜といったらジャガイモ、ニンジン、玉ネギしか食べられなかったのよ。チーズは超高級品で、めったに食べられなかった。トイレットペーパーを買いだめし忘れた人は、代わりに新聞紙を使わなきゃいけなかった。あのころと比べれば、今は天国だわ」

 キリル君(25)の勤務する建設会社では、従業員の30%が解雇された。「自分は何とか『リストラ第一波』を乗り切ることができてホッとしている」と言う。キリル君は、年末に奥さんとフィンランド旅行を楽しんだ。今はまた、休暇を取ってドイツ旅行をしている。

 出発前に「そんなことをしていると『リストラ第二波』に呑み込まれるのでは?」と質問すると、「その時はその時だよ」と笑った。

 レーナさん(38)は、デパート・スーパーM社の副社長だが、同社は倒産手続きに入った。高い地位にいた彼女は間もなく失業するのだが、落ち込んでいる様子はない。「今まで柄にもなく働き過ぎたわ。そろそろ二番目の子供が欲しかったから、ちょうど良かったのよ」と笑う。

 日本も大変な時代に突入しているが、ロシア人のこの「打たれ強さ」に学ぶべきかもしれない。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:07


 (産経 2009/3/12)


  ≪木造の家屋狙った焼夷弾≫

 アメリカが日本の人口密集地に焼夷(しょうい)弾を使用することを考え始めたのは「パールハーバー」よりもはるか前のことである。日米戦を想定して、「木と紙」でできている日本の家屋を攻撃するには、焼夷弾のような火炎兵器が最も効果的だと分析した。

 アメリカが日本の空襲用に開発した焼夷弾は「M69油脂焼夷弾」とよばれ、本体はゼリー状のガソリンである。開発責任者のR・ラッセルはスタンダード石油会社の副社長だった。焼夷弾1本の形状は、野球のバット半分程度の鋼鉄製の筒である。これを38発、鉄バンドで束ねたものを上空から投下すると、バンドが空中ではずれ、広い範囲にバラバラと落下し、家屋を燃やし、あたりを火の海にする。アメリカはテキサスの砂漠にわざわざ日本式の家屋を建てて実験し、効果が抜群であることを確かめていた。

 南太平洋のサイパン島を基地として、アメリカは昭和19年11月からB29による日本本土への空襲を開始していた。

 しかし、それは、(1)飛行機工場などの軍需工場を目標に、(2)日中、(3)高度1万メートルの上空から爆弾を投下するもので、命中率は平均5%程度にすぎなかった。

 同年12月29日、ホワイトハウスでルーズベルト大統領、マーシャル参謀総長らを含む秘密の作戦会議が開かれ、日本本土爆撃作戦を再検討した。そこで決まったのは、(1)民間人を直接の対象とし、(2)夜間、(3)低空飛行で焼夷弾を投下する、戦時国際法違反の「無差別爆撃」だった。

 ≪最大の戦争犯罪のひとつ≫

 この作戦変更に伴い、マリアナ3島の司令官のクビがすげ替えられた。民間人の家屋を焼く焼夷弾攻撃に反対していたハンセル少将にかわって、ドイツ・ハンブルクの絨毯(じゅうたん)爆撃をやり遂げたカーチス・ルメイ少将が任命された。

 ルメイは江戸時代の大火の50%が3月上旬に集中していることを調べ上げた。春先の強風が吹くこの時期が作戦には最も効果的だと分かった。3月10日は日露戦争の奉天会戦で日本が勝利した陸軍記念日だった。

 前日、マリアナ諸島を飛び立った325機のB29は、少量に抑えた燃料と満載の焼夷弾を抱えて東京を目指した。作戦計画に従ってまず、正方形と2本の対角線のライン上に焼夷弾を落として火の壁をつくり、住民の退路を断った上で、1平方メートル当たり3発、総重量2700トンの焼夷弾を、雨あられと無辜(むこ)の市民の頭上に降り注いだのである。

 ルメイは戦後、「もし、アメリカが戦争に負けていたら、私は間違いなく戦争犯罪人として裁かれていただろう。幸い、私は勝者の方に属していた」と述べている。一夜にして10万の市民を焼き殺した「東京大空襲」は、第二次世界大戦の最大の戦争犯罪の一つであろう。

 東京都江東区で家具店を営む滝保清さん(現在80歳)は、64年前の3月10日、空襲による業火の中を逃げ惑っていた。当時16歳の中学生で、早くに父を亡くした保清少年は、数日前に運悪く足にけがをして歩けない祖父を背中に背負い、安全な方角を目指した。だが、火の勢いは激しくなる一方で、やがて祖父の背中のドテラが燃えだし、煙と熱風の渦に巻き込まれた。

 目の前で燃えている祖父を残し、「後ろ髪を引かれる思いで、生きたいという本能と窒息の苦しさから逃れたい一心で」(私家版冊子『赤い吹雪』より)逃げ出さざるを得なかった。

 ≪国立慰霊碑の建立を急げ≫

 長い年月がたち、つらい地獄の体験をやっと他人に語る心境になった滝さんは、平成3年、東京大空襲の犠牲者を追悼する慰霊碑の建立を求める署名運動を地元の仲間とともに始めた。

 本業をそっちのけで奔走し、3月10日の犠牲者の数を超える11万5000人の署名を集めきった。

 願いは国会に通じ、平成17年11月1日、衆議院本会議で国立慰霊碑建立の請願が採択された。昨年12月、自民党の国会議員からなる「戦災犠牲者の国立慰霊碑建立を目指す議員の会」(下村博文会長)が設立された。

 しかし、所管の総務省は、兵庫県姫路市に昭和31年に民間の寄付で建立した「全国戦災都市空襲死没者慰霊塔」があり、国が新たに慰霊碑をつくる予定はないという。滝さんは、個人や民間や自治体ではなく国が慰霊碑を建ててほしいと切望する。

 空襲犠牲者は、東京都のために死んだのではなく、国のために命をささげた点で戦死者と同じではないか、と言う。

 滝さんたちが署名運動を始めてからすでに18年の歳月がたつ。残された時間は少ない。政治と行政は、一刻も早く決断すべきである。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:06


 (産経 2009/3/12)


 黒く機械油が染みこんだ工具類も、材料の鋳物を入れたプラスチックの箱も、同じ場所に、同じように置かれていた。春まだ遠しを思わせる冷たい雨さえもまた、1年前と同じように降っている。

 日本の町工場の砲丸がアトランタ、シドニー、アテネと3大会連続で五輪のメダルを独占していることを知り、埼玉県富士見市の辻谷工業を訪れたのは1年前の冬だった。

 北京五輪でも当然、といったストーリーを頭に描いて辻谷政久さん(76)に取材を始めたとたん、あっさり「北京はやめました」と言われた。

 「たった1人の五輪ボイコット」の大見出しで連載の第1回が掲載されたのは昨年3月31日だが、取材を始めた時点ではまだ、毒入りギョーザ事件も中国政府のチベット弾圧もほとんど話題になっていない。ボイコットなんて、いくらなんでも…と思ったが、辻谷さんの意志は固かった。

 ≪優勝候補「記録なし」≫

 1年ぶりに訪れた町工場で、辻谷さんが灯油ストーブにボッと火をつけながら名刺の束を見せてくれた。記事が載ると真っ先に米テレビ局が「本当に出さないのですか」と取材にきた。以来、次々に訪れた海外メディアの取材関係者の名刺である。米、英、韓国の新聞、スイスとフランスのテレビ、ドイツのラジオ…。2012年にロンドン五輪を開く英国のメディアからは「ロンドンには出してくださいよ」と言われた。

 北京五輪ボイコットは、4年前のサッカーの試合で中国サポーターが見せたむき出しの反日感情がやりきれなかったからだ。「あんなところに私の砲丸は出せない」という職人の意地を大切にした。

 北京で男子砲丸投げ決勝が行われた8月15日夜、自宅で競技結果を見た辻谷さんは顔を曇らせた。シドニー、アテネ両五輪で銀メダルを獲得し、優勝候補の筆頭とされていた米国のアダム・ネルソン選手がファウルを繰り返し、記録なしに終わったからだ。

 「ネルソン選手には気の毒なことをした。でも、職人の意地もあります」

 練習で辻谷さんの砲丸を愛用し、北京にも絶好調で乗り込んだ。それなのにまたも「金」から見放されたのは、本番で辻谷さんの砲丸が使えず、調子を崩してしまったからだという。

 ≪輝きを放つ現場≫

 小さな町工場は去年のままだが、世界も、日本も、この1年で大きく変わっている。昨年9月のリーマン・ブラザーズの破綻(はたん)に端を発した金融危機は、日本の実体経済にも大きな打撃を与え、政治の混迷がそれに拍車をかけた。日本はこの先どうなるのかという重苦しい不安が社会を覆い始めている。

 この危機の時代の最中にあって、「魔法の砲丸」の秘密を何とか再生の契機にしたいと考える人も多いのか、辻谷さんのもとにはいま、全国から講演の依頼が相次いでいる。この連載もまた、辻谷さんの砲丸から出発し、日本のどこがすごいのかを探ってきた。

 ものづくりの技術はもちろん、食の伝統やアニメのような新たな表現の領域に至るまで、輝きを放つ現場や人材はさまざまな分野に存在する。世界に誇り、そして大きな貢献を果たしうる人的、技術的資源をこれほど抱えている国も珍しいのではないか。

 それなのに!と取材班が突き当たる壁はいつも変わらない。この日本の窮状はどうしたことか。大いなる危機の中からもう一度、日本を生かす道を探っていこう。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:06


 (産経 2009/3/11)


 ■あらゆる分野で人材枯渇

 --日本の人材不足は科学分野だけではない

 立花  そう。その国の言葉も満足にしゃべれない総理をトップに置かざるを得ない今の日本の政治がいい例です。昔の自民党はいつでも次の総理候補が2、3人はいた。いまは首をすげかえようにも次の候補がいない。あの(小泉元総理の)構造改革だって、一時的に経済回復しただけで、失ったものも多かった。

 最近の歴代総理や大臣など政治家の多くは2世、3世ばかり。ゼロから努力してせり上がってきた人たちではない。地盤、看板、カバンの三拍子そろった世間知らずで、苦労知らずの2世、3世に100年に1度の危機に直面する日本を救うことができますか。人材不足はアイデアや政策の枯渇につながります。政界も経済界も官界も、いくら頭を絞っても危機脱出の知恵が出てこないでしょう。

 --深刻な状況だと

 立花  いま日本は、政治も外交も経済も社会もすべての基本的システムが変わらざるを得ない大変革の時代に入っている。しかし仮に次の総選挙で自民党から民主党に政権が移っても、民主党にも人材はいませんから、すぐまた国民は失望し、政治はますます混迷の度を深めるでしょう。一大政界再編が起こるところまで行かないと、次の政治的安定の構図は見いだせないと思います。

 日本はマスコミを含めあらゆる分野で人材が枯渇し、システムそのものまで機能せず、おかしくなりつつある。

 --マスコミもですか

 立花  既存のメディアすべてが未曾有の危機的状況で、ジリ貧状態に追い込まれている。しかもメディアの生命線の取材力、発信力がガタ落ちしています。郵政の「かんぽの宿」入札問題も、週刊誌で先に書かれてしまっている。あの程度の内容なら新聞社は、かなり前から分かっていたはず。どうして国会で問題になる前に調査報道などで問題提起しなかったのか。ジャーナリズムが弱くなると、国もおかしなことになるんです。
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by sakura4987 | 2009-03-14 12:06

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by sakura4987