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 (朝日 2008/3/27)

 http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200803270118.html


 部落解放同盟大阪府連合会の4支部が、同和行政見直しに伴う大阪市立人権文化センターからの退去要請に従わないとして、大阪市が各支部に立ち退きと使用料相当額の支払いを求めた訴訟の判決が27日、大阪地裁であった。広谷章雄裁判長は「特定の運動団体が公共施設を事務所として利用することは施設の目的に反する」と判断し、各支部に対して立ち退きと、市が利用不許可とした昨年4月からの使用料相当額(月約6万~8万円)を支払うよう命じた。

 判決によると、生江(旭区)、住吉、平野、西成の4支部は30年以上前から、地元の各センター(旧解放会館)に事務所を置いていた。

 部落解放同盟府連合会は「不当な判決だ。さらに裁判闘争の勝利をめざす」とコメントした。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:31




     シンガポール支局長・藤本欣也


 ◆日本素通りの衝撃

 日本とオーストラリアの今後を悲観する声が巷(ちまた)にあふれている。

 問題になっているのは、先月27日から始まったラッド豪首相の外遊だ。同盟国・米国を真っ先に訪れたのは当然として、次に欧州諸国、そして中国を歴訪する。が、日本は素通りである。別に早足の歴訪というわけではない。18日間に及ぶ長期外遊であり、中国には4日間滞在するのだ。

 伏線はあった。

 昨年12月に発足したラッド労働党政権は日本の調査捕鯨に対し、「科学的調査の名の下で美しい動物が大量に殺されている。気分が悪くなる」(ギャレット環境相)と激しく非難。日本に配慮して捕鯨批判を抑えていたハワード前政権との違いが際立っていた。

 しかも、ラッド首相は自他ともに認める中国通である。名門、オーストラリア国立大で中国語を学び、現在の外務貿易省に入省後、北京の大使館で勤務した経験をもつ。日本流に言えば、「チャイナ・スクール」出身の首相なのだ。

 今回の外遊日程をもって「日本外しだ」「中国重視だ」という豪州失望論が日本でわき起こったのには、こうした背景がある。

 ◆中国主席の贈り物

 ラッド首相の中国訪問は9日から始まる。ハイライトは胡錦濤国家主席との会談だが、実は両者が会うのは初めてではない。

 昨年9月、アジア太平洋経済協力会議(APEC)出席のために豪州を訪れた胡主席は、野党党首時代のラッド氏と会談している。

 その初会談前日にシドニーで行われた、あるレセプションでのことだ。ラッド氏が胡主席を前に演説する機会があった。喜色満面に得意の中国語を披露したのだが、驚かされたのは演説内容だった。

 自分と家族がどれほど中国文化を愛しているか-について滔々(とうとう)と語ったのである。それを見て、「ラッド氏は中国のことが本当に好きなんだな」と実感すると同時に、「次期首相候補として軽率ではないか」と思ったものだ。中国首脳を前に行う演説としてはリップサービスの域を越えていたからである。

 ラッド首相は少年期に父親を交通事故で亡くし、苦学を重ねた。中国との出合いは10歳の時、母親がくれた一冊の中国文明に関する本だった。以後、中国史のロマンにのめり込む。必ずしも恵まれていたわけではない家庭からのし上がれた要因のひとつは、彼の場合、間違いなく「中国」だった。

 「豪州の将来にとって中国が重要だから中国語を志したのではない。心情的に中国にひかれている点が珍しい」。豪州の専門家はラッド首相をこう評する。日本人に多いタイプということだろう。

 もちろん、中国側は百も承知である。野党時代のラッド氏の海外出張費を中国企業が一部負担していた事実が最近明らかになった。

 そして胡主席は初会談の際、まるで褒美を与えるかのように、ラッド氏と家族を北京五輪に招待したのである。

 ◆変容する日中豪

 ラッド首相は今回、日本を素通りする理由について「今後、日本訪問は(洞爺湖サミットなど)2回予定しており、日本軽視ではない。日程調整上の問題にすぎない」と当惑気味に説明している。

 日豪関係は、ラッド首相自身、「第一級の外交関係」にあると認めているように、中豪関係に比べると成熟している。ラッド首相にしてみれば、日本軽視の反応は過剰だということになるのだろう。

 確かに、外遊日程から日本が外れたことだけをもって日豪関係を悲観するのは早計である。豪州にとって「日本か、中国か」という二者択一はあり得ないからだ。中国は最大の貿易相手国だが、輸出だけでみると、依然として日本は最大の地位を占めている。

 ただ、今回の4日間の中国訪問決定は中国の対豪外交の成果といえる。では、“日本外し”の背後に中国の影はないのか。知らず知らずのうちに中国の掌中でラッド首相は踊らされていないのか。昨年9月、ラッド氏の中国語の演説を聞きながら、胡主席が浮かべていた微笑が思い出されるのだ。

 確実なことは、ハワード、安倍晋三両政権が退陣したことで、自由と民主主義という共通の価値観だけで共鳴できる日豪関係は終わりを告げたということである。

 中国にとって豪州が資源エネルギーを確保する上で重要な国家であるという事情は、日本にもそのまま当てはまる。日中両国は豪州において競合関係にあるのだ。

 日本が豪州に対し、政治・安全保障分野を含めた関係強化に動き出したのは小泉純一郎政権からである。ラッド政権への不満を契機に、以前のような“無関心時代”に逆戻りすることがあってはなるまい。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:30


 (前半部略)


 ここでマサダのユダヤ人全滅の悲劇について簡単に述べたい。

 AC66年に開始されたローマ軍とのユダヤ戦争は、70年にエルサレムが陥落した後、ユダヤ人936人がエルアザル・ベン・ヤイルに率いられてマサダ要塞に立てこもり、ローマ軍15000人がこれを包囲した。ユダヤ人たちは2年近く抵抗したが、73年についにローマ軍による陥落直前にユダヤ人たちは、投降して捕虜やローマの奴隷や虐殺されるよりは名誉の死をと、全員が集団自決したという。これによってユダヤ戦争は完全に終結した。

 あのイスラエルの片目の将軍ダヤン国防相以来、イスラエルの新参兵士がTironut (国防軍の基礎訓練)を終了した際、かっての勇者の辿った夜間悪路を通りマサドに行進、巡礼し松明をバックに"Masada shall never fall again."との誓いをマサダ頂上で行わせしめ、国家への忠誠をたたき込む。それほどマサダの悲劇はユダヤ人の民族魂の原点としての記念碑となっているのである。これを見ても自虐的な広島の「過ちを繰り返さない。」ではなく「二度と戦争に負けてはならない」それが世界の常識なのであることも付け加える。

 現代日本人ほど国家の「物語」をないがしろにする民族は世界で皆無である。それはすべて現在の「私である生活」が最も優先する課題となり、国家権力はそれを妨げていると決めつける基本的被害者意識が根底にあるからだ。過去 現在 未来の日本を尊ぶ気持ちがいささかもないという事からくる。

 ついでに言うが、民族にはそれぞれ物語があり、歴史認識などが当然自国の誇りと栄誉のための物語であって良いのである。トラファルガー海戦でもイギリスとフランスの歴史認識は異なるのである。大東亜戦争の評価にあたって日中や日韓での有識者会議などとあるが噴飯ものである。中国や韓国が自らの歴史的位置付を変更するわけがない。従って日本は日本としての歴史認識に基づいて教科書を作れば良いだけのことである。それをヘイコラと中国や韓国の言いなりになってきた政治家や文部省が悪いのであって、それこそ日本民族の栄誉を汚している「売国奴の群」である。

 沖縄戦こそがわが日本人のマサダ要塞の戦いとして位置付け、僕たちはその果敢なる戦いと死、そしてその悲劇を永遠に感謝と尊敬の念をもって記憶すべき民族の記念碑なのである。集団自決された方々のご冥福を、感謝を籠めて、ここにお祈りする。

 (脚注)筆者は一切大江健三郎著「沖縄ノート」並びに曽野綾子「ある神話の背景」「集団自決の真実」を読んでいない。一切の先入観なしに上記を書いたもの。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:29


 (ohmynews 2008/4/3)

 http://www.ohmynews.co.jp/news/20080403/23010


 「自公政権のキングメーカーとして、また巨大宗教団体の指導者として、なぜ彼があれほど権力に固執するのか。彼の権力欲、名誉欲、支配欲への妄執について、学会の内外を問わず一石を投じるつもりでした」

 去る3月12日、都内某所で『池田大作の品格 万乗の君あらず』(日新報道)の出版記念パーティーが開かれた。

 著者の小多仁伯氏は1969年、池田大作・創価学会名誉会長の面接で学会本部に入り、芸術部書記長、文化本部副書記長など重職を歴任。学会中軸の実態を目(ま)の当たりにする立場であった。池田氏とも半世紀の関わりがある。

 「彼(池田会長)は神格化を演出するために、ある全体会議のとき、1000名以上の信者の前でおもむろにグランドピアノを演奏した。『荒城の月』『月光の曲』などを完璧に演奏し、万雷の拍手を浴びました。でも実際は、その当時できたばかりの自動ピアノ演奏に合わせて指を動かしていただけ」(小多仁氏)

 その言葉通り、本書は学会や池田氏の知られざる実態を赤裸々に綴(つづ)ったものだ。池田氏のスピーチの間違いや発音の不明瞭さを手直しする苦労。はたまた長男の博正氏の横顔など、リアルな記述が並ぶ。

 またこの著書はP献金にも触れている。

 Pとは「プレジデント池田」を指す。P献金とは、公明党の衆参議員たちが上納金を党にするものだという。各週刊誌などで報じられているように、このP献金は今国会の爆弾となる可能性を秘めている。

 伏線は2007年10月16日、参議院予算委員会でのことだ。石井一・民主党副代表がP献金について追及すると、冬柴鐵三・国務大臣はこう切り返している。

 「P献金が何か知りませんけど、私はそういうことはいたしておりません。それから先ほど上納金とか何とかおっしゃいましたけれども、私は連続7回当選させていただきましたけどもそういうお金をどこへ出したんですか。どこに出したっておっしゃるんですか。私は党に対する公認料ということで、衆議院の場合には300万、ええ、というよりは、もう少しきっちり調べた方がいいと思いますけれども、年収、あの、いただく報酬の2カ月分を党に出してます」(※冬柴氏は後に「間違いだった」とこの答弁を撤回)

 党に対する公認料といえば、自民党も民主党も党からもらうものだ。それが反対のようである。石井副代表は、そのカネの流れはどこへどう処理されるのか、と指摘し、さらにこの予算委員会で福本潤一・元参議院議員の国会召致も要求した。福本氏は公明党の公認を得られず、07年6月15日、参議院で記者会見を行って、

「参議院議員は当選したら600万円、衆議院議員は300万円を党本部に上納した」

とP献金を暴露し、公明党を痛烈に批判した経緯がある。


学会元幹部による池田名誉会長の暴露本。政教の癒着にメスを入れるきっかけになれるか 現在、民主党はP献金解明のため、一川保夫・衆議院議員を座長とし、衆参議員25名を集めた特別チームが活動中である。

 石井副代表は覚悟を語る。
 
 「献金されたカネがどのように処理されているのか。政治とカネの問題としても疑念を持たざるを得ない。まずは福本氏を参考人として招致する。その場で真相を明らかにし、最終的には池田名誉会長の証人喚問をする決意である。今国会では、わが党を挙げ、政官宗のトライアングルを解明していく」
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:28

◆「おかあさん」

◆読売新聞4月3日付 編集手帳

 若山牧水は酒を愛した。〈われとわが悩める魂の黒髪を撫(な)づるとごとく酒を飲むなり〉。幕末の歌人橘曙覧(たちばなのあけみ)は、貧しくとも親子が寄り添う家庭を愛した。〈たのしみは妻子(めこ)むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時〉

 子供たちと手まりをつく春の日を愛した良寛は、桜を愛した西行は、夫鉄幹を愛した与謝野晶子は…と挙げていけば、きりがない。詩心とは、その人にとってかけがえのない宝物の上に宿るらしい

 その詩は題名を「おかあさん」という。〈おかあさんは/どこでもふわふわ/ほっぺは ぷにょぷにょ/ふくらはぎは ぽよぽよ/ふとももは ぼよん/うでは もちもち…〉

 青森県八戸市の小学4年生、西山拓海(たくみ)君(9)が2年生のときに書いた。土井晩翠を記念した「晩翠わかば賞」の佳作に選ばれている。拓海君は一昨日、母親に電気コードで首を絞められ、殺された。動機はまだよく分からない

 ぷにょぷにょ。ぽよぽよ。ぼよん――どれも小さな詩人が、大好きな、この世で一番大切な宝物から紡いだ言葉だろう。詩句の間から聞こえてくる「おかあさん、なぜ」という声に、目を閉じる。



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◆「おかあさん」

 (青森県八戸市立美保野小学校 二年 西山拓海)

 おかあさんは

 どこでもふわふわ

 ほっぺは ぷにょぷにょ

 ふくらはぎは ぽよぽよ

 ふとももは ぼよん

 うでは もちもち

 おなかは 小人さんが

 トランポリンをしたら

 とおくへとんでいくくらい

 はずんでいる

 おかあさんは

 とってもやわらかい

 ぼくがさわったら

 あたたかい 気もちいい

 ベッドになってくれる


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◆青森・八戸の息子絞殺:母への思い届かず 動機なお不明

 (毎日 2008/4/3)

 http://mainichi.jp/select/jiken/news/20080403ddm041040110000c.html


 青森県八戸市立美保野小4年、西山拓海(たくみ)君(9)が自宅で絞殺された事件で、県警八戸署は2日、殺人容疑で逮捕した母親、西山未紀(みき)容疑者(30)の本格的な取り調べを始めた。西山容疑者は容疑を認めているが動機については具体的な供述をしておらず、3日、青森地検に送検して長男殺害の経緯を調べる。

 調べでは、西山容疑者は1日午前9時ごろ、自宅で拓海君の首を電気コードで絞めて殺した疑い。事件当時、同居する西山容疑者の両親は外出中で、家には拓海君と2人だけだった。拓海君はパジャマ姿で布団に横たわっており、寝ていたところを殺害されたらしい。首以外に目立った外傷はなく、司法解剖の結果、死因は窒息死だった。

 西山容疑者は、家に閉じこもりがちで通院歴があったという。関係者の話などから、同署は西山容疑者による日常的な虐待の疑いは低いとみており、心中を図ろうとした可能性もあるとみている。

 拓海君は昨年10月、仙台市の詩人・土井晩翠を記念して同市が小・中学生の詩を表彰した第48回「晩翠わかば賞」で佳作を受賞。2年生の時に書いた「おかあさん」の作品名で西山容疑者への思いを記していた。


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◆4月3日付・おかあさん (四国 2008/4/3)

 http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/column/article.aspx?id=20080403000065


 切なさで胸いっぱいになりそうな子どもの詩に出合うことが時々ある。県内の五歳の少女が作った「ママ」という詩がそうだった。「ママが/いちばんすき」と始まるその詩は、母親への恋慕にあふれていた。

 家に帰ったら遊んでくれる。朝になると起こしてくれる。おにぎりを作ってくれる。ラーメンも作ってくれる。カレーやスープ、ニンジンだって食べた。そうして面倒をみてくれる母親が少女は本当に大好きだという。

 ここまでならよくある詩だが、少女はこうもつづっていた。「おうちは/たのしかった」「また、きてね」「○○(名前)は/なかんとがんばっています」。実を言うと、この詩は少女が児童養護施設で書いた。虐待、それも育児放棄が入所理由だった。

 青森の九歳の少年の詩も、タイトルはやはり「おかあさん」。「おかあさんは/どこでもふわふわ」に続いて、ぷにょぷにょしたほっぺや、もちもちした腕など、ベッドのように柔らかい母親に包まれる喜びを表現する。

 小学生を対象にした詩のコンクールで入賞を果たすほどの出来栄えだった。母親はさぞかし誇りに思っただろう。そんな母親を見て、少年もどんなにかうれしく思ったことだろう。その母親が一昨日、少年を絞殺した疑いで逮捕された。

 母子の間に何があったのかは分からない。何が母親たちをそうさせたのかも分からない。ただ幼い子どもたちはひたすらに親の愛情を信じている。そんな子どもたちが犠牲になるたび、胸が締め付けられる。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:28


 (スポニチ 2008/3/27)

 http://wsp.sponichi.co.jp/column/archives/2008/03/post_1045.html

【金子達仁】

 柔道の山下が、メダルを期待されていた体操やレスリングの選手が、涙ながらに訴えていたことを思い出す。不参加を撤回してくれ。スポーツに政治を持ち込まないでくれ。メディアの報道も、選手に同情するスタンスのものがほとんどだったように記憶している。いまから28年前、モスクワ五輪の際の話である。


 以来、わたし個人の中にはスポーツに政治が介入することに対する強烈なアレルギーがあったように思う。政治の介入は無条件で悪。それ以上のことを考えたことはなかった。

 ならば、チベットでの暴動を機に世界的に高まってきた北京五輪ボイコットの動きも悪なのか。そもそもが中国の国威発揚という政治的な意味合いを色濃く持つイベントに、政治的な事件を理由にボイコットを考える発想は間違っているのか。「政治をスポーツに持ち込むな」という中国政府の反応が正しいのか。

 サッカーはもちろんのこと、多くのスポーツ選手にとって、五輪は選手人生における一大ハイライトである。出場するために費やした時間や流した汗、涙を思えば、簡単に諦(あきら)められるものではない。それは十二分にわかるつもりだ。

 だが、スポーツ選手、あるいは関係者であるという理由だけで、いま起きている政治的な事件にまったくの無関心でいいものなのだろうか。

 ドイツでは、ある陸上競技の選手が中国政府に抗議の意を示すために、開会式にチベットの民族衣裳(いしょう)で参加することを考えているという。北京からはるかに1万キロ以上離れたドイツでチベットのいまを考える選手がいる一方で、日本のスポーツ界からはそうした声がまったく上がってきていない現状がある。

 これは喜ぶべきことなのだろうか。日本のスポーツは政治と完全に無縁だと胸を張るべきことなのだろうか。

 違う、気がする。

 スポーツはわたしにとってきわめて大切なものだが、しかし、所詮(しょせん)はスポーツである。平和を象徴するはずの祭典が、カーテンの裏で行われている人権弾圧を覆い隠すためのものだとしたら、到底賛同することはできない。

 実を言えば、つい最近までわたしも北京へいくのを楽しみにしていた。サッカーはメダルに届くのか。野球は悲願の金メダル獲得なるのか――。

 でも、やめようと思う。

 スポーツは、人命や人権ほどには重要ではない。わたしは、北京五輪をボイコットする。


(スポーツライター)
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:27

 (毎日 2008/3/27)

 http://mainichi.jp/senbatsu/news/20080327ddn035050055000c.html


 ◇敗者の心に届く声援

 「帰って来いよ」。確かにそう聞こえたという。23日の2回戦、自らの失策で履正社(大阪)にサヨナラ負けした下関商(山口)の中堅手・竹野内。涙に暮れ、友に支えられベンチに引き揚げる時だった。

 2年前のセンバツで同じ声を聞いた人がいる。清峰(長崎)の吉田洸二監督。準優勝したが、決勝で横浜に0-21で敗れた。「試合後は顔も上げられなかった。でもスタンドから聞こえたんだよ。戻ってこい、って」

 試合を終えた選手や監督に話を聞くと、甲子園のスタンドには、さまざまな感情が渦巻いていることに気付く。それらが一つになった時、ゲームの流れを左右することさえある。それは時に選手を鼓舞し、時に選手を苦しめる。

 しかし、吉田監督はこんなことも言っていた。「生徒にも話したよ。甲子園に帰るから落ち込んでる暇ないぞって。だからその夏も踏ん張って甲子園に出られた。そしたらスタンドから『お帰り』って……」

 竹野内はまだ完全に立ち直れていないという。「でもあの声が耳から消えません」。甲子園のスタンドは苦しみや挫折を味わった人を、決して忘れない。君の帰りを待っている。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:26


 (産経 2008/3/27)

 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080327/plc0803270907002-n1.htm


 防衛省のシンクタンク「防衛研究所」は26日、年次報告書「東アジア戦略概観2008」を公表した。装備の近代化が進む中国海軍について「空母建造の研究を行っていることは疑う余地がなく、将来、活動区域が中国近海を越えることは間違いない」と指摘。昨年8月に曹剛川国防相が来日するなどした日中防衛交流について「信頼醸成が進展しないまま『防衛交流』の看板だけが既成事実化され、中国の平和的イメージの宣伝に利用されることも予想される」と警鐘を鳴らしている。

 概観は、東シナ海ガス田開発をめぐる昨年の日中協議で日本が協議の停滞を理由に試掘を示唆した際、中国側が「そうなれば(中国海軍は)軍艦を出す」と発言したことにも言及。「軍事的抑止力を行使する一方で海軍の友好訪問を行うことは、平和友好ムードを盛り上げ、日本側に東シナ海に手を出すことをためらわせることによって、実質的に東シナ海における中国の覇権を確立することに(狙いが)ある」と分析した。

 海軍力の増強については、胡錦濤国家主席が一貫して優先的に予算を配分してきた経緯を説明し、早ければ平成22年までに同国の空母が完成する可能性があるとの見方を示した。その上で

(1)第一列島線内における「近海防御」からインド洋を含む「遠海」防御型への海軍戦略の転換

(2)昨年8月のインド洋上での補給訓練実施など遠洋航海の常態化

 -を挙げ「中国の『遠海』進出はすでに始まっている」と結論づけた。

 また、昨年1月に中国が地球周回軌道上の自国衛星を弾道ミサイルで破壊する実験に成功したことに触れ「有事に台湾を支援する可能性がある米国は宇宙資産への依存度が高く、影響を最も受ける」と懸念を表明。ロケット開発や人工衛星の管制など宇宙開発の大部分が人民解放軍の統制下でなされている点を指摘し、軍事的側面を注視していく必要を提起した。

 このほか

▽ロシアの国防予算増大と第4世代戦闘機の極東配備

▽中央アジアでの中露政策協調

▽北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議の停滞

-への懸念を表明。

 次期主力戦闘機選定について、南西諸島・先島諸島方面の広い海域をカバーできる巡航速度と敵レーダーに映りにくいステルス性を重視し、F22Aやユーロファイター・タイフーンなどが有力候補となるとの見解を示した。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:25


 (産経 2008/4/2)


 「子供のやることに手や口を出す母親」が増え、母親が「子供が成長した」と実感することは少なくなっている-。ベネッセ教育研究開発センターが首都圏の小中学生の母親6770人を対象に行った「子育て生活基本調査」で、こんな結果が判明した。

 調査は平成19年9月に行われ、10年、14年に続き3回目。

 「遊んだ後の片付けや部屋の整理整頓」を子供が1人でできると答えた母親は、小学校高学年で51・8%で、5年前の前回より9・2ポイント減少し、中学生も56・0%で6・5ポイント下回った。「子供がすることを親が決めたり、手伝ったりすることがある」と答えたのは小学生で60・9%で、10年の46・9%、14年の53・8%から上昇中。中学生でも46・5%で、10年を10・2ポイント上回った。

 「日ごろの生活で子供が成長したと感じる」母親は調査を重ねるごとに減少し、10年は74・5%、14年は64・2%、今回は56・6%。「子供を習い事や塾に通わせないと不安」なのは51・7%で、10年より9ポイント上昇している。

 調査に加わった情報教育研究所の山崎テイ所長は「母親の関与は『ゆとり教育』の転換などで教育不安が増しているのが一因。自分の生活や行動に見通しが利く子供も減っており、『もっときちんとやってほしい』という母親の意識が高まっている」と分析している。
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by sakura4987 | 2008-04-09 13:24

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by sakura4987