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 (産経 2008/8/11)

 http://sankei.jp.msn.com/world/korea/080811/kor0808112000004-n1.htm


 韓国外交通商省報道官は11日、竹島(韓国名・独島)を韓国領と主張する根拠など政府の立場をまとめた文章や資料を、韓国語のほか、英語、日本語、フランス語など7つの外国語で同省ホームページに掲載すると述べた。

 韓国語は8日から掲載を開始しており、7カ国語については翻訳が終わり次第、順次掲載する予定。

 また、韓国政府によると、行政安全省は慶尚北道鬱陵郡が進めている竹島内の道路の名称を公募する事業を支援するため、11日から25日まで政府などのホームページを通じて国民からの応募を受け付ける。鬱陵郡はこの結果を基に9月初めに名称を決める計画という。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:22


 (cinematoday 2008/8/11)

 http://cinematoday.jp/page/N0014833


 アメリカでは興行収入で記録を作っている映画『ダークナイト』が、7月25日に一般公開されたイギリスでも早くも記録更新かと言われてるのは、興行収入ではなく苦情の数。年齢制限が不適切だという苦情が、年齢制限を決める団体ブリティッシュ・ボード・オブ・フィルム・クラシフィケイション(以下BBFC)のもとに続々寄せられているのだ。

 イギリスでの『ダークナイト』の年齢制限は12A。12歳未満は保護者の同伴が必要というものだ。15歳になる娘と見たという元保守党党首イアン・ダンカン・スミスはタイムズ紙に送った手紙の中で「15歳にならない子どもたちに見せていいと判断したとは驚きだ。シュールでコミカルだったこれまでのバットマンの悪役と比べ、ヒース・レジャーのジョーカーは、すばらしい演技だが、ナイフで殺したり傷つけたりするのを好んだり、まるで本物のサイコパスの殺し屋みたいだ。実際にそんな事件が起こっている今のご時世で」と12Aには真っ向から反対の姿勢。

 『セックス・アンド・ザ・シティ』は15歳未満禁止だったことをあげ、セックスに関しては厳しく、暴力に対しては甘いのでは? という意見もあるほか、諸外国と比べても甘すぎではという声も出ている。16歳未満禁止で夜9時以降の上映とした南アフリカはじめ、16歳、15歳としている国が多く、ご本家アメリカでもPG-13という13歳未満には不適切な場面ありを保護者に強く警告するものとなっている。このところ連日、苦しい言い訳(?)に追われているBBFCだ。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:14


 (産経 2008/8/12)


 OO7シリーズで凄腕スパイのジェームズ・ボンドが属しているとされる英対外情報部(MI6)と、防諜(ぼうちょう)担当の対内情報部(MI5)が、北京五輪対策のため多忙を極めているそうだ。

 次期五輪開催国の首脳として北京五輪の閉会式に出席するブラウン首相をはじめ、閣僚や政府高官ら100人以上が最近、訪中の際の心得としてスパイ被害に遭わないよう極秘の指導を受けた。

 英日曜紙サンデー・タイムズなどによると、「北京ではスパイがうじゃうじゃ活動している」「常に尾行がついている」「誰も信用してはいけない」「プリペイド式携帯電話を持参して、帰国したらすぐに捨てる」などの警告が与えられた。

 英政府が神経をとがらせているのは今年1月、ブラウン首相が訪中した際、同行した側近の一人が中国人の美女と一夜をともにし、朝目覚めると公用の携帯端末が美女とともに消える“事件”が起きたからだという。

 女性スパイの「ハニー・トラップ」にはめられたとの見方がもっぱらだ。

 エバンズMI5長官は昨年、英国内における中国のスパイ活動について警鐘を鳴らした。英王立統合防衛研究所(RUSI)のニール・アジア安全保障部長は「携帯電話や携帯端末、パソコンから電子情報を盗むのは簡単で、北京に持っていくのは避けた方がいい」とアドバイスしている。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:13


     文芸批評家・都留文科大学教授 新保祐司

 (産経 2008/8/12)


 ■「天下ニ恥ヂザル」敗戦ナリ

 吉田満の『戦艦大和ノ最期』の初稿は、敗戦の直後、ほとんど一日を以て書かれた。

 これを読んだ小林秀雄が感銘を受け、自ら編集した雑誌「創元」に掲載しようとしたが、GHQ(連合国軍総司令部)の検閲により全文削除となった。

 この、戦後日本の言語空間を振返る上で極めて重要な問題を孕(はら)んだ経緯については、すでに江藤淳の立派な仕事によって明らかにされているが、今日我々が普通眼にしている昭和27年8月30日刊行のものと江藤氏の手によって発掘された初稿との違いは、さまざまなことを考えさせる。

 その中で最も問題なのは、末尾の部分の変更である。現行版では「今ナホ埋没スル三千ノ骸(むくろ) 彼ラ終焉(しゅうえん)ノ胸中果シテ如何(いかん)」となっているが、初稿は「至烈ノ闘魂、至高ノ錬度、天下ニ恥ヂザル最期ナリ」となっているのである。

 小林はもちろん、初稿を読んだ訳だが、昭和27年の現行版刊行のときに付された跋文(ばつぶん)の中で、「大変正直な戦争経験談だと思って感心した」と回想している。敗戦直後の「大変正直な戦争経験」からの言葉は、「天下ニ恥ヂザル最期ナリ」というものだったのである。

 同じ跋文の中で、林房雄と三島由紀夫が共に、紀元前480年に、ペルシャの大軍と戦って全滅したスパルタ軍の勇壮な悲劇として名高いテルモピレーの戦いを引き合いに出している。三島は「感動した。日本人のテルモピレーの戦いを目のあたりに見るようである」と絶讃したのであった。

 ≪■占領期を経た精神の変化≫

 それが、7年間に及ぶ占領期を経て、昭和27年の時点では「彼ラ終焉ノ胸中果シテ如何」という鎮魂のトーンの強いものとなった。「天下ニ恥ヂザル最期ナリ」という矜持(きょうじ)と賛嘆に満ちた精神から変化していったのである。

 戦後63回目の敗戦の日を迎えるにあたって、日本人は「天下ニ恥ヂザル」敗北をしたのだという気高い精神をまず回復すべきである。小林は跋文の中で「反省とか清算とかいう名の下に、自分の過去を他人事の様に語る風潮はいよいよ盛んだからである。そんなおしゃべりは、本当の反省とは関係がない。過去の玩弄である。これは敗戦そのものより悪い」とも書いている。「恥ヅベキ」敗北をしたのだという歪められた意識は、「敗戦そのものより悪い」のである。

 「天下ニ恥ヂザル」敗戦ということでは、今村均大将が真っ先に頭に浮かぶ。今村大将については、角田房子『責任 ラバウルの将軍今村均』などがあって、この「聖将、仁将」と呼ばれた軍人の生涯と人柄は、戦前の歴史の記憶が日本人の間で薄れつつある中でも、よく知られている方であろう。

 角田氏の著書の中で、特に印象にのこったエピソードがある。それは、私が深い影響を受けた内村鑑三に関係のあることだったからである。

 ≪■内村鑑三と今村大将の魂≫

 昭和19年に、作家・野村胡堂は参謀本部の一将校の訪問を受けた。野村胡堂は、「銭形平次」で知られる作家だが、「あらえびす」の名でクラシックのレコードについての著作をのこした人でもある。

 将校は「実はラバウルの司令官今村大将が、陣中で読みたいから内村鑑三全集を送れといってきました。発行所の岩波書店はじめ方々を探しましたが、入手出来ません。そこへ、金子少将から野村胡堂先生がお持ちだと聞きましたので、…いかがでしょうか、おゆずり願えますまいか」といった。

 この全集は、東大在学中に病死した野村の一人息子の遺品で、最後まで愛読していたという。気軽に手離せる品ではないが、渡すことにした。参謀副長が全集を携えて南太平洋をラバウルへ飛んだのは、それから間もなくのことであった。

 戦後になって昭和28年に、今村は巣鴨拘置所から次のような礼状を出している。「…内村鑑三全集を寄贈していただいたことを知りました。飛行機が海に落ち、参謀副長も戦死して、遂に全集を入手出来なかったのは残念ですが、御芳志には幾重にも御礼を申し上げます」

 野村胡堂は「内村鑑三全集と今村均」というエッセーを「ラバウル十万の将兵を無謀な玉砕に追いやることなく、地下に潜って百年持久の計を樹(た)て、貴重な生命を救い得たのは、戦陣の中に、内村鑑三全集を読みたいと考えたその魂であったと思う」と結んだ。こういう「魂」が戦ったのである。「天下ニ恥ヂザル」敗戦でなくて何であろうか。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:11


 (産経 2008/8/12)


 小中学生を対象にした全国学力テストの市町村別、学校別の結果を開示するよう求めた鳥取県情報公開審議会の答申を受け、県教育委員会は11日、臨時委員会で、平成19年度と20年度の結果を非開示とすることを決めた。答申通り開示が決まれば全国初だったが、市町村教委などの反対意見を受けた形となった。一方、県教委の委員6人のうち唯一の“開示派”だった中永広樹県教育長は「子供には受け止める力があるのに。残念だ」と述べた。

 県情報公開条例に基づいて「開示すべきだ」とした審議会の答申と逆の結論は条例違反にもなりかねず、改めて論議を呼びそうだ。

 臨時委員会では、県条例を踏まえ、中永教育長が「ここで非開示にすれば法治国家としての根底が崩れる」と開示へ理解を求めた。しかし、委員からは「開示が教育にいい影響を与えるほど社会は成熟していない」「答申に従うのがルールなのだろうが、答申は教育論を理解していない」と反対意見が続出。

 山田修平委員長は19年度と20年度を非開示とし、来年度以降は今後検討することを提案。4人の委員から提案への賛成意見が出たところで、中永教育長も非開示とする議案を採決することに同意した。

 県教委は昨年11月、山陰中央新報記者の情報開示請求に非開示を決定。記者の異議申し立てを受けた県情報公開審議会は7月8日、県教委に開示を求める答申を出した。これを受けて中永教育長は開示を決める意向を示したが、同月15日の県教委は意見がまとまらず、市町村教委や教育現場の意見を聞いた上で結論を出すことにしていた。

        ◇

【用語解説】全国学力テスト

 正式名称は「全国学力・学習状況調査」。子供の学力低下が指摘される中、全国の学力水準の状況を把握し、学校現場や教育委員会の課題を明らかにしようと昨年4月、43年ぶりに約77億円を投じて小6と中3の児童・生徒全員を対象に実施、約225万人が受けた。国語と算数・数学の2教科で、それぞれ基礎的知識を問うA問題と活用力を調べるB問題の2種類が出題された。ほかに学習環境や生活習慣なども調査。昨年10月に「知識の活用に課題がある」との結果を発表した。


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◆「子供の力奪うだけ」鳥取県教育長 学力テストの結果非開示

 (産経 2008/8/12)


 「大人が先回りして心配ばかりするのでは、子供の力を奪うだけ」-。鳥取県教委が全国学力テスト(学テ)の結果を非開示としたことについて、中永広樹県教育長は臨時委員会終了後の記者会見で無念さをにじませた。

 非開示の決定は、市町村教委などから「競争をあおり、序列化につながる」と強い反発を受けての結論だったが、中永教育長は「2教科だけのテスト結果で子供が劣等感にさいなまれてつぶれたりするだろうか」と、県教委の決定に疑問を呈した。一方、山田修平委員長は決定について「(県条例に)矛盾も違反もない。教育論はもっとレベルが上。目の前に犠牲者となり得る子供がいる。それを重視した」と答えた。

 平井伸治知事は、「やや教育関係者の内向きな議論に引っ張られた結論ではないか」と批判。条例とは矛盾しないとする山田委員長の見解に「グレーな部分がある。教育論で条例解釈はできない」と述べた。

 鳥取県教委の決定について、学テ結果の地域・学校別の公表は行わないよう求めてきた文部科学省では、「適切な判断だ」と胸をなで下ろしている。

 文科省では「鳥取県の情報公開条例は例外的な規定」として、他自治体へ波及することは少ないとみていた。だが、大阪府枚方市では情報公開を求める住民訴訟が起きており、鳥取県が開示すれば他の自治体も公開に踏み切ることも予測されただけに、文科省側にとっては穏当な結果だったといえる。

 ただ、学テの目的は結果を活用した学力向上だとしながら、結果そのものを公表しないことに疑問の声も出ている。

 独自の学テを実施している東京都では市区町村別の結果を公表し、上位の国分寺市や小金井市などの指導法は参考にもなっている。学校選択制を採用している自治体では、学テの結果を公表すると入学希望者が増減するとの指摘があるが、「学テの成績で学校を選ぶ親はほとんどいない」(東京都足立区の保護者)との見方もあり、改めて公表の是非が問われそうだ。



■鳥取県教育委員会事務局教育総務課

 〒680-8570 鳥取市東町一丁目271番地

 TEL:0857-26-7926・7914

 FAX:0857-26-8185

 メール:kyouikusoumu@pref.tottori.jp
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:09

 (産経 2008/8/15)


 ■武士道に徹した柴五郎

 明治33(1900)年の義和団事件における元会津藩士、柴五郎の活躍は、これまでも多くの日本人が語り継いできたに違いない。

 暴虐の限りの排外主義を以(もっ)て、キリスト教徒をはじめとする外国人を虐殺し、破壊活動を続ける義和団と、水面下で義和団に通じていた清国政府を前に、当時、各国の在外公館員とその国民らは北京での籠城(ろうじょう)に追い込まれた。

 このとき柴五郎の統率する日本軍は、刮目(かつもく)の働きで暴徒集団を退け、北京籠城を解いた。その後、各国軍隊の軍政区域が定められたのだが、今度は逆に、中国人への迫害と略奪が発生し続けた。

 ただひとつの例外は柴指揮下にあった日本軍政区のみ。軍紀厳正で略奪も行われず、中国人民も厚く保護されたために、「他の区域から日本区域に移住してくるものが多かった」と『ある明治人の記録 会津人柴五郎の遺書』(石光真人編著、中公新書)に記されている。

 軍人、柴五郎の存在が、明治維新で開国したばかりの後進国日本の名を世界に高らしめたのだ。だが、柴五郎は単に優れた軍人だっただけではない。日本の歴史に名を刻み、後世の私たちに深い教えを残した多くの先人たちのなかでも、柴翁(おう)の生き方は、とりわけ深い感銘を与える。

 翁は折り目正しい会津の教育を受け、その教育の粋を保ったまま生涯を貫いた人物だった。会津藩は己の利益を離れ、幕末、よく徳川家に仕え、大政奉還を支え、日本の新時代建設を念じたにもかかわらず、賊軍と貶(おとし)められた。

 会津藩の悲劇は戊辰(ぼしん)戦争で終わったわけではない。戦いのあともなお長く、会津藩と藩士らは辛酸を嘗(な)め続けた。前出の『ある明治人…』にその体験が詳述されており、到底涙なしには読み通せない。

 柴一族の想像を絶する体験は、「一藩をあげての流罪にも等しい」不条理な処罰ゆえであり、日本近代化の歴史における汚点である。近代日本史の評価の土台に、こうした負の側面の検証を含めて初めて、公正なる歴史観が育(はぐく)まれると痛感するものだ。

 柴翁は、しかし、政治の不条理を心に刻みつつも、生粋の会津人として、自らの体得した折り目正しい教育のとおりに、その生涯を貫いた。それはまさに、恥ずべき振る舞いのないよう厳しく自らを律し、どんな時にも公正なる生き方を崩さないという、武士道に徹した生き方だった。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:09


 (毎日 2008/8/15)

 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080815k0000e010072000c.html


 河野洋平衆院議長は15日、全国戦没者追悼式の「追悼の辞」で、「政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いを一にして追悼できる施設の設置について真剣に検討を進めることが強く求められている」と述べ、政府に対して、無宗教の新たな戦没者追悼施設の建設が望ましいとの考えを表明した。靖国神社参拝問題を踏まえた発言。新たな追悼施設をめぐっては、福田康夫首相が官房長官当時に主宰した私的懇談会が02年12月、「国立の無宗教の恒久的施設が必要」との報告書を答申。しかし自民党内に慎重論が根強く、棚上げになっている。

 河野氏は、日本と中国、韓国など近隣諸国との関係について「いまだに歴史に背景を持つ未解決の問題がとげとなり、摩擦を引き起こしている」と指摘した。

 日韓両国がともに領有権を主張する竹島(韓国名・独島)問題を念頭に「領土問題についても、お互いに内向きに領有権を声高に主張するばかりでなく、相手側と真摯(しんし)に向き合い、話し合いによる解決を実現することが強く求められている」と訴えた。

 一方、江田五月参院議長は同じく「追悼の辞」で、「先の大戦では、国内外で被害を受けた国民はもとより、わが国の侵略行為と植民地支配で、アジア諸国をはじめ広い地域の人々にも多大な苦しみと悲しみを与えた」と指摘。「深い反省の上に立ち、真に世界から信頼される平和国家を築くことが私たちの責務だ」と強調した。


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◆終戦の日、首相「犠牲者に哀悼の意」

 (AFP 2008/8/15)

 http://www.afpbb.com/article/politics/2507170/3222203


 終戦の日の15日、全国戦没者追悼式が日本武道館で開かれた。

 福田康夫首相は式辞で「多くの国々、とりわけアジアの諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えました。私は国民を代表して、ここに深い反省とともに、犠牲となられたすべての方々に対し謹んで哀悼の意を表します」と述べた。

 中韓との関係改善を公約とする福田首相は靖国参拝を見送り、追悼式に先立ち千鳥ケ淵戦没者墓苑で献花した。

 一方、靖国神社には太田誠一農水相、小泉純一郎元首相が参拝した。また安倍晋三前首相、保岡興治法相も訪れた。


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◆今年も日本の「加害責任」強調 戦没者追悼式で衆参両院議長

 (産経 2008/8/15)

 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080815/plc0808151237007-n1.htm


 河野洋平、江田五月の衆参両院議長は、15日に開かれた戦没者追悼式で、先の大戦における日本の「加害責任」を昨年に引き続き今年も強調した。

 江田議長は、「わが国の侵略行為と植民地支配により、アジア諸国をはじめ広い地域の人々にも、多大な苦しみと悲しみを与えた」と明言した。

 一方の河野議長は「非人道的な行為によって人権を侵害され、今もなお苦しんでおられる方々に、改めて心からなるお見舞いの気持ちを申しあげたい」と述べた。昨年の追悼式では「日本軍の一部による非人道的な行為によって」と発言。今年は「日本軍の一部による」を削除したものの、お見舞いの気持ち」を「改めて」表明したことで昨年と同様の考えを伝えた。

 河野議長はまた、「わが国と近隣諸国との関係においていまだに歴史に背景を持つ未解決の問題がトゲとなり、摩擦を引き起こしている」として東京裁判でのA級戦犯を合(ごう)祀(し)している靖国神社を取り上げ、「政府が特定の宗教によらない、すべての人が思いを一にして追悼できる追悼施設の設置に真剣に検討を進めることが求められる」と、国立で無宗教の恒久的な追悼施設の設置を積極的に提言した。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:08


  現実の脅威はもっと身近に、しかも着実に動いている

 (宮崎正弘の国際ニュース 2008/8/16)


 ちなみに下記の数字をごらん頂きたい。
 
 2002年  3209人
   03   3778
   04   5264 
   05   5878
   06   8272
 2007年 10262

 この数字は、日本へやってきた中国人留学生のなかで、卒業後も、日本で就職した人の数。つまり日本の就職戦線でライバル日本人を蹴落として、職をえた中国人の異常な増え方に注目していただきたい。他の国の留学生居残り組を含めない。

 かれらは日本の若者の職場を奪っていることに結果するのか?

 ちなみに下記に掲げるのが、彼ら彼女らの昨年の就職先の一覧である。

 翻訳・通訳     3431人(33・4%)
 販売・営業     1574人(15・3%)
 情報処理      1242人(12・1%)
 海外業務       656人( 6・4%)
 教育         541人( 5・3%)
 ほか        2818人
 合  計     10262人

 (数字の出展は『留学生新聞』08年8月15日号より)。


 ▼現実を直視する必要があるのでは?

 これらの統計が意味することは日本企業(中国・台湾企業の日本法人を含めて)が、むしろ積極的に中国人留学生を採用しているという“実態である。

 翻訳通訳は中国人の強みである。日本企業は通訳をほしがる。法律事務所や特許事務所は優秀な翻訳家が欲しい。

 社内で日本人が中国語を習得しようとする意欲を欠落させているからである。

 営業・販売は中国人の積極性を買われた。日本人よりエネルギーがあるからだ。五輪をみても、あれほどの闘魂をみせて、メダルを獲得していく中国人のさまを見ていると、ある種感慨が湧くというものだろう。

 情報処理は、逆に中国人のコンピュータ・スキルを求め、しかも安く雇えるからという企業のニーズにマッチしているからだ。

 つまり、中国人留学生にとっては中国に帰国しても溢れる新卒の群れに、コネがないと無職転落か、あっても3k現場の労働者や、サウナの番人になるくらいなら日本で永住したほうが良いと計算したからである。

 まだある。

 かれらはたくましく日本籍の配偶者を捜し求め、国籍を取得し、その数がすでに十万人を越えている!

 この現実を目撃して、むしろ歴史のイロニーを感得するのである。というのも遣隋使・遣唐使が日本から夥しくシナへ仏教を学びに行った。最澄、空海、道元という巨星も。

 しかし同時にシナから日本へやってきた「遣日使」が、じつは日本からの留学生をはるかにしのぐ人数であり、そのうえ彼らの大半が日本に居座って帰らなかった。この歴史的事実がなぜか知られていない。

 日本人は阿倍仲麻呂にしても望郷の念やみがたく、ついには帰国船がベトナムに流されて帰国の夢を果たせなかったけれども帰国して祖国に貢献したいと念じた。

 他方、鑑真和尚に代表される遣隋使は、そのような野心、使命感は淡かったのだ。

 1000万人の移民受け入れに反対する諸兄!

 抽象的反対ではもはや時間的猶予は限られている。具体的な戦術が必要である。

 遣隋使の打ち切りを提案した「現代の菅原道真」が必要だろうが、同時にすでに日本に帰化した中国人を、「第二の鑑真」とする努力も必要ではないのか。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:07


 (goo 2008/8/15)

 http://ranking.goo.ne.jp/ranking/s001/koi03_003/


 恋愛において、「愛されているな~」と思う瞬間ってとても幸せですよね。でも、そんな気持ちは、月日を重ねれば重ねるほど薄れてしまうものではないでしょうか? 「愛されていると感じる瞬間ランキング」では、どんな行動に愛されている実感を得るか、そんな瞬間に迫ってみました。

 気になる1位は《抱きしめてもらったとき》でした。特に 女性のランキングではダントツの1位を誇るほど。ドラマのワンシーンのように、女性は男性に包まれる瞬間が一番愛されている実感が湧くようです。

 2位は《自分が何気なく言ったひとことを覚えていてくれたとき》でした。何気なく放った言葉は、自分の記憶に残らなくとも相手の心に深く刻まれているものです。こうした記憶は思い出の場所やシーン、そして当時の音楽などとともに、思い出の1ページになるのではないでしょうか。こちらは 男性のランキングで1位を獲得しました。1位と2位では、男女でランキングの順位が逆転するという結果になりました。女性よりも男性の方が言葉に敏感なのかもしれませんね。

 そのほかの結果では、3位《手をつないでいるとき》と、4位《自分のために大きな決断をしてくれたとき》が、意外にも5位の《「愛している」と言ってくれたとき》を抑え、上位にランク・インしました。言葉よりも行動に出てみると、相手は愛されているという実感が湧くようです。

 さあ、このランキング結果を参考に、二人の愛を深めてみてはいかがでしょうか。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:05


 (産経 2008/8/17)


 ■純粋人は圧政の培養体


 ≪■ビルマ戦線の異常体験≫

 昭和二十年八月、私は歩兵第百二十八連隊第五中隊の一等兵として、ビルマ南西端、シッタン河の河口の第一線陣地にはりついていた。中隊といっても中隊長一人小隊長一人、兵十七、八人、ビルマ人兵補一人、軽機一挺だけである。殆んどマラリアとアミーバー赤痢にかかっていて、戦闘力などというものは皆無に等しかった。前方は一面の沼沢地。そこに包囲されている策集団(第28軍)数万人が全滅されるすさまじい銃砲声が聞えるがどうしようもない。シッタン河にはおびただしい日本兵や看護婦さんの死体が流れてくる。

 私たちはこの二年間、砲爆弾と飢餓と疫病を相手に戦って来た。後退戦の混乱によってたまたま遭遇するということ以外、敵兵の姿はおろか、敵の所在も判らない戦いというのがふつうの姿だった。要するにどこからともなくやたらに砲銃弾が飛んできてみんな死んで行く。それにどのていど耐えられるかという戦いだったのである。戦いではなく屠殺(とさつ)に耐えているだけといった方が正しいかも知れない。

 ビルマは最終的には放棄ときめられたようである。それにしても私たちは十九年春、北東ビルマで戦って以来、補給らしい補給は全く受けていない。例えば靴は一足ももらえず兵士の半分ぐらいは裸足である。私のボロ靴は大小不ぞろいだが、それも戦死者の足からだまっていただいてきたものだ。食糧はずっと自給、つまり掠奪だった。

 ≪■暴走する「精神主義」≫    

 ここで終戦となって私たちはどうやら全滅せずに済んだのだが、この二年の戦いで私が骨髄まで思い知ったのは日本軍の精神主義の許し得ぬ馬鹿ばかしさだった。こういうと、今さらそんなことお前にいわれなくても誰でも知っている。百発百中の砲一門は百発一中の砲百門に匹敵するというあれだろう。それを百発百中はあり得ないとか、相手がもし百発百中でなくたとえ百発二中でもどうにもならないというつもりだろう。

 それを日本人が反省したからこそ技術革新による高度成長がとげられたのではないかといった反論が出るだろう。いや、やはり精神は重要視すべきだ。ベトナム戦でアメリカが敗退したのはそのためだといった意見が出るかも知れない。

 それぞれの反論に対して私はたくさんいいたいことがあるのだが、私の今の主題はそこにない。私が痛感した精神主義のおどろおどろしさというのは技術的練磨のことではない。またその方法が旧日本軍国主義による反合理的強迫だったと指摘するのでもない。もっと一般的な、この精神主義の暴走の根本的性格についてのことである。

 ≪■利用される排他的信念≫  

 千磨必死の訓練それ自体がいけないわけでは毛頭ない。芸術だって学問技術だってスポーツだって、いや、おしなべて人生のすべてに懸命の努力が必要なことは勿論だ。問題はその努力の要求が、形而上的根拠、つまり宗教や道徳や正義の立場からなされ、それが当為としてすべての人に強制されるときである。勝つためには練習しなければならぬ。だが、それが母校の名誉のため、国の威厳のためにはとなり、単に選手だけではなく、全生徒、全国民が必死の応援をやるべきであり、いいかげんな応援をやったり無関心であることは許せない、非国民、国賊だという風になったらどうなるのか。

 恐るべきは、人間集団が一つの目的を達するために排他的信念に燃え、それを阻むもの、それにくみしないものを、絶対悪として処断しようとするときである。

 ふつう、そうなるのはカリスマ的指導者が出現し、人々の不平不満をたくみに利用し、一種の催眠術的操作を加えて集団をひきずって行くからだという風に説明される。それはそうだが、その場合、集団狂気の核になる心酔者という存在である。集団が巨大になればなるほど、この心酔者の役割は大きくなる。

 それを知る指導者は大きくさせようと企て、その結果、集団を暗黒地獄の中に陥れる。小集団ならともかく、例えば、ドイツとか日本とか中国国民とかいう巨大な集団の全員が催眠術にかかるはずがない。そのように見えるのはこの心酔者が陰惨で強力な権力を振い、その威を借りる便乗者と一緒になって、多数者を「唖者になった人々」に化してしまうからだ。そのことは四人組の圧迫から一応解放された中国大衆の行動を見てもわかろう。

 ≪■「善人」が集団を危殆に≫  

 この心酔者である、問題は。かれらは悪人ではない。便乗者でもない。それはひたすら純粋さ、一途さを求めて生きる人々である。反省を重ねる人間である。すくなくとも当人の主観の世界では自分をそうあろうと努力している人間なのである。それが何の権力も持たず、党派もつくらず、自分の生き方を守っているだけならよい。だが、その人々が、自分の生き方を他の人々に強制し、他の生き方を排除することを要求するようになればどうにもならない。その社会は地獄に変わる。なぜそうなるのか。

 生物はすべて矛盾の総合体である。純粋なものなどあり得ない。種としての保存本能と個体保存本能とが第一矛盾する。そういう事実を直視せず、ひたすら純粋を求めて突進する人間というのは、小児でなければ一種の精神病質者にほかならぬ。旧日本軍は兵士全員に忠勇無双を要求したが、その要求を凄惨(せいさん)なものにしたのは軍の支配者たちではない。むしろ若い下級将校や下士官兵の中に多数存在した心酔体質者のせいだった。私はそれを思い知らされたのである。

 こういう心酔体質者、ある皮肉な学者の表現によれば狂信志望者は、民族によってちがうけれど、いつも大体十人に一人はいるそうである。予備軍を入れると二割になるという。こういう人々の発言力が過大にならぬよう留意することが民主主義を守る上で最も大切な条件の一つになるだろう。この人たちは「善人」で社会事業などに見事な働きを見せることがある。そういう善人であるだけに人の同情や尊敬を集め、集団を危殆(きたい)に陥れる公算があることだけを私たちは現時点でとりわけ肝に銘じておく必要がありそうである。(あいだ ゆうじ)

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 【視点】戦争に限らず、極限状態の現場に身をさらした人の言葉は重い。会田雄次氏は戦時中に応召兵としてビルマ戦線にあり、銃砲声を聞きながら疫病と闘った。英軍の捕虜収容所の2年間を、『アーロン収容所』として著し、西欧ヒューマニズムの限界を描いた。一読して、支配する者と支配される者の人間性の乖離(かいり)に暗然とした記憶がある。

 今回の論稿では、日本軍の精神主義に潜む集団的狂気の構造を解き明かしている。それは国家目的のために指揮する軍幹部よりも、その周辺で忠義に純度を求める心酔体質者の存在にあるとする。彼らの狂気が集団を破壊し、方向を誤らせると警告している。(湯)

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 産経新聞「正論」欄の35周年を記念し、当時掲載された珠玉の論稿を再録します。
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by sakura4987 | 2008-08-19 16:04

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