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2009年 04月 04日 ( 9 )



 (産経 2009/4/4)


 ■「自然と人生を楽しみ、愛すという点で、日本人の魂は、古代ギリシャ人の精神と不思議に似ているところがある」(ラフカディオ・ハーン=小泉八雲)


 「その朝、わたしが最高に嬉しく思った印象は、日本人がわたしを見つめるまなざしが、驚くほどやさしかったことだろう」-。英国人作家、ハーン(のちに帰化)はエッセー『極東初日』にそう記している。明治23(1890)年のきょう、彼を乗せた汽船が横浜に到着した。40歳の初来日だった。

 ハーンの心をとらえたのは日本人の微笑だった。仏頂面(ぶっちょうづら)の英国人とは対照的。また、フランス人の冷笑とは質を異にする、最も気持ちのよい顔-笑顔をいつも、悲しいときでさえたたえている。西洋人にとって不思議に映るこの微笑は、実は日本人の精神の豊かさ、さらには「日本の文明は、物質的には発展途上国だが、それだけ道徳面では、西洋文明よりはるかに進んでいる」ということの象徴-。当時の彼が至った結論である。

 だが、ハーンはのちに、急速な欧米化によって「微笑」が忘れ去られようとしている、と感じるようになる。彼はつづる。「西洋人が古代ギリシャ文明を愛惜するように、日本の若い世代が過ぎ去った日本を愛惜するときがくるだろう。そのさい、最大の驚きは、昔の神々の表情であろう。なぜならその微笑は、かつての自分たちの微笑だったのだから」
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:42


 (産経 2009/4/3)

 ■「一(ひとつ)に曰(い)はく、和(やわら)ぐを以(もっ)て貴(とうと)しとし、忤(さか)(逆)ふること無きを宗(むね)(旨)とせよ」(憲法十七条)


 ここでは「和」を「やわら(ぐ)」とする訓読みを採用してみたが、わが国の正史『日本書紀』にある記述は漢文である。当時の暦で604年の「夏四月(なつうづき)の丙寅(ひのえとら)の朔(ついたち)戊辰(つちのえたつのひ)」、つまりきょう、この憲法十七条を聖徳太子が制定したとされる。

 憲法といっても、近現代にいう、国家の基本を定める法典-の意ではない。が、それゆえに時代を超えた価値を持つ。まずは12条。「国に二(ふたり)の君非(あら)ず。王(きみ)を以(もっ)て主(あるじ)とす」とある。

 聖徳太子はそれまでは希薄だった「国家」という概念を、意識的に用いた最初期の人とされる。この条項は王=天皇を中心とした、歴史的な「日本国宣言」といえないだろうか。

 「人が自分と違うことを怒るなかれ。人みな心あり。自分は決して聖人ではないし、人は決して愚者ではない。ともに凡夫(ただひと)であるのみ」(一部意訳)などと10条にある。自我が災いし、いまも古代も貴重な「和」を得ることがいかに困難なことかがわかる。

 そして17条。大事については「失(あやまり)」を排し、「理(ことわり)」を得るために「衆(もろもろ)と論(あげつら)ふべし」と記されている。独断が否定され、1400年前にすでに民主主義の精神がみえる。世界に誇るべし、である。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:41


 (産経 2009/4/2)

 http://sankei.jp.msn.com/world/china/090402/chn0904022304007-n1.htm


 金融サミットが開かれているロンドンの「エクセル・ロンドン」。国際プレスセンターの巨大な空間に掲げられた3つの時計は「(ニューヨーク、ワシントンのある)米東部」「ロンドン」「北京」の時刻を示しており、日本の「存在感低下」を象徴するものとして各国メディアの間で話題になっている。

 こうした会議ではこれまで、世界の3大金融センターとしてアジアでは北京ではなく、東京の時刻になっているのが通例。このため「最初見たときに違和感があった。なぜ日本ではないのかと」(インドネシア人記者)、「中国の地位が高まっているからだろう」(オーストラリア人記者)といった声が聞かれた。

 ロンドン在住の中国人記者は「意外な感じがした。つい最近までは北京ではなくて、東京だったのではないか」と、うれしそうに話していた。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:41


 (産経 2009/4/2)

 http://sankei.jp.msn.com/world/europe/090402/erp0904021119008-n1.htm


 同性間の事実婚が法的に認められているスウェーデンで1日、国会は同性間の「結婚」を完全に認める法案を可決した。5月から施行される。ロイター通信などが伝えた。

 政府報道官は、今回の法案通過で「(カップルの)性別は結婚する上で、もはや何ら意味をなさない」と語った。

 スウェーデンでは1994年から、同性のカップルがパートナーとして法的に登録することや養子を持つことなどを認め、異性間の結婚と法的な差別はほとんどなかったが、同性のカップルに対して法律上「結婚」という言葉は使えなかった。ロイターなどによると、法案通過で異性婚と同性婚に法的な差異はなくなった。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:40


 (産経 2009/4/2)


 ■政治家と非情の掟

 政治は結果責任である。これは今も昔も変わらぬ真理だろう。政変や革命といった大きな変革期には、論理や理性がまったく通じないことも多い。主観的に良かれと信じた行為がふとした歴史の転回で悪となるのも珍しくない。

 悲劇的なのは、主君の命で動いた臣下が情勢の急変と主人の心変わりでいつのまにか「悪の巨魁(きょかい)」とされ、政治責任をとらされる不条理だろう。

 元治元(1864)年に「禁門(蛤御門(はまぐりごもん))の変」に敗れた長州藩3家老ほど自分の死に納得できなかった政治家も歴史上少ない。

 ◆お家大事で切腹

 そもそも長州藩永代家老の福原越後は、他の2家老とともに、尊王攘夷(じょうい)の実行を方針とした藩主・毛利敬親(たかちか)の命を受けて率兵上洛したのだ。しかし幕府の長州征伐が目前に迫ると、お家大事で藩主から切腹を命じられたのだから政治はむごい。それも、御所方面に発砲した行動を「不忠不義」となじられたのだから、武士としてはやるせなかった。

 このあたりは中村彰彦氏の珠玉の短編『さらば、そうせい公』(文芸春秋)に鮮やかに描かれている(『東に名臣あり』所収)。

 3家老は山崎、嵯峨野、伏見に分かれ、福原は伏見から入京しようとした。長州藩を御所警護から解いた文久3(1863)年8月18日の政変の屈辱を晴らし、池田屋事件で殺害された藩士の報復を目指したのである。

 しかし長州勢の敗走後、陣地から藩主の黒印の捺(お)された軍令状が発見されたからたまったものではない。孝明天皇は、御所に射掛けた長州勢にいたく立腹し、防長二州(いまの山口県)の追討を命じた。自らが勤王のトップだと自負する長州藩にとっては青天の霹靂(へきれき)だったといえよう。藩論は一挙に恭順へ旋回し、謝罪のために福原らの3家老を切腹させ、その首級を幕府に差し出した。

 上洛作戦は君命と藩論に拠(よ)っていた。しかも福原は伏見で奥歯を撃たれ、意識を失ったまま戦場を部隊ともども離脱した。御所には何も不敬を働かなかったという気分なのだ。

 もともと長州支藩の徳山藩主の六男でありながら、1万6000石とはいえ家老家の養子になった福原越後のことだ。実弟の定広が本藩の世子となっており、世が世なら自分も長州藩主や徳山藩主にもなれたという思いが強い。貴種としての誇りや意地にかけて罪人扱いは屈辱であった。福原は、囲碁でいう劫(こう)のように取引材料にされる不満もあっただろう。

 ◆貴種の誇りと自尊心

 しかし藩を恭順にまとめた俗論党は幕府の追討を免れ、御家を救うためなら、藩主や世子にも犠牲を強いる覚悟だったらしい。鮮やかな政策でも失敗に終われば、政治責任をとる人物が必要となる。 これは政治のリアリズムであり、非情の掟(おきて)である。現代日本の若い政治家たちには、この“非情のメカニズム”がどうも分かっていない。“有名人”“リーダー”たる政治家は、いつでも政治生命という名の命を差し出す覚悟をもたないと務まらない職業である。小泉純一郎元首相がいみじくも述べたように、現代では生命を奪われないだけましなのだ。

 福原の偉いのは、内心納得もせず、切腹の直前に声もなく泣きながら、まず従容(しょうよう)として黄泉(よみ)に旅立ったことである。貴種の誇りと自尊心というものだろう。

 2世、3世議員という“現代の貴種”たちには、政治の行方を左右する不祥事を自分や秘書が起こしたなら、福原のように否(いや)でも政治責任という命を差し出す覚悟をもってほしい。これはリーダーとなる志の代償でもある。そうした志のない人は、本来政治家の道を歩むべきではないのだ。

                   ◇

【プロフィル】福原越後

 ふくはら・えちご 実名は元●(もとたけ)。文化12(1815)年、周防(すおう)国徳山藩主、毛利広鎮(ひろしげ)の六男に生まれ、長州藩士・佐世親長の養子となる。安政5(1858)年、本藩永代家老の福原親俊の死後、藩命で同家に入り、越後と称する。文久3(1863)年まで長州藩最後の国家老を務め、尊王攘夷運動を推進。同年長州藩が京都から追われたため、元治元(1864)年6月、兵を率いて上京、7月禁門の変で負傷し、退く。11月に岩国の竜護寺で切腹させられた。享年50。

●=にんべんに間
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:40


                  【論説委員「私の1本」】福島敏雄

 (産経 2009/4/3)


 カジノ資本主義や強欲資本主義など、どうも最近の資本主義は評判がよくない。サブプライムローンの破綻(はたん)によって、アメリカの金融マンや経営者がカジノの胴元並みに強欲だったことが明らかになったからであろう。

 だが「カジノ」や「強欲」は資本主義の歪曲(わいきょく)形態であって、マックス・ヴェーバーが描く労働者たちや経営者の姿とはまったく異なる。

 ルターにはじまるプロテスタンティズムでは、職業はドイツ語で「Beruf(ベルーフ)」と記される。英語では言えば「calling(コーリング)」にあたる。単なる仕事ではなく、神からの召命としての「天職」という意味も持つ。

 こうした職業観においては、神を裏切らないように、勤労が義務づけられる。稼いだカネも神から与えられたものであり、ムダ遣いなどをせずに節約しなければならない。それが「プロテスタンティズムの倫理」ということになる。

 ビル・ゲイツ氏など、巨額なカネを福祉や慈善などに寄付する「倫理」を持った経営者もいることはいる。だがヴェーバーは、同書を発刊した1920年の段階で、アメリカには営利一方に走る「末人たち」が到来する可能性があると予言した。末人とは、こんな人たちである。

 「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階まで登りつめた、と自惚(うぬぼ)れるだろう」

 ようするに「世も末の人」のことである。いまや資本主義は「末人資本主義」になったのである。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:39


 (読売 2009/4/2)

 http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20090402-OYT1T00666.htm


 平日夜10時以降に寝る幼児は、発達が遅れたり、アンバランスになったりする危険性が高いことが、久留米大学の松石豊次郎教授(小児神経科)らの調査で分かった。

 子供の睡眠と行動との関係はこれまでも指摘されているが、幼児期の発達との関連が裏付けられたのは初めて。

 松石教授らは、大阪府と三重県で約400人の乳幼児を長期追跡する「すくすくコホート」調査で睡眠の分析を担当。生後18か月時点で、手足や視線の動き、言語・認知能力、社会性などの発達の程度を調べ、睡眠との関係を調べた。

 データのとれた298人のうち、59人が発達がやや遅れていると診断された。平日寝る時刻が夜10時より遅い場合、1時間遅くなるごとに、発達に問題のある幼児の割合が約3倍ずつ増えた。一方、10時前に寝る場合、寝る時刻と発達に関連は見られなかった。

 総睡眠時間や昼寝の回数などと、発達との相関は見られなかった。

 松石教授は「睡眠が原因なのか、発達の問題が睡眠に影響を与えるのかはまだ分からない。発達の問題は成長とともに変わる可能性があり、寝る時間を早くすることで改善するか調べていきたい」と話している。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:38


 (朝日 2009/4/1)

 http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200903310115_01.html


 大阪府の橋下徹知事は1日、大規模な人事異動を発令する。「ひな壇部長」と呼ばれる九つの部長ポストをほとんど入れ替え、課長級を部長に抜擢(ばってき)する「公務員の常識ではあり得ない」(府幹部)という異例の人事だ。庁内には不満と不安が渦巻くが、橋下知事は「反発がなければ改革ではない」としている。

            ◇

 「部長の総入れ替え。こんな異動は過去にない」。府幹部がそう漏らす今回の人事異動は「ひな壇部長」の入れ替えが最大の特徴だ。府議会の本会議場で議員たちと向き合い、橋下知事とともに2列の壇上に並ぶ九つの「ひな壇部長」ポストは、3人が中途退職、3人が外部派遣、3人が別の部の部長に替わる。

 2月下旬、知事室に呼ばれたある部長は橋下知事から「後進に道を譲っていただけませんか」と告げられた。定年の60歳までまだ数年。後任への不安もあり、「もう1年やらせてください」と頼んだが、聞き入れられなかった。

 庁内で波紋を広げたのが外部法人への派遣だ。府人事室は「現場重視の人事配置」と説明するが、派遣される部長の一人は「本庁から周辺への明らかな左遷」と肩を落とす。府幹部は「今回の人事は知事に意見した人が左遷させられている」と解説する。

 部長らは、橋下知事が庁内の反対論を抑えて補助金削減を進めた「大阪センチュリー交響楽団」や、橋下知事の特別顧問と府職員との間で意見対立があった関西空港の活性化策などの難題で、橋下知事と議論を戦わせた。部長の一人は「覚悟はしていた」。

 橋下知事は今年1月の幹部あてメールで「公務員組織の不文律を壊す」と宣言し、「いったんひな壇に上がった部長を落とします」と予告していた。ある幹部は「意見を言う古参の部長がうっとうしかったのだろう」と見る。

 「降格」とともに「公務員の常識からみたら異例」とささやかれているのが課長級職員の「飛び級昇任」(人事室)。出先機関の所長が2職級昇任し、ひな壇部長の一つに就く。府の「職員の任用に関する規則」では部長就任には2年間の次長級経験が必要と定めていたが、橋下知事は特例を定めて認めさせた。

 「庁内秩序が混乱する」との忠告もあったが、「職場に非常に活気があり、よく頑張っている」と評価したという。所長は橋下知事の選挙公約でもあった「校庭の芝生化」に熱心に取り組んできたことでも知られる。所長は「自分の熱い気持ちが伝わったのかな」と話す。

 「価値観の共有」を求めてきた橋下知事は1日の組織改正で「戦略本部会議」を新設。知事、副知事らが府政の基本方針を策定、数値目標を各部局に作らせ、達成度をチェックする。自分の考えを組織に浸透させ、目に見える実績を職員に求める体制だ。

 橋下知事は31日、本格的に取り組んだ人事について「庁内の価値観と僕の価値観の衝突はあったが、この組織の最終責任は僕が負う。だからこそ、自分が納得する権限の行使はさせてもらう」と報道陣に意気込みを語った。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:33


 (読売 2009/4/1)

 http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/niigata/news/20090401-OYT8T01218.htm


 健康志向や日本食ブームの影響で、欧米で和包丁が人気だ。世界的不況で輸出産業が落ち込む中、刃物の街・三条市のメーカーには、生産が追いつかないほどの注文が舞い込んでいる。

 今年2月13日、ドイツ・フランクフルトで開かれた世界最大の消費財見本市「アンビエンテ・メッセ・フランクフルト2009」。86か国から4466社が出展、147か国から約14万人が来場した。

 ナイフや包丁が並ぶキッチン用品展示ブースの一角に、三条の刃物メーカー10社の製品が並んだ。三条商工会議所は2004年から、伝統の鍛冶技術を生かした海外向けブランド事業「SANJO?JAPAN」に取り組んでいる。見本市出展は今年で5度目となる。中でも人気なのが和包丁。同商議所の鈴木秀俊産業振興課長は「反応が大きい。リピーターが増えている」と手応えを語る。

 出展した「タダフサ」(三条市東本成寺、1948年創業、従業員12人)では、海外からの注文がこの2~3年で急増した。曽根忠幸・営業部長(32)は「健康食としての日本食人気の影響が強い。欧米では自分が気に入ったものをクリスマスや誕生日にプレゼントする習慣があり、もらった人が今度は自分用に購入するケースも見られる。生産が追いつかない」と語り、曽根忠一郎社長(65)も「おいしくて見た目も美しい日本料理には、よく切れる包丁でないと駄目」と自信を見せる。

 注文は、主にドイツや英国、米国などの商社からで、現在年間約2000丁を生産している。価格帯は日本円で1丁8000~1万5000円が中心という。

 課題は、販売後のメンテナンスだ。曽根営業部長は「和包丁は鉄と鋼が基本なのでさびてしまう。『研ぐ文化』を教えていかなければならない。売りっぱなしでは、ブランドが維持できなくなる」と語る。
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by sakura4987 | 2009-04-04 07:33

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