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(産経 2008/12/20)


 ■「あいさつ」忘れた日本人

 ≪■静かな欧州と比べると…≫

 東西ドイツの問題も一応解決し、エネルギー危機もこれまた一応回避した西ドイツは、イタリアの混乱とイギリスの総選挙の話題以外に一見これといった大問題をかかえていそうにありません。

 南ドイツ新聞やフランクフルター・アルゲマイネ、ツァイトなどの編集者の何人かと話しあう機会がありましたが、「少くともドイツにはいま緊急の問題はありませんね」と、こちらが拍子抜けするような返事しかかえってこず、それにくらべると、「むつ」問題、佐藤前首相のノーベル平和賞、東京での再度の爆弾事件、アメリカ軍艦の核装備問題といい、わずか二、三週間留守をしても、日本はなにかちょっと触れればすぐ燃え上るワラシベのようなものに全土がおおわれている印象がとくに強いようです。

 「静かなヨーロッパと沸々とした日本」--この印象はむろん今度がはじめてではありません。といっても表面静かに見えるヨーロッパの内に全くなにも問題がないというわけではないでしょう。たとえば西ドイツですが、外人労働者の問題は深刻だという人があります。エネルギー危機以来、西ドイツでもレイオフや失業者増加の可能性はいくつかききました。失業問題が表面化すると、最初に首を切られるのは外人労働者ではないかということであります。外人労働者はいまドイツ人以上に勤勉なので、その首を切ることは一般的な生産低下につながりますし、なによりも外人労働者の従事している職種が、いまのドイツ人のしたがらないものが多いので、生産低下どころか、町全体がゴミの堆積(たいせき)になってしまわないかという危惧(きぐ)さえ生ずるわけです。

 ≪■せかせかと何かありげに≫

 「外人労働者は、アメリカの黒人並か?」というプラカードをかかげたデモを見たことがありますが、この問題が若い過激な学生を刺激する可能性もないではありません。外人労働者と失業という関係だけからでなく、外人労働者の子供の保育費(大体、子供が多いのが普通です)の問題、税金、さらに外人労働者子弟の教育条件と、私たちあまり外人労働者をもっていない国民にとっては想像もできない、そして意外に解決困難な問題がいくつも見えかくれしているのが実情なのです。

 しかも日本よりも先進工業国といえる西ドイツの公害問題、大学問題と、そのどれをとっても緊急さをひめていないことはないのですが、どうやらこの国はすべての問題を大袈裟にさわぎ立て、ドラマティジーレン(劇化)しないことに覚悟をきめたように見えます。この国だけではなく、なんどか破産を伝えられるイタリアやイギリスも、その日々の生活の上に「おや、これでも危機か?」と首をかしげたくなるような冷静さが支配しているようです。そして(私を含め)なんだか日本人旅行者だけが、せかせかと何かありげに歩きまわっているみたいでもあります。

 「終末論的雰囲気はドイツにありませんか?」と私がききましたところ、一人の編集者はニベもなく「ありませんね」と答えましたし、ある一人は「石油危機のとき一時的にありましたが、アブクみたいに今は消えました」と言うだけでした。私が参議院選挙のとき、ある作家が「日本はこのままでは飢えて滅びる」というのを唯一のスローガンにして立候補しましたよと話しだすと、みんな不思議そうな顔をし、予言者と政治能力は一致するのだろうか、その候補者はそれで何票ぐらい集めたかと好奇心をちらりと見せたのが、せいぜいの反応でした。

 ≪■まるで動物のような訪問≫

 その作家は昨年春ある週刊誌で福田前蔵相と対談をし、「今年は絶対に不作で、飢饉(ききん)がおこりますよ。賭けませんか」と言っていましたが、その年も今年もべつに飢饉なんておこる様子もなく、その作家も参院選では何十万票か稼ぎ、さらにペンクラブに大挙入会しようと騒いだり--とにかくフワフワした日本の社会の象徴のようにただ騒々しいだけであるのを、いまちょっと思い出しています。その作家の友人たちもマスコミも、彼をたしなめるどころか、野次馬のようにその周辺にむらがってわいわいやっている風景が、望遠鏡を逆さにのぞいたように遠く小さく見えてきます。

 話題をかえて、今度印象ぶかく思った話を一つ書きます。こちらの大学で有力な地位にいる日本人教授のところに、日本の大学にいる知人が訪問してきたときの話です。

 ちょうど研究室に友人のほかに数人のドイツ人の助手、学生が同席していたのですが、彼はそれにはほとんど目もくれず、「やあ、なつかしいなあ。どうしてる?」と大声でいって寄ってきたそうです。その知人を駅から案内してきたドイツ人にも、彼はべつに一言もお礼をいうでもなく、ようやく日本語をしゃべることのできる嬉しさに、周囲を無視して話しかけるので、しまいにはこちらの大学の日本人は不思議な動物でも見るように、この知人をながめないわけにはいかなかったというのです。

 ≪■世相を一層とげとげしく≫

 私も今度の旅でタクシーを利用することが多いのですが、タクシーの溜り場で、先頭のタクシーのドアをあけると、まず「今日は!」か「今晩は!」と挨拶(あいさつ)するのがふつうです。そして向うもむろんそれに応じます。「どこどこへ行ってくれませんか?」というと、返事することもあり、返事しないで車を動かすこともありますが、途中で話しかけても応じてくるし、降りぎわに「領収書を下さい」と頼むと、正規の領収書にちゃんと署名してくれます。

 日本で、タクシーの運転手の言葉づかいがよく問題になりますが、こちらのようにこちらから「今日は!」と挨拶する人はまずありますまい。「渋谷!」などと言いすてるだけのことが多い筈(はず)です。私はふと、私たちはこちらからマトモな挨拶一つしないで、ただ相手が無礼だと言いすぎていないのだろうか? と考えこんでしまいました。

 ホテルでも、廊下で掃除のおばさんとすれちがっても「今日は!」と挨拶します。煙草一つ買いに店にはいっても「今日は!」「ダンケ・シェーン」の挨拶は忘れるわけにいきません。電車で肘がちょっと触れても「パルドン!」です。

 日本は礼儀の国だといわれたことがありますが、本当なのでしょうか? お客さんにお辞儀一つできない子供ばかり育てながら、差別だなんだかんだと騒いでいるのではありますまいか? それが日本の世相をいっそうとげとげしくし、いたるところで無用の紛争を起していないでしょうか? 五つの大切よりも、まず挨拶を復興しなければならないのではあるまいか? そんな小さなことを考えながら、ドイツの宿の一室で騒然たる日本のことを思いだしたりします。=ボンにて
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:27


 (産経 2009/2/14)


 ■ファシズム到来のデマ


 「70年安保」を前にしたあの喧噪(けんそう)の時代。“団塊の世代”がまだ大学生だったころのことである。世は左派の知識人が論壇を跋扈(ばっこ)し、盛んに「革命前夜」のような幻想を振りまいていた。

 大学紛争が激しさを増して、東大の安田講堂をめぐる過激派学生と機動隊の攻防戦が起きた。お茶の水から神保町にかけては、学生たちが「神田カルティエラタン」と称して道路を封鎖した。

 こんな世情不穏の中で、ワイマール共和国のドイツになぞらえる議論がまことしやかに伝えられたものだ。背景にあるのは、雇用不安と政権政党の弱体化であり、この先、ヒトラーのような独裁者がやってくるとあまたの知識人が煽(あお)っていた。

 そんな折に、柔和な語り口のドイツ文学者、西義之が「乱暴を通り越して無責任な議論にすぎない」と切って捨てた。好々爺(こうこうや)のような東大教授であり、はにかむしぐさの裏に鋭利な言論の刃(やいば)を隠していた。

 西はこのとき、『ヒットラーがそこへやってきた』という雑誌連載によって、ナチスという魔物の正体を見事に腑分(ふわ)けしていた。同時に西は、事実に肉薄することによって、ファシズムの到来説が政治的なデマにすぎないことを立証してみせた。懐かしくも頼もしい論考である。

 西義之が昨年10月9日、86歳で死去していたと聞いたのは最近のことだ。すぐに書棚を探してみたが、論考をまとめた本が見あたらない。何度目かの海外転勤のどさくさで失ってしまったらしい。あれを読んで、時代をファシズムと結びつける愚説が心の内で氷解していったことを覚えている。

 うれしいことに、『ヒットラーがそこへやってきた』を古本屋で見つけて38年ぶりに対面した。色あせたページを繰ると、さらに10年さかのぼる60年安保のころにも、「保守政権がファシズム化する」という進歩的文化人からの扇動があったと書かれていた。

 ■西義之が暴いたウソ

 当時、東京教育大の美濃部亮吉教授が「日本はあのころのドイツよりも危険な状態にある」と力説していたと記録されている。その後の歴史は美濃部説と異なって、ヒトラーに匹敵する人物は現れない。めでたいことに当人は東京都知事になってニコニコ顔であると、西は皮肉っている。

 彼は同時代の知識人の言動を克明に積み上げていくうちに、進歩的文化人の中に「事実そのものの発言を封ずる空気」を感じるようになっていく。

 この場合の進歩的文化人とは、岩波書店の雑誌『世界』や『朝日ジャーナル』などを舞台に、容共左派の立場から主張を展開した言論人たちを指す。

 問題は、なぜ彼らが現状をファシズムと結びつけたがるのかであった。西はその根をたぐっていくうちに、進歩的文化人の“教祖”である東大教授、丸山真男のいくつもの論文に行き当たる。

 早くから丸山理論の仮面をはがした人々に、社会思想家の関嘉彦、京大名誉教授の猪木正道らがいる。西の丸山批判には、思想の骨格をなすファシズム論に集約されるところに特徴があった。

 西は昭和50年に『誰がファシストか』を出版して、独伊にファシズムの源流をたどり、日本にファシズムがあったかを解き明かしていく。その結果、西は丸山こそが主著『現代政治の思想と行動』で、「反共=ファシズム」という単純化によって牽強(けんきょう)付会の虚構を築いたと痛烈に批判した。

 ■進歩的文化人の残滓(ざんし)

 知的観念論が好きな日本人に丸山の影響力は絶大である。彼のお墨付きを得て、小利口な言論人や政治家は気に入らない相手の罵倒(ばとう)に「ファッショ」を多用した。いつの間にか、共産主義を批判する“反共”が悪に転化するワナが仕掛けられていたのだ。反論封じにこれほど便利な用語はない。

 レッテル張りが得意なのは『都市の論理』の著者として名高い歴史学者、羽仁五郎であった。彼にかかると、「軍備は軍国主義の復活であり、公安警察は戦前の特高の再来であり、まさにファシズムである」となる。

 世界には軍を持たない国家も、公安警察のない国家も存在しないから、例外なしに世界中がファシズム国家である。それでも、当時の過激派は拍手喝采(かっさい)だ。羽仁の書名は「-論理」とせずに、「-扇動」と名付けるべきであった。

 西義之死しても彼の提起した所論がいまに通じることは、本紙連載の「昭和正論座」の論文を読んで分かる。進歩的文化人の後継者は姿を変えてなお生きながらえている。手前みそながら、それを見分ける目を養うに昭和正論座は最適ではないか。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:26


 (産経 2009/2/17)


 ■依頼心捨て逆境と“心中”せよ

 --著作は130冊以上、昨年は作家の五木寛之さんとの対談集「いまをどう生きるのか」(致知出版社)を出版しました。失業、リストラといったニュースばかりの最近の世相をどうみていますか

 松原 “100年に1度の危機”といわれていますが、昭和の大恐慌の方が今以上にひどかったでしょうね。私は早稲田(大学)に、飯田橋の駅で乗り換えて通っていましたが、父子が駅で抱き合って飢え死にしている姿を見たことがありました。今は飢え死にすることはないでしょう。

 それから確かに今は「お先真っ暗」かもしれませんが、逆境にあっても伸びる人は伸びるのですよ。左遷、飛ばされることも逆境です。逆境のときをどう生きるか。ヤケになるか、前途を悲観してダウンしてしまうか、逆に立ち上がるか…。

 --逆境を乗り越えていくということですか

 松原 いいえ、「乗り越えて」とは言っていませんよ。越えられるくらいなら逆境じゃありません。苦しみの中に飛び込んでしまう、逆境と“心中する”のです。それ以外に苦しみを逃れることはできません。

 --飛び込んでいく?

 松原 江戸時代に白隠慧鶴(はくいんえかく)(臨済宗中興の祖)という名僧が駿河におりました。富士山が爆発したり、飢饉(ききん)があったりした時代、白隠さんはふすま一枚くらいの大きな紙に、「南無地獄大菩薩(ぼさつ)」と書いた軸をかけた。そんな仏がいるわけはありません。

 禅では依頼心を捨てることが大事です。過去のぜいたくな生活への執着も捨てる。最後は自分が奮起する以外に解決の道はない、と知るでしょう。

 --確かに政府やボランティアが「なんとかしてくれる」という人もいます

 松原 依頼心を捨て、裸一貫、捨て身になって生きていく。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉もあります。追い詰められたときに「助かろう助かろう」とするのではなく、いちかばちかで自分を投げ出してしまうと救いがある、ということですよ。

           ◇

【プロフィル】松原泰道

 まつばら・せいどう 明治40(1907)年、東京都生まれ。早稲田第一高等学院、早稲田大学文学部卒。岐阜県の瑞龍寺専門道場で修行。昭和26年、臨済宗妙心寺派教学部長に就任。52年まで、東京都港区の龍源寺住職。47年に出版した「般若心経入門」はベストセラーに。宗派を問わず広く仏教を学ぶための「南無(なむ)の会」会長。101歳。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:26


 (産経 2009/2/18)


 新華社電によると、中国国家海洋局の孫志輝局長は17日までに、昨年12月に尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖で中国の海洋調査船が日本の領海に侵入したことについて「実際の行動で中国の立場を示した」と述べ、中国の主権を主張することが目的だったことを明らかにした。
 16日に北京で開かれた海洋局関連会議の中での発言。孫局長は、昨年1年間で中国が主権を主張する海域で延べ200隻余りの船舶、同140機余りの航空機を出し監視、警戒などの活動を行ったと指摘した。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:25


 (産経 2009/2/17)


 南米ベネズエラで15日、左派チャベス大統領の再選制限を撤廃する憲法改正案に対する国民投票が行われ、賛成多数で可決された。「今日、ベネズエラは未来への扉を開いた」と勝利宣言した反米強硬派のチャベス氏は、終身大統領も視野に、中南米左派諸国の盟主の座を揺るぎないものにしようとしている。しかし世界的な不況が直撃する中で“わが世の春”がどこまで続くか、懐疑的な見方も少なくない。

 AP通信によると、賛成票は約54%で、反対票との差は8ポイントに達した。首都カラカスで勝利演説に臨んだチャベス氏は「革命の明確な勝利だ」と高らかに宣言した。

 チャベス氏が再選制限撤廃をめざし国民投票に打って出たのは、2007年12月に続いて2度目。小差で反対派が勝利した前回からの巻き返しを期し、今回は全テレビ局に大統領演説の中継を義務づけるなど、強引ともいえる選挙戦を繰り広げた。

 前回国民投票での勝利に続き、11月の地方選でも一定の存在感を示した反対派は、こうした政府側の物量作戦に押されたのに加え、指導者不在などの問題を露呈し、予想以上の大差を付けられる結果に終わった。

 開票を受け、キューバのカストロ元議長が「はかりしれない価値のある勝利だ」とのメッセージを寄せた。今回の勝利でチャベス氏はもはや、中南米の左派諸国の盟主の地位を決定的にした感がある。

 だが足元には世界的な不況と、自らの内外へのばらまき政策を支えてきた原油価格の急落という試練が忍び寄っている。ロイター通信によると、多くの専門家はベネズエラがまもなく財政赤字に陥ると予測する。その場合、チャベス氏は通貨切り下げの厳しい圧力にさらされることになる。

 さらに、「反米の旗手」との役回りで人気を獲得してきたチャベス氏が、中南米でも人気の高いオバマ米大統領に対し、どんなスタンスを取るのかも難問だ。ふたりの初顔合わせは4月、トリニダード・トバゴでの米州サミットで予定されている。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:25
※五百旗頭 氏は拉致問題について、

 「拉致なんて取り上げるのは日本外交として恥ずかしいよ。あんな小さな問題をね。こっちは、はるかに多くの人間を強制連行しているのに」と発言しているそうです。(「正論」平成21年1月号)




<売国・媚中の五百旗頭 真(防衛大校長)が防大同窓会で講演する奇怪!>

     関西防衛大OBと五百旗頭 真の癒着を許すな!


 関西防大同窓会(羽藤忠和会長)が3月1日(日)大阪のリーガロイヤルホテル大阪で開かれる。何とこの同窓会に五百旗頭 真が招かれ、記念講演する。

 反日、媚中の限りを尽くし、首相の靖國神社への参拝反対を声高に叫ぶ左翼学長が五百旗頭 真だ。

 この度の田母神俊雄前幕僚長の更迭にあたり、五百旗頭 真は「このたびの即日の更迭はシビリアンコントロールを貫徹する上で、意義深い決断であると思う」、 「制服自衛官は、この措置を重く受け止めるべきである」、 「(田母神前空幕長は)精神の変調を引きずる人」などなど・・・、あらん限りの悪罵を口にした。

 防衛大を破壊する極左の名に値する校長が五百旗頭 真だ。この五百旗頭を講師として招き、記念講演させる関西防大同窓会のノーテンキと腐敗・堕落に国民は開いた口が塞がらない。

 関西防衛大OBがやるべき仕事は五百旗頭 真の罷免運動であろう。関西防衛大OBは、直ちにこの講演会を中止しなければならない。五百旗頭 真ではなく、田母神俊雄前空幕長を講師に招いて記念講演をやり直せ!

 五百旗頭の講演会を強行するならば、関西防大同窓会は五百旗頭 真の売国・媚中に組みしたと断定せざるを得ない。講演会の強行は多くの国民への敵対行為であり、我が国安全保障の瓦解工作の一環であり、この工作に関西防衛大OBが同調したと我々断定する。

 ◆五百旗頭 真の講演会を直ちに中止せよ!

 ◆五百旗頭 真の罷免運動に立ち上がれ!

 ◆田母神俊雄前空幕長を講師とする講演会にやり直せ!



★【抗議先】関西防大同窓会 事務局


 住 所:〒540-0032
 大阪市中央区天満橋京町2-13 ワキタ天満橋ビル5F

 電 話:06-6910-6111

 FAX:06-6910-6111

 メール:bodaikansai@yahoo.co.jp



■呼び掛け:主権回復を目指す会、田母神論文と自衛官の名誉を考える会

 主権回復を目指す会

 代表 西村修平(090-2756-8794)

 info@shukenkaifuku.com

 〒101―0065 東京都千代田区西神田1-1-2

                   パトリス26―502

 電 話:03-5281-5502

 FAX:03-5281-5603

 http://homepage2.nifty.com/shukenkaifuku/
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:24


                    増田悦佐さん

 http://ja.wikipedia.org/wiki/増田悦佐


 ミシシッピ川を知る者なら、声にだしては言わなくても心のなかで、すぐさまこう断言するだろう。川を管理する委員会が一万あっても……その手に負えない流れを手なずけることも、制御することも、制限することもできないし、川に向かって「こっちへ行け」とか「あっちへ行け」と命ずるわけにもいかない。川をしたがわせることも……障害物を設けて行く手をさえぎることもできない。そんなことをすれば、川はその障害物を破壊するどころか、その上で踊り、あざ笑うだろう、と。
マーク・トウェイン『ミシシッピの生活』(1879年)

 (株)牛之宮主催のボブ・ホイ氏講演会は、聴衆のレベルの高い質問にも支えられて、すばらしい内容だった。当日のボブの発言の中でも、現在国際経済が直面する問題をもっとも鋭く解明した卓見を、残念ながら当日会場に行くことができなかったこのブログの読者とともに分かち合いたい。

 ボブによれば、19世紀後半に誕生し、20世紀を通じて世界の政治経済を撹乱しつづけた妖怪は、共産主義という皆さんが良くご存知の一匹だけではなかった。まったく同じように、「大衆がどう生きるべきかは、大衆自身よりも我々エリートのほうが良く知っている。だから、大衆は勝手気ままに生きていくよりも、我々の厳格な統制のもとで暮らしたほうが幸せなのだ」という、傲慢な大衆蔑視と自分の能力に対する過信を丸出しにした、もう一匹の妖怪も世界を股にかけて暴れ回っていたのだ。この、あまり世間では知られていないほうの妖怪の名は、中央銀行主義と言う。

 共産主義者たちが「思想的に鍛え上げられた前衛党の指導通りに経済を統制すれば、この世から大金持ちと貧乏人の格差が消滅する」と主張したのとまったく同様に、19世紀後半から徐々に姿を現し始めた中央銀行主義者たちは「国家の権威を背景にした頭脳明晰な中央銀行幹部が金利やマネーサプライを適切な水準に保てば、好況や不況の波も消え去り、地上の楽園が実現する」と唱え続けてきた。共産主義思想のインチキ性は誰もが知るところとなり、だます相手を失った「社会主義」圏は1980年代末に自然消滅した。

 しかし、妖怪としてはるかにしぶとく生き残り、今も世界中の人たちをたぶらかして国際経済・国際金融の混乱のもとであり続けているのが、中央銀行主義だ。そもそも金融政策には抑制効果はあるが、刺激効果はない。「ヒモで人を引っ張ることによって行きたいところに行かせないことはできるが、ヒモを押しても人を行きたがらないところに行かすことはできない」という単純な真理がある。あるいは、「ロバを水辺に連れて行ったとしても、そのロバの喉が渇いていれば水を飲むが、水腹を抱えたロバはそれ以上水を飲まない」と言い換えても良い。

 つまり、金融政策というのは、過熱を抑える効果はあるが、冷えこんだ景気を活気づける効果はもともと持ち合わせていないのだ。そして、ここが重要なところだが、過去の大恐慌期にも一貫して「金利を下げ、マネーサプライを増やす」という中央銀行主義者たちが推奨する不況対策は全然効果がなかった。20~25年の長い長い「癒し」の期間を経て信用が再建されるのを待つというマスコミには「無為無策」としてさんざん叩かれる「自然治癒」策を取るか、大戦争を引き起こして人為的な需要激増策を取るかしか、有効な大恐慌対策はないのだ。

 だが、中央銀行だけではなく、政治家、官僚、マスコミが一体となって大恐慌・大不況には金融政策は無力だという真理を押し隠そうとする。もし、金融政策は本当に必要とされるときには無力で、自然治癒を待つのが一番被害の少ない賢明な政策だということがばれてしまったら、「エリートが大衆を支配していたほうが、大衆が自分で物事を決めるより幸せになれる」という大嘘をつき続けることもできなくなるからだ。

 だから、エリート社会の構成員たちはグルになって、「中央銀行主義はまちがっていない。前回の大恐慌のときに失敗したのは、たまたま当時の中央銀行当事者が正しい政策を取らなかったからだ」という歴史の捏造をする。1929年の大恐慌が古典的な事例だ。当時できたばかりのアメリカ連邦準備制度を担っていた連銀幹部たちは、自分たちが許された権限の6倍に当たる買いオペを実施して、マネーサプライの大激増を目指した。つまり、金融政策の教科書通りに模範解答を出したのだ。だが、それだけのマネーサプライ激増策でさえ、なんの効果も発揮しなかった。

 ところが、大恐慌から大不況期の金融政策を解説した経済史の論文・書籍にはほとんど例外なく、「連銀が大胆な金融緩和に踏み出すのが遅すぎたから、ふつうのパニックにとどまるはずだった1929年の大恐慌が、1930年代を通じた大不況に発展してしまった」と書かれている。あるいは、世界を大不況から救った救世主だったはずのフランクリン・D・ルーズベルト大統領が圧倒的な支持を得てやりたい放題に場当たり的な政策を出し、連銀と連邦準備制度は忠実に金融緩和を続けていた1937年の株価大暴落とあらゆる経済指標の底割れも、中央銀行主義者にとっては説明のしようがないので、無視せざるをえない歴史の汚点だ。

 金融政策に景気喚起効果がないのは、論理的に考えれば誰でも分かる当たり前のことだ。中央銀行主義者たちが、危機のたびにこの空証文を出しては惨めに失敗すること自体にはそれほど大きな問題はない。真理は願望で変えることはできないというだけのことだ。

 だが、「中央銀行は金利とマネーサプライを調節することで景気変動をコントロールできる」という「神話」を維持するために、彼らが歴史の捏造に手を染めることにはとんでもなく大きな弊害がある。自分たちの都合のいいように歴史を作り変えることに慣れてしまったエリートたちからは、知的誠実性という本来エリートが持ち続けなければならないはずの資質が失われてしまうからだ。サブプライムローン・バブルの崩壊やバーナード・マドフというペテン師の行状は、欧米の金融業界に巣食う知的エリートたちが、歴史の偽造を続けてきた中で完全に知的誠実性を失ってしまった証拠だ。

 ルーズベルトの場当たり的なその場しのぎ政策が呼び出した魔法の精(ジニー)は、たしかに通常であれば20~25年かかるはずの大恐慌からの回復を5~10年短縮し、1940年代半ばには第二次世界大戦後の大繁栄期をもたらしたかもしれない。だが、それはアウシュビッツや広島・長崎への原爆投下を含む、戦闘員より非戦闘員のほうをはるかに大勢殺しまくることで達成された大恐慌期の短縮だった。一方、1873年に端を発した大恐慌は、中央銀行主義者たちの歴史の捏造もなく、大戦争による人為的な需要喚起もなく、1895年ごろには自然治癒していた。我々が選ぶべきはどちらだろうか?

 冒頭に引用したマーク・トウェインのミシシッピ暮らしに関する洞察が書かれたのは、ちょうど欧米世界が大恐慌に突入したばかりの1875年だった。もちろん、当時トウェイン自身が意識していたか否かにかかわらず、ミシシッピ川とは大恐慌の暗喩である。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:24


 (ニフティ 2009/2/11)

 http://news.nifty.com/cs/magazine/detail/asahi-20090211-02/1.htm

(週刊朝日 2009年2月20日号掲載) 2009年2月11日(水)配信


 正社員の「クビ切り」を進めるといっても、企業が必要とする人物に退職を強いるわけはない。企業が目をつけるのは、どんな社員なのだろうか。

 都内にある大手企業の人事部経験者が明かす。

 「真っ先に辞めさせられるのは勤態不良(きんたいふりょう)』。要するに、社内の規則や制度を守らない、勤務態度が悪い社員のこと。景気のいいときは甘かったが、これからは厳しくなっていく。『寝坊した』なんて理由で遅刻するのも許されません」

 企業の担当者もリストラするのは心苦しい。理由を探すとき、ルール違反は、格好の材料になる。また、

 「今までは異動に関しても『自分のやりたい仕事じゃない』という反論を許してきたが、これだって本来は業務命令違反です」(前出の人事部経験者)

 ルール違反や異動拒否者にペケがつくのはわかりやすい。では、そうでない大多数の社員の中で、どういう人物がリストラ候補にあげられやすいのだろうか。

 編集部が教授をお願いしたのは、サラリーマン経験があり、現在「週刊モーニング」で転職をテーマにした漫画「エンゼルバンク」を連載中の三田紀房(みたのりふさ)さん。東大受験ブームを巻き起こした「ドラゴン桜」の作者としても有名だ。


 「エンゼルバンク」には、実在の転職エージェントをモデルにしたというカリスマ転職代理人・海老沢康生という人物が登場し、転職を希望する人を前に、こう言い放つ。

「人の価値は、自分で決めるんじゃない。決めるのは相場だ!」

 会社という市場で、価値の低い社員はリストラの対象になり、転職も失敗するというのだ。

 海老沢にそんなセリフを言わせる三田さんによると、価値が低いのはまず、こんな社員だ。


①自分の会社のことを他人事のように話す

 会社が苦しいとき、いちばん必要とされるのは、同じ組織のメンバーとしてがんばってくれそうな人だ。そういった姿勢は、自分の会社についてどう語るかでわかるという。

 「『うちの社長はリーダーシップがないんだよ』とか、自分の会社について評論家のようなことばかり言う人がいます。そういう社員はダメですね。当事者意識がまったくない。厳しいときこそ、『自分は何ができるか』を考えられる人が必要とされているのです」


②社会常識がない

 意外に多いのが、平気で遅刻をしたり、首から携帯電話をぶら下げたまま初対面の人と会ったりする、当然身につけておくべき常識が欠けている人だという。

 「中にはコートを着たまま応接室に入ってくる人もいます。まさかと思うでしょうが、若者だけでなく年配の人でもけっこう常識のない人っているんですよ」


③いつも不平不満を口にしている

 会社や職場について不満を口にするのは、だれでも経験がありそう。でも、それにも限度がある。

 「こういう仕事をしたいという前向きなビジョンを持たず、現状についてグチグチ文句ばっかり言ってる人はダメ。そういう人ってマイナスのオーラを放っているから、すぐにわかるんです。そんな人と一緒にいたら職場の雰囲気が悪くなる」


④いつも人間関係がスムーズにいかない

 「3番目に挙げた『いつも不平不満を口にしている人』の不満の約9割って、社内の人間関係についてなんです。何度も言いますが、チームワークがきちんととれることが大事なのです」


⑤会社という市場で主導権を握っているのは自分だと勘違いしている

 「会社側の要望に合わせて、ある程度は柔軟性を持って仕事ができなければいけない。面接で、企業側に『行ってあげてもいいわよ』と高飛車な態度をとる人がいるんですが、こういう人はうまくいきませんね」

 会社が必要としているのは素晴らしい実績でも特別なスキルでもないらしい。

 「よく『オレは一人で1億円の利益を上げたんだ』とか過去の実績をアピールする人がいますが、経営側からすると『それ、何年前の話ですか?』という感じ。実績なんて、1年たって次の決算のときにはゼロになってしまう。会社が興味を持つのは『今何をする? 将来何をしたいの?』ということなんです」

 これらの条件に、ドキリとした人も多いのではないだろうか。

 もっとも、三田さんが挙げたのは、もっぱら都会型の大企業の話。地方の中小企業は社員のリストラに別の物差しがあるという。

 これまで経営不振に陥った企業300社以上の再建をしてきたベンチャー・テクノ・キャピタル社長の是松孝典さんは言う。

 「僕の会社にSOSを出してくるのは地方の3次請負や建設会社、旅館など地元に密着した中小企業が多い。そういう会社だと、人員整理の優先順位は、社内よりも地域のヒエラルキーで決まるんです」

 辞めさせたい課長がいても、その課長が地域の消防団長をしているなど地元の名士だったりすると辞めさせられない。また、経営側と労働側、双方の子供が同じ小学校に通っていれば、「クビ切りをして自分の子供が学校でイジメられるんじゃないか」と決断できない、そんなことも多いらしい。社員の人格や能力とは別のところで選ばれているのが現状だという。

 でも、経営者としての是松さんが最後まで残したいというのはこんな社員だ。

 「私の経験では、いちばん頼りになるのは、黙々と一生懸命仕事をするやつ。そして、お客さんのところに骨身を惜しまず顔を出す、足で稼ぐやつですね」

 初心忘るべからず、ということでしょうか。
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:23


 (小沢一郎)

 http://www.ozawa-ichiro.jp/policy/05.htm


 公の政治に参加する権利―参政権―が国家主権にかかわるものであり、また、国民の最も重要な基本的人権であることに間違いはなく、その論理は正当であり、異論をさしはさむ気はまったくありません。ただ、政治的側面から考えると、主として永住外国人の大半を占める在日韓国・北朝鮮の人々は、明治43年の日韓併合によって、その意に反して強制的に日本国民にされました。すなわち、日本が戦争によって敗れるまでは、大日本帝国の同じ臣民でありました。

 日本人としてオリンピックに参加し、日の丸を背負い金メダルを取っています。また、日本のために多くの朝鮮の方々が日本人として、兵役につき、戦い、死んでいきました。このような意味においては、英連邦における本国と植民地の関係よりもずっと強く深い関係だったと言えます。私達はこのような歴史的な経過の中で今日の問題があることを忘れてはなりません。

 法案に反対する人達の多くの方の主張は「そんなに参政権が欲しければ帰化をして日本国籍を取得すればいい」という考え方があります。私もそれが一番いい方法だと思っておりますし、また在日のほとんど多くの人々の本心であると思います。

 しかし、このことについては日本側・永住外国人側双方に大きな障害があります。日本側の問題点からいうと、国籍を取得する為の法律的要件が結構厳しいということと同時に、制度の運用が、(反対論の存在が念頭にあるせいなのかはわかりませんが)現実的に非常に帰化に消極的なやり方をしています。例えば、刑事事件とならない軽い交通違反(スピード違反・駐車違反等)を起こしただけで、余分に何年もかかっているのが現実です。これらの状況を日本の側として考えなければなりません。

 一方、永住外国人のほとんど多くの人は日本で生まれ育って、まったくの日本人そのものであり、その人達が日本人として生涯にわたって生きていきたいと願っていることは、紛れもない事実だと私は思います。ただ、過去の併合の歴史や、それに伴う差別や偏見に対して心にわだかまりがあるのも事実なのです。

 我々日本人は、両国両国民の数千年の深い繋がりと友好関係を考えなければなりません。また、近い将来日韓両国は、EUや北米大陸の例にあるように、自由貿易を柱とする共同体構想が現実のものになると思います。今こそ、日韓両国民がお互いにわだかまりを捨て、将来に向けて信頼関係を構築していくことが、両国と両国民の繁栄のために必要不可欠なことであると考えます。

 しかし両国が主権国家として存在する以上、地方参政権の問題は、政治論の側面からだけではなく、法的・制度的にも許容されるべきものでなければなりません。

 永住外国人に地方参政権を与えることについての国際社会の状況は、アメリカをはじめ未だ多くの国が、国籍の取得を要件としているのは事実であります。しかしながら、例えば日本の場合と状況が似ている英国では、かつて植民地支配した英連邦出身の永住権取得者に対して投票する選挙権だけでなく、立候補できる被選挙権まで与えています(地方選挙)。北欧の国々では一般的に永住権取得者には地方参政権を与えており、また、EU域内では、「お互いに永住権を取得した者には地方参政権を与えよう」という方向で制度の改正が行なわれつつあります。このようなことを考え合わせれば、地方参政権の付与が主権を侵害する、或いは主権国家としての日本の存在を脅かすものであるという主張は、必ずしも今日的な社会の中で、絶対的なものであるとは言えないと思います。したがって私は永住者に対する参政権の付与は、憲法上・制度上許容されるべき範囲のものであると考えます。

 以上のような政治的側面、制度的側面双方から考え合わせ、一定の要件のもとに地方参政権を与えるべきだと考えます。そして、そのことにより日本に対するわだかまりも解け、また、結果として帰化も促進され、永住外国人が本当によき日本国民として、共生への道が開かれることになるのではないでしょうか。

※補足
 この問題につきましては、意見が多数寄せられ、少数の方からの反対意見が寄せられたので、さらに補足として申し上げます。

反対意見に、「北朝鮮に支配されている北鮮系の総連の方に、地方参政権を与えるのはとんでもない」という意見がありましたが、我々自由党では国交のない国(北朝鮮等)の出身の方は参政権付与の対象にしないという考えです。


国政を預かる政治家として、ホームページ上で自分の考える全てのことを申し上げることはできませんが、この問題は主として、在日の朝鮮半島の方々の問題であることからあえて申し上げます。もし仮に朝鮮半島で動乱等何か起きた場合、日本の国内がどういう事態になるか、皆さんも良く考えてみてください。地方参政権付与につきましては、あらゆる状況を想定し考えた末での結論です。


この問題につきましては色々な意見があり、少数の方々ではありますが中には、もう自由党を支持しないという方もおられます。私の意見のどこがどういう理由でだめなのか、明確な指摘のもと、ご意見を賜れば幸いです。

 私はこれからも「日本一新」を目指し、タブーなき真の改革を実現していくため全力を尽くして参りますので、皆様におかれましては何卒ご理解を頂き、ご支援を賜わります様よろしくお願い致します。


〒100-8981
東京都千代田区永田町
2-2-1
衆議院第一議員会館
605号室
Tel 03 - 3508 - 7175
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by sakura4987 | 2009-02-18 13:23


 (世界日報 2009/2/12)


習慣次第で寿命差12歳以上

   メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄


 わが国は、過去に例をみない勢いで高齢化が進み、一九九四(平成六)年に「高齢社会」の仲間入りをし、二〇一五(平成二十七)年には、高齢化率は25%を超えて、国民の四人に一人が高齢者である「超高齢社会」の到来が予想される。

 このような状況のなかで健やかな人生を過ごすにはどうすればよいのであろうか。

 それには、まず「健康寿命」を大切にし、それを支える生活を見つめ直すことではなかろうか。

 世界保健機関(WHO)が二〇〇〇年に発表した「健康寿命」とは、障害を調整した生存期間(健康で生きられる人生の期間)を意味し、日本は男女合計で七十五歳で、加盟国一九一カ国のなかで一位を占めている。その要因について、WHOは「日本人の食生活は、伝統的な低脂肪食のために心疾患が少ないことが関係している」と述べている。

 しかし、「今後は、肉食など高脂肪の食事が増えたことなどが影響して、日本人の健康寿命は男性を中心に伸び悩むのではないか」と警告している。

 その端的な例が沖縄県の男性の平均寿命がこれまで全国一位であったのが二〇〇〇年に二十六位に低下した、いわゆる「26ショック」と言われるものである。その背後には、これまでの沖縄の独特の伝統的な食生活が近年、崩れて来たことに起因するものと思われる。

 ハーバード大学教授のアレキサンダー・リーフは一九七六(昭和五十一)年に沖縄県竹富島と大宜味村を調査して、次の三点をあげて、健康寿命者の多いことを世界に発信した。①緑黄色野菜、海藻、大豆、魚、豚肉をよく摂取する②総摂取カロリー量が少ない③温暖な気候で、人々が活動的である。

 しかるに、近年この理想的な食習慣が崩れてアメリカ型のファストフード店が普及し欧米化した食生活の急激な変化が沖縄の食文化クライシス(危機)であり、それは同時に日本全体の「食」のクライシス化への警鐘として深刻に受け止めなければならないのである。

 そこで改めて、「健康寿命」を支える健康な食生活を見つめ直してみたいと思う。

 まず、三大栄養素であるタンパク質(P)・脂肪(F)・炭水化物(C)のエネルギーバランス(PFCバランス)を3対5対12にすることが望ましいとされている。

 次に、タンパク質は動物性と植物性のバランスよく1対1で食べることであり、動物性脂肪の摂り過ぎは、生活習慣病や大腸ガンの危険性が出てくるから気をつけなければならない。

 さらに、植物性タンパク質として大豆食品(豆腐・納豆・煮豆・味噌など)を食べることは、大豆イソフラボンが、コレステロールや血圧を低下させる生活習慣病の予防に効果的である。これは、従来の日本の「和食」である。この伝統的な日本型食生活で気をつけることは、塩分を少なく摂取することで、WHOは一日に六㌘としている(日本高血圧学会も六㌘を目標塩分摂取量としている)。

 さて、賢明な生活習慣について考えてみよう。「老化」とは“その人自身が人生にもってきたものすべてである”と言うように、毎日の生活の積み重ねによって健康は左右される。その具体的な例として「生活習慣」と健康との関係について、ブレスローらはカリフォルニア州のアラメダ郡で住民六千九百二十八人を対象に約十年間の追跡調査の結果、次の七つの生活習慣が健康状態と深く関わっていることが明らかになり、重要視されている。

 一、毎日七~八時間の睡眠をとること。

 二、喫煙はしないこと。

 三、適度の飲酒か、全く飲酒しないこと。

 四、定期的に適度な運動をすること。

 五、毎日朝食を食べること。

 六、不要な間食をしないこと。

 七、適正な体重を維持すること。

 これらの生活習慣について、アラメダ郡の四十五歳以上のすべての住民で比較した結果、実行している項目が三つ以下の人々と、六つ以上守っている人々とでは、平均して約十二歳以上の寿命差があるという(ブレスローらとベロックの研究・一九七二年)。

 例えば、四十五歳の人で三つ以下しか実行していない人の平均余命は二十一歳であるのに対して、六つ以上実行している人の平均余命は三十三歳であるというのである。

 このことは、いかに習慣の積み重ねが重要であるかを示している。即ち毎日きちんと食事をして、食事は少なめによく咀嚼し、酒はほどほどに、適度な運動をし、良好な人づき合いをし、小さいことにくよくよせずに、前向きに生きることの大切さを示唆していると思うのである。加えて「喜び」と「感謝」のこころを持って一日一日を充実して生活することに勝る健康はないと思うのである。

 “老化は血管と共に、免疫力は腸によって”の言葉の如くに「血管年齢」と「腸管年齢」を健やかに保ち続けることが、取りも直さず「健康寿命」を支える生活術ではなかろうか。イギリスの哲学者、F・ベーコンは言う。“何よりも心掛けることは、食事・睡眠・運動そして朗らかな気分でいること。これは長生きするための最良の秘けつである”と。
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by sakura4987 | 2009-02-14 10:58

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