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 (産経 08/2/15)

 いったん廃案になった人権擁護法案を、再び国会に提出しようという動きが、自民党の一部と法務省で活発になっている。党人権問題調査会(会長・太田誠一元総務庁長官)で、鳩山邦夫法相は「以前の人権擁護法案は再提出しない。前の法案をベースにせず自由に議論してほしい」との考えを表明した。

 だが、そうはいっても、法案そのものの趣旨は、法務省の外局に人権侵害の被害救済を目的とした人権委員会を設置することにある。法務省が以前に示した原案では、人権侵害の定義があいまいなうえ、人権委員会は裁判所の令状なしで家宅捜索を行えるなど強大な権限が与えられていた。

 これに対し、「言論の自由が侵害される恐れがある」「新たな人権侵害を生みかねない」といった強い反対意見が党内から出され、法案提出が見送られた経緯がある。

 そもそも、警察や検察以外に、人権委員会のような機関を設ける必要があるのか、極めて疑問である。

 法務省が平成14年に示した案には、メディア規制条項があり、大半のマスコミの批判はそれに集中した。このため、17年にその部分を凍結する修正案が示された。

 しかし、マスコミだけの問題ではない。人権委員会が設置されれば、政治家や学者を含め、一般国民の言論活動が制限される恐れがある。例えば、拉致問題解決のために「北朝鮮への経済制裁」を訴えることが人権侵害とされかねない危険性が指摘されている。

 太田会長は調査会で人権擁護法の必要性について「日本はしばしば、人権を尊重しない国ではないかと誤解されがちである」と述べた。また、鳩山法相は「子供や老人など弱者への虐待、女性に対する暴力、学校や職場でのいじめ、障害などを理由とする差別や偏見、同和問題など数々の人権問題がある」と説明した。

 そうした問題は存在するが、日本の取り組みが諸外国より遅れているとはいえまい。誤解があるのなら、誤解を解く外交努力が必要であり、人権擁護法で解決すべき問題ではない。

 言論の自由を侵害する危険を冒してまでどうしても成立させなければならない法律なのか。自民党の推進派と法務省に再考を求めたい。
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by sakura4987 | 2008-02-16 12:33


 (産経 08/2/11)


 外交の世界で最近とみに重要性が強調されているのが、パブリック・ディプロマシーだ。広報外交と訳される場合が多いが、どうもしっくりしない。しいて言えば戦略的広報外交か。自国の存在感を高めイメージ向上を図る。定訳がないこと自体、日本での脆弱(ぜいじゃく)性を物語るものとも言える。

 対照的なのが中国だ。急速に活発化させており、世界も注目、実情は『パブリック・ディプロマシー』(PHP刊)に詳しい。

 例えば日本でもお馴染(なじ)みのパンダ。いまや世界中に188頭が送り込まれ、ゼーリック元米財務長官のようなパンダ・ハガー(親中派)を増やす一方、国際条約で絶滅危惧(きぐ)種は売買できないことを盾に賃貸料を徴収し、米国は在米の11頭に580万ドル(05年)を支払ったとか。子供が生まれればさらに何十万ドル。もちろん子供も収入も中国のものだ。

 パブリック・ディプロマシーに加えてビジネスまで。何ともあっぱれだ。考えて見れば、共産党の十八番は宣伝工作である。中国にとってパブリック・ディプロマシーは意外でも何でもない、革命の今日的展開なのかもしれない。

 さて、なぜこんなことを書くかと言えば、奇々怪々の中国製ギョーザ中毒事件がある。中国側の記者会見や発表、日本調査団の受け入れなどに関する一連の対応を見るにつけても、日本側が中国のこうした得意技をどこまで念頭においているか心もとないからだ。

 もしかして日中は同床異夢。誤解を恐れずに言えば、いま中国が真相解明に勝るとも劣らず必死に考えていることは、ダメージ・コントロールや世界に向けての対中イメージの挽回(ばんかい)ではないか。周恩来元首相は「外交官は平服を着た人民解放軍」なる名言を残している。外交も戦いなのである。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:50


 (朝鮮日報 08/2/11)

 http://www.chosunonline.com/article/20080211000023


 海上自衛隊のすべてのパソコンが、情報の漏えいを防ぐため、2年間で記憶装置のない機種に交換されることになった。

 日本メディアが報じたところによると、防衛省は2010年までに、海上自衛隊の約3万台のパソコンを、「シンクライアント端末」と呼ばれる記憶装置のない機種に交換することを決めたという。

 この機種は、ハードディスクがないだけでなく、CD‐R やUSBメモリーなどの補助記憶装置も取り付けることができないため、海上自衛隊のサーバーに接続しなければ起動することもできない。さらに記憶装置がないため、サーバー上にある資料を個人的にダウンロードしたり、コピーしたりして外部に配布することも不可能になる。もちろん、わいせつな動画を回し見することも困難だ。

 防衛省は昨年初め、海上自衛隊員らがポルノ動画を回し見していた際に、最先端のイージス艦に関する情報を漏えいさせる事件が発生したのを受け、情報漏えいを防ぐためのシステム構築について研究してきた。

 この事件で、ポルノ動画ファイルに添付され外部に漏れた情報には、イージス艦の図面など、防衛省の最高機密に当たる情報が含まれていた。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:48


 (神戸 08/2/11)

 http://www.kobe-np.co.jp/news/hanshin/0000833324.shtml


 介護は大変だが、生きがいを感じる-。親や妻の介護を担う男性の七割が、自身の体験を「良かった」と感じていることが、宝塚市のNPO法人「スマイルウェイ」(西山良孝代表)のアンケート調査から浮かび上がった。

 「親に恩返しができた」「妻を思いやる気持ちが持てた」などの回答が寄せられ、西山さんは「介護の苦しみを乗り越えた人だけが語れる境地ではないか」と分析している。

 同法人は、介護を担う男性の孤立を防ごうと月一回、男同士で体験を語り合う「のんびり倶楽部 男子寮」を開催。アンケートは昨年七-八月、市内のデイサービス施設などの協力を得て実施した。約百八十通を配布、二十一人から回答を得た。

 報告書によると、九割以上が要介護者と二人暮らし。全員が介護サービスを利用しているが、介護を大変と感じている人は「いつも」と「時々」を合わせて95%。介護している人に手をあげたことが「時々ある」は16%、怒鳴りつけることが「時々ある」は36%-と、介護者がストレスを感じている現状も浮んだ。

 介護に疲れた夫が妻を殺害する事件に衝撃を受け、「のんびり倶楽部」を立ち上げた西山さんは「介護者の四人に一人は男性といわれ、社会の中で孤立しがち。悲劇を繰り返さないよう、体験を語り合える場が必要」と力説する。

 アンケートには夢や希望を聞く項目もあり、「時間があれば介護ボランティアをしたい」「介護事業所を起業したい」など、介護経験を生かして新たな挑戦を夢見る回答もあった。

 報告書は、先着二百人に無料で提供。次回「のんびり倶楽部」は二十三日正午から伊丹市南町高層住宅集会所で。同法人TEL0797・62・9320
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:48


 (産経 08/2/8)


 ■日本本来の高貴さ取り戻すために


 ≪■7世紀末に「国のかたち」≫

 今、行われているアメリカ大統領選の予備選挙において、候補者たちが演説でワシントンやリンカーンなど「建国の父たち」に言及しているのを耳にすることがある。アメリカ人にとって「建国の精神」を確認するのが4年に1度の大統領選ということらしいが、国を挙げて「建国の精神」に立ち返る姿はうらやましくもある。

 どこの国もそうだが、「建国の精神」は何よりも重視されるものだ。自分たちの父祖はこのような理想の下に国を作り上げたのだ、ということを折に触れて確認し、また、そこに立ち返り、「建国の精神」の発展・延長の上に今日があるのだと納得するという具合だ。

 間もなく今年も2月11日の「建国記念の日」を迎えるが、わが国の場合の「建国の精神」とは何だろうか。『古事記』『日本書紀』の伝えるところによれば、神武天皇が橿原宮で即位されたことをもってわが国の建国とするが、独立宣言によってアメリカの「国のかたち」が確立したということができないのと同じように、日本の場合も神武天皇のご即位で完全に「国のかたち」が固まったとは言い難い。

 最近の研究によれば、対外的な危機を経て国家としての自立を示すために生み出された「日本」という国号や「天皇」という君主号が固まった天武天皇・持統天皇の時代、すなわち7世紀の終わり辺りに日本の「国のかたち」がようやく固まったと見るようだ。

 ≪■「公共の精神」という概念≫

 では、そこで固まった「国のかたち」、言い換えれば「建国の精神」とは何だろうか。

 本居宣長が発見し、明治の帝国憲法を起草した井上毅が再発見した『古事記』の「出雲の国の国譲り」の神話に示される、天皇統治は個人や一族の利益のために行われるものではなく優れて公共性を帯びたものであることを明らかにした「しらす」という統治理念。

 世界を家族的情愛でもって統治しようという神武天皇の「八紘一宇」の理想。豪族の私的支配を戒め、天皇を中心に国がまとまることを示した聖徳太子の十七条憲法。豪族のみならず皇族の土地まで没収した大化の改新から始まる「公地公民」。またそこにおける「天皇」という無私の地位…。

 これらから浮かび上がってくるのは「公共の精神」という概念である。

 私は最近、他を思いやり、自己犠牲をもいとわないわが国の国民性は、この建国の時代に固まった「国のかたち」のなし得るものであるという感を強くしている。

 武士が自らの特権を放棄して行った明治維新はまさに彼らの自己犠牲、「公共の精神」を重んずる姿勢によってこそなし得たものであったし、「版籍奉還」「廃藩置県」は明治版の「公地公民」と考えれば分かりやすい。

 沖縄のみならず大東亜戦争の末期に各地で起こった集団自決という悲劇もその精神の一つの表れであったろう。例えば映画『氷雪の門』が描いた樺太・真岡の電話交換手の女性9人がソ連軍の侵攻に際して集団自決した事件も、彼女たちが内地に引き揚げろとの軍の命令を拒否してまで職務を最後までまっとうしようという強い責任感の持ち主であったがゆえの悲劇だった。特攻隊の若者たちの気持ちも同じところにあっただろう。

 ≪■自己犠牲をいとわない姿≫

 名越眞之氏の近著『品格ある日本人』(PHP研究所)に紹介されているものだが、昭和21年、食料が尽き、栄養失調になりながらもはうようにして屋久島永田岬の灯台の火を灯し続けた高橋義守さんという灯台守や、1992年、スペイン・バルセロナオリンピックのマラソンレースで後続のランナーがつまずかないようにと補給ドリンクの容器をわざわざ道からそれて脇に捨て、結果、8秒差で惜しくも銀メダルとなった有森裕子選手などなど、戦後においても他を思いやり、自己犠牲をいとわない日本人の姿はあちこちに見いだされる。

 私たちが普段、意識せず行っている思考や行動、ここに私たちの国の建国以来の「国のかたち」が投影されているとは意外なことかもしれない。しかし、わが国の歴史を振り返ってみたとき、一貫して「公共の精神」を重んずる日本人の姿が浮かび上がってくるのだ。

 私たちは知らず知らずのうちに「公共の精神」を重んずるという「建国の精神」を今も生きている。そのことを「建国記念の日」に当たって自覚することは「溶け行く日本」を再生させ、本来の「高貴な日本」に戻るためにも必要なことだと思われるのだ。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:47


 (日経BP 08/2/4)

 http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/feature/news/080204_gdp/index.html


■もはや豊かな国ではない


 もはや日本は豊かな国とは言えない。昨年末に内閣府が発表した「国民経済計算確報(2006年度)」によると、日本の1人当たりGDPはOECD加盟30カ国中18位となった。2000年度時点では世界3位にあった日本の1人当たりGDPは、以降毎年順位を下げ、今では下から数えたほうが早い位置にまで低下した。


「国民経済計算確報」のデータをもとに、世界における日本の豊かさの位置づけを整理してみよう。1人当たりGDPが5万ドルを超える最上位グループには、ルクセンブルクや、ノルウェイなどの北欧諸国が並ぶ。そして4万ドル前後の第2グループには、アメリカ・イギリス・カナダなど欧米の主要国が位置する。日本の位置づけはその下の第3グループである。

1人当たりGDPが3万ドル前後のこのグループには、日本のほかにイタリア・スペイン・ギリシアなどが含まれる。ちなみにOECD加盟国で最下層の第4グループを構成するのは、韓国・ポルトガル・ポーランドなどの中進国だ。つまり日本の位置づけは、先進国の中では最下層に沈んだことになる。


2000年度から2006年度までの6年間で、日本の1人当たりGDPは欧州諸国やカナダ・オーストラリアなどにごぼう抜きにされた。そして今ではイタリア・スペイン・ギリシアといったEUの中では貧しい部類に属する国に追いつかれつつある。日本が「お金持ちの国」だったのは、もう過去の話だ。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:46


 (産経 08/1/30)

 ■法的問題なく批判より支援の声

 今秋に予定される米大統領選の共和、民主両党の指名候補を決める予備選プロセスが佳境に入ってきた。その指名レースには、すでに撤退した者も含め、連邦上院議員や州知事など現職の公職に就いている者が多いが、本務の妨げになるとの論議は起きていないようだ。なぜか。現職の知事や国会議員が別の公職を目指す場合は辞職してから立候補しなければならない日本との違いを考えた。(外信部 田北真樹子)

 今回、民主党のヒラリー・クリントン氏かバラク・オバマ氏、もしくは共和党のジョン・マケイン氏が候補指名を得て本選挙で勝てば、ハーディング、ケネディ両元大統領に続き、現職上院議員から大統領に上り詰める3人目の例となる。

 指名候補になりながら本選挙で敗れた現職上院議員となると、1824年以降8人を数え、最近では、2004年の民主党候補に指名されたジョン・ケリー上院議員が記憶に新しい。

 現職州知事から大統領になったケースはブッシュ現大統領、カーター、クリントン元前大統領など上院議員の場合よりさらに多い。今回の予備選にも民主党側では、現職のニューメキシコ州知事ビル・リチャードソン氏が出馬し撤退した。

         ■   ■

 日本では、国会議員や知事などが他の公職の選挙に出馬するときは、立候補届け出が受理された段階で、それまでの公職を辞したとみなされて失職する。この公職選挙法の規定の趣旨は、現職の地位を利用することによる不平等を排除し、落選しても現職に復帰すればいいという安易な立候補を抑制することなどにある。

 米国には、公選法のように選挙を包括的に扱った法律はなく、大統領選立候補に関する規定は合衆国憲法にあるのみで、それも「米国生まれ、35歳以上、米国居住歴14年以上」と、最低限にとどめられている。州レベルでも、知事、連邦議会選挙などの候補者としての同時登録を禁じる法律が存在するぐらいである。

         ■   ■

 そうはいっても、現職の議員や知事の場合、予備選や本選挙にかかりっきりになって、議会活動や州政が長期間、おろそかになるとの問題は出てこないのか。

 2000年大統領選の本選挙では、民主党のリーバーマン上院議員が、上院議員選候補と副大統領候補に同時登録して一部で問題視され、全米を遊説中に上院議員としての公務はスタッフ任せになることが、選挙区にとっていいかどうか問う声も出たものの、法的に問題はなく、批判より支援の方が勝っていたようだ。

 米国政治に詳しい三井物産戦略研究所の渡部恒雄主任研究員は「米国には表現や政治活動の自由があり、上院議員だからといって、大統領選への立候補を禁止はできない。議会には党議拘束もないので、議会への出席についても縛られない。党も立候補している議員を守る」と指摘する。

 久保文明・東大教授も「米国では現職議員が大統領選に立候補しても誰も気にしない。(出馬するもしないも)候補者の責任だ。議員としての活躍が不十分なら選挙で落選させればいいだけの話だ」と語っている。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:45


         【土・日曜日に書く】論説委員・福島敏雄

 (産経 08/2/2)


 ≪■人口減はいけないのか≫

 正月に発表された総務省の「子(ね)年生まれの人口は1069万人」というデータには、少しばかり暗然とした思いにとらわれた。世代ごとの人口の差が、あまりにも大きかったからである。

 12歳(平成8年生まれ)の120万人を基点にし、24歳148万人、36歳199万人と増え、48歳154万人といったんは減る。問題は60歳(昭和23年生まれ)の227万人である。12歳より107万人も多い。

 72歳でも142万人である。いかに日本の人口構成が大きく歪(ひず)み、少子化が加速度的に進んでいるかが分かる。

 だから、と国はさまざまな少子高齢化対策を進めている。だが筆者は、この「だから」がわからない。人口が減っては、なぜいけないのだろうか。

 すぐに反論がくるだろう。世代間の社会的な仕送りにあたる年金の賦課方式が破綻(はたん)し、医療費をはじめとする社会保障費が急増し、消費人口や勤労人口の減少によって国内総生産が落ち込み--などなど、数えあげたらきりがないほどの悪影響があるのだという。

 それは分かる。だが、「だから」と言って、人口を政策的に増やしたり減らしたりすることは、原理的に可能なのだろうか。中国のような強制力のある国家ならば、「一人っ子政策」は可能かもしれない。しかし自由な意思で赤ちゃんを産んだり、産まなかったりすることができる日本のような国では極めて困難である。

 ≪■「司令」などできない≫

 政府の「子どもと家族を応援する日本」重点戦略検討会議は昨年12月、「重点戦略」を発表した。出産後の女性の継続就業を促進し、保育サービスを充実させ、子育て支援にカネをつぎ込むという。地方自治体には、少子化対策の「総合司令塔」の設置を要請するという項目もあった。

 赤ちゃんの出産という極めてデリケートな問題の対策として、「重点戦略」とか「司令塔」などという軍事用語を使う言語センスは噴飯ものである。女性は「産む機械」ではないのと同様に、「産む戦士」でもない。

 それにしても職場環境をととのえ、保育サービスを充実させ、子育て支援にカネをつぎ込んだら、女性が赤ちゃんを産むようになるのだろうか。フランスなどでは出生率が回復したとされるが、それが日本にそのまま適用できるとは思えない。

 少子化の最も大きな原因は、女性の晩婚化・非婚化がすすみ、独身女性が増えているからだ。女性の初婚年齢は昭和50年には24・7歳だったのが、平成17年には28・0歳にまで上昇した。その結果、合計特殊出生率が年を追うごとに減りつづけ、平成17年には過去最低の1・26まで落ち込んだ。その後、やや上向いたものの、長期的に現状の人口を維持できる水準(人口置換水準)の2・07を大きく下回ったままだ。

 少子化の現状を食いとめたいのならば、女性の早婚化をうながすしかない。民俗学者の柳田国男は『婚姻の話』のなかで、「女の勤労の高く評価せられる階級では、自然に嫁入は出来るだけ遅く」行わざるを得なかった、と書いている。「女の勤労」が高く評価されている現在の社会では、政策としての早婚化は困難である。

 ≪■「団塊世代」が救い?≫

 日本の人口は現在、約1億2700万人である。歴史人口学の研究家、鬼頭宏氏の『人口から読む日本の歴史』によれば、縄文早期の2万人を基点に、弥生時代59万人、慶長5年(1600)1227万人、明治23年(1890)4130万人、大正9年(1920)5596万人、昭和25年(1950)8389万人--などとなっている。

 このうち人口が減少したのは、縄文期後半、平安期、江戸期後半の3回である。とくに江戸期後半には育児手当を出したり、間引きを取り締まったりしたが、人口停滞の歯止めにつながったという証明はされていないという。

 人口の増減は、この列島に大昔から住みついた人たちの「自然の摂理」ではないだろうか。柳田は先の著書で、「民族一個体としての、寿命といひ健康ともいふべきもの」とまで書き、人口の増減の不可思議さを指摘した。この大いなる力のまえで、有効な対策や政策があるとは思えない。

 わずかながらの光明はある。昭和22年から24年生まれの団塊世代は筆者も含め、意外とキップがいい。干支(えと)で言ったら、イノシシ、ネズミ、ウシの順番である。

 どれも走りだしたら速い。延命治療も求めず、介護にも頼らず、従容として死の床につく覚悟はできている。もっとも例外だらけのような気がしないでもない。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:45


 (ゲイジャパン 08/1/30)

 http://gayjapannews.com/news2008/news22.htm


 先月30日、同性婚や離婚に反対し「伝統的」家族のあり方を支持する保守派キリスト教徒約150万人(主催者発表)が、マドリード中心部のコロン広場で大規模集会を行った。10日、Gay & Lesbian Timesが伝えた。 

 集会では、アントニオ・カニサレス枢機卿が説教し、ローマ教皇ベネディクト16世もビデオ・メッセージを寄せた。 

 カニサレス枢機卿は、ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相のリベラルな政策が社会の存在そのものを脅かしていると批判。ベネディクト16世は、「家族は、男女からなる揺るぎない結び付きに基づくもの」と述べた。 

 大規模集会についてサパテロ首相は、自身の政策が「大部分」のスペイン国民に支持されているとした上で、カトリック教会は市民の憲法上の権利を制限しようとするのを止めるべきだと話した。 

 スペインでは3月9日に総選挙が実施予定。最近の世論調査では、サパテロ首相率いる穏健左派・社会労働党が中道右派・国民党に2ポイントリード。同首相はこれまで、イラク派遣軍の撤退や同性婚法制定を実現。新たな雇用政策などを打ち出し、2期目を狙う。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:44


 (世界日報 08/1/27)


爆発的大流行なら15億人に影響

 アジアで致死率の高い鳥インフルエンザH5N1型ウイルスに人間が感染する事例が再発し始め、不気味な広がりを持ちつつある。世界保健機関(WHO)は先月、パキスタンやミャンマーで初めてとなる感染例を確認。さらに今月中旬、中国では人から人に感染した疑いのある事例が出てきた。タイやベトナム、インドネシアでは一時、制圧宣言が出されたものの、鳥インフルエンザ再発が顕著なことから、警戒を要する。

 パキスタンでは北部ペシャワルでこのほど二人が死亡し、H5N1型ウイルスが検出された。感染した鳥に接触した人以外にも感染者が出ていることから、WHOでは人から人に感染した疑いがあるとして警戒を強めている。

 さらに中国衛生省は今月十日、江蘇省南京市の男性と父親が鳥インフルエンザウイルスに感染した事例について「密接な接触によるもの」と、男性から父親へ感染したことを明らかにした。中国で人同士の感染が確認されたのは初めて。

 しかし、大流行が懸念される人から人に感染する新型インフルエンザへのウイルスの変異については否定した。

 なおインドネシアやタイでも、人から人に感染したとみられる事例が既に上がっている。昨年八月下旬には米国の研究者らが、インドネシアで報告されたH5N1型鳥インフルエンザウイルスが、人から人へ感染したことを確認済みだ。その意味では中国やパキスタンなどの事例は、厳戒を要する注意信号として受け止める必要がありそうだ。

 とりわけインドネシアやパキスタンなどでは、人口の約九割が豚肉を食べてはならないイスラム教徒のため、動物たんぱくの供給源は鶏肉に頼らざるを得ない社会的構造もあって、鳥インフルエンザの拡散を助長している側面がある。インドネシアのニワトリ飼育数は十二億羽以上とされる。世界では中国に次ぐ規模の「ニワトリ大国」だ。また、中国や東南アジア同様、ニワトリの放し飼いやマーケットに生きたままで売られたり、そこでさばかれたりして日常的に人と直接接する機会が多いのが特徴だ。

 怖いのは、この鳥インフルエンザが鳥から人へ感染するタイプから、人から人へと感染するタイプの「新型インフルエンザ」に変身を遂げ、パンデミックと呼ばれる爆発的な大流行を引き起こすことだ。

 鳥インフルエンザの感染ルートは一般的に、カモからニワトリ、そして人という流れだが、ニワトリからブタを介して人に感染するケースもあり得る。ブタはニワトリのレセプターと人間のレセプターの両方を持っており、鳥のウイルスと人のウイルスがブタの中で混ざると、二つのレセプターがくっついて変異を起こす。そこで新型ウイルスが発生するリスクがあるとされている。

 WHOは昨年、H5N1型鳥インフルエンザが大流行した場合、世界人口の25%に当たる十五億人に影響が出ると警告を発した。

 WHOが昨年夏に発表したリポートでは、感染率が全人口の1%に達した場合、世界経済の成長率が5%低下するとの試算を示すとともに、新型インフルエンザの大流行は「起こるか起こらないか」ではなく「いつ起こるか」の問題だとも指摘している。

 実は日本でも、新型インフルエンザが発生したケースをシミュレーションしている。新型ウイルスにやられた海外からの帰国者が、三八度ぐらいの熱がありながら、成田空港の検疫を通り越して、会社に出勤すると一週間ぐらいで東京は壊滅状態となるというものだ。

 まず家族に感染し、満員の通勤列車で感染が拡大、さらに子供は小学校に行ってそこで拡大、母親は買い物に行ってスーパーで拡散するというシミュレーションだ。そして熱が四〇度にまで上がって、診療所に行くまでの途上で何百人と人に接触するわけだから、それこそ幾何級数的感染拡大が発生することになるというものだ。厚生労働省は国内で一人の感染が二千五百万人に拡散し、約二カ月で六十四万人が死亡すると推計している。

 一方でマスコミがミスリードする形での、誤報によるパニック発生も要注意だ。いったん、人々が疑心暗鬼に駆られ浮き足立って、パニックになれば収拾がつかなくなり、混乱だけが肥大化することにもなりかねないからだ。

 その意味では、人から人に感染する新型インフルエンザ発生の見極めが重要であると同時に、初期にそれをどこまで封印できるかが致命的な打撃を避けるための重要な課題となる。
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by sakura4987 | 2008-02-16 11:43

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by sakura4987