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<   2006年 11月 ( 186 )   > この月の画像一覧


 中国税関総署は27日までに、9月に実績ゼロだった対北朝鮮原油輸出が、10月に5万8685トンに達したとする税関統計を明らかにした。

 8月の原油輸出量3万3741トンに比べ、74%の大幅増となった。

 10月には国連安全保障理事会が北朝鮮の核実験を受けて制裁決議を採択したが、中国が同決議の下でも北朝鮮に原油を輸出している実情が浮かび上がった形だ。
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by sakura4987 | 2006-11-28 08:20

 エクアドル大統領選挙の決選投票が26日、行われ、AP通信などによると、反米左派のラファエル・コレア元経済相(43)の当選が濃厚となった。コレア氏は中央選管当局の中間集計発表を待たず、「勝利を尊厳と謙虚さをもって受け止める」と勝利を宣言した。

 第1回投票では、「バナナ王」として南米有数の資産家とされる親米右派、アルバロ・ノボア氏(55)が1位となり、ブッシュ米大統領を「間抜け」と呼ぶなど強硬な反米姿勢を取るコレア氏は2位にとどまった。

 しかしその後、ブッシュ大統領に対する発言を「軽率だった」と取り消し、対米関係をも重視する姿勢を打ち出すなどのソフト化戦略が奏功、コレア氏が逆転した。

 コレア氏は米イリノイ大で学んだ左派経済学者で、エネルギー部門への国家介入強化や国内米軍基地の使用延長拒否、対外債務の一部支払い拒否などを主張している。

 右派からの批判を受けてこのところ、距離を置く発言を行っているものの、中南米の反米左翼化の中心的存在であるベネズエラのチャベス大統領とも親しい関係にある。

 コレア氏の勝利が確定すれば、中南米での反米左派政権グループに、ベネズエラ、キューバ、ボリビア、ニカラグアに続き、エクアドルも仲間入りすることになる。
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by sakura4987 | 2006-11-28 08:19

千葉県市川市八幡1丁目1番1号

電話:047-334-1111

★メールの場合
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/needs/index.html
SSL対応をクリックして書き込めます

★ファックスの場合
FAX番号:047-336-8025


現行の男女平等基本条例を改正し、「ジェンダー」「性と生殖に関する健
康と権利」「積極的格差是正措置」などの文言を削除し、新たに「家庭生
活の尊重」や「父性・母性の役割の重要性」を付け加えた男女共同参画社
会基本条例案が12月議会に提出されるようです。

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◆市川市:男女平等条例、改廃へ 保守系4会派、12月議会に案提出

 (毎日新聞 06/11/16)

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/news/20061116ddlk12010408000c.html

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 市川市で02年に制定された市男女平等基本条例を改廃する市男女共同
参画社会基本条例案が、12月議会に提出されることが分かった。05年
4月に保守系4会派の23議員が同条例改廃のための勉強会を結成して活
動しており、同案可決の見方が強まっている。

 勉強会座長の高安紘一議員によると、新条例案では「ジェンダー」「性
と生殖に関する健康と権利」「積極的格差是正措置」などの文言を削除し、
新たに「家庭生活の尊重」や「父性・母性の役割の重要性」を付け加えた
のが特徴。

 高安氏は「現条例に色濃いジェンダーフリーの理念は性差を否定する行
き過ぎたもの」と指摘。「条例により、全国の教育現場で生じている混乱
が今後も予想される」と改廃理由を説明している。

 新条例案に対しては、公明、共産など4会派が「現条例は2年間かけ市
民の公聴会を経て、全会一致で可決した。廃止するには十分な議論が必要
だ」として反対の立場だ


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※これに対して早速フェミが反対運動をしています。↓


≪以下、反対派情報≫//////////////////////////////////////////////////////


これを参考にして、市川市に賛成の意見を届けたいと思います。

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千葉県市川市の条例が危ない! (怒)
http://fightback.exblog.jp/4969553/
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千葉県市川市の男女平等基本条例を改廃して「男女共 同参画社会基本条例」
にする案が、12月議会に提出されます。もし通れば、男女共同参画社会
基本法や女性差別撤廃条約に反した時代錯誤の条例となります。毎日新聞
は、「2005年4月に保守系4会派の23議員が同条例改廃のための勉
強会を結成 して活動しており、同案可決の見方が強まっている」
と報じています。

市川市議会にメール又はFAXをあなたの意見を送ってください。「現行の市
川市男女平等基本条例を守ってください。」「拙速に改廃せず民主的に時
間をかけて話し合うべき」「国の基本法と理念が違っている」など、一言
でOKです。千葉県議会の経験や市川市議会の特徴から、あまり攻撃的だと
逆効果となりかねないそうです。

★メールの場合
http://www.city.ichikawa.chiba.jp/needs/index.html
SSL対応をクリックして書き込めます

★ファックスの場合
FAX番号:047-336-8025

===
出される改廃の一例をあげると・・・

「男女が性別に関わりなく」→ 削除

「男女平等社会の実現の障害となる性別役割分業意識がいまだ根強く」→ 削除

「男女の実質的な平等を実現するため、それを阻んでいる要因を取り除き」→ 削除

「積極的格差是正措置(ポジティブ・アクション)・・・」→ 削除

「性別により直接的又は間接的に差別されることなく、その人権が尊重さ
れる社会」→ 「男らしさ、女らしさを否定することなく、互いにその特
性を認め合い尊厳を重んじる社会」

「『男は仕事・女は家庭』という固定的性別役割分業意識に縛られること
なく、家事、子育て、介護等の家庭の営みに家族全員が関わり、その責任
を共に分かち合える家庭」→ 「専業主婦を否定することなく、現実に家
庭を支えている主婦を、家族が互いに協力し、支援する家庭」

参考Webサイト

1)「市川市:男女平等条例、改廃へ 保守系4会派、12月議会に案提出
 /千葉」@毎日新聞千葉版 2006年11月16日
http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/news/20061116ddlk12010408000c.html

2)石崎たかよ議員のHP
http://www2u.biglobe.ne.jp/~takayo/
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by sakura4987 | 2006-11-27 13:51

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/11/24/20061124000045.html

 22日、韓米FTA(自由貿易協定)に反対するデモ隊7万4000人が13の市で一斉にデモを繰り広げ、7カ所の市庁・道庁を襲撃した。大田では忠南道庁にたいまつを投げて柵を燃やし、100メートルにわたって柵を押し倒した。

 今回のデモは、全国農民会総連盟(全農)、祖国統一汎民族連合(汎民連)、全国教職員労働組合(全教組)、韓国大学総学生会連合(韓総連)など300の団体で結成した韓米FTA阻止汎国民運動本部(汎国本)が農民を扇動し、これに全国民主労働組合総連盟(民労総)が積極的に加勢して行われた。いわゆる「計画的な団体行動」だった。汎国本は今月29日と12月6日にまた、全国規模の同時デモを行うとしている。

 この日の夜、全国各地の官公庁の柵から火の手が上がり、デモ隊が振り回すたいまつで官公庁前の広場が真っ赤に染まった。まさに無政府状態と表現せざるを得ない状況だ。

 問題は政府が存在しないも同然の状況になってしまったことにある。政府は目を丸くして見ているだけで、事実上何の機能もしなかった。

 現政権は発足以来、公務員を数万人も増やし、数千億ウォンの予算を掛け数十の大統領諮問委員会を立ち上げて大統領の目と耳の役割を担わせるとし、後先も考えずに国家負債を膨らませ、同盟国をはばかる必要のない「自主」を実現するため数十兆ウォンの血税をつぎ込む国防力増強計画を立てた。

 その政府がデモに対する対処一つまともに取れないでいる。全国が修羅場と化した今回のデモに、2万5000人もの警察官が出動しながら、現場で逮捕された暴力デモ参加者は 27人にすぎなかった。

 警察にしてみれば、昨年の農民デモの際の暴力ざたを鎮圧しようとして起きた事故の責任を問われて警察トップが辞任に追い込まれる事態を目にしているだけに、保身を図るよりほかなかったのだろう。

 こうした暴力デモを取り締まるための法がないわけでもない。現行の「集会と示威に関する法律(集示法)」は明らかに集団的な暴力が予想されるデモ、日の出前や日没後のデモ、深刻な交通混乱を引き起こすデモを禁止し、これに該当するデモを行った場合、6カ月から2年の懲役刑を下せるとしている。この法律をまともに適用するだけでも、「韓国式」の低レベルな暴力デモはいくらでも抑えることができる。

 それにもかかわらず、1日平均7000人が大小のデモを繰り広げる韓国にあって、集示法で実刑が下された例は、先日の平沢・大秋里事件(米軍基地移転反対デモ)の主導者一人の1件に過ぎない。

 政府がこうしたまともな法律を適用せず、いわゆる「平和デモ社会大協約」を推進するだとか、デモ隊と「平和デモ覚書」を締結するだとかいった間抜けな話ばかりしているのだから、国民をあざわらうかのような暴力デモ隊のやりたい放題が収まるわけがないのだ。
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by sakura4987 | 2006-11-27 13:06

http://www.mainichi-
msn.co.jp/today/news/20061122k0000e040083000c.html

 奈良県三郷町の町立三郷北小学校で今月14日、給食のご飯を粗末に扱ったとして、岡本喜代治校長(59)が4年の男児の尻を強くたたいて転倒させるなどし、約1週間のけがを負わせていたことが分かった。

 岡本校長と同町教委は「行き過ぎた指導だった」として男児の家族に謝罪した。岡本校長は教育困難校の立て直しなどで実績があり、子どもと教師の心理についての著書も執筆。地元では「熱血校長」で知られている。

 同町教委によると、男児の担任教師が13日、給食で茶わんに残った米を団子状にして天井に投げるのを目撃し、岡本校長に報告した。岡本校長は翌朝、登校してきた男児を校門前で見つけると、ほおをつかんで引き寄せ、尻を6~8回たたいた。

 男児は転倒し、足をすりむき、ほおにはつめ跡が残って血がにじんだという。男児はそのまま授業を受けたが、帰宅後、傷に気付いた家族が病院に連れて行き、全治1週間と診断された。岡本校長は同日夕、男児宅を訪れて謝罪。町教育長には15日朝、報告した。

 同小によると、岡本校長は「食べ物を遊び道具にするのは許されず、ここで指導しておかなければと強く思った」と説明したという。

 岡本校長は1995年、「子どもの心と教師の心」(日本教育研究センター)を出版。同小は今年度、文部科学省が全国の9小学校を指定した「総合的な学習のモデル校」にも選ばれている。


■岡本校長に声援を!

三郷北小学校    TEL 0745-32-5577

FAX 0745-72-9975

http://www1.kcn.ne.jp/~sankita1/

奈良県教委    担当 教職員課 課長(直通 0742-27-9844)
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by sakura4987 | 2006-11-27 12:57

「三国同盟は新秩序建設」と軍部に迎合

重大な反軍から賛美への変節

 新聞といえば「言論の自由」を掲げ、時の政府、権力といえども批判すべきは批判する存在でなければならぬ。

 しかし大正、昭和から太平洋(大東亜)戦争にかけて朝日はじめ批判精神を発揮した時もあるが、多くは弾圧に屈し、むしろ迎合、協力した歴史がある。今、自由で民主政治の時代、新聞は二度とこうした轍を踏むべきではない。

 支那事変から太平洋戦争の戦前、戦中、朝日の責任者だった緒方竹虎(編集局長、主筆、副社長)、美土路昌一(編集局長、戦後は社長)両氏は遺稿、回顧談で次のように反省している。

当初は反主戦論

 「朝日は戦前、多少の新聞的良心を捨てなかったが、昭和十三年に国家総動員法が布かれてから手も足も出なくなった。新聞記者が筆を曲げてまでも言うべきことを言わずに過ごすほど苦痛はない。いわゆる新体制運動、とりわけ日支事変、日独伊三国同盟、大東亜戦争に対し、朝日にもし幾分かの弁疏があるとすれば、それは一番遅れて賛成したという以外に何もない。腹に反対を懐きながら筆に反対を唱えなかったのは、主筆であっただけに自分を責めねばならぬ」(緒方談)

 「往時を振り返ると、もとより軍ファッショが国を誤ったことを痛嘆するが、非常の時に全新聞記者が言論自由ののろしを自ら放棄して恥じず、ますます彼らを誤らせたその無気力、生きんがための売節の罪を見逃してはならぬ。自らも首脳の一人として何の働きもできず、今徒に軍の横暴のみを責めている自分に対し、自責の念に堪えない」(美土路談)

 その言や良し。だが後の祭りである。でも両先人の痛恨の言葉を改めてかみしめねばならない。

 緒方は十一年の二・二六事件で自由主義的と見られた朝日が、陸軍皇道派青年将校に襲われて銃口の前に立ち、社員を冷静に社外に導いた。高橋是清蔵相を殺した、その足で襲った指揮官の「国賊朝日をやっつけろ」の怒声にも緒方は落ち着いていた。その前、昭和三年、田中義一内閣時代には編集局長として軍事費が過大だと主張、これに怒った陸軍青年将校が決闘を申し入れたのに対し、決闘は法律で禁じられているから応じないが、闇討ちはご随意にと答えている。東条内閣の時、中野正剛自決の原因となった「戦時宰相論」を昭和十八年元旦に書かせたのは事実上、緒方で、葬儀委員長まで務めた。中野は福岡の修猷館中、早稲田、朝日を通じて緒方の先輩で、政界では東条から終始、危険人物視されたが、緒方は中野に礼を尽くした。

際立つ論調転換

 緒方は昭和五年のロンドン海軍軍縮会議あたりまで「統帥権よりも国民負担軽減と国際協調」を唱え、野党や右翼親軍派から自由主義、米英追随、アカの手先とまで言われながら、六年の満州事変、翌年の満州建国くらいから新聞販売の事情と称して紙面で妥協し、時の政府や軍の満州政策支持へ向かっている。

 満州を独立させたわが国に対し、国際連盟はリットン報告書で「満州国は、自発的な独立運動から生まれたものとは考えられない」と満州国を認めず、同年の連盟理事会で松岡洋右全権の下、日本は連盟を脱退した。朝日は「これは意見の相違で、この一事をもって連盟全体を否認することはできない。短慮、即断は事を誤る」と脱退を一応、戒めたが、満州独立という「この一事」は認め、結局既成事実は仕方ないと「帝国、遂に国連脱退へ」と報じる。

 「満蒙は生命線」とする陸軍に対し、「軍人の横車に引きずられるのはどうか」と一応、反論するが、右翼団体や在郷軍人会による大阪朝日(東朝より強硬)不買運動が起こり、連動してライバルの大阪毎日による「朝日は反軍的、売国的」との宣伝攻勢が激化する。「朝日は満州放棄論だ」との声も強まり「日露戦争で多くの血を流した満州を放棄せよとは何事か」との批判も集中する。

 朝日が「満州緩衝国論」を提起し「蒋介石の国民政府が、現実を無視して三民主義の理想を満州にまで実現すべく試み、日本の持つ権益を一掃しようとすれば、日本との衝突を免れぬ。この一事を考えても東北三省(満州)の住民は進んでこうした紛争を防ぐ手段を講じねばならない。これが満州緩衝国設置の必要な所以だ」――これは軍部を先頭とする時流への事実上の大きな妥協であった。

 満州事変を認知した朝日は、在満将士慰問金募集などで事変支持を、より積極化する。軍部の圧力と、これに同調する不買運動に堪えかねて節を屈したと言える。

 十二年六月、近衛内閣成立の際、緒方主筆は「新聞が批判を失ってはならないが、ただ批判だけでなく、なるべく内閣を助け、仕事をさせたい」といささか甘い期待感を述べた。新聞が戦争支持から賛美へと急傾斜したのは、同年七月七日の盧溝橋の一発から日中全面戦争へと進んでからであり、七月九日の東朝一面には「北京郊外で日支両軍衝突。不法射撃に我軍反撃」との開戦報道が載った。

 かくして新聞代表は近衛首相から全面協力を要請され「挙国一致の結束成る。政府の方針遂行に協力」との記事が全紙一斉に出る。内務省警保局から「時局に関する記事取扱い」で首根っこを押さえられた新聞は、ここで完全に政府権力のしもべとなる。

 近衛は三次にわたり挙国一致内閣を作るが、この白面(最初の組閣時四十五歳)の改革派?首相は期待外れで、強者、陸軍への追随が目立った。当時の朝日は近衛に期待し、十五年七月の第二次内閣成立時など社会面で「遂に山(軽井沢)を降りた近衛公」と題し、美文調で「古き政治体制に別れを告げる日が軽井沢から東京へ。坦々たる大道を“新しき道”に革新の車は爽涼の夜気を載せて飛ぶ。キリッと口を結んで新体制へのばく進だ」とはやした。

 朝日は、米英との対立を招くとしてかねて批判的だった日独伊三国同盟にもやがて同調し、歓迎へと転換する。三国同盟は十五年九月に調印された。朝日は「三国同盟成立は東亜と欧州における新秩序建設で欣快に堪えない」と、その意義を強調する。

 第二次近衛内閣の十五年十月、大政翼賛会が結成され、政党は解消。この時、朝日は「これを新日本建設のための歴史的発足たらしめねばならぬ」と大歓迎。朝日は近衛を買いかぶり、とんだ見込み違いをした。強硬陸軍と松岡外交の前に行き詰まった近衛は三次内閣に改めるが、これも三カ月で東条開戦内閣へ。

 十六年十二月、太平洋戦開戦の頃の朝日は、もはや戦争協力は既定の国策、社論とし「太平洋の危機は米国の独善的態度固執で重大な段階に至った」といった論調。朝日の場合、満州事変に至るまで陸軍の横暴を批判し、国際協調と国民負担の軽減を強調してきただけに一転しての転換が一層際立つ。とりわけ毎日と並ぶ最有力紙だっただけに転換の遅速よりも「軍部への妥協、迎合→転換→支持→賛美」に至る過程こそ重大である。

 太平洋戦争にエスカレートした時点で新聞のことごとくが大本営監修新聞になってしまう。新聞は迎合的態度をとり続け、批判精神など失ってしまう。しかし東条の憲兵政治による独裁も、米国との戦争遂行能力の格差は覆うべくもなく、相次ぐ敗北から、重臣や皇族、閣内からの批判も出て遂に倒れ、十九年七月には小磯国昭内閣となる。朝日の緒方副社長は新聞代表として小磯内閣に情報局総裁、国務相として入閣する。緒方は蒋介石の重慶政府に働きかけて戦局を打開しようと重慶に通じる繆斌(みょうひん)を東京に呼んで和平工作をするが失敗、焦った政府による新聞統制はかえって強化される一方であった。

政界転身の緒方

 戦後の緒方は追放解除後、政界に入る。二十九年一月、時の吉田茂首相は造船疑獄で佐藤栄作自由党幹事長が逮捕されようとした時、犬養健法相に指揮権を発動させた。このあと吉田は衆院解散による政権維持を考えるが、緒方は政治道義にもとると反対。吉田内閣は結局、総辞職し、自由党は緒方総裁となる。翌三十年十一月、鳩山民主党と緒方自由党が保守合同、緒方は鳩山後の首相を約束されるが、三十一年一月二十八日、心臓衰弱で急死。六十七歳。

 この時、朝日は天声人語で「緒方には無冠の帝王の面影があり、二・二六事件では腹のすわった国士の風趣もあった。政界では憲政の常道を正そうと深く心に潜め、吉田首相の解散論を排して総辞職させたことも、その志は政治の民主的ルールの確立にあった。思う存分、国政を宰理させたかったが、巨星地に墜ちた」――この辺は緒方の戦前、戦時の錯誤、変節はさておき、これらを大いに悔い改め、特に戦後の緒方は民主政治家として大をなそうとしたということなのだろうか。でもこうしてリベラルな民主政治家に生まれ変わろうとしていた緒方と、今の朝日とはかなり違うのではなかろうか。
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by sakura4987 | 2006-11-27 12:55



保守側が総力を挙げて、ジェンダーフリーの男女共同参画条例を廃棄し、新しく作り直そうとしています。

この市川市の条例は、全国のフェミがお手本としている「ジェンダーフリー見本条例」ですから、全廃されたらその影響が大です。


詳細は、(反対派の街頭行動の画像あり!)

http://plaza.rakuten.co.jp/hisahito/diary/200611230000/

http://plaza.rakuten.co.jp/hisahito/diary/200611240001/

http://www.azaq-net.com/bbs/res.cgi?tani6010+49599


全国のフェミニストが総力を挙げてつぶしにかかっています。

公明党は浜四津代表代行が「つぶせ!」の大号令をかけているようです。

我々も一言でもいいので応援しましょう。

できれば条例の新旧対照表を読んで、新条例が素晴らしいと賞賛のファクス、メールを送ることができれば、それに越したことはありません。

時間は限られています。28日ぐらいがタイムリミットだそうです。


そこで、お願いです。

例えば、「男女の特性をいかして」「男女の違いを尊重して」「母性や父性を大事に」「男は男らしく、女は女らしく」「男女が適切に役割分担して」という考えこそ、大半の国民が社会常識として抱いている考え方で、これこそが真の男女共同参画である。フェミニストの独善的な抗議などに影響されず、良識ある議員の皆さんは、サイレントマジョリティーの声をすくい上げて、新しい男女特性論に立った男女共同参画条例を作ってほしい。と意見を送っていただきたいのです。


★★★市川市議会宛て (全員に配布依頼)

★メールの場合

http://www.city.ichikawa.chiba.jp/needs/index.html

★ファックスの場合

FAX番号:047-336-8025

 フェミニスト運動の原則の1つに「だれもやらないから、あきらめるのではなく、だれもやらないからやったら効果があると思って行動する」と聞いた事があります。



■市川市のフェミニスト議員、石崎たかよ氏が次のように書いています。

【転載】

http://www2u.biglobe.ne.jp/~takayo/topics/danjyo/danjyo_byoudou.htm

 新条例の内容は、男女の特性論に基づいた、固定的役割分担を肯定したものになっています。「男女が、その特性をいかし、必要に応じて適切に役割分担しつつ、・・・」と、男女共同参画基本法における「性別にかかわりなくその個性と能力を発揮する男女共同参画社会の実現」という理念とはかけはなれた内容になっています。



※今回は、世紀の一戦で敗れるわけにはいきません!

是非とも、応援よろしくお願いします。



≪参考≫

◆市川市:男女平等条例、改廃へ 保守系4会派、12月議会に案提出

 (毎日新聞 06/11/16)

http://www.mainichi-msn.co.jp/chihou/chiba/news/20061116ddlk12010408000c.html
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by sakura4987 | 2006-11-27 12:54

http://www.mainichi-
msn.co.jp/kokusai/asia/news/20061123k0000m040127000c.html

 旧日本軍が中国に遺棄した毒ガスなどで戦後に被害を受けたとして、中国人13人が日本政府に賠償を求めて1審で勝訴した訴訟の控訴審の口頭弁論が22日、東京高裁であった。

 来日した原告2人が「毒ガス被害は伝染するとの誤解から、子どもも差別を受けた」などと涙ながらに意見陳述。来年1月の次回弁論で国側が反論文書を出し結審する。

 1審・東京地裁判決(03年9月)は海外の遺棄兵器被害を巡り初めて国の責任を認めた。
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by sakura4987 | 2006-11-27 12:32

国際東アジア研究センター名誉顧問・市村真一


 ■国悪を諱むは礼なり、と知れ


 ≪“記者道”に反する行為≫

 わが国の新聞報道や議論で、前から気になっている不愉快な一つの型がある。それは、教科書問題、慰安婦問題、植民地統治や南京事件の謝罪から最近の靖国問題や歴史認識論に共通しているが、特に中韓両国がからむときにひどい。

 まず日本の記者が、日本の国内問題-例えば教科書問題-をいち早く中韓の当局者やジャーナリストに告げ口する。そして彼らを挑発して、日本の批判や非難をさせる。彼らのそうした日本批判に便乗し、それを日本政府の当局や当事者に突きつけて、それ見たことかと得意になるという筋書である。

 このやり口が卑劣なのは、最初に問題提起した記者は名を出さず、彼ら自身の意見も責任も問われぬことである。これは、言論人として実に恥ずかしい態度で、昔なら卑怯(ひきょう)者とさげすまれたであろう。

 報道に携わる記者の大切な仕事は、第1に問題の内容とそれをめぐる事情の正確な把握である。第2にその問題に関するさまざまな異見の内容の比較考量である。単なる賛否だけではない。さらに一番重要なのは、その問題に自分自身の意見を立てることである。

 その種の記者は、そうした調査と考察に時間をかけて努力もせず、マイク片手に他人の意見を聞いてまわり、安直に日本をやっつける議論集めに奔走しているかのように見える。それは“記者道”に反するであろう。


 ≪春秋左氏伝の教え知る≫

 たとえ駆け出しの若い記者がそんなやり方で原稿を書いても、それをたしなめ指導するのが年配の先輩記者やデスクでなければならないはずである。しかし同じようなやり方が反復してまかり通っているところを見ると、ベテランジャーナリストの指導力にもかげりがあるのであろう。

 いやしくも言論をもって立つ者は、まず名を名乗らねばならぬ。なぜなら言論には責任を伴うからである。殊に他人を批判糾弾するなら、自分の名や身分地位を明らかにして、いざとなれば責任をとる用意がいる。さもないと、闇打ちで卑怯であろう。

 さらにこの手口の重大な問題点は、自国の批判を外国政府や外国人にやらせ、それに便乗する点にある。有名な中国の古典の『春秋左氏伝』の僖公元年の条に「国悪を諱(い)むは礼なり」という時々引用される言葉がある。

 外国では、自国の悪口をつつしむのが礼にかなう、という意味である。それは当然である。自国や同胞のことは、良きにつけ悪しきにつけ、また程度の差こそあれ、自分にも関係と責任がある。自分で処理すべきもので、他人の手を借りるのは恥である。

 それなのに、恰(あたか)も自分が中国人か朝鮮人になったような口調で得意気に自国批判をするのは、どうかしている。もし外国人が日本に来て、そういうことをすれば、われわれはそんな外国人を尊敬するであろうか。

 その人々の誤りは二重である。第1に自己の出世や利益のために自国政府や要人の悪口を他人の口から言わしめる利己心の卑しさであり、第2は外国や他人の力や影響力を自国の政争に利用して、国内での自分の立場を有利にしようとする打算と自信の無さである。


 ≪ある幕末の武士の潔さ≫

 特に深く考えねばならないのは、そういう行動が一国の独立自尊の精神を深く傷つけることである。この悩みは、強国にはさまれた中小国に共通で、アジアにもそんな国は多い。だが日本では、そういう卑劣な言論は誇りにかけて一掃すべきであろう。

 この点、偉大であったのは幕末から明治にかけての日本の指導者であった。一人の例を言えば、幕府の外国奉行だった栗本鋤雲安芸守である。江戸開城のころ、たまたまパリに滞在していた。

 幕府が倒れそうだという報道を聞くと同時に、彼はフランス政府から、6艘の軍艦といくつかの輸送船と若干の仏兵を提供するので、薩長と一戦を交えないかと申し出を受けた。

 しかし彼は、幕府と官軍の戦いは日本内部のこととして、この申し出をきっぱりと断った。そして甘んじて敗残の身として帰国し、滅びゆく幕府に殉じて、新政府に仕えることはなかった。

 ここに激動する日本政治の荒波の中で、いさぎよく身を処した一人の日本武士の姿がある。心なきジャーナリストや政治家には、栗本鋤雲の爪の垢(あか)でも煎(せん)じて飲んで欲しい気がする。

 外国の力を利用して自己の栄達と主張の実現をはかる卑劣な言論人や政治家よ、恥を知られよ。歴史の審判は決して生やさしくはないであろう。(いちむら しんいち)
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by sakura4987 | 2006-11-24 15:21

 今日は「勤労感謝の日」だ。国民の祝日法によると「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」という趣旨になっている。

 「生産を祝い」という部分に面影を残しているが、実はかつて新嘗(にいなめ)祭として天皇が国民を代表して今年の初穂を神々に供え、その恵みに感謝したのがこの日だった。

 新嘗祭は旧暦の11月の2番目の卯の日に行われていたが、明治になって太陽暦(グレゴリオ暦)が採用されて以降11月23日に固定された。昭和23年、国民の祝日法が施行され、「勤労感謝の日」に改められた。

 「勤労をたつとび」「国民たがいに感謝しあう」ことの意義は否定しないが、伝統文化を見えにくくしたことは否めない。

 人間の世界では往々「感謝」の念は互いに置き去りにされ、とかく「あんなやつに金輪際感謝などするものか」というふうになりがちだ。

 しかし、相手が人知を超えた神々となるとどうだろう。その大いなる霊威に恐懼(きょうく)し、おのずから身を慎む気持ちになるのではないだろうか。

 「にひなめ」の「にひ」は、「にへ(贄)」の母音交代形で、神に供えるその年の新穀の意である。

 「なめ」は「なへ」からの転で、「(にひ)ノあへ(饗)」がつづまった語形で、天皇が新穀を神と共に食するという意味の語とされる。

 民間でも新穀を神に供えて、これを食する行事が行われているところもある。

 神と同じものを食するということは神の霊威を分かちいただくことを意味する。1年を通じて、豊作を神に祈り続けエネルギーを使い果たした天皇の霊格が、そのことを通じて再生されるわけだ。

 そういう意味からは、新嘗祭は収穫の喜びを祝う行事であるとともに、物忌みの行事であると指摘されることに合点がゆく。

 自然の恵みへの感謝の心、つまり「敬い」の心と、身を慎むという「へりくだり」の心と、現代人がその知恵に学ぶところは多い。古代人のこうした考え方を、あながちに時代錯誤として切り捨てていいものではあるまい。

 国民の祝日に当たって、表層に現れているものとは別の日本人の精神の形をもう一度思い返してみることも大事なのではないか。
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by sakura4987 | 2006-11-24 12:20

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