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      【君に伝えたい、日本。】脳科学者(理学博士)茂木健一郎

 (産経 2008/9/26)


 鏡の中のイメージが「自分」だとわかる動物は限られている。その中でも、鏡を常用するのは人間だけである。

 国のあり方を考える上でも、鏡が要る。文化を異にする他国と向き合うことが、鏡となることが多い。自分の姿は、案外見えないものである。私の場合、2年間留学していた英国での体験が、何よりの「鏡」となった。

 例えば、「憲法」の問題である。英国は、「非成文憲法」の国で、具体的な条文はない、ということは知識としては知っていた。英国に滞在する中で、「コモン・センス」(常識)と「慣習」を判断の拠り所(よりどころ)とする英国流のやり方の奥深さを実感した。

 英国のやり方は徹底している。たとえば、「首相」の地位についても、慣習が積み上げられてきたに過ぎない。「首相」という職の明文規定は長らくなく、「財務第一卿」が職名であった。

 英国の哲学は、人間の判断をあらかじめ明文のルールで縛っておくことはできないというもので、最近の脳科学や認知科学の知見とも一致する。コンピューターと異なり、人間はプログラムで動くのではない。状況に応じて柔軟に対応できるようにしておかないと、不都合が生じる。

 英国という「鏡」を通して見ると、日本もかつては同じように「慣習」を大切にする国だったことが見えてくる。源頼朝が鎌倉幕府を開く際に依拠した「征夷大将軍」という職位。時の一番の実力者だから「何をしてもいい」というわけではない。坂上田村麻呂に溯(さかのぼ)る古い地位を援用した点に、歴史の連続性を重視する精神が感じられる。

 以来、江戸幕府15代将軍徳川慶喜に至るまで、700年近くにわたり同じ制度が継続した。世界的に見ても特筆すべき、日本の歴史の大切な一面である。

 成文憲法のない英国では、1215年制定の「マグナ・カルタ」など幾つかの文章が憲法の「法源」とされている。

 英国流に日本を見れば、「和を以て貴しとなす」で始まる聖徳太子の「十七条憲法」(604年)が、未(いま)だに有効な「憲法」の法源だと言うこともできる。そうなると、「マグナ・カルタ」よりも600年以上も古い。

 「鏡」を通して初めてわかる宝ものが、日本の中にはまだまだ埋まっているのではないか。自分の姿を深く見つめる必要がありそうだ。

                    ◇

【プロフィル】茂木健一郎

 もぎ・けんいちろう 昭和37年東京都生まれ。60年東京大学理学部、62年同大学法学部卒。平成4年同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了(理学博士)。現在ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。17年「脳と仮想」で第4回小林秀雄賞受賞。
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by sakura4987 | 2008-09-29 15:01


         【土・日曜日に書く】論説委員・石川水穂

 (産経 2008/9/27)


 ≪■“百人斬り”報道を否定≫

 南京戦に従軍した元東京日日新聞(毎日)カメラマン、佐藤振壽(しんじゅ)氏が今月4日、95歳で死去した。佐藤氏は“百人斬(ぎ)り”の新聞記事の写真を撮影しながら、「記事は事実ではない」と言い続けた。神奈川県藤沢市で行われた通夜・葬儀には、百人斬りの冤罪(えんざい)で処刑された向井敏明少尉の次女、千恵子さん、百人斬り訴訟の弁護団長、高池勝彦弁護士、同訴訟を支援する会会長の阿羅健一氏らが参列し、佐藤氏をしのんだ。

 問題の記事は、東京日日新聞の昭和12年12月13日付に「百人斬り“超記録”」「向井106-105野田」「両少尉さらに延長戦」という見出しで掲載された。

 「【紫金山麓(さんろく)にて十二日浅海、鈴木両特派員発】南京入りまで“百人斬り競争”といふ珍競争をはじめた例の片桐部隊の勇士向井敏明、野田毅両少尉は十日の紫金山攻略戦のどさくさに百六対百五といふレコードを作つて、十日正午両少尉はさすがに刃こぼれした日本刀を片手に対面した」

 この記事には、佐藤氏が撮った日本刀を手にする2人の少尉の写真が添えられていた。

 2人はこの記事がもとで、1947(昭和22)年12月、南京の軍事法廷で死刑を宣告され、翌年1月、銃殺刑に処せられた。

 だが、佐藤氏は平成6年5月の本紙連載「南京の真実」で、こう証言している。

 「浅海一男君(故人)という社会部の記者が2人から話を聞いて、私はそばで聞いていたんです。…これから南京に入るまでどっちが先に百人切るか競争するんだと。でも私には納得のいかないところがあった」「修羅場になったら(野田少尉が務める)大隊副官は大隊長の命令指示を受けて、何中隊はどうする、と命令を下してなくちゃいけないわけです。(向井少尉が務める)歩兵砲の小隊長は『距離何百メートル、撃てーッ』とやってなくちゃいけない。それなのにどうやって勘定するの。おかしいなと私は思ったんですよ」

 その後も、佐藤氏は「あれは戦意高揚のための記事で、軍の検閲も通っているが、あり得ない話。戦後、浅海君は“百人斬り”の件で市ケ谷の検事団に呼ばれたが、『あれはほら話』といえばよかったんです」と話していた。

 ≪■新聞記事が生んだ冤罪≫

 “百人斬り”は昭和46年、朝日新聞の連載「中国の旅」で蒸し返され、中国の南京大虐殺記念館には今も、当時の東京日日新聞の記事が“虐殺の証拠”として等身大パネルで展示されている。

 “百人斬り”は、新聞記事が生んだ冤罪といえる。

 向井千恵子さんと野田少尉の妹、マサさんら遺族は平成15年4月、朝日と毎日などを相手取り、両少尉の名誉回復を求める訴訟を東京地裁に起こした。

 高齢の佐藤氏は長男の尹一(ただかず)氏と看護師に付き添われて車いすで出廷した。途中でストップがかかり、血圧検査などを受けながら、「百人斬りを百パーセント信じていない」「記事はうそでも私の写真は本物です。それが原因で2人が銃殺されたと思うと、気の毒な気持ちでいっぱいです」と証言した。

 ≪■裁判は朝毎の実質敗訴≫

 この訴訟で、毎日は主として「時効」を主張した。朝日は、記事を書いた浅海記者が極東軍事裁判所の検事の尋問で「真実を書いた」と証言していることなどを根拠に、“百人斬り”は真実だと主張した。

 新聞記事は訂正されない限り、どれだけ年月が経(た)っても、事実として引用される。記事に時効はない。また、戦意高揚記事を書いた記者の証言をいくら集めても、それは真実性の証明にはならない。

 訴訟は最高裁まで争われ、いずれも遺族側が敗訴したが、裁判所が新聞記事を真実と認めたわけではない。

 1審・東京地裁は事実認定で「両少尉の職務上の地位、日本刀の性能及び殺傷能力等に照らしても、両少尉が本件日日記事にある『百人斬り競争』をその記事の内容のとおりに実行したかどうかについては、疑問の余地がないわけではない」と疑問を提起し、2審・東京高裁も「同記事の『百人斬り』の戦闘結果は甚だ疑わしいものと考えるのが合理的である」とした。

 ただ、裁判所は「一見して明白に虚偽であるとは言えない」と判断し、名誉棄損にはあたらないと結論づけたにすぎない。

 訴訟の経過は、先月発売された向井千恵子さんらの共著「汚名」(ワック)にも、詳しく書かれている。千恵子さんはこの中で、佐藤氏と一緒に図書館で新聞のマイクロフィルムを探した思い出などをつづっている。南京戦の従軍記者として真実を伝えた佐藤氏の勇気に感謝し、冥福を祈りたい。
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by sakura4987 | 2008-09-29 15:00


 (中央日報 2008/9/26)

 http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=105295&servcode=400§code=400


対馬島(テマド、日本名・対馬)を韓国の領土と表示した全国地図が登場した。

3年間の作業の末、独島(ドクト、日本名・竹島)地図を制作したアン・ドンリプさん(53)は、対馬島を含めた縮尺60万分の1の全国地図を公開した。 一般地図とは異なり南側が上になるよう制作されているため、対馬島は最も上に位置している。 ‘逆さ地図’の上部には済州道(チェジュド)と離於島(イオド)、南海岸があり、ソウルと京畿(キョンギ)・江原(カンウォン)・黄海道(ファンへド)は地図の下部にくる。

対馬島の部分を見ると、日本の地図には見られない新羅(シルラ)の使臣・朴提上(パク・ジェサン)の殉国碑、崔益鉉(チェ・イクヒョン)先生の流罪地など、韓国関連遺跡地が案内されている。 対馬島には日本式の地名がなく、対馬島最大都市の厳原は‘オムウォン’と表記されている。

97年11月に‘逆さ地図’で特許を受けたアンさんは、自身の会社の創立20周年を迎え、11年ぶりに地図を出した。 アンさんは「対馬島が韓国の領土という事実は世宗(セジョン)実録や数多くの古地図で確認できる。地図を制作しながら全国地図にに入れた」と語った。

大韓海峡(対馬海峡)に位置する対馬島は最短距離を基準に釜山(プサン)からわずか49.5キロしか離れておらず、晴れた日には展望台から肉眼で見える。一方、日本の九州とは147キロ離れている。 経度上では慶尚北道(キョンサンブクド)の慶州(キョンジュ)や蔚山(ウルサン)と同じところにある。

世宗実録には「対馬という島は慶尚道鶏林(キョンサンド・ケリム、現在の慶州)に属し、本来、わが国の領土」と記録されている。金正浩(キム・ジョンホ)の「大東輿地図」や壬辰倭乱(文禄の役)当時に日本が制作した「八道総図」など多くの地図にも、対馬島は‘朝鮮’領土と表示されている。

1948年8月と49年1月、当時の李承晩(イ・スンマン)大統領は対馬島を早く返還するよう日本側に要求している。
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by sakura4987 | 2008-09-29 15:00


 (世界日報 2008/9/20)


 「内外地理研究会」代表 小菅 清氏に聞く


 保護者の意向を無視し拉致/家族破壊の悲劇次々と


■背後で左翼勢力と結託

 社会問題化している児童への虐待を防ぐために、児童相談所(児相)の果たす役目は大きいと言われる。だが、現実には大半の児童相談所が、家庭内で起きるささいなトラブルや行き違いなどにも過剰に反応し、親や子供の意向を無視して、子供を親元から強制的に隔離して、新たな悲劇が起きているという。この問題に長年取り組んできた小菅清・内外地理研究会代表に、児童相談所の“暴走”について聞いた。


 ○―――○

 ――昨今、親による児童虐待が社会問題とされ、児童相談所が手遅れになる前に積極的に関与して、悲劇が起きないようにと、児童福祉法・児童虐待防止法により、児相の権限が強化されました。これをどう思いますか。

 ■児童福祉法などに書かれている「虐待」や「苛め」や「暴力」の用語の内容は極めて曖昧で不正確です。従いまして、児童相談所が勝手に解釈して、「手遅れになる前に」などと言って、確かな証拠も有責証言もないままに適用するため、行政暴力が生じて、家族破壊の悲劇が次々と引き起こされています。

 昨年度の「虐待」についての児相発表は四万件以上、他方、警察発表は三百件以上です。実に百三十倍以上の差があり、同じ用語では到底理解ができません。警察は専門的な調査・捜査能力がありますから、社会的に問題になった事例のほぼすべてを含んでいます。他方、児相は調査する能力も意欲もありません。「虐待」だと勝手に認定した件数を発表しているだけです。

 しかし大半は、「虐待」「暴力」でも「虐待の疑い」でもありません。実際は親による子育て上の不備や不十分さ、単なる過失や叱り過ぎ、躾の厳しさ(単純体罰)、部外者の推測による密告を、すべて「虐待」「暴力」としているだけです。無実や、些細な事実を意図的に「虐待」などと決め付けて、子供を誘拐・拉致するための手段としているのです。

 実際は、一部の特定の思想・信条を持つ人々によって主導された児相側が、普通の家族から親子の結び付きを次々と破壊しています。「虐待」者は親ではなく、児相側なのです。

 ――この児福法などが活用されて家族破壊が行われた、具体的な事例をお話しください。

 ■神奈川県のA家では夫妻間に不和があり、妻が婦人相談所へ行ったところ、夫による妻への「暴力」のためとして、妻は「女性保護施設」、子供は「児童保護施設」へと隔離されました。妻は施設の異常さに驚き、数日で逃走して、やがて夫と共に子供の返還を求めたのですが、児相は「父による虐待の疑い」を口実に、返還を拒否しています。

 関西のB家では四歳の女子が性器を痒がるので、医院へ連れて行ったところ、淋病と診断されました。治療中に児相が医院へ来て、「性的虐待」を口実としての一時保護を告げて、やがて女子は行方不明に。親は正確な調査を求めたが、かたくなに拒否されています。調べればすぐに分かることですが、親宅に風呂がないのでいつも銭湯へ行っていました。なお子供がその銭湯で感染する事例があるのは、医療の常識です。

 中部のC家では母が病気で寝込んでいる時に、上の子が下の子に、机上にあった風邪薬を飲ませてしまいました。病院へ搬送されて治療を受けたのですが、医師らは親による殺害未遂と邪推して、警察と児相へ密告。後日、警察が捜査に来て、単純過失と認定しました。数日後に児相が来て、「虐待の疑いにつき調査する。一時預かりをしたい」と言い、親元から二子を誘拐しました。以後、返還要請を無視しています。

 東京都のD家では小学六年の子供(11)の監護権が家裁の審判で父から母へ移りました。しかし子供は母側への移動を完全に拒否し、本人は自殺未遂までしました。すると母側の密告からか、児相はこの子供を一時預かりすると言い、誘拐したのです。

 この時、父へは何一つ説明がなかったので、理由も分かりません。なお子供は五カ月後に、児相の隔離施設から二回も父・姉の所へ逃走して来たのですが、二回とも、児相に拉致されて、現在は自殺や人格破壊が心配されている状況です。

 関西のE家ではしっかりとした躾を基本に子育てをしており、時には節度ある体罰もありました。上の子はそうして育ったのですが、さて下の子供が小学校に入学した後、担任の先生が子供の身体に軽い痣を見つけて、親を呼んで体罰の全廃を要求しました。しかし親が恭順しなかったため、学校は児相へ密告。やがて学校帰りに子供は拉致されて行方不明となったままです。

 ○―――○

 ――問題は法律ですか、運用面の解釈ですか。

 ■この法律上で児相が行動を起こせる要件というのは、「身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行」「児童に著しい心理的外傷を与える言動」などであり、児相によりどのようにでも拡大・恣意的解釈ができる文言となっています。これには原型があり、かつてのスターリン法制から学んだ“教条持ち”たちが立法化を進めたことによります。彼らは概念規定の定かでない法律をわざと改定・制定したのです。

 ――こうした問題に積極的に介入してくる弁護士や支援者たちの目的は何ですか。

 ■かつての社会・共産主義は一九九〇年ごろに大きく後退しました。しかし、やがて新たに変異した社会・共産主義は、過激な女権主義や似非子供権利主義やその他の教条を持つ人々と連合を進めました。彼らの主義主張、思い込み、感覚などはまず男女共同参画法に入り、以後、彼らの運動は「配偶者=夫の暴力の根絶と離婚推進」「児童虐待防止」その他を経て、似非人権擁護法制定などへ向かっています。

 なお“教条持ち”は各種議会議員の一部、国家・地方公務員の一部、これは児相や婦人相談所に多い。また裁判所内の一部、学者・弁護士の一部、教育・医療関係の一部、新聞・放送内の一部、各地の活動家から成る一種の連合体です。

 彼らの教条の基本は「理想社会の建設」とかのようなもので、このための論法として「一切の暴力の根絶」「家族による子育てより社会的な子育てを」「人権を確立して、すべての差別を禁止する」などと、人間の現実を無視した虚偽の理屈を挙げています。

 この“教条持ち”が既に児相も動かしているのです。なお児相には表向きの業務実績が欲しい者や、隔離施設と利権絡みの者もいます。

 ――この間の小菅さんたちの活動を通じての成功の事例、政治家や報道との対応、今後の活動方針などを話してください。

 ■成功したのは多くの人が児相へ抗議してくれたからです。なお関心を持ち意思表示する人が増えれば、教条持ちの圧力で報道が止まっている現状も超えられます。

 ところで彼らはさらなる法律改定を狙っています。第一に、児相側が実の親から親権や監護権をより簡単に奪い取りやすくする。第二に、児相側から親権を持つ実の親が子供を連れ戻した場合も誘拐罪に当てはめる、逃げた子供を実の親が保護した場合も処罰対象にするというものです。これらの阻止には政治家の力が何としても必要です。心有る人にぜひとも、今の日本で起きている悲劇の実態に気づいていただき、それこそ手遅れにならないうちに、毅然とした対応をお願いして、家族破壊をやめさせていただきたいと願っています。


 こすげ きよし 昭和21(1946)年茨城県生まれ。中央大学法学部卒。都立高校社会科地理教員。各国民情調査180回以上。著書に『不良外国人にだまされない本』(データハウス社刊)。内外地理研究会(国際困り事相談)を設立し、相談歴18年。DV防止・児童虐待防止(家族破壊)法犠牲家族支援の会を、野牧雅子氏と設立。
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by sakura4987 | 2008-09-29 14:59


 (民団新聞 2008/9/17)

 http://www.mindan.org/shinbun/news_view.php?page=17&category=2&newsid=10248


■支持増やす好機に

 民団は、懸案の地方参政権獲得が大きなヤマ場を迎えつつあるとの認識のもとに、今後予想される衆院解散・総選挙後の国会で、必ず早期実現するとの強い決意のもとに、引き続き総力を傾ける。このため、「地域共生」をうたう全国各地の「10月のマダン」はもとより、総選挙では立候補者の動向を見極め、理解増進の機会として最大限活用する。

「天王山」へ世論喚起

 民団中央権益擁護委員会の地方参政権獲得専門委員会(柳時悦委員長)は11日の会議で、衆院解散に伴う総選挙では、「真の共生社会実現」のために「地方参政権付与」に賛同する立候補者を積極的に応援することにした。また、「付与法案」の早期上程・成立へ、民団と婦人会、青年会が三位一体となり、あらためて日本社会の世論喚起に努めることを確認した。

 民団中央地方参政権推進委員長の呂健二中央副団長、中央権益擁護委員会の朴昭勝委員長も参加したこの専門委員会では、後半期団長会議での示達事項を踏まえ?臨時国会と各政党の動向などを注視しながら国会議員に対する説得活動の継続?早期立法化促進活動の継続推進?地方別の地方参政権早期実現促求集会、シンポジウムの継続実施?世論喚起活動の強化??などを確認。

 地方での集会・シンポジウムは、今月20日の静岡集会「多民族共生社会へ‐定住外国人に地方参政権を」のほかに、宮城=10月24日「講演・シンポジウム〈多文化共生社会に向けて!〉」、鳥取=11月29日「東アジア市民の地方参政権を問う」の開催がすでに確定。中国・九州地域での年内開催も計画されている。

 永住外国人への地方参政権付与法案は、すでに連立与党の公明党から国会に提出され、継続審議扱いに。野党・民主党も推進議連が「付与に関する提言」をまとめ(5月)、今月初めには「地方参政権検討委員会」による検討結果が小沢一郎代表に報告された。

 ちなみに民主党は結党時の「基本政策」に「定住外国人の地方参政権などを早期に実現する」と掲げている。

 99年の自民党との連立に当たり「地方参政権付与」を「与党3党合意」に盛り込んでいる公明党は、今年に入り、民主党による「付与法案」の提出を歓迎すると表明している。民主党は、昨年7月の参議院選挙の結果、参院第1党となった。

 それだけに、福田首相の突然の辞意表明に伴う自民党総裁選、臨時国会召集・新首相指名選挙・組閣、所信表明演説、各党代表質問などめまぐるしい日程後の、今度の解散・衆議院総選挙の結果に大きな関心が集まっている。

 専門委員らは、総選挙後が地方参政権獲得の天王山になることを踏まえて、全国各地での地元国会議員への要望活動を強化するとともに、日本社会の世論喚起へ、全国紙・地方紙の活用や昨年の「11・7全国決起大会」のような全国規模の大集会の開催も検討していくことで意見の一致をみた。
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by sakura4987 | 2008-09-29 14:59


 (北日本 2008/9/21)

 http://www.kitanippon.co.jp/contents/knpnews/20080921/15310.html


 県内のスーパーで、店内で使う買い物かごが持ち去られるケースが相次いでいる。四月に県内の各スーパーでレジ袋が有料化されて以降、目立つようになり、一カ月間で百個を持ち去られた店もある。マイバッグを持たずに来店した客が、レジ袋を買わずに、購入した商品をかごごと持ち帰っているとみられ、各店の関係者は「モラルに反する行為。買い物かごが少なくなると、ほかの客の迷惑にもなるので、やめてほしい」と頭を痛めている。

 「八月は約百個の買い物かごが持ち去られた。四月以降少なくとも計二百個が無くなった」と、富山市上赤江町の新鮮市場ユアーズ赤江店(本部・同市山室荒屋新町)の岩本隆店長は話す。同店ではレジ袋が有料化されてから、ほかのスーパーの買い物かごが置き去りにされることも目立つという。五月からは、買い物かごを持ち帰らないように呼び掛ける張り紙を店内のかご置き場に張った。しかし、その後も被害が後を絶たない。

 県内に二十五店舗を展開するアルビス(本社・射水市流通センター水戸田・大門)も対応に苦慮している。直営の「チューリップ リーフランド店」(高岡市姫野)では四月以降、毎月十個前後の買い物かごが持ち去られている。買い物客に使ってもらおうと、商品持ち帰り用の段ボール箱を目立つ場所に置くなど、対策を講じているが、被害に歯止めが掛からない。

 パルフェ(本部・滑川市上小泉)では四月以降、県内の五店舗で計二百個以上のかごが持ち去られた。パスタ店(同)では月に二十-三十個が無くなり、かごを補充することが以前に比べて増えたという。

 各スーパーのかごの仕入れ値は一個三百-四百円。持ち去ろうとしている客を見つけた場合、その都度、注意するなどしているが、富山市内のスーパーの店長は「客商売なのであまり強くも言えないし…」とも。

 県警によると、店が管理している買い物かごの持ち去りは、窃盗罪に問われる可能性がある。
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by sakura4987 | 2008-09-29 14:52


 (毎日 2008/9/20)

 http://mainichi.jp/select/seiji/news/20080920ddm002030071000c.html


 台湾の馬英九総統は19日、日本報道陣と会見し、日台間で主権問題となっている尖閣諸島(台湾名・釣魚台)について「日台双方が主権問題を棚上げし、共同開発や資源を共有することが双方の利益となる」との考えを示した。

 尖閣諸島問題では過去に強硬な発言もした馬総統だが、日台関係を重視し、周辺海域での漁業問題を中心とした話し合いを日本側に呼びかけたかたち。尖閣諸島周辺では、馬政権発足直後の今年6月に台湾の遊漁船が海上保安庁の巡視船と接触し沈没。台湾側は巡視船を派遣し領海侵犯するなど強硬姿勢を示し、陳水扁前政権時代には良好に推移していた日台関係がぎくしゃくした。事故直後に馬総統自身も「我々の領海なのだから本来は行ってよい」などとの強硬な発言を行っていた。

 会見で馬総統は、台湾側に主権があるとの主張を維持しつつ「日本側が釣魚台は日本の領土だとする主張も知っている」と述べ、日本側への配慮を示した。さらに「周辺海域での漁業問題が解決できなければ、台湾の漁業者が釣魚台に行くことを我々としては阻止できない。日台関係を脅かすことを心配している」と、日本側に協力を求めた。
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by sakura4987 | 2008-09-29 14:51


 「戦略的互恵関係の第一歩」とは笑止千万

 (SAPIO 2008/9/19)

 http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/sapio-20080919-01/1.htm

 掲載: SAPIO 2008年8月20日・9月3日号


 「日本の外交勝利」「日中友好の具体的成果」東シナ海ガス田共同開発の合意には、好意的な報道がならび、得点の少ない福田外交にとっても好材料となった。しかし、果たしてこの「合意」、額面通りに受け取っていいものか。

 ジャーナリスト田村建雄氏が、日中双方の関係者取材から「合意」の真意を読み解く。
 やっぱり日本は、はめられていた。


■中国国内向けには「わが国の主権」を強調

 私が非公式に接した中国政府関係者は、こう笑いとばした。

「中国にとっては平和的大前進、大勝利ですよ」

 一方、日本の経産省OBはこう嘆いた。

「無戦略的完全敗北」

 ともに東シナ海のガス田と日中の海洋境界線などをめぐっての問題を論評したものだ。

 東シナ海の尖閣諸島、ガス田開発と海洋境界線問題では日中は30年もの長い間、対立が続いてきた。

 しかし6月18日、高村正彦外相と甘利明経産相が揃って外務省で会見を開き、中国とガス田の「共同開発」が行なわれる見通しになり、まさに「戦略的互恵関係」の第一歩が始まったと自画自賛した。この会見を踏まえて、冒頭、中国政府関係者が凱歌をあげ、経産省OBが日本側の無能ぶりを批判したのだ。

 日本政府の見解と、中国・日本関係者らの本音、これらの大きな乖離はどこからくるのか。報道、会見内容や内部証言を詳細に精査し、その相違を浮き彫りにしてみよう。

 まず日本外務省が公表した日中共同プレス内容の概要ポイントだ。

〈東シナ海における日中間の協力について〉

「日中双方は、日中間で境界がいまだ画定されていない東シナ海を平和・協力・友好の海とするため、(中略)境界画定が実現するまでの過渡的期間において双方の法的立場を損なうことなく協力する」

 境界未画定期間、過渡期の「協力」についての日中双方の概念が述べられている。

 次に具体的内容だ。
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by sakura4987 | 2008-09-29 14:51


 (朝鮮日報-ハングル 2008/9/19)

 http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2008/09/19/2008091900953.html


 生体実験を行ったとして悪名をふるった日帝関東軍 731部隊(防疫給水部隊)がアメリカとイギリス軍捕虜を対象に細菌実験を行い、マルタを生きたまま解剖。臓器を摘出する蛮行をしでかしていたという証言が出た。 

 金成民ハルビン(哈爾賓)市社会科学院長は18日の満州事変77周年を迎え、ハルビンの市で開催された第4回731部隊蛮行国際学術シンポジウムにおいて731部隊がしでかした生体実験の内容について生存部の隊員らが生き生きと証言を行ったことを中国メディアが19日に報道している。

 金院長は731部隊に勤めていた転職部隊員の証言を基礎に「731部隊の生体実験で中国人,モンゴル人, ソ連人, 朝鮮人, オランダ人など 5千名が殺害された」とし「戦闘中に捕虜となった米・英捕虜までも対象に生体実験を行っていた。」と明らかにした。

 731部隊が米・英虜を相手に生体実験をしていたという事実が公開的な学術会議を通じて発表されたのは今回が初めてのことだ。

 特に731部隊が麻酔手術もなしに一部のマルタを生きたまま解剖したという転職部隊員の証言は731部隊の生体実験が故意的殺人行為に近かったという点を立証する鮮やかな証拠として注目を引いている。

 731部隊は50歳前後の中国人にペスト菌を注射した後に身体を動かすことができないように実験台へと縛って、はみ(猿轡)をくわえさせたまま12~13分にわたって解剖を強行して身体から臓器を摘出し病理実験チームに渡しており、ショックで心臓発作を起こしたマルタの身体は解剖台にそのまま放置されていたと部隊員は証言した。

 今度の学術シンポジウムでは731部隊にマルタを供給する手続きである’特別移送’の実態も一つ一つ公開された。

 全5段階に渡って進行された特別移送作戦は、中国東北各地に駐屯していた関東軍憲兵隊が主導した。関東軍憲兵隊は日本と満洲国を対象に戦っていた人士を逮捕して1千203人を特別移送という名目で731部隊へ生体実験の対象として突き出したことが明かにされた。

 また日帝関東軍が中国各地で行った細菌戦で最小でも200万人が死亡したとの推定も提示された。

 金院長は「数年間にかけた調査の結果、日帝関東軍が浙江, 湖南, 北京などの15地域でペスト菌に感染させたマウスを解き放ち、料理道具や食器類に細菌を塗ったり航空機でペスト菌を撒布する方式で細菌戦を遂行しており、死亡者は200万人以上はあるだろうと推定される」と明らかにした。
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by sakura4987 | 2008-09-29 14:50


         北朝鮮の詩集出版 脱北の党所属作家

 (IZA 2008/9/8)

 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/176823/


 「私の娘を100ウォンで売ります」-。北朝鮮で起きた飢餓の惨状について朝鮮労働党所属の元作家が書いた日本版の詩集(晩聲社)がこのほど出版され話題となっている。詩集は今春、韓国で刊行されベストセラーとなった。4年前、飢餓の悲惨な目撃のメモを懐に抱いて中朝国境の河を渡った作者が、本紙のインタビューに応じた。

 泣き叫ぶ幼子を脇に「娘を100ウォンで売ります」と書いた紙を首にかけた口の不自由な女性。軍人が100ウォンを手渡すと、女性はどこかに駆け出し、パンを抱えて戻ってくると、別れゆく娘の口に押し込んで号泣した-。1999年、平壌市内の闇市場で目撃した場面という。北朝鮮で100ウォンは当時、卵半個の値段だった。

 90年代後半に300万人が餓死したとされる大飢饉(だいききん)の悲劇を扱った詩は全部で71編。「わたしたちのご飯は分厚い木の皮」など「米飯賛歌」からはじまり、生き残るための暮らしぶりや公開処刑、体制批判まで、生々しい言葉が連なっている。

 作者は張真晟(チャン・ジンソン)氏=仮名。30歳代半ばで金日成総合大学を卒業、朝鮮作家同盟中央委員会のメンバーとして金正日体制の宣伝・扇動を担当。2004年に脱北した。張氏はこういう。
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by sakura4987 | 2008-09-18 15:31

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